スコアレスドローに終わった5月13日のサンフレッチェ広島戦の2日後、平野佑一は自身の心境について「少し難しいメンタリティですね」と打ち明けた。
「僕自身は自分のパフォーマンスに手応えを掴んでいるし、サッカーを楽しめている。僕はサッカーを楽しむことを大事にしているので、この2試合(柏レイソル戦と広島戦)は充実しています。
ただ、チームとしてここまで勝利から遠ざかると、楽しむことだけじゃ良くないのかな、もっと違うメンタリティにしたほうがいいのかなって。その反面、根本はブレないほうがいいとも思うので、ちょっと難しいというか……」
平野は一喜一憂するタイプではない。
スポーツに勝敗はつきものだが、その結果は運・不運に左右されることもある。団体競技である以上、自身のパフォーマンスが勝利に結びつかないこともある。
さらに言えば、試合に出場できるかどうかも、監督の判断に委ねられている。自分でコントロールできないことに感情を左右されるのは意味がない、と平野は理解している。
それゆえ、サッカーを楽しむことを大事にしているのだ。
もっとも、そんな平野であっても、広島戦の5日前に行われた柏戦に向かう気持ちは、普段とは異なるものだった。
この試合はチームにとって、タイで行われたAFCチャンピオンズリーグ2022のグループステージを終えて最初のゲーム。平野にとっても、J1リーグ戦では3月6日の湘南ベルマーレ戦以来となる先発出場だった。
「リーグが再開する、メンバーが変わるといった節目の試合で勝つか負けるかは、選手にとってすごく大きい。レイソル戦は、楽しむというベースはもちろんあるんですけれど、強烈に、絶対に勝ちたいと思っていました。だから、引き分けに終わって中途半端というか」
節目での勝利がいかに大きいか。そのことを平野は身をもって経験している。
21年8月14日のサガン鳥栖戦――。
J2の水戸ホーリーホックから8月6日に加入したばかりの平野がスタメンに抜擢されると、チームは2-1で勝利。これを機に平野はスタメンに定着するのだ。
「まずスピード感にびっくりしました。いきなりスタメンで使ってくれるんだって。自分のプレー自体はあまり良くなかったんですけど、勝つことができた。思えば、あそこで負けていたら、その後の半年はかなり違っていたなって」
国士舘大学から水戸に加入し、J2で3年半プレーした平野にとって「J1は夢見てきた舞台」だった。
「楽しみだった反面、やれるのだろうか、という不安は少なからずありました。でも、少しずつ慣れていって、やれるという自信を掴むことができた。自分への疑いが確信に変わったシーズンだったと思います」
なかでも平野が自信を大きく膨らませたのが、21年9月に行われたYBCルヴァンカップの川崎フロンターレ戦である。
リーグ2連覇中の王者に対して真っ向勝負を挑み、ホーム&アウェイの合計スコアは4-4。アウェイゴールの差でレッズが準決勝進出を決めた。
ボランチとして先発した平野も、センターバックから届いた縦パスをワンタッチ、ツータッチで小気味よく前線に配球していった。川崎の強烈なファーストプレスをかいくぐり、相手選手を置き去りにする様子は痛快だった。
「川崎はJ1で首位を独走するほどのチーム。そんなチームに対して、自分も含めてしっかり戦えたのは、一番の自信になりましたね。相手のプレッシャーをどれくらい感じるかは、ボールが入るときの状況判断と、心の余裕、トラップ技術などによると思っていて、そこは自分のストロングポイント。
強いプレッシャーを受けても簡単にボールを下げない、そこを剥がせば、次の選手がフリーになれる。相手の最初の守備の波を気持ちよく剥がすことが自分の特徴だと思っています」
21年9月以降、平野と柴戸海の2ボランチが固定されると、チームのビルドアップが安定し、勝ち点を積み重ねた。
負傷者が続出したシーズン終盤、チームは停滞を余儀なくされたが、平野が中盤の軸であることに変わりないように見えた。
だから驚かずにはいられなかった。名古屋グランパスとのリーグ最終節でベンチ外となり、その後に行われた天皇杯の準決勝、決勝でベンチスタートとなったことに――。
「そこは正直、僕も理由は分からないです。監督からは特に何も言われていないので……」
平野はそう打ち明ける。
「ただ、自分を客観視しないといけない。理由を考えると、試合に出ることに慣れてしまっていたというか。自分が出ることの意義を見せられず、誰でもできるようなことしかやれていなかったり。実際にパフォーマンスの悪い試合もありましたから。それで監督は流れを変えたかったのかなと」
楽しみにしていた天皇杯決勝の舞台には立てなかった。後半アディショナルタイムに生まれる劇的な決勝ゴールも、ピッチの外から眺めることになった。
さぞ、悔しかったに違いない。その悔しさこそが、今シーズンに向けたモチベーションだったのではないか――。
そんな問いかけを、平野はきっぱりと否定した。
「そういう悔しい気持ちは背負わないようにしていて。自分でコントロールできないことを考えすぎてもいいことはないですし、一喜一憂するのは好きではないので。僕も以前は試合に出られないとき、負けてほしいと思っていたときもあった。負ければ自分にチャンスが回ってくるかもしれないので。水戸の1年目くらいまではそう思っていました。
でも、試合に出られるようになって、心に余裕を持てたというか。それ以降は、自分が試合に出ていないときにチームが勝ったら、『俺の出番はまだまだだな』と。『チームが苦しくなったら俺が救うぞ』みたいな感じで考えていて」
