クラブハウスのダイニングでの残食の量がめっきりと減り、アスリートにとって重要なトレーニング後の栄養摂取をほぼ全選手が継続している。
ダイニングで調理するスタッフが変わったわけではなく、プロテインを飲みやすくしたわけでもない。選手たちの意識が変わったのだ。
変化を促したのは、管理栄養士として浦和レッズをサポートする石川三知だ。
今年3月12日に紹介した動画(『夕食まであと3時間……食べるべきか、我慢すべきか』)内に、宇賀神友弥がジューシーを頬張りながら「石川大先生のおかげでケガもなく」と語るシーンがあるが、その「石川大先生」こそ、彼女である。
「特別なことは何もしていないんです。どうして必要なのか、科学的な実証があって、数字やデータも出して、サイエンスとしてレクチャーさせてもらったら、選手たちが理解してくれたんだと思います。
食事については残食が多いと聞いていたので、まずは食べきれる量にして、メニュー内容も変更しました。今年はボリュームを増やしましたが、それでもしっかり食べてくれるようになりました」
選手のパフォーマンスやコンディションの維持・向上を目指し、トレーニング後すぐに栄養が摂れるよう、増設したクラブハウスの3階にダイニングが設けられた。そうした改革の一環として、2020年5月に招かれたのが石川だ。
全日本男子バレーボールチーム、新体操日本代表フェアリージャパン、陸上男子短距離日本代表チーム、トライアスロンナショナルチームや、フィギュアスケートの髙橋大輔、荒川静香、スピードスケートの岡崎朋美、競泳の田中雅美、陸上短距離のサニブラウン アブデル ハキームなど、多くのトップアスリートの栄養指導を行ってきた。
そんな石川にとっても、プロサッカーチームをサポートするのは初めての経験だという。
「競技ごとの食べ方っていうのはないんですけど、リーグ戦を1年間戦い、週2回の試合が組まれていることも多いので、それに応じたピークの作り方、維持の仕方を意識する必要があります。1週間のうちに高負荷が2回入ってきて、なおかつリズムを作りながら、コンディションの曲線を下げないためには、血液状態をどうするか。試合ごとに選手たちの疲労度を観察して、アドバイスするようにしています」
スポーツの世界だから、ケガに苦しむ選手も存在する。しかし、だからといって、回復力を高める“魔法のレシピ”などない。
「自分で自分のエネルギーを戻すとか、自分で自分の筋修復をするとか、腱を治すとか、そうした能力を刺激することは初年度から意識してます。結局、自分でしか治せないですから。私の仕事は、その選手が能力を出せるように食環境を整えてあげること。あとは自分で頑張ってね、という感じです(笑)」
試合日も含めると平均して1週間のうち4日はチームに帯同し、クラブハウスや遠征先のホテル、吾亦紅寮の食事の献立を作成する。
選手一人ひとりの血液や体組成のデータを把握しているので、それに基づいて食事のアドバイスを送り、選手の妻にもレクチャーする。
「希望者だけですけどね。去年はオンラインでレクチャーしたんですけど、今年は個別に話しています。たくさん質問してくる方もいれば、1、2回のアドバイスで、あとは自分でやってみますという方や、テキストをもらいたいという方もいます」
それだけではない。「そんなことまで?」と思わず聞き返してしまったのだが……。
「試合前後の軽食の配膳もやっています。コロナ禍でスタジアムに業者を入れられないので、テーブルを拭く、スープをよそう……。ダイニングのスタッフだけで賄えないところを手伝っているんです」
感染症対策の一環でもあるが、選手の疲労度を間近で観察する機会にもなっている。
石川がレッズをサポートするようになって1年が経つ。
気さくな性格のため、選手やスタッフともすっかり馴染み、話し掛けられたり、冗談を言い合ったりすることも多い。
選手から「こんな風にやってると、やっぱりいい細胞が生まれてくるのかな」「今、本当に体調が良いから、これが続いてくれることを期待している」と言われたときは、嬉しかったという。
自分の栄養指導を理解してもらえたから、ではない。選手たちが自身の思い描く目標に少しでも近づいていくことが嬉しいのだ。
「チームや選手には目標があって、その目標を達成するために私は呼ばれたと思っているので、自分のしたことの評価はどうでもよくて。チームが勝ったり、選手のパフォーマンスが良ければ、嬉しいですね」
現在、ホーム5連勝中の浦和レッズ。夏場を乗り越え、過密日程に打ち勝って目標とするAFCチャンピオンズリーグの出場権を獲得するためには、石川のような縁の下の力持ちがチームには必要なのだ。
(取材/文・飯尾篤史)
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