絶対に勝ち点3を与えてはいけない相手だった。
1点を追う終了間際、勝負をあきらめず、タッチライン際で激しくボールを奪いに行ったとき、試合終了の笛が無情にも鳴り響いた。
右サイドでがっくり肩を落とし、ボールをゆっくり拾い上げた酒井宏樹は、重たい雰囲気が漂う埼玉スタジアムで悔しさをにじませていた。
「あの1試合が、どれほど大きな意味を持っていたか……。数字上、リーグ優勝の可能性が消えたこともありますが、現実的にACL(AFCチャンピオンズリーグ2023)出場権の確保も難しくなりましたから。
レッズとしては、せめて勝ち点1でも取らないといけなかった。僕自身も後半から出場しながら効果的な働きができなかったので責任を感じています」
9月14日のセレッソ大阪戦である。肉離れのケガから戻り、約3週間ぶりの復帰戦。コンディションは万全とは言えなかったものの、順位表、勝ち点もすべて頭に入れた上でピッチに立っていた。
9シーズン過ごしたヨーロッパから日本に戻り、1試合に注ぎ込む熱量の差を感じることもある。
ドイツのハノーファー、フランスのマルセイユでは厳しい現実を目の当たりにしてきた。たった1試合、低調なパフォーマンスを見せただけで、次戦の先発メンバーから外され、半年後の移籍マーケットで放出要員となった選手は数知れないと言う。
「自分の肌で感じないと分からないかもしれません。ヨーロッパの市場は大きくて、入れ替わりもすごく早い。1試合のパフォーマンスだけでも判断されます。実際、僕もベンチに回されたこともありましたから。
しっかり準備をしておけばよかった、と悔んだときにはもう遅い。レッズはポテンシャルを持った若い選手も多いですし、本気で上を目指すのであれば、日頃からもっと想定して試合に臨まないといけないと思います」
激しい生存競争を生き抜いてきた男が口にするのは、1試合の重み。引き分けたあと、負けたあとが重要だと言う。
「いつも以上の力をそこに注がないと。優勝するチームは同じ失敗はしない」
シーズン前半の戦いぶりは、悔やんでも悔やみきれない。リーグ戦、YBCルヴァンカップ、天皇杯、いずれの大会であっても同じだ。不甲斐ない内容で負けた日であっても、個人的にある文句を言うことは避けている。
「その日に『次に』という言葉を発するのは、言い訳でしかないので。個人的にはチームメイト、スタッフ、ファン・サポーターにリスペクトを欠く部分もあると思っています。試合に出たからには、その日に選手同士で話し合うことも大事です。もちろん、批判にならないようにしています」
言葉で引っ張るようなキャプテンタイプではないことは自認しているが、勝ち続けていくために必要とあらば、自らの考えははっきりと口にしてきた。マルセイユから浦和レッズへの移籍を決断したときから覚悟を決めている。
「本気でJ1リーグ優勝を目指し、アジアのタイトルを取りに行く。これは片思いではダメ。両思いになって、初めてうまくいくと思っています。クラブは真剣に上を目指していると思います。クラブを信じて、僕は全力でプレーを続けていくだけです」
ただ、今季はリーグ優勝の可能性は消え、ルヴァンカップも敗退。強い思いを持って追い求めてきたACLの決勝は、来年の2月開催。シーズン終了までモチベーションを保つのは厳しくなっているなか、自らに言い聞かせている。
「この状況を招いたのは、僕たち自身に問題があったからです。序盤から結果を積み重ねることができなかったので、今季の目標がなくなってしまいました。その責任の回収は、しないといけない。
シーズン終了までモチベーションを落とすことはないですし、エネルギーを低下させることも決して許されません。これは、プロサッカー選手としての責任だと思っています」
趣味として公園でボールを蹴っているわけではない。スタジアムに足を運んでくれる人たちは、決して安くはないチケット代を払い、必死に勝利を目指して戦う選手の姿を見に来ている。ゴール裏から大きな声でチームをあと押ししてくれる人たちもいる。
「プロ選手である以上、サッカーでお金をもらっている責任感を強く持つべき」
“プロフェッショナル精神”である。キャリア14年目を迎える32歳は、常日頃からファン・サポーターへの感謝の思いを口に出すことも多い。
「偽善でもなければ、好かれたいから言っているわけでもないんです。僕の中では当たり前のこと。僕らは演者です。サッカーを楽しみに見に来る観客もいれば、一緒に戦ってくれるサポーターもいます。
試合に勝てば、一緒に喜んでくれますが、いいパフォーマンスを披露できなければ、ブーイングが出るのも普通だと思います。正直、嫌な気分になるときもありますが、それも含めて受け止めないと。勝ちたい気持ちは同じですから」
リーグ戦は残り2試合。酒井は目の前の一戦一戦に集中している。先を見据えて、ピッチに立つことはない。
浦和のユニフォームを着て戦っている限り、浦和で死力を尽くすことを誓っている。11月20日からFIFAワールドカップカタール2022が開幕するものの、Jリーグ期間中に日本代表のことが頭によぎることはないと言う。
「クラブと代表はまったく別もの。浦和にいるときは、浦和のことだけを考えています。代表のことは代表に行ったときに考える。1回1回、切り替えています。僕の場合はそうしないといいパフォーマンスは出せないので。
代表の招集前にいいプレーを見せれば、代表のために調整していると言う人もいますが、そんなことは一切ないです。Jリーグは、そんなに甘い場所ではありません」
プロとしての矜持を胸に、最後までピッチの上で覚悟を示し続ける。
(取材・文/杉園昌之)
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