たまたま社会に出た時期が就職氷河期だった。その不遇がいまも続く。転職もままならなかった。昨年、政府がこの世代の支援に乗り出したが、コロナ禍が直撃。就活はうまくいかない。なぜこうも不運なのか。ロスジェネ世代を取り上げた、AERA 2020年12月21日号の記事を紹介する。
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「管理職が休むなどけしからん。もう来んでいいから」
今年4月、大阪府の男性(48)が熱を出して自宅で休んでいたところに勤務先の会社の上司から電話がかかってきた。
風俗店を顧客にする広告会社だった。長年、非正規の仕事をしたり、生活保護を受けたりしながら食いつなぎ、今年1月になって約15年ぶりに得た正社員の仕事だった。
雲行きが変わったのは3月半ばだった。感染経路がわからない新型コロナウイルスの感染者が社内から2人出た。世界保健機関がパンデミックを宣言し、大阪では吉村洋文知事がその月の3連休で大阪─兵庫間の不要不急の往来自粛を求めた時期だった。
管理職以外の社員は在宅勤務となり、営業担当は外回りができずに業績は低迷した。そんな中、男性が熱で会社を休んだのは決められたルールに従ったまでだった。
「私も人事の仕事をしてきたので、辞めろということだな、とすぐにわかりました。業績が落ちている様子でしたので、熱を出して休んだことにかこつけたんだと思います」
今は生活保護で暮らしているという男性のこれまでの道のりは、平坦ではなかった。
地方公務員だった父親とは子どものころから折り合いが悪かった。地域で一番の公立高校に通ったが、現役で合格した関西の有名私立大学には、国立志向の父に反対され、行かせてもらえなかった。結局、2年浪人して別の関西の有名私立大に入学したが、就職活動でも苦労した。
就活を始めたのは大学3年だった1995年の秋。その年の1月には阪神・淡路大震災、3月にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。
■短期間に転職繰り返す 頑張ってもなぜか裏目
バブル崩壊からも5年ほどたっていた。日本の金融機関が抱える巨額の不良債権は世界的な問題となっていた。日本経営者団体連盟は「新時代の日本的経営」と題した提言を発表。終身雇用や年功序列賃金といった日本的な経営の大幅な見直しを求めた。世の中の雰囲気が急激に様変わりしていった。
「文学部だったためか、とにかく書類が通らずに200社くらいにはがきを書きました。最後は、辛うじて東京と京都の会社、2社から内定をもらったのですが、大阪の両親のもとから逃げたいという思いで東京に行きました」
そして、歯車は少しずつ狂った。
就職したのは、著名なIT企業だったが、その後、転職を繰り返した。別のIT企業、タイヤメーカー、レコード会社。短期間に転職を繰り返して人事の仕事に携わり、その間、結婚と離婚も経験。転職のストレスを常に抱えながらうつ病を発症し、治療をしてきた。自殺未遂をしたこともあった。
上京から10年ほどたったころ、母親の肺がんが発覚した。大阪に帰ることにしたが、やはり家族との折り合いが悪く、じきに絶縁状態になった。
つらいのは、頑張っているつもりでも、なぜか裏目に出てしまうことだった。男性が言う。
「昨年、就職氷河期世代がまた注目されましたが、新型コロナでそれどころではなくなってしまいました。『公助』も含めて安定した仕事で生きていけるようにしてもらいたい」
就職氷河期世代は、93年から2004年ごろまでに社会に出た世代だ。第2次ベビーブームの団塊ジュニアを含む約2千万人がこの世代に該当し、大卒なら現在は30代半ばから40代後半。この世代は“ロストジェネレーション”とも言われる。新卒時に新卒の求人倍率が極端に低く、就職がうまくいかなかったり、不安定な雇用のまま働き続けたりした人たちも多いといわれる。
昨年、このロスジェネ世代が注目を浴びた。安倍政権(当時)が「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」にこの世代への支援策を打ち出したからだ。3年間で30万人の正規雇用者を生み出す──。こんな目標を掲げたが、コロナで社会は一変した。やっと向けられた支援だったのに、事態は目標と逆行しているかのようだ。
厚生労働省によれば12月4日現在でコロナが原因となる解雇や雇い止めは、見込みも含めて約7万5千人。非正規雇用の労働者ばかりではなく、少なくとも約2万7千人は正規雇用の人たちだ。帝国データバンクによれば、コロナ関連の倒産は個人事業主も含めて12月8日までに776件が判明している。
ロスジェネの求職活動の現場にもじわりと影響が出ているようだ。昨年秋から生活保護で暮らし、職探しをしている名古屋市の男性(41)はこう感じている。
「コロナの影響だと思いますが、3月から急激に状況が厳しくなっているように感じています」
■苦労も含めて多様な経験 企業側にも採用メリット
こんなことがあった。
緊急事態宣言のさなかだった4月10日、男性は名古屋市内の人材派遣会社の求人にウェブ経由で応募した。5日後に企業側から「ぜひ面接を」と、面接の候補日を複数提案された。男性は希望日を伝えた。
会社のホームページをチェックしたり志望動機を考えたりしながら備え、当日はスーツを着て面接に向かった。会社に着くと、社員がびっくりした様子だった。面接日程が確定していなかったことがわかった。今思えば、日程確定の連絡さえ会社側からなかった。そして、こんな説明をしてくれた。
「在宅勤務が中心になっているので、未経験の新人を入れても教育ができません。今は採用は難しくなりました。たとえ採用になっても、いつどのタイミングで迎え入れることができるかもわかりません」
