コロナ禍前、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で通勤することに疑問を抱かなかった人も多いだろう。だが、今は不安が募る。調査から浮かぶのは働く人たちの感覚の変化。通勤手段や働き方の改革が必要だ。AERA 2020年10月12日号の記事を紹介する。
【コロナ禍で「あーん」「もぐもぐ」がわからない子どもたち 保育や家庭でできること】
* * *
つり革に触れたくない! 換気は大丈夫? コロナ禍の公共交通機関の利用にストレスを感じている人は少なくないはずだ。といっても、完全在宅勤務でない限り、通勤時の電車やバスの利用は避けられない。
野村総合研究所(NRI)は全都道府県の20~60代の2074人を対象に9月4、5日、公共交通機関の利用に関する意識調査を実施した。わかったのは、特に鉄道利用への不安が強いことだ。
公共交通機関と駅ビルなど関連施設のうち「不安を感じる場所はどこか」との質問に、41%が「鉄道車両内」(新幹線以外)で不安の程度が大きいと回答。「やや不安」と回答した人も含めると82%に上った。
■マスクなしと大きな声
鉄道車両内で不安を感じる理由については、「手で触るものが多い」(87%)、「乗客が守るべきルールがわからない、または不足・不徹底」(86%)、「混雑状況が乗車するまでわからない、または混雑緩和が不足・不徹底」(85%)、「消毒が本当にされたのかわからない、または程度が不足・不徹底」(81%)、「換気が本当にされたのかわからない、または程度が不足・不徹底」(80%)が目立つ。マスク着用や座席の一人空けのルールがないこと、消毒や換気が必要なときにムラなく十分に実施されているかに不安があるという。
また、避けたい乗車状況としては、7割以上が「マスクをしていない人が乗っている」「大きな声で話している人がいる」などの“マナー違反”を挙げ、4割以上が「目の前のつり革に人が立っている」「ボックス席で向かいに人が座っている」などの“対面”を挙げた。
どのくらいの混雑具合で乗車を避けたいかについては、不安を感じている人の36%が立つ人同士で「肩が触れ合う」「隙間がない」状態のとき、62%が「空席がない、または空席が半数以下」「立っている間隔が2メートル以内」と回答した。
アンケートからは「マナー違反」「対面」「接近」を避けたい鉄道利用者の意識が浮かぶ。コロナ禍前の通勤電車なら、立っている間隔が2メートルなど望むべくもなかったが、現在では「許せるライン」が一変していることがわかる。
調査を担当したNRI戦略IT研究室の佐野則子さんは言う。
「鉄道各社はこれまでも感染症対策に尽力してきましたが、利用者は物理的距離の確保やマスク未着用などに不安が残っており、不安を解消するための施策がまだ必要なことがわかります」
意外だったのは地域性だ。鉄道車両内で不安を感じているのは平均が82%で、関東や近畿が平均以下なのに対し、中部、北海道、中国、四国、東北、九州のほうが不安を感じている人が多かった。
■感染自覚なくても着用
「自動車検査登録情報協会によれば、今年3月末時点で自家用乗用車の世帯当たり普及台数は1.043台で、1台に満たないのは首都圏や大阪、京都、兵庫など関東、近畿が多い。自家用車の保有率が高い地域ほど、鉄道利用に不安を持った可能性もあります」(佐野さん)
実際、電車内での感染リスクはどうなのか。
早稲田大学の田辺新一教授(建築環境学)は「感染経路を正しく知り、互いの思いやりと自己防衛でリスクを避ける」よう呼び掛けている。
新型コロナの感染経路は主に飛沫感染、接触感染が挙げられる。混雑する電車内ではとりわけ、飛沫の発生源を封じるマスクが重要だ。5マイクロメートル以上の飛沫はマスクでほぼ防げる、と田辺さんは言う。
「発症前の人が感染させる確率は5割近くと言われています。大事なのは感染の自覚のない人を含む乗客全員のマスク着用。マナーの徹底が求められます」
接触感染も気になるが、つり革などに付着したウイルスに手で触れただけでは感染しない。目鼻口の粘膜にウイルスの付いた手で触れたときに、感染リスクが生じることに留意したい。
■見落としがちなのが目
田辺さんの研究チームが電車内を模した空間で男女40人の動作を動画解析したところ、1時間あたりの顔面への接触頻度は平均17.8回で、このうち口や鼻、目などの粘膜面への接触頻度は平均8回だった。
「私は常にアルコールジェルを持ち歩き、電車に乗った後、顔を触る前に必ず手を洗うようにしています」(田辺さん)
マスクを着けていると口には触れないので、その面からもマスクは効用がある。一方で見落としがちなのが「目」だと田辺さんは言う。その点、眼鏡は飛沫・接触感染の有効な防御手段になる。抵抗がなければ、ゴーグルやフェイスシールドの着用をおすすめしたい。
空気感染のリスクをめぐっては、医学的見解がわかれており判断は難しいが、田辺さんはリスクあり、と唱える立場だ。
「電車内でマスクをしていても、5マイクロメートル以下の飛沫の粒子は半分防ぐことができればいいほうで、残りは空中に漂っています。それを吸うと感染するというのが空気感染です」
密閉空間で空気感染を防ぐカギとなるのが換気だ。
「厚生労働省は空気感染のリスクを明言していませんが、早い段階で『換気が重要』と発信してきました。これは空気感染のリスクを指摘していたのと同じです。飛沫感染や接触感染と換気は無関係だからです」
どの程度の換気で空気感染を防げるのかはわかっていないが、電車やバスの窓は一定間隔で開けたままにし、適度に換気することで感染リスクは減る、と田辺さんは強調する。
■車や自転車のレンタル
NRIの調査では、今後、新型コロナの感染が収束して不安を感じなくなった場合も含め、普段の通勤・通学や買い物に出かける際に利用したい移動手段は、やや利用したい人も含めると「所有する乗り物」とする人が8割前後の高い割合を示した。
感染不安を感じるときに鉄道を利用したいという人は、感染不安を感じないときと比べて57%から22%に減少、バスも45%から14%へ減少する。一定期間借りられる月額定額制などのレンタル制度の利用意向は「車」「自転車」ともに30%で、鉄道やバスを抜いた。自転車を利用したい人の割合は関東や近畿で高い傾向が出ている。
「日常の移動手段は『所有する乗り物』や『一定期間専有できるレンタル方式』なども活用し、できるだけ感染リスクを下げようとする意識が垣間見られます」(佐野さん)
近場の個室スペース(窓有り)で仕事をすることへの関心度は、利用料が会社負担の場合、44~50%と高かった。在宅勤務の課題である「メリハリの欠如」や「専用スペースの欠如」「家族の存在による集中しにくい環境」の解消が理由、と佐野さんは見る。
「例えば、鉄道会社が近場での働き方支援として、ターミナル駅や準ターミナル駅でない駅についても遊休地を活用しながら、初期費用とランニングコストを抑えた個室スペースを提供し、企業がリモートワーク支援の一環として利用することも考えられます」
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2020年10月12日号
【非正規雇用者がコロナ禍で「116万人減」…失業者は一体どこに消えた?】
外部リンク