「大阪に行ってきました。沖縄は雨がすごいと聞いていたので」
オフ期間中の過ごした方を問われた知念哲矢は、そう言って笑った。
旅行先に沖縄を選択したチームメートは雨に振られ続けて参っていたようだが、知念は自分の選択が間違っていなかったと胸を撫で下ろした。
沖縄出身だから海が恋しい。それは埼玉では少しだけ、困ること。近くに海があっても毎日のように行きたいとは思わないが、離れ過ぎてもさみしい。
海を見ているだけで落ち着く。入らなくたっていい。波の音を聞くだけで、心が安らぐ。夕焼けを見られたら最高の気分だ。
だから沖縄に帰らないという選択をした分、オフ期間の序盤は湘南の海に行った。大阪に向かったのは、それからだった。
「オフの期間で頭の中を整理できたと思います。オフ前のようにごちゃごちゃしている感覚はありません。顔をずっと上げられていたり、すっきりした感覚はありました」
逆に言えば、オフの前は顔を上げられないときもあった、ということだ。
煩悶。悩みや苦しみがなかったと言ったら嘘になる。試合に絡めない日々に悔しさ、ストレスを感じていた。
出場機会を得られると期待していたAFCチャンピオンズリーグ。2試合にフル出場したが、期待していたほどの試合数ではなかった。
それでもできる限りのアピールはしたつもりだった。知念個人の初戦、グループステージ2戦目の山東泰山戦はほぼハーフコートゲームになたっため守備機会は訪れず、ビルドアップで後方をカバーする必要もあまりなかったが、攻撃では縦パスを出す、守備ではインターセプトで相手のカウンターの芽を摘むなど、持ち味を出すことを意識した。
一方、グループステージ最終節の山東泰山戦は、相手の実力を理解した上で臨んだ。だからDFでありながらも、最大のアピールであるゴールを奪うことを目標のひとつとした。
「狙いどおりでした。まさか2ゴールも取れると思っていませんでしたが」
帰国してからチームは7連戦を戦った。コンディションは悪くない。チャンスは来るだろう。そう思っていた。
しかし、終わってみれば、出場できたのは鹿島アントラーズ戦の1試合のみ。しかも試合終盤、82分からの途中出場。チームはゴールを欲する状況が続いており、センターバックが途中出場するチャンスが多くないことは理解していた。それでも、因果を含めることはできなかった。
初めてのJ1リーグ。タイトルを狙うクラブ。チャンスがそう簡単に訪れないことは覚悟していたが、想像以上だった。
鬱屈した気持ちを晴らすべく、オフを利用して向かった先は大阪。大学生活4年間を過ごした地だった。
「近畿大学時代の知り合いに会い、監督やコーチとも話をしました。当時一緒にサッカーをしていた元チームメートとも話をしたり」
大学時代にお世話になった恩師たちからは、諭されるように励まされた。
「ケガがないようにして準備をしていれば、絶対にチャンスは来る。J2リーグのクラブからJ1リーグの大きいクラブに移籍したのだから、チャンスの数は少ないかもしれない。だが、その1回でチャンスをつかめるようにしっかりと準備しておけよ。腐ったら終わりだからな」
プロになってからは初めて会う人たちと旧交を温め、アドバイスも受けて気持ちは晴れた。顔を上げてみると、目の前には絶好の機会があった。
「トレーニングが始まり、試合がなくて空く期間、今週と来週の2週間は、アピールするチャンスだと思います。自分の力をしっかりと見せたいと思います」
これまで出場機会に恵まれなかった日々も、指を加えてチャンスを待っていたわけではない。
「いわゆるサッカーIQ、戦術の引き出しはかなり増えたと実感しています。ポジショニングもそうですし、リカルド(ロドリゲス)監督がよく言う『相手を引き出す』ということは、今までに経験がないことでした。個人戦術は高くなっていると思います」
事実、たとえばビルドアップの際のスタートのポジションだけではなく、ボールや味方の動きに合わせたポジションの取り直しのスピードが上がっている。動きのスピード自体が上がっているというよりは、迷いなくスタートを切れていると表現したほうが正しいかもしれない。
「取るべきポジションやタイミングが分かってきました。ゆっくりすればするほどボールを持っている人が困りますし、ボールが来なくても僕が動き直すことで相手が食いついてくれば、パスを通せる場所が増えます。なるべく早くポジションを取り直すように意識しています」
ビルドアップの際の動き直しひとつをとっても、必死だ。
「試合に出ていない分、できるかぎりのことをしなければいけません。ボールを持っていないときも気を抜いていられません。試合に出ているとコンディションに気を使わなければいけないし、今季のような連戦続きだとなおさらそうだと思います。試合に出ていないときこそ全力でトレーニングに臨めますし、それによって成長できると思っています」
腐ることも、他人のせいにすることも、逃げでしかない。逃げてはいられない。
「そう思いながらも、わがままですけど試合から遠ざかり過ぎるとまたストレスがたまります」
堂々巡りを笑う。だが、そう言って笑えることこそが、精神面でリフレッシュできた何よりの証拠なのかもしれない。
守備面では自分が入っても劣らないと自負している。もしかすると最後の際の守備は強化できるかもしれない、とすら思う。
ただ、レギュラーといえる2人のセンターバック、アレクサンダー ショルツと岩波拓也と比べて劣っている要素も自覚している。
「2人はビルドアップがとても上手ですし、リカルド監督はそこにポイントを置いていると思います。そこで僕がどんどん縦にボールを刺せるようになれば、もっと出場機会を得られるかもしれないと思っています」
ならば、やるしかない。2人には劣っているかもしれないが、縦パスは決して苦手なプレーではない。
「オフ明けから、縦パスを出すことは意識していますし、ボールを持ったときの目線もまず縦パスありきにしています。ミスをしてもいい。どんどんチャレンジする。縦パスを出せるよ。出すよ。そういう気持ちを前面に出したいと思います。今までもやっているつもりでしたが、試合に出ていないということは、変えないといけないということです。
極端に言えば、縦パスを出して、ミスをし過ぎて周りに怒られるくらい振り切ってもいいのかもしれません。使ってみたい、くらいではなく、使うしかないと思わせるくらいにならないといけないと思っています」
リフレッシュした。気持ちも切り替わった。あとは力を出し切るだけ。ビルドアップから縦パスは攻撃の局面を一変させる。その縦パスで知念は、自身の局面も打開していく。
(取材・文/菊地正典)