「あざっす」「無理っす」「うまいっす」などなど。「っす言葉」は全盛期。CMでもモテモテ。ややこしい人間関係も、この軽さで解決っす! AERA 2020年10月26日号は、若者に広まった理由に迫る。
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上質感にひたりながら、コクのある「アサヒ ザ・リッチ」を飲む竹野内豊さん。思わず「好きだ」とつぶやくと、横から「私も」という女性の声がしてドキッとする。現実の世界に引き戻され、ベランダの横を向くとマンションの隣に住む長澤まさみさんの姿が目に入る。真意を測りかねていると、「これっす」と手に持つアサヒ ザ・リッチを示すのだった──。
この夏放送された「アサヒ ザ・リッチ」のCMだ。長澤さんの「これっす」に40代の男性は胸がキュンとすると言う。
「長澤さんみたいな、手の届きそうにないきれいな女性が、『これっす』と気さくに下りてきてくれた感じがたまらない」
若者言葉「マジっすか」「了解っす」など、丁寧語の「です」を短縮した「っす言葉」は体育会系やガテン系の男性から使用が始まり、1990年代に広まったとされる。いまやCMにも多く登場し、一般にも広く使われるようになった。
■独特の親近感を生む
「っす」は、使用者の間では「なんちゃって敬語」という漠然とした共通認識がある一方、ネット掲示板で「『っす』は丁寧語か?」という論争が起きるなど、その位置づけは曖昧だった。
そこへ「『っす言葉』は若者の繊細な人間関係を支える、新敬語」と評価する専門家が登場した。今年3月『新敬語「マジヤバイっす」社会言語学の視点から』を出版し話題を呼んでいる、関東学院大学教授の中村桃子さんだ。中村さんは大学の男子運動部の先輩と後輩のグループの会話を調査。すると「っす」の使用には一定のルールがあることがわかった。(1)後輩が先輩と話すときに使う。(2)先輩が後輩に使う逆パターンや、同期同士の使用はない。そこで中村さんは「っす言葉」を「新敬語」と定義した。
2015年に放送されたauの三太郎のCM「鬼、登場」篇では、菅田将暉さん演じる鬼が「っす言葉」を連発。“チョー軽い鬼”が話題を呼んだ。なぜ「っす言葉」を使ったのか。三太郎のCMを手がけるクリエイティブディレクターの篠原誠さん(48)に聞いてみた。
「鬼は三太郎とは違うキャラクターにしたい。それも既成概念にとらわれないイメージにしたいと考え、『人懐っこい後輩キャラ』に設定しました。その場合、敬語よりも『○○っす』のほうが合うと思い、連発することになりました。『っす言葉』はなれなれしく相手を少しなめているように聞こえがちですが、“独特の親近感”を生みます」
■「心の距離」を調整
このCMで興味深いのは、敬語とタメ口のせめぎ合いだ。三太郎は緊張しながら鬼退治に向かった。ところが登場したのは、以前、桃太郎(松田翔太さん)が退治した鬼だった。桃太郎が「鬼ちゃん!?」と声をかけると、鬼は屈託なく「あ、桃ちゃん、久しぶりっす~!」と返答。金太郎(濱田岳さん)と浦島太郎(桐谷健太さん)は面食らう。
金太郎は当初「友だちですか?」と敬語で話すが、鬼に「ケンカの後はもう友だちっすよね~」と畳みかけられ、さらに手にしていたまさかりを「わっ、これ格好いいっすね~」とほめられると「本当に?」と一気にタメ口に転じる。
敬語で話すかタメ口にするかには、話し手の「心の距離」が投影される。敬語ばかりではよそよそしくなるが、タメ口だと踏み込みすぎる。その距離感をうまくとれるかが、人間関係の要のひとつだ。中村さんは言う。
「日本語には“親しみをこめた丁寧語”がないんです。『っす言葉』はその空白を埋めるようにして広まったと考えられます。タメ口と敬語の間をつなぐ貴重な役割を果たしているのです」
