2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった、野村克也さん(享年84)。15年間近くマネージャーを務めた小島一貴さんが、ノムさんの知られざるエピソードを明かす。
「南海の三悪人」という言葉をご存じだろうか? 野村監督が生前に語っていた言葉のひとつだが、この言葉をご存じの方はかなりコアな野村克也ファンではないかと思う。
監督は1968年シーズンから南海で選手兼任監督となり、ほとんど年の差のない現役選手たちを率いて采配を振るうことになった。
同年代で実績のある選手たちからは距離を置かれるようにもなり、青年監督としてさまざまな苦労を経験する。「南海の三悪人」は、なかでも特に監督をてこずらせた3人の選手を指す。
江夏豊氏、門田博光氏、そして江本孟紀氏だ。監督は後年、「この3人に鍛えられたからこそ、俺は監督業を続けられた」とまで語っていた。この3人に比べたら、その後に出会った問題児たちはたいしたことはなかったと。今回は門田氏とのエピソードを紹介したい。
門田氏は若いころから監督に対して、「毎打席ホームランを狙ってフルスイングします」「ホームランの打ち損じがヒット」というようなことを言っていたそうだ。
これに対して監督は自身の経験も踏まえて、「ヒットの延長がホームランだ。最初からホームランを狙って大振りするのはナンセンス」などと諭したのだが、門田氏は聞く耳を持たない。そこである年のオープン戦で巨人と対戦する際、門田氏を王貞治氏のところへ連れて行き、話を聞かせた。
「ワンちゃん、ちょっといい? ワンちゃんはいつもホームランを狙って打っているの?」「とんでもない。ヒットの延長がホームランですよ。ホームランを狙って打てるなら、今ごろ1000本くらい打ってますよ」
このような会話を交わしたそうなのだが、門田氏は黙って聞いていたという。そして監督が「ほら見ろ、ワンちゃんだってああ言ってるぞ」と言うと、不貞腐れたような表情でそっぽを向いていたそうだ。
「なんや?」と尋ねる監督に、門田氏は「監督はずるい。王さんと前もって打ち合わせしたんでしょ」と返したそうだ。これには監督も呆気に取られ、「もういい。勝手にせい!」と言い放ったのだという。
監督が説得を諦めた門田氏だが、4番を打つ監督はそれでも門田氏を高く評価して3番をまかせていた。門田氏は23年間にわたりプレーし、通算本塁打数と通算打点数はいずれも王氏、監督に次ぐ歴代3位。
若き日の門田氏が、監督のアドバイスを受け入れていたら、ここまでの記録を残せたのか。そして、NPB通算本塁打と通算打点の上位3人が、上記の会話のシーンにいたと思うと感慨深い。
2010年代に入って、監督と門田氏がある企画の対談で再会した際、私は監督のマネージャーとして同行した。そのとき、監督は上記のエピソードを話し、門田氏もそれを笑顔で聞きながら、「僕のようなもんが監督の言うとおりになるわけがないですよ」と、笑っていた。
ただ、王氏との会話については、「勝手にせいと言った監督がそのまま立ち去ったんですけど、そのときの監督の背中は寂しく見えましたね」と語っていた。
このときの二人は会話も弾み、何年振りかで会ったというブランクを感じさせなかった。「悪人」という表現はかなりきついが、じつは監督も門田氏を高く評価していたし、「悪人」とされた門田氏も監督のことを慕っていたのではないか。この日の二人を見て、そんな風に感じずにはいられなかった。
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