クラブハウスの壁に飾られているJ1リーグ制覇、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝など、浦和レッズの栄光を彩る写真の数々を眺めるたびに気持ちが高ぶるという。
沖縄出身の知念哲矢は、24歳で飛び込んだビッグクラブの歴史をひしひしと感じている。
「レッズはタイトルを取らないといけないし、求められているんだなって」
J2のFC琉球からレッズに完全移籍で加入して約10カ月が過ぎた。幼少期に衝撃を受けた埼玉スタジアムのピッチに立ち、あらためて痛感している。
「内容も大事ですが、ここでは絶対的に結果がすべて」
9月10日の柏レイソル戦では、国内で初めて、声出し応援が一部解禁された中でプレー。プロ生活をスタートさせたときからコロナ禍の状況だったこともあり、Jリーグらしい舞台をようやく実感できた。
「ずっと待っていた環境でした。その最初が埼玉スタジアム。ヘタなプレーはできないと、プレッシャーもありましたが、すごく幸せを感じました」
自らのミスで失点を招いて敗れた8月6日の名古屋グランパス戦以来となる先発出場だった。勝利に貢献するのは大前提。センターバックとして守備の仕事だけではなく、攻撃面でも存在感を示すつもりで意気込んでいた。
「この試合の出来次第では、今後のキャリアも変わってくると思っていたので。慎重に入りながらも、大胆にプレーすることを心がけていたんです。『縮こまっていても仕方ないだろ』と自らに言い聞かせていました」
前半の開始早々に最終ラインから鋭い縦パスを大久保智明に通し、先制ゴールのきっかけをつくると、後半にはコーナーキックのサインプレーからJ1初ゴールをマーク。
前日に前迫雅人コーチのもとを訪れ、セットプレーからゴールを奪える形を相談していたという。
「なかなかチャンスが巡ってこないなか、点を取ってアピールしたいと思っていました。僕にとっては、大きな1点になりましたね。何よりも試合に勝つことができましたし、僕のゴールで埼玉スタジアムが沸くなんて夢のようで……。決めたくて、決めたのに信じられない気分でした」
試合後のヒーローインタビューでは、照れ笑いを浮かべながらもファン・サポーターの前で「ちばりよ(頑張りましょう)」と沖縄の方言でアピールもできた。
ただ、熱を帯びたスタジアムでは、高みを目指すレッズならではの厳しい一面も肌で感じ取っている。
YBCルヴァンカップ プライムステージ準決勝の第2戦でセレッソ大阪に0-4で大敗し、続くサンフレッチェ広島戦でも1-4の惨敗。ファン・サポーターが訴える思いは、ひしひしと伝わってきた。
「どれだけリードされていても、試合終了の笛が鳴るまで、応援の声量は落ちませんから。むしろ、最後まで勝負を諦めず、ボルテージが上がっていく。僕らはそれくらい応援してもらっているので、それに応えないといけません。
たとえ、すごいブーイングを浴びても、まっすぐ向き合わないといけないなって。プロ3年目で初めてに近かったので、正直驚きましたが、レッズの選手としての責任、そして覚悟もより芽生えました」
1シーズンを通して、思うように出場機会をつかめず、もがくのも自身初めて。先発メンバーに続けて名を連ねても、すぐにポジションを奪えるほど、レッズは甘くない。
それでも、精神的に不安定になることはなかった。多少のストレスを抱えることはあるが、プロになる前からブレない信念を持っている。
「常に自分に矢印を向けています。他人や環境のせいにした時点で、成長が止まってしまうと思っているので。今の自分があるのは、この考えがあったからだと思います。僕はずっと周囲の人たちに恵まれて、育ってきました」
中学校卒業と同時に沖縄の親元を離れ、長崎総合科学大学附属高校へ。高校3年間は今年1月に逝去した小嶺忠敏監督の指導を受け、人間力を鍛えられた。
近畿大学では度重なるケガで弱音を吐きそうになったが、指導陣に支えてもらったと言う。
そして今、レッズでは頼もしい先輩たちから助言をもらい、前向きにトレーニングに打ち込んでいる。
アレクサンダー ショルツからはボールの運び方、岩波拓也にはシュートブロックとロングパス、酒井宏樹には球際でマイボールにする方法などを聞き、レベルアップに励む日々を送る。
「試合にあまり出られない時期こそ、成長するチャンス。どん欲に学ぼうとしますので。実際、ここ10カ月で個人戦術の幅は広がりました。
レッズの選手たちは細かいところにもこだわっていて、すごくうまい。こちらから聞けば、みんな丁寧に教えてくれますし、勉強になります」
最終ラインでボールを持ち、ショルツのように前へ運んで行くのは勇気がいるものの、練習からチャレンジしている。
試行錯誤を繰り返し、殻を破るための努力は怠らない。他の選手が持たない知念の持ち味は機動力。幅広い範囲をカバーし、長い距離を動いてボールを奪い切れるセンターバックを目指している。
今シーズンは残り2試合。ショルツ、岩波の壁は高いが、虎視眈々と出場機会を狙う。
「まだ諦めてはいないです。来年2月にはACL2022決勝も開催予定になっていますし、今季の残りの試合に絡んでいけば、来季につながるはずです。今後のサッカーキャリアを考えても、ファイナルの舞台に立つ、立たないでは、大きく変わってきますから」
知念には野心がある。小学生の頃に沖縄県選抜の一員として、埼玉国際ジュニア大会に出場し、埼玉スタジアムツアーにも参加。ベンチに座って記念撮影した写真は、今でも沖縄の実家に保管している。
レッズの試合も埼玉スタジアムのメインスタンドで観戦し、かつてないほどの興奮を覚えたと言う。
「初めて見たプロの試合だったんです。まず会場の雰囲気があまりにもすごくて、驚きました。ポンテ選手らを擁するレッズも強くて、カッコよくて、好きになりました。あの日以来、好きなJリーグのチームを聞かれれば、『浦和レッズ』とずっと答えてきたんです。
そのレッズで結果を出して、クラブを代表するような選手になれば、きっとサッカー選手を辞めたときも満足できるはずです。将来、レッズのディフェンスリーダーといえば、知念と言われるような存在になりたいと思っています」
憧れ続けたレッズで名を成したとき、クラブハウスの新しい写真に知念の姿も大きく収まっているはずだ。
(取材・文/杉園昌之)
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