建前だけの面接は行われたが、予想通り、その後の連絡はなかった。
男性は現状をこう分析する。
「コロナとの因果関係は何とも言えませんが、これまでは応募すると不採用にしろ面接にせよ、1週間程度で連絡が来ていました。ところが今は、応募した当日や翌日に不採用連絡がくることが目立つようになっています。今までそんなことはなく、それだけ厳しくなっているのだと感じています」
あるとき、ハローワークの担当者に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「確かにコロナ後は、条件面が厳しくなっています」
スキルや年齢といった条件でハードルが高くなっているということだ。男性は今年に入ってから100社近くの企業にアプローチしているが、今もまだ決まらない。男性はつぶやいた。
「社会に出るタイミングで就職氷河期、その後はリーマン・ショックとコロナです。本当に運が悪いですよね」
一方で、企業側の採用意欲を促す取り組みを続ける動きもある。
11月12日に滋賀県主催で行われた企業向けのオンラインセミナー。講師を務めたのは、元大津市議で、現在は氷河期世代の支援を行うパブリックX(クロス)社長の藤井哲也さん(42)だ。
この日、福祉や電気設備、警備などの業界から8社の担当者が参加した。セミナーで藤井さんは、こう訴えた。
「非正規の期間が長くても、就業支援機関などで基本的なビジネスマナーやコミュニケーション能力を身につけている人もいます。苦労も含めて多様な経験がある。企業の多様性を考えたうえでも採用にメリットはあります」
ロスジェネの支援には、採用側への働きかけが重要だと考えている。旗を振る国側の働きかけには期待しているものの、まだまだ「不十分」と感じているという。
ロスジェネ問題に詳しい東京大学の本田由紀教授(教育社会学)は、さらなる影響を危惧する。
「コロナがいつまで続くのか、どれくらい猛威を振るうのかなど、不確実性が高くなれば積極的な採用はしにくいはずです。そのような時代では、長い間、非正規をしていたり、無業を続けていたりする人は、企業側からみれば最も採用に消極的になる人たちです」
■大卒正規雇用にも見られる職場でのスキルのくぼみ
ただ、本田教授は、そもそも無職や非正規雇用の労働者が多いのは、ロスジェネ世代に限った問題ではないため、昨年来示されている政府の方針もどこか筋違いだと感じるという。
ロスジェネ問題の本質とは何か。
経済産業省が実施した調査データを本田教授が分析した結果で、氷河期世代で特徴的なのは、中でも特に大卒の正規雇用で働く男性で、職場で求められている業務スキルの水準が低くなっていることだという。
「学生側の売り手市場であればあまり就職しないような会社や業種でも、当時は就職せざるを得ない時代でした。それらの職場で、たいしたスキルも身につけられないという状況が、氷河期世代で顕著に出ています。前後の世代には見当たらないスキルの“くぼみ”のようなものが出ています」
茨城県に住む男性(45)は、都内の私立大学を卒業した後、金融機関に勤めた。日本の歴史に関心があり、本当は「研究施設で正規雇用で研究をしたかった」というが、夢はかなわなかった。次に考えたいくつかの「士業」も費用を理由に諦めた。
数年勤めた金融機関では簿記の知識を少しは身につけたが、若い人材に期待されたのは、預金集めと融資先の確保だった。その後、十数年間にわたって地元の市役所で非常勤職員として税金関係の仕事に携わり、昨春、雇い止めにあった。実地で身につけた知識もあるが、それ以上のステップはない。
今秋、市役所勤務時の経験を生かして東京都の氷河期世代向けの採用に応募したが、だめだった。
「身につけたスキルといっても、それが何で、どのように評価されるかもよくわかりません」
本人の能力や努力にかかわらない「時代が生んだ不遇」をなんとかしなければならない。(編集部・小田健司)
※AERA 2020年12月21日号
【2020年代は「大失業時代」到来か 「人よりテクノロジー」産業構造の変化も背景に】
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人口の3分の2以上が感染すれば、それ以上の拡大を抑えられる「集団免疫」。日本でもすでにあると言う専門家がいる。一体どういうことなのか。AERA 2020年12月21日号は、免疫学の権威に聞いた。
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集団免疫とは何か、改めて考えてみよう。順天堂大学医学部の奥村康特任教授(78)は「日本でも集団免疫は既にあると言っていいんです」と指摘する。奥村教授は免疫機能の最前線を守るNK(ナチュラルキラー)細胞の武器であるパーフォリン遺伝子を発見した免疫学の権威だ。
奥村教授は、ウイルスと戦う免疫機能の役割について、常に前線をパトロールするNK細胞を「警察官」、その後に控えるT細胞(リンパ球の一種)を「地上軍」、感染やワクチン接種で身につける抗体を「ミサイル」に例えると分かりやすいという。特定のウイルスをピンポイント攻撃するミサイルだけでなく、警察官と地上軍の働きも重要なのだ。
「新型コロナに関しても、抗体がなくてもT細胞系の免疫が備わって有効に働いたという論文が既に出ています。この地上軍にはメモリー機能があり、一度戦った経験があると非常に強くなる。昨シーズンは日本も韓国も台湾も風邪が流行った。実際に風邪を引いた人のT細胞は鍛えられているから強いですよ」
こう指摘する奥村教授は、高齢者の罹患率や重症化率が高い理由をさらに続けた。
「最前線で頑張る警察官は年を取ると弱くなる。ウイルスを撃つ拳銃は持っていても込める弾(パーフォリン遺伝子)を作る能力が落ちるからです。サプリメントやヨーグルトに含まれる乳酸菌が風邪などの予防効果をうたうのは、この弾を増やすことができるからです」
