夏の思い出を聞かれると、宮本優太は晴れやかな笑顔を見せた。
その表情は前回、夏の思い出を語ってくれた流通経済大学の同級生――安居海渡とは正反対だった。
「僕はインターハイで優勝していますし、全国大会で自分のレベルを再確認することができました」
流通経済大学付属柏高校でキャプテンを務めていた3年生のときに戦った平成29年度全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会。日本大学藤沢高校に1-0で勝利して優勝を決めたその決勝戦も当然、最高の思い出として残っている。
ただ、宮本の記憶に最も残っているのは、決勝でも準決勝でもない。
チームの2試合目となった3回戦だ。
対戦相手は長野市立長野高校。湘南ベルマーレ加入が内定していた新井光(現 FC今治)がエースとして君臨していた。
プロ入りが決まっている同世代最高峰のストライカーをどう抑えるか。
それは流経大柏が勝利するための大きなミッションだった。
試合に向けたミーティング中、本田裕一郎監督(当時)が選手たちに問いかける。
「相手の10番はプロに内定しているんだよな?」
宮本はチームメートとともに返事する。本田監督が続けて問いかけた。
「どうしようか?」
本田監督に考えがあったのか、今もわからない。それでも当時ボランチとしてプレーしていた宮本は、自ら右手を上に伸ばし、望んだ。
「マンツーマンで付かせてください。僕が止めます」
一瞬の迷いもなかった。恐れもなかった。
そして宮本は新井をほぼ完璧に封じたうえでインターセプトから2点目を導いた。チームとしても、流経大柏が13本のシュートで5点を奪ったのに対し、市立長野はシュートもコーナーキックもゼロ。流経大柏のゴールキックも1本もなかった。
5-0という結果に加え、内容でも文字通りの完勝だった。
当時、宮本はプロから声がかかるかどうか、瀬戸際のところにいた。だから新井を止めることを自ら志願し、実際に封じてみせた。
結局、高校卒業とともにプロになることは叶わなかったが、「プロ内定者と戦って勝ち続けて優勝できたこと」は宮本にとって大きな自信となった。
それから3年後、宮本は逆の立場になった。
総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントの関東予選も兼ねるアミノバイタルカップ。同級生の安居はもちろん、先輩の伊藤敦樹とも一緒に戦った3年次に臨んだ大会は宮本にとっていい思い出だ。
当時、宮本は浦和レッズ加入が正式に決まってはいなかったものの、2019年、20年と続けてJFA・Jリーグ特別指定選手となっており、複数のクラブから声をかけられていた。周囲からは『プロ入り決定』という目で見られる存在だった。
「1回戦から試合後に相手選手から『お前、プロになるんだって?』と話しかけられて、そういう目で見られながら戦わなければならないと思いました。でも、そこでプレッシャーに負けるようだったら、そこまでの選手だなって。だから、すでにレッズ加入が決まっていた敦樹君と『しっかりタイトル獲りたいね』と話していました」
アミノバイタルカップは1回戦から準決勝まで中2日で4連戦だった。
20年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、正確に言えば 9月から11月にかけての開催だったが、『夏の大会』の印象は強い。いずれにしても中2日での4連戦はある種の『試練』のようなものだった。
試合を重ねるごとに仲間たちは疲弊していく。それでも宮本は調子が良かった。
準決勝の日本大学戦の前だっただろうか。今は川崎フロンターレでプレーしている佐々木旭とこんな冗談混じりの会話をしたと記憶している。
「ミヤ、オレは本当に疲れたよ」
「そんなこと言ってないで、いくぞ旭」
「今日は右サイドで頼むわ」
「じゃあ攻撃は俺が行くから、左は失点だけしないでね」
そして先制されてから同点に追いついて1-1で迎えた63分、宮本はセカンドボールを回収すると、ドリブルを仕掛けて相手をかわし、ファーサイドにスーパーゴールを決めた。
2回戦の駒澤大学戦で先制ゴール、日本大学戦で逆転ゴールを決めた宮本は、チームの初優勝の立役者となった。
「インターハイは『チームとして』優勝できた思い出ですが、アミノバイタルカップは個人としての結果もあって『自分が導いた』優勝という感覚でした」
夏は嫌いじゃない。酷暑でも自宅ではエアコンをあまり使わない。
ピッチでも暑さをつらいと思うことはないし、相手選手の疲労がたまる状況であればあるほど、自分が生きると感じているため、むしろ好きだ。
だから、体力的に厳しいと言われる高校時代の夏の合宿もそれほど苦ではなかったし、いい結果を残せたからいい思い出ばかりが残っている。いや、夏に強いからこそ、いい結果を残せたのだろう。
レッズ復帰後、まだ公式戦の出場機会は訪れていないが、大原サッカー場では精力的にトレーニングに励んでいる。
有酸素系のトレーニングや加速走を涼しげな表情でこなし、全体トレーニングが終わった後に最後までボールを蹴っている日も少なくない。
好きな夏にさらにいい思い出をつくるべく、宮本は宮本らしくピッチを駆け回っている。
(取材・文/菊地正典)
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