映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」でも話題となっている小川淳也さん。その体に漲るのは「自制心」である。高校では野球部に所属しながら東大に合格。入省し官僚になったが、そこで気がついた。ここで働いて日本をよくできるのか、と。政治家になってからも、正道を踏み外すまいと、より自分を律する。頭にあるのは、いつか日本をよくしたいということだけだ。
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まもなく齢五十を迎える一人の政治家に、まだ蒼い、まるで蒙古斑でも残っているかのような青年の初々しさをみる──。
初めて衆議院議員・小川淳也(49)に会った人は、皆一様に同じ思いを抱くという。すらりとした体躯と溌剌とした性格。その風貌はグラウンドを駆ける高校球児のようだ。事実、小中高と野球部に所属。今でも時間が許せば母校の野球部OB主催の練習試合に参加し汗を流している。
しかし、国会の予算委員会の質疑など、政治の主戦場に立つと面立ちは変貌する。ファクトに基づく緻密な理詰めと大胆な論の展開。隙はない。利発な光を放った目は物事をよく捉え、体が敏捷に動く。
選挙区以外では無名だった小川が「統計王子」の異名でメディアに取り沙汰されるようになったのはわずか1年前のことだ。厚生労働省が発表している「毎月勤労統計」の不正が明るみに出たのがきっかけだった。
この時、無所属議員の小川を質問者に抜擢したのが立憲民主党の国会対策委員長(当時)だった辻元清美(60)だ。辻元は同僚の1年生議員に、本物の質疑の凄みを見せて学ばせたいと考えていた。ただ、統計という専門分野にうかつに手を出すのは危ない。そこで、元総務官僚で統計の扱いに慣れていた小川に白羽の矢を立てたのだ。無所属の議員が、党所属のベテラン議員を差し置いて、時の総理にも直接、質問できる国会の花形の質疑に立つのは極めて異例だった。辻元は「淳也、質問の千本ノックやるか?」と声をかけ、質疑当日に向けて徹底的に準備をした。
「トップバッターに要求されるのは、一発で相手を仕留めに行くこと。厚労省が勤労統計の調査手法を変更したきっかけが、麻生(太郎)財務大臣の経済財政諮問会議での『統計の精度を上げろ』という発言だったことを取り上げ、それを国会で本人に突きつけた質疑は圧巻でした」(辻元)
躍動感に満ちる小川の全身に漲るのは自らを戒め、律する自制心だ。
「政治家、国会議員。そんなものになりたいわけじゃないんです。ただただ、この国の政治を何とかしたい。その気持ちは初めて国政に挑んだ日から変わりませんし、誰にも負けるつもりはありません」(小川)
そのストイックさは生半可ではない。国の舵取りの一端を担う政治家である以上、まかり間違っても、少々のことでは浮かれない。絶対に正道を踏み外すまいと心に決めている。政治資金の使途も厳格だ。決して無駄遣いはしない。
「本格的な、本物の仕事をするためには、自己規律が基本だと思っています。僕は目立つことも得意ではありませんし、常に地面の上を実直に這うことくらいしか取り柄はありませんから」
小川が暮らしている自宅は、家賃4万7千円のアパートだ。身にまとうスーツも地元の量販店で買い求めた一張羅。これをボロボロになるまで使い続ける。しかし、その気概を現代の修行僧だと笑う者もいる。愛想をつかした同僚議員も数知れないだろう。しかし、当の本人はどこ吹く風だ。
現在、上映されている「はりぼて」という映画がある。2016年に富山で発覚した市議会議員による政務活動費の不正受給問題を描いたドキュメンタリーだ。映画の配給会社から感想を求められた小川は、司馬遼太郎の「峠」という作品の一節を引いてコメントした。
「男子の志は塩のように溶けやすい。生涯の苦渋はその志をいかに守り抜くかにあり、その工夫は格別なものでなく、息の吸い方、吐き方、箸のあげ方、下ろし方、それを守る日常茶飯の自己規律に貫かれておらねばならぬ」
この言葉は、他ならぬ自分自身への戒めだ。その後、前首相・安倍晋三の「桜を見る会」の疑惑追及でも活躍。時の首相や官房長官を前にしてもひるまず、たじろぎもしない。豊かな鋭感を秘めた、ドキドキするような思いで見守りたい次世代の旗手は、こうして頭角を現した。この頃から小川は劇的に化ける気配が充満していた。
(文・中原一歩)
※AERA 2020年10月12日号より一部抜粋
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