意図せず感染した経験から抗体を得るだけでなく、T細胞やNK細胞は頼りがいのある免疫なのだ。しかも、これらは抗体検査でわかる指標ではない。NK細胞は、500種類以上あるという腸内細菌をバランスよく整えることだけでなく、ストレスのない状態を作り出すことで強化されるという。
「普段はNKの値が高い高校生でも、期末試験の直前に計測すると見事に下がります。メンタルな要素でNKの値が下がってウイルス性疾患になりやすいデータは山ほどあります」
■ワクチンは打つべきか
北海道や大阪で起きつつある医療崩壊の危機について、医師の中には感染を判定するPCR検査が「やりすぎ」だとの指摘もある。試薬を混ぜたDNA溶液の温度を繰り返し上下して検体の増幅を計る検査法だが、日本はかなり厳格に行っているという。ある医師はこう話す。
「普通は20回前後のところを30~40回増幅するので、ほとんど病原性のない死んだウイルスを引っ掛けるケースが増える。これは偽陽性です。非常に感度の高い検査をそこまで幅広くやることは安全性の観点からは素晴らしいが、実質的にはそれがブレーキになる」
安全と医療態勢維持のジレンマについて、別の医師はこう言う。
「保健所の指導に従えば濃厚接触者は動けない。医療従事者も周囲で一人PCR陽性が出ちゃうと働けなくなって、医療崩壊につながっている」
コロナと共存するためには発想の転換が必要だ。どんなに気をつけていても、感染から完全に逃れることは不可能だ。
イギリスで接種が始まったワクチンにも期待がかかるが、性急が故の危険性はないのか。奥村教授はこう締めくくった。
「インフルエンザと比べると新型コロナは抗原性が弱いから、効果も短い代わりに副作用の心配もほとんどない。特にお年寄りやよく飲み歩く人は打っておいた方がいいと思います」
(編集部・大平誠)
※AERA 2020年12月21日号より抜粋
【飲食店苦境の裏で焼肉店は絶好調 コロナ禍での強みは「換気の良さ」】
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コロナ禍で働き方が見直される中、副業に興味を持つ人も多いだろう。年収アップが見込める資格はあるのか。AERA 2020年12月21日号で730以上の資格・検定を持つ鈴木秀明さんが語る。
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いまの時代、持っているだけですぐに年収がアップするような資格は残念ながらあまりありません。それでも、資格の勉強を通して新しい知識を身につけたり、自分の成長につなげたりすることはできるし、それがゆくゆくは年収アップに結び付くと思います。
注目度が増しているのが、健康・ヘルスケア分野です。たとえば、「JNFサプリメントアドバイザー」。体調や健康状態の把握、栄養補給のあり方などを学べます。いずれはドラッグストアなどで求められるようになるかもしれません。「ヘルスケアプランナー検定」や「ナチュラルビューティスタイリスト検定」などもいいでしょう。
「テレワーク検定」や「感染対策アドバイザー」などは、今の時代ならではの資格。収入増には結び付かなくても、業務上これらの知識が必要な人は多いでしょう。
副業に結び付く資格もいいかもしれません。ひと口に副業といっても、私は3種類に分けられると思っています。
まずアルバイト系。「登録販売者」や「危険物取扱者」があれば、ドラッグストアやガソリンスタンドで時給アップが見込めるかも。次に内職系。「ほんやく検定」や「Webライティング能力検定」などです。持っているだけで仕事を受注できるかはさておき、ノウハウを学べます。三つ目は開業系。いまはオンラインや自宅で教室を開くのも一般的です。専業で独立開業は難しくても、「ヨガインストラクター」や「ネイリスト技能検定」などを生かしたプチ開業ができるかもしれません。
ちなみに今回のコロナ禍で、これまで決まった日時に会場で受けるしかなかった資格検定が、自宅やテストセンターでも受験できるようになってきています。人気の「簿記検定」も、2級と3級は12月からテストセンターで随時受験可能です。いまの時期、資格を取るチャンスです。
(構成/編集部・川口穣)
※AERA 2020年12月21日号
【大学別「人気102社就職者数」調査! 旧帝・早慶・MARCH「キラキラ就活」終焉の理由】
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欧米で新型コロナウイルスワクチンの接種が始まった。国内での一般人への接種開始は来年夏以降とみられる。だが、すぐ元の生活に戻れるわけではなさそうだ。 AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号から。
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英国で12月8日に新型コロナウイルスワクチンの接種が始まったのを皮切りに、アメリカやカナダなどで次々とワクチンの接種が開始されている。
英国では、最初の1週間で約13万8千人の医療従事者や高齢者が接種を受けた。
接種が始まったのは米ファイザー社と独ビオンテック社が開発したワクチンだ。これ以外に、米国立保健研究所と共同で開発している米モデルナ社のものも近く米国で緊急使用が認められる。また、英オックスフォード大と開発している英アストラゼネカ社は英国政府に申請中で、早ければ年内に承認されるとみられている。
緊急使用が承認される基になった臨床試験(治験)の中間報告によると、ファイザーとモデルナのワクチンは90%以上、アストラゼネカのワクチンは接種回数により異なるが平均70%の有効性があったとされる。