だから今シーズン、リカルド ロドリゲス監督の徳島ヴォルティス時代の選手であり、「私のサッカーをすべて理解している」と指揮官が評価する岩尾憲が加入し、ポジションを譲ることになっても、ようやくスタメンのチャンスが巡ってきた湘南戦で負傷交代することになっても、平野は達観していた。
「変な考え方かもしれないですけど、自分に起きた出来事をストーリーとして捉えることがよくあるんです。ポジション争いが激しくなって、ケガもして。ストーリーとしては波が落ち込んでいる場面があったほうが、そのあと盛り上がるじゃないですか。
だからケガをしても、『なるほどね、これを乗り越えて復活して活躍したら盛り上がるだろうな』とか。まだシーズンの半分も終わっていないので、このあとふた波くらい、挫折がほしいくらいです」
一喜一憂せず、達観できるようになった要因は、どこにあるのか。
平野の記憶は、試合に出られなかった水戸時代に遡る。
「プロ1年目のとき、チャンスをもらったゲームで気負いすぎて何もできなかったんですよね。それ以来、サッカーは楽しんでナンボだなと。あと、水戸時代は人間的に素晴らしく、模範となる先輩たちばかりだったんです。細川淳矢選手、佐藤祥選手、伊藤槙人選手、松井謙弥選手、田中恵太選手、福井諒司さん、船谷圭祐さん、冨田大介さん……挙げればキリがない」
浦和に加入してからも、阿部勇樹や槙野智章、宇賀神友弥といったベテラン選手が、試合に出られなくても黙々と準備する姿に感銘を受けた。
「代表レベルの選手たちが文句を言わず、自分にベクトルを向けて取り組んでいる姿を見て、自分もこういうふうになりたいなって。それに、レッズの先輩たちは視野が広いというか。水戸時代は、みんなが這い上がりたいし、後のない状況なので、ある意味、肩に力が入って、オフ・ザ・ピッチでもサッカーのことだけを考えていた。
でもレッズでは、サッカーに集中するときはする、切り替えるときは切り替える、ってメリハリがしっかりしているんです。そういうマインドもすごく勉強になった。だから自分に起きた出来事をストーリーとして捉えるようになったのは、レッズに来てからですね」
0-0の引き分けに終わった5月13日の広島戦後、記者会見に臨んだ平野はチームの抱える問題について、こんなふうに分析した。
「相手の前線のフィルターは剥がせていると思うんですが、次のところで少し距離がある。後ろに人数を使っているぶん、前に行ったときに過疎化しているイメージがあるので、前線の個頼みになっている部分がある。
理想をいえば、2センターバックだけでビルドアップして、2ボランチのひとりが前線を助けられるように入っていって、最後で6枚、7枚関われれば、ワンツーだったり、外にボールが入ったときにオーバーラップできたりする。前線の人数を増やすためには下げないで、思い切りのある縦パスを刺して、前の厚みを増やしていきたい」
この発言から2日経ち、平野はさらに頭の中を整理していた。
「相手のプレスの波を崩すとき、僕はテンポを大事にしていて。早く前の選手に預けて、のびのびプレーしてもらいたいと思っているんです。あとは前線の選手に任せるというか。ただ、前線の選手たちに各々やりたいことがあるので、そこから各々が早くて、今は敵陣で揺さぶるイメージが少ない。
それって過疎化も関係があるけど、そもそも厚みのある攻撃を仕掛けようというイメージがあまりない。味方のいるほうにドリブルして行って味方を使えばコンビネーションも生まれるはずなんですけれど。そこが点の入らない一番の要因かなと思います」
得点力不足の解決方法として、平野はふたつの答えを持っている。
ひとつは、自分でゴールを決めること――。
これは、2022年シーズンを迎えるうえで、平野がプレシーズンから掲げているテーマである。沖縄でのトレーニングキャンプでも、こう語っていた。
「僕はどちらかというと、攻めているときはリスク管理をして、攻め終わったときにいかに切り替えるか、カウンターを食らわないようにするかを意識していました。その意識を変えて、位置を高くする。それを心の中で当たり前にしておけば、誰かが『佑一は前に行くから』と思って穴埋めしてくれるはず」
マイナスのグラウンダーのクロスに飛び込んでいく。セカンドボールを拾ってミドルシュートを突き刺す。前線の選手とのパス交換からゴール前に入っていく……。平野の頭の中に、自身がゴールを奪うイメージが浮かんでいる。
とはいえ、ビルドアップのヘルプをするためにディフェンスラインまで下がることも多い。高い位置にポジションを取るためには、時間が必要となる。前線の選手たちが早く攻め切ってしまうと、平野が攻撃参加するための時間がない。
まさに、その時間の確保こそが、もうひとつの答えだ。
「だから、攻撃の選手たちのテンポをどうコントロールするかが今のテーマです。それには伝えることから始めないと。キャスパー、アレックス、ディヴィッドとは僕はよく話す方だし、イゴさん(松下イゴール通訳)にも協力してもらって。真剣に伝えるというより、こうしたほうがいいんじゃないっていう感じにラフに。伝えるタイミングも意識しながら、難しいですけど、トライしていこうと思います」
平野佑一が主人公のストーリーは、これからどのような展開を見せるのか。22年シーズンを終えたとき、ひとまずのハッピーエンドを迎えているだろうか。
そのためにも平野はトライし続ける。サッカーを楽しむことを忘れずに――。
(取材・文/飯尾篤史)