「っす言葉」には前述のCMの鬼に「軽さ」を加えるなど、丁寧語の機能だけにとどまらない魅力がある。それがクリエーターたちを引きつけ、CMでの多用にもつながっているようだ。「っす言葉」は男性が主に使ってきたが、2000年代に入ると好感度の高い女性が登場するCMでも使われるようになる。
■女言葉の衰退が影響
綾瀬はるかさんが出演した、12年放送のアクエリアスのビタミンガードのCMでは「っす言葉」がアクセントになっている。綾瀬さんは女友だちと陶芸教室、ゴルフ練習、砂風呂を楽しみ、シーンごとに「今日も充実っす」と言う。言葉を手書きした花まるスタンプも表示された。CMのコピーを手がけた、電通の小川愛世(あきよ)さん(36)は言う。
「このころリア充という言葉が広く使われ始めて、週末にボルダリングをするなど、女性たちは日々を充実させることに夢中になっていました。加えて、商品もしっかりしたレモン味で、飲んだあとに充実感があることから『充実』がキーワードになりました」
しかし「充実」の言葉だけではキャッチコピーとしてやや硬い。複数の候補を出して、選ばれたのが「充実っす」だった。
「普段、『〇〇っす』と言いそうにない、柔らかな雰囲気の綾瀬さんが、明るく元気に『充実っす!』と言ったときに生まれるギャップが新鮮で、チャーミングになると考えました。『っす言葉』を使うことで、『充実です!』『充実だね!』にない爽快感や勢いが加わり、素がポロッと出たようなニュアンスもつきました」(小川さん)
男女ともに使われる「っす言葉」。でも、中村さんは、男性と女性とでは使い方は違うと指摘する。男性が丁寧さが必要な場面なのかどうかで「っす」の使用を判断するのに対し、女性は自分をどう打ち出したいかで決めるという。
「女性の『っす』の使用には、『だわ』『かしら』などの女言葉が死語になったことも影響しています。綾瀬さんのような同性に好まれる女性のCMで『っす言葉』を使い、男性や女性の枠にとらわれない“新しい女性らしさ”を打ち出している点が興味深いです」(中村さん)
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■文末の便利なスタンプ
キーワードは「仲間意識」。そう語るのは、冒頭の「アサヒ ザ・リッチ」のCMを手がけた博報堂のクリエイティブディレクター・臼井健太朗さん(45)だ。「っす言葉」には男女や先輩後輩の垣根を越える効果がある。
「商品はコクのある上質な味わいながら、手ごろな価格で買える新ジャンル。ですから、長澤さんを男性が憧れるような旧来型のタイプではなく、新ジャンル好きの仲間として描きたいと思いました」
竹野内さんと長澤さんでは、年齢的に先輩と後輩の関係になる。臼井さんが思い浮かべたのは手ごろな居酒屋で仲間で飲んでいるときの先輩と後輩の会話だ。「これ、うまいっすね」「だろ?」。先輩が「俺、○○食っていい?」と言うと後輩が「ダメっす」と返したり。やがて「どっちが先輩だ?」みたいになったり。「っす」を介して垣根がはずれ、楽しさと親密さが増していく。
「男女の垣根なく交わされている、こうした会話の感じを出したくて、長澤さんのセリフを『これっす』にしました。『これです』にしてしまうと、そこで会話が終わってしまうとも思いました」(臼井さん)
文末に余韻とゆるさ、カジュアルさを加える「っす」は、便利な「言葉のスタンプ」なのだ。LINEやメールのスタンプ、絵文字と同様の働きをする。しかしSNSのスタンプなどと同じく、TPOをわきまえることも重要なようだ。「新入社員に用事を頼んだら『いいっすよ』と言われた」「40代にもなって『○○っす』を連発する職場の男性、どうなの」など否定的な声も聞こえる。便利な分、取り扱いには注意が必要っす。(編集部・石田かおる)
※AERA 2020年10月26日号