ワクチンに詳しい石井健・東京大学医科学研究所教授は現状をこう評価する。
「新型コロナウイルスのパンデミックが始まった当初、1年以内にワクチン接種が始まるとは想像もしなかった。中間報告とは言え、これだけ有効なワクチンの接種が1年以内に始まったのは、これまでのワクチン開発の常識で考えると奇跡に近い。歴史に残る業績だと思う」
米科学誌「サイエンス」は、今年の科学のブレークスルーの筆頭に新型コロナウイルスのワクチンを選んだ。
■効果解明されていない
ただし、日本国内でワクチン接種が始まる時期は、まだ不明だ。
日本政府は来年前半までに「全国民に提供できる数量のワクチンを確保する」としており、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカからワクチンの供給を受けることで合意している。しかし、接種が始まるのは、国内でワクチンが承認された後だ。
緊急性の高い医薬品について通常よりも簡素化した手続きで出される「特例承認」の対象になるものの、申請には小規模でも国内における治験データが必要だ。ファイザーは18日、特例承認を申請したが、アストラゼネカはまだで、モデルナは治験もまだ始まっていない。審査には月単位の時間が必要と考えられている。
承認が下りて接種が始まっても、まずは医療従事者や患者と接する保健所職員、検疫所職員、高齢者施設の職員、高齢者、持病のある人が優先的に接種を受ける。それ以外の人がワクチンを接種できるようになるのは、来年夏以降になるとみられる。
しかも、石井教授はこう警告する。
「ワクチン接種が始まればすぐに元の生活に戻れるというわけではない。ワクチンの効果の中身や、効果の持続期間は、現時点ではまだよくわかっていない。当面は3密を避ける、屋内ではマスクを着用する、といった行動を続ける必要がある」
ワクチンの効果は、▽感染を防ぐ▽感染しても症状が出るのを防ぐ▽重症化を防ぐ、という3種類が考えられる。各ワクチンが、どの効果を持っているのかはまだ詳しく解明されていない。もし症状が出るのを防いでも感染を防がないなら、無症状で本人も周囲も気がつかないまま、感染を広める人が増えることになるかもしれない。
効果の持続期間も、治験開始から長くても半年ほどしか経っておらず、今後の経過観察を待たないとわからない。(科学ジャーナリスト・大岩ゆり)
※AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号より抜粋
【期待集めるRNAワクチンの実態 温度管理の厳しい条件で輸送や保存に制約】
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感染者数が増加の一途をたどるいま、帰省に頭を悩ませている人も少なくない。帰省したいのに帰れない、控えたいのに帰らなければいけないなど事情はさまざまだが、躊躇する理由の一つに「周囲の目」もあるようだ。AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号の記事を紹介する。
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この3週間がまさに正念場であり、勝負だ──。
新型コロナウイルス対策を担当する西村康稔(やすとし)経済再生相は11月25日、感染拡大防止に向けて集中した対策を取ることを宣言した。しかし、それから3週間余りたっても、状況は改善どころか悪化の一途をたどる。1日の新規感染者数は12月17日に過去最多となる3211人を記録した。「勝負の3週間」前の11月25日に376人だった全国の重症者数も、12月16日には618人と1.6倍に増えている。
政府の対応も迷走を極める。多くの医療関係者らが感染拡大の要因の一つだと指摘していたGoToトラベルは、菅義偉首相が11日のインターネット番組で「いつの間にかGoToが悪いことになってきたが、移動では感染はしないという提言も(分科会から)頂いている」と発言。しかし、その3日後には一転して年末からの一時停止を決めた。さらに、GoTo停止を決めたその夜には総理が高齢者8人での「忘年会」に出席し、批判を浴びている。
■例年よりは「帰省」減
東京都内の病院で働く看護師の女性(29)はこうあきれ返る。
「私たちは友人とも会わず、外食にも行かず、職場と家の往復だけで頑張っている。それなのに政府はろくな対策もとらず責任を取る気もなく、発言と行動がまったく一致していない。真面目に働く気がなくなります」
そんななか、一年のうちで人の移動が最も多くなる年末年始がやってくる。日本医師会の中川俊男会長は16日の会見で、「新型コロナウイルスに年末年始はない」と述べ、危機感をあらわにした。
例年、インフルエンザは1月下旬にピークを迎えるが、年末年始の移動でウイルスが広まるからだと考えられている。感染症に詳しい内科医で、ナビタスクリニック理事長の久住英二医師は、こう指摘する。
「新型コロナに関する海外の報告を見ても、ほかの感染症の例と照らし合わせても、人が移動すればウイルスも動き、感染が拡大することは明らかです。厳格な移動制限がない限り、年末年始を経て、新規感染者数は間違いなく増加します」
GoToの停止が決まり、年末年始に旅行を計画していた人からはキャンセルが相次いでいる。しかし、一般にホテルへの宿泊を伴わない帰省はGoToの対象ではなく、どれだけの人が移動するかは未知数だ。10日にJRが発表した東海道・山陽新幹線の年末年始の予約率は14%にとどまり、前年より66%減と大幅に少なくなっている。一方、ソニーネットワークコミュニケーションズが11月、スマートホームサービス「MANOMA」利用者を対象に行った調査では、「帰省する、離れた家族と会う予定がある/おそらくある」との回答が43.1%、検討中が19.9%に上った。調査対象者のなかには「帰省先が同じ県内」のような事例も含まれ、さらに感染拡大が止まらない状況を見て帰省を取りやめた人もいると考えられるが、それでも1カ月前の段階では6割の人が帰省を予定・検討していた。
