東京五輪に出場する選手を支えるのは最新技術だ。池江璃花子選手は自ら開発に参加した水着で臨む。「五輪」特集のAERA 2021年7月26日号の記事を紹介。
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「私は必ず戻ってきます」
病室で決意を語った池江璃花子(21)が東京五輪の舞台に立つ。
2年前に彼女の言葉を聞いたスポーツ用品メーカー、ミズノのスイム担当・藤田真之介さん(46)は振り返る。
「こうなってほしいなという想像をいつもはるかに超えてくる」
池江は16歳で挑んだ2016年リオデジャネイロ五輪の競泳女子100メートルバタフライで、予選から決勝まで日本記録3連発で5位入賞。2年後のジャカルタ・アジア大会では6冠に輝き、女子初の最優秀選手(MVP)に選ばれた。
19年2月に白血病を公表。10カ月に及ぶ入院中の抗がん剤治療はのちにテレビ番組で「死んだほうがいいんじゃないかって思っちゃったときもありました」と言うほどつらいものだった。だが、退院から1年4カ月後の日本選手権で4冠を達成し、東京五輪代表を決めた。
女子400メートルリレー(7月24日に予選、25日に決勝)にエントリー。混合メドレーリレーや女子メドレーリレーに出場する可能性もある。藤田さんは言う。
「泳ぎ切った後、本人が笑顔でいてくれたらそれで十分です」
■水面に対してフラット
その池江の泳ぎを支えるのがミズノのGXソニックシリーズ。同社が提唱する理論「フラットスイム」を具現化した水着だ。水着企画担当の大竹健司さん(44)が説明する。
「水泳は水の抵抗をいかに小さくするかが重要です。足や腰が下がらず、水面に対してフラットな姿勢を維持できるよう、腰から太ももにかけてラインをクロス状に配置してテーピングのようにサポートしました」
東京五輪に向けた開発には池江も参加した。闘病前に「肩回りを動かしやすくしてほしい」などと要望。入院中の19年11月に発表された最新モデルは撥水(はっすい)性能が向上し、水中での重量が男性用で20%軽くなった。女性用水着には体幹部に独自のサポートラインを初めて配置した。
水着はどれほど泳ぎに影響するのだろうか。08年に英スピード社が発表した「レーザー・レーサー(LR)」は、高速水着騒動を起こしたことで知られる。体を締め付け、ポリウレタン製の薄い膜のようなパネルをはり付けた水着だ。着用した欧米の選手が好記録を連発。日本のメーカーの水着を着ていた日本選手も、北京五輪では多くがLRに切り替えた。
元日本水泳連盟広報委員の望月秀記さんは、騒動の予兆は北京五輪の10年ほど前から始まっていたと指摘する。
「昔の男性用水着はVパンツ型でしたが、1998年の世界選手権にはスパッツ型、00年シドニー五輪では全身を覆う水着が登場しました。水着は泳ぎの速度や浮力を助けないという考えから、水着で筋肉のぶれを抑え、体を締め付けて水の抵抗を減らし、泳ぎを助けるものに変わりました」
開発競争は激化し、水や空気を通さないラバー製の水着も登場した。そのため国際水泳連盟は素材や形状など細かい制約を定めた。
■多くの人が一緒に戦う
ミズノの社員としてGXシリーズの開発に関わってきた、12年ロンドン五輪女子100メートル背泳ぎの銅メダリスト、寺川綾さん(36)は言う。
「水着も信頼し、自信を持ってスタート台に立つことが、いいレースにつながる。開発にかかわってくれた多くの人たちが一緒に戦ってくれているようで心強かったです」
縫製工場では選手の写真を飾り、丁寧につくっているという。
国際水連の水着認可委員会委員を10年以上務めてきた中京大学スポーツ科学部教授の高橋繁浩教授(60)はこう話す。
「現在の水着は厳しいルールの中で作られているので機能的な差はあまりなくなった。ただ、LRの登場以来、選手たちの中で水着が記録短縮をサポートしてくれるという期待が高くなっています」
池江は、自らが開発に携わった水着で好記録を目指す。(編集部・深澤友紀)
【奇跡の泳ぎ支えたのは「肩甲骨」 池江璃花子が東京五輪代表内定を掴めた理由】
※AERA 2021年7月26日号より抜粋
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