東京都の会社員女性(33)も、青森県の実家への帰省を予定している。5人きょうだいのうち、青森県内の医療機関で働く弟は帰省しない。都内に住む姉も近県の義実家から帰省を止められ、併せて帰省予定だった青森にも帰らないという。
■検査「陰性」なら帰省
それでも、女性自身は帰ることを決めた。
「例年は30人近い親戚が集まっていましたが、今年は無理だと思う。地元の友達にも帰省していることは言わないつもりです。それでも、高齢の祖母に会いたいし、家族と過ごさない年末年始は考えられません」
年末まで極力外出を控え、PCR検査を受けて陰性を確認してから帰省するつもりだ。1月11日ごろまで実家で過ごしてから東京に戻るという。
一方、帰省を取りやめる人もいる。
埼玉県に住む女性(31)は、宮城県の実家への帰省を中止した。夫、娘との帰省を提案したが、両親から強く拒まれたという。
「私たちにももし感染していたらという迷いはありましたが、むしろ関東から帰ってきていると近所に知れたら何を言われるかわからないということでした」
女性には、1歳になったばかりの娘がいる。両親にとっては初孫。最後に会った3月はまだ首が据わったばかりで、歩けるようになった今の姿をぜひ見せたいと考えていた。女性は言う。
「両親も孫に本当に会いたがっていますし、今は元気な祖父母も高齢で、ひ孫にあと何度会わせられるかわからない。周囲の目が怖いなら近くにホテルを取るから、と提案しましたが、それでも何があるかわからないと拒まれた。どんなに感染対策に気を使っても、周りの人にはそれはわからない。そこまで言われたら帰ることはできません」
(編集部・川口穣)
※AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号より抜粋
【隈研吾「東京は破綻する瀬戸際にあった」 新型コロナが与えた都市計画への“警告”】
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コロナ禍による全国的なイベントや宴会の中止で危機的な状況にある生産者。そんな生産者らを救うための生産者支援事業にふるさと納税が用いられたことで、通常の倍量や半額といった返礼品が出回っているという。AERA 2020年12月21日号では、例年以上にお得な「ふるさと納税」について取材した。
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ふるさと納税の年末駆け込み需要が高まるなか、「緊急支援品」「コロナ対策支援」といった言葉が目につくようになった。増量、または値引きされた返礼品が並び、2倍量や半額といったものもある。ふるさと納税総合サイトのふるさとチョイスでは「ニコニコエール品」と銘打った期間限定プロジェクトを7月22日に開始。同サイトで“ニコニコエール”と検索すると81件(12月10日時点)の“お得な”返礼品が並んでいる。
■農水省の救済措置利用
ふるさと納税は、自治体への寄付のうち2千円を超える部分が所得税や住民税の控除対象になる制度。故郷や被災地など応援したい自治体に寄付できる利点があるが、人気の理由は寄付先の自治体から送られる返礼品だ。近年は返礼品の過当競争が問題視され、総務省は昨年6月に返礼品の調達費を寄付額の3割以下とする規制を設けた。
それがなぜ、「半額」「2倍量」にできるのか。背景には農林水産省による生産者支援事業がある。コロナ禍で打撃を受ける生産者の救済措置として、生産者からの仕入れ代金の最大半額を国が補助する。総務省が規制するのは自治体の「持ち出し」分であり、自治体の負担はそのまま、豪華な返礼品を用意できる。苦しい財政状況の中、肉や魚介類、米などの特産品のある自治体は年末商戦さながらの熱気で寄付を募っている。
一方で、これといった特産品がない自治体では「返礼品は寄付額3割以下」の規制が骨抜きになることに危機感がある。
川崎市(神奈川県)は今年度、ふるさと納税による市税の減収が63億円に達する見込みだ。保育園の運営費なら園児3800人分、ごみ収集・処理なら36万世帯分に相当する。税収の不足分は減債基金からの借り入れなど「やりくり」でしのぎ、住民サービス低下は今のところ回避しているという。
「これから来年度の予算を作る時期ですが、ふるさと納税がこれ以上伸びてほしくないというのが正直な気持ちです」(税務部税制課)
自治体間での温度差について、ニッセイ基礎研究所の高岡和佳子主任研究員はこう話す。
「特産品の有無による自治体間の不公平感は理解できますが、それを言い出すと『観光スポットの多い沖縄はGo Toトラベルの恩恵が大きくて不公平だ』『飲食店の多い東京都で他地域よりGo Toイートが使いやすいのは問題だ』などの意見が出始め、収拾がつかなくなります」
■12月末までに駆け込み
経済政策では何がいけないかを議論するのは簡単だが、何をすべきかを決めるのは難しい。第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生さんも言う。
「現状では公平性より地域の産業保護が重要です。農家や漁業者に現金を配っても需要不足という根本的な問題は解決せず、食材は余ったままで、肝心な次の生産活動に結び付きません。コロナ禍で需要が消滅した状態が2~3年続けば、地域の特産品は次々と消滅していきます。一時的に返礼品が上乗せされる程度なら問題ないでしょう」
ふるさと納税の今年分の申請は12月末まで。食べて応援する意味で、納得できる寄付先を探すのも悪くはない。(ジャーナリスト・大場宏明、編集部・中島晶子)
※AERA 2020年12月21日号
【ドコモの激安新プラン「アハモ」の採算は? “皮算用”に「幻想みたいな考え方」と不安の声も】
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「楽屋で日本一面白い男」と呼ばれていた。芸人仲間のどんなふりにも100%で切り返す。舞台裏はいつも大笑いだった。こんなにも面白いのに、世間の評価はなかなか上がらない。古坂大魔王は笑いのステージだけでなく、音楽に動画に挑戦していった。まいた種は、大輪の花を咲かせた。ピコ太郎の「PPAP」の動画を配信すると合計再生回数は5億を超えた。一気に世界が舞台になった。
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「ピコ太郎で稼いだお金、全部投入しましたから」
都内某所、11月に完成したばかりのプライベートスタジオで古坂大魔王(こさかだいまおう)(47)はそう語った。その名も「スタジオ・ピコ」。
古坂といえば2016年8月、シンガーソングライター・ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン」(以下、PPAP)をYouTubeに上げると、翌月にはグラミー賞アーティスト、ジャスティン・ビーバーが「お気に入りのビデオだ」とツイート。するとYouTube再生回数3週連続世界一に。合計再生回数は5億を超えた。18の国と地域を訪れ、「パリの凱旋門でも、ウガンダの市場でもピコ太郎が歩くと人だかりができた」(古坂)というほど世界的著名人になった。
降ってわいたようなPPAPブームを巻き起こしたプロデューサー古坂に、「たまたま」「運」といった見方もあった。25年間波に乗り切れず、一時は仕事が減り、ピザ屋のバイトの面接に行った経験がある。本人も幸運を否定しない。しかし古坂のこれまでを辿ると、偶然を必然に近づける試みを繰り返す姿があった。古坂はこう言う。
「野球にたとえれば、ピンチはチャンスだと思って打席に立ったことが1千回あったからなんです。“最近三振ばっかりだけど、次はホームランじゃねっ”と思って打席に立っていたから」
PPAP後もブームにのみこまれず、ピコ太郎は子ども向けの手洗い動画でコロナ禍の話題をさらい、古坂は複数の番組MCやプロデューサー、さらに特撮ヒーロードラマ「魔進戦隊キラメイジャー」に出演するなど幅広く活躍している。
■人と同じことは大嫌い、王道はやりたがらない
出身は青森市。父親は造船業の職人で、3人兄弟の次男だ。弟で国士舘大学専任講師の正人(まさひと)(43)は、「小学校では兄の周りにはいつも人がいて、笑いの渦の中心にいた」と振り返る。ビートたけしやとんねるずが大好きで、小学3年生の文集には「漫才師になる」と書いた。自らコントをつくり、中学のときには、友だち4人とグループを組み、地元放送局だけでなく、山田邦子が司会する「スター生たまご」に出演、みごと優勝した。
進学校の青森東高校に入るも、第1志望は芸人だった。そこに立ちはだかったのは母親。“3兄弟を公務員に”が悲願だったのだ。
「お笑い芸人などもってのほかなわけです。ただ唯一優しくなるときがあって、それが肩をもんでいるとき。肩をマッサージしながら、今日あったことを話して、好きなものをねだったりしていたので、このときしかないと」
お笑い芸人への熱意を語り続けたところ、ついに高校3年生のとき、日本映画学校(現・日本映画大学)で勉強することを条件に許しを得た。
願いが叶い学校に入るも、仲良くなった二人とトリオを組むと、数カ月で退学した。「底ぬけAIR-LINE」を結成し、数年後には幸運にも人気番組「ボキャブラ天国」に出演でき、一躍人気者に。その後「爆笑!スターものまね王座決定戦」や「爆笑オンエアバトル」にも出演するようになるが、先頭集団を行く爆笑問題、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)との差は埋まらなかった。
しかし古坂が先頭集団と対等にいられる場所があった。楽屋だ。くりぃむしちゅーの上田晋也(50)の記憶に残るのは20年ほど前、「ものまね王座決定戦」でのこと。若手は朝10時前後からリハーサルをするが、本番まで約10時間ある。その間楽屋でずっと笑わせていたのが古坂だった。たとえば上田や相方の有田哲平が、「古坂、地方からイベンターさん来ているよ」といえば、少し発音に特徴があったり息づかいがヘンだったりするイベンターのマネをする。「ADさんが打ち合わせしたいらしいよ」と振ると、失礼なADの特徴を捉えて細かな描写でマネをする。芸人ならばわかる「あるある」話を古坂は熱演した。上田は言う。
「どんな無茶ぶりでも必死で返して、爆笑させてくれる。コイツ、天才だと思いましたよ。でも10時間熱演して楽屋でクタクタになっているから、本番では全然実力を発揮できない。古坂の面白さの10分の1も伝わっていないなと思いましたね」
そんなことが何度もあった。ついた名前が「楽屋で日本一面白い男」。古坂はこれを、負けず嫌いの性格と、面白い奴・才能のある奴と思われたいという自己承認欲求の表れだと自己分析する。
古坂とは幼稚園からの幼なじみで、00年以降彼のマネージャーになる白取輝知(しらとりてるとも)(エイベックス・マネジメント執行役員)は、「目の前にいる人が笑わないと嫌なのが古坂だ」という。
「たとえばリハーサルでウケても、同じことを本番でやってもスタッフは笑わないから違うことをやる。結果ウケない。同じことをやればいいじゃないかと言っても嫌だと、ホント頑固者です」
人と同じことをするのも大嫌いだから、笑いの王道はわかっていてもやりたがらない。古坂は、テレビがそのときに売れている芸人の個性が出やすい構成になり過ぎるため、自分が表現しにくいとディレクターに訴え、もめたこともあった。
(文・西所正道)
※AERA 2020年12月21日号から抜粋
【北野武「バカヤローって言えないほうが、おかしいじゃねえか」 コロナ禍に芸人として思うこと】
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子どもを保育園に入れるための“保活”が、コロナ禍で様変わりしている。園の見学やママ友の情報入手がままならず、親たちは自分に合った園を見つけることに苦戦している。AERA 2020年12月21日号で掲載された記事から。
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「もっと、出産前に保育園の見学を済ませておけば」
都内に暮らす学校職員の女性(42)は、2021年度の保育園の申し込みを終えたいまも、そんな気持ちがぬぐえない。
昨年12月に第1子を出産。産後3カ月が過ぎ、少しずつ保育園の見学を、と考え始めた頃、新型コロナウイルスの流行が本格化し、緊急事態宣言が発令された。
女性が暮らす区で認可保育園の見学が再開されたのは7月。自宅近くの認可保育園に電話をすると、見学は1家族1人、1日5人までだと言われた。体温を測り、マスクをして見学に向かう。園のなかに入ることはできず、窓の外からお昼寝中の子どもたちの様子をのぞいたり、園庭で園長の話を聞いたり。わずか10分で“見学”は終わった。
「実際に保育士が子どもたちと接しているところを見ることはできませんでした。何より、夫と二人で見学し意見を共有することができないのがつらかった」
外からのぞくだけの見学はあまり意味がないのかもしれない。積極的に保活をする気持ちもうせた。最終的に見学した認可保育園は3カ所。入園の申請を行ううえで、基準となったのは「自宅からの距離」だけだった。
■ママ友情報が入らない
コロナ禍での初めての子育て。「仕事への思い」も薄れてきているように感じる。学校職員という仕事柄、完全にテレワークで作業することは難しい。自分が毎日電車に乗り通勤することで、ウイルスを家庭に持ち込んでしまったら……。乳幼児の感染や重症化の例は少ないと言われているが、区のホームページには、認可園で保育士の感染が確認された、という情報が日々アップされている。
「子どもが感染し、後遺症などが出る可能性もゼロではない。リスクを冒してまで働く意味はあるのでしょうか」
これまで「保活」と言えば、早くから戦略的に動き、高倍率の入園を勝ち取ることを意味してきた。10カ所以上の保育園を見学するケースも珍しくない。産前産後に知り合ったママ友たちと言葉を交わすことで得られる生の情報は、保育園選びを大きく左右した。だが、コロナ禍により、児童館などの利用も制限され、母親同士の横のつながりも絶たれつつある。両立支援コンサルティングをする曽山恵理子さんは言う。
「コロナ禍で、自分に合った園かどうかを見極めるのに苦戦している人が本当に多い。特に第1子の場合、その傾向が強い」
曽山さんは、自身が暮らす杉並区において、子育て支援を行う「杉並こどもプロジェクト」の代表としても長年活動してきた。杉並区では一定の条件を満たした場合、0歳よりも1歳入園のほうに点数が高くつくため、今年は無理せず1歳での入園に切り替える人が多い傾向にあり、なかには、2歳入園を考え始めている人もいるという。
「特に、3年間の育休を取得できる公務員にはその傾向が強いです。ただ、2歳以上になると入園の枠は少なくなる。上にきょうだいがいる場合は入園できる可能性がありますが、第1子で2歳入園は厳しいことは把握しておくべきです」(曽山さん)
曽山さんは今年7月、有料の保活相談をオンラインに切り替え、これまで15人ほどの相談に乗ってきた。一般的に、育休制度のない自営業やフリーランスの母親たちは正社員に比べ点数の面で不利になるため、持ち上がりのない0歳での入園を希望するパターンが多い。だが、今年は自営業やフリーランスの母親たちからも「入園できる確率が下がったとしても1歳での入園を目指すか悩んでいる」という声を聞いた。(ライター・古谷ゆう子、小野ヒデコ)
※AERA 2020年12月21日号より抜粋
新型コロナの感染拡大の影響から会社員の収入が減っている。その一方で年収アップを果たした人もいる。先行き不透明な時代に企業が求めるものとは。AERA 2020年12月21日号で掲載された記事から。
【人気企業93社「年収」徹底調査! 建設や商社が右肩上がりで「1千万円超え」する理由】
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現職より、200万円増──。神奈川県に住む松尾英樹さん(30)は転職活動中に提示された年収額を見て、驚いた。
「年収アップを目指していましたが、これだけの提示があるとは思っていませんでした」
これが決め手のひとつとなり、今年2月、松尾さんは企業の広報活動を代行するPR代理店から、マンガアプリの開発や宿泊施設のIoT事業を手掛けるアンド・ファクトリーの広報職へと転職した。
「少し前から、広報職への企業からの引き合いがかなり強まっていると感じます。その印象は、コロナの影響が本格化して以降も変わりません」(松尾さん)
転職エージェントなどのデータを見ると、広報職の引き合いは目立って強いわけではない。広報・広告職を専門とするキャリアコンサルタントの男性はこう話す。
「広報系の求人数はコロナ前の約8割。転職時も『前職考慮』の度合いが大きく、大幅な年収アップは多くありません」
しかし、PR代理店出身の広報職人材はいま、一部で「宝の山」とみなされている。
「PR会社のスタッフは、あらゆる企業のサービスや商品を扱います。クライアント側の窓口とメディア側の窓口の両方を経験する人も多い。コロナ禍もあって、企業には生き抜くための新たな課題が次々に生まれています。多様化する課題に対して提案型で仕事をするには、PR会社での経験はうってつけなのだと思います」
■休職中の「時間」が転機
埼玉県在住の女性(27)も、PR代理店からの転職組だ。昨年12月に第1子を出産。4月に復職予定だったがコロナの影響で保育園が休園となり、休職を延長した。「時間ができた」ことで、これまで具体的には考えていなかった転職を思い立ったという。結局復職せずに退職し、8月からはインターネットニュースメディアで広告営業を担当している。
女性の場合、広報職から異業種への転職だ。それでも、年収は80万円ほどアップした。
「PR代理店では、当初はメディア側の窓口、その後クライアントのPR施策のプランニングや新規提案を担当しました。メディア側とクライアント側両方の視点を持てていたことも採用につながったのだと思います」
予測のつかない変化の時代。転職者はみな、複線的な経験と技術を組み合わせ、自らの仕事を横へ広げる力に長けている。人材サービス大手のエン・ジャパンで転職仲介サービス「エン エージェント」を担当する藤村諭史さんの言葉が印象的だ。
「どんな分野のスペシャリストが求められるかは時代によって変わります。それでも変化に柔軟な対応ができる人や、『正解が見えない問題』に論理的な解を導くコンセプチュアルスキルは、今後も求められ続けるはずです」
(編集部・川口穣)
※AERA 2020年12月21日号より抜粋
【ローン破綻で夢のタワマン失った もう他人事じゃない「収入減で住居喪失」の原因とは】
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遊びに行くのも、人に会うのもはばかられる今冬。遠出しなくても、家を出て空を見上げてみよう。夜景と星の競演や、狭い空を渡る星々。街中ならではの星空の味わい方をご紹介します。AERA 2020年12月21日号に掲載された記事を紹介する。
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東京・六本木の「六本木ヒルズ森タワー」。52階で屋上スカイデッキへのエレベーターに乗り換え、さらに階段を上がる。海抜270メートルのスカイデッキに立つと、360度の眺望に宝石箱のような夜景がきらめき、開けた頭上には艶やかな十三夜の月が静座している。これまで人工的な明かりは天体観測を妨げると思っていたが、星空と夜景をいっぺんに味わう贅沢な楽しみ方もあるのだ。
東京のど真ん中ともいえる六本木で、定期的に星や月を見るイベントが開かれている。その名も「六本木天文クラブ」。国立天文台や各大学で天文学を専攻する研究者らが星空案内をしてくれる。取材に訪れたこの日は、「十三夜を愛でる会」が開かれていた。
「十五夜は東アジアの広い地域で行われている行事ですが、十三夜は日本だけのオリジナル。まん丸でないところが風流だという日本人の感情もあわせて楽しんでください。月の左には火星も見えていますね」
星空案内人(星のソムリエ)の資格を持つ泉水朋寛さんが、来場者に向けて語りかける。
■日常の中にある非日常
星を見るなら「明かりの少ない郊外」というイメージだが、なぜ都心で星空のイベントを開くのか。泉水さんはこう説明する。
「都会では星が見えないと思い込んでいる方は多いですが、明るい星はもちろん、流れ星も見えるんですよ。多くの方に日常の中の非日常をご体感いただきたいと思っています」
六本木天文クラブのイベントにときどき参加するという東京都目黒区に住む伊藤典子さん(51)は、自宅のベランダからも星を眺めるそうで、
「都内でも思う以上に、特に深夜はたくさんの星が見えるんです。気持ちが塞ぐことがあっても星を見上げれば気持ちが癒やされていきます」
冬は夜が長く、空気が乾燥して空が澄み天体観測にうってつけの季節。新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、満天の星を求めて遠方に旅行するのは気が進まないというなら、自宅や職場のそばから夜空を見上げてみてはどうだろう。
旅先での星空は天気に左右され、運悪く見えない場合もあるが、身近な星空観測なら思い立ったらすぐに実行できるし、屋外だから3密も回避して楽しめる。それに、初心者は満天の空よりも目立つ星しか見えない都会の方が星座を見つけやすい。
大阪を代表する繁華街、心斎橋から徒歩15分ほどの場所でも、毎晩のように天体観望会を開いている人がいる。「星カフェSPICA」オーナーのkeisukeさんだ。
「都会では星が見えないという思い込みを捨てて夜空を見上げれば、だんだんと星が見えてくるんですよ」
ポイントはしばらく見続けることだという。都心で夜空を見上げたときは「やっぱりここでは星は見えない」とあきらめがちだが、実はしばらく見ているうちに、目が夜空の暗さに慣れ、見える星がだんだん増えてくる。「暗順応」と呼ばれる視覚の調整機能だ。すぐ諦めず待つことが重要なのだ。
keisukeさんは大阪に生まれ育ち、自身も街中で星が見えるとは思ってもいなかったという。20歳の頃奈良の山中で星座を見た翌日に街中で夜空を見上げたら、はくちょう座やさそり座が見えてきた。その感動をみんなにも知ってもらいたいと、大阪市内に店を開き、店内のプラネタリウムでその日午後8時の星空を映して解説した後、ビルの屋上に移動して天体観望会を行っている。
(編集部・深澤友紀)
※AERA 2020年12月21日号より抜粋