タイで開催されたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)2022のグループE。1試合を残してラウンド16進出を決めた浦和レッズの最終成績は4勝1分1敗だった。約3週間に及んだ遠征を、西野努テクニカルダイレクターが総括する。
AFCチャンピオンズリーグ2022 グループF最終順位
AFCチャンピオンズリーグ2022 結果
■男4人がプールに入って
私個人としてはACL(AFCチャンピオンズリーグ)を経験するのが初めてだったので、いろいろなハプニングが起こることを想定していました。
何が起きても驚かず冷静に対応することをスタッフ間で共有していましたが、ホテルも快適でしたし、拍子抜けするくらいスムーズに、大きなアクシデントなく過ごすことができました。
練習場にはシャワーがないので、トレーニングを終えた選手たちは上だけ着替えてバスに乗り、ホテルに戻ってきてから部屋でシャワーを浴びるんです。でも、帰ってきてそのままホテルのプールに飛び込んでクールダウンをする、というのが珍しくはなかったです。
男4人でプールに入って、ビーチボールでキャッキャ言いながらバレーをして、とても楽しそうにしていたり(笑)。大会途中からホテルに卓球台を置いてもらったのですが、そこでもすごく盛り上がっていました。
移動のバスの中では、何人かの選手がスマホをスピーカーにつないで自分の聞きたい音楽を流していた。80年代、90年代の歌謡曲がバンバン流れてくるから、僕たち40代、50代のスタッフが「なんでこんな曲知ってるんだ?」って食いついたり(笑)。
プレシーズンの沖縄キャンプではチーム全体が静かな印象でしたが、始動して3カ月が経ち、選手たちは個性を発揮し始めています。特に元気なのが国士舘大学出身のふたり(平野佑一、明本考浩)です(笑)。
もちろん、アクシデントが何もなかったわけではありません。例えば、練習スケジュールやグラウンドが急に変更されたことがありました。ただ、それもAFCやローカルのコミッティとスタッフがしっかり交渉して、大きな問題とまではなりませんでした。
それ以上に想定外だったのは、他グループで1チームが出場を辞退したため、レギュレーションが変わったこと。それにともなってグループステージ突破の条件が複雑になり、理解するのに時間が掛かりました。おそらくそれは観ている皆さんも同じだったのではないでしょうか。
結果に関しては、今回は予選突破が最大の目標だったので、ホッとしているというのが正直なところです。理想は4試合を終えた時点で突破を決め、残り2試合はリーグ戦で出番の少ない選手たちをスタメンで起用したい、とリカルド(ロドリゲス)監督とも話していました。
■彩艶は「うん、そうだよね」
結果的に5試合目が終わるまで予選突破が決まらなかったので、そういう試合に当てられたのが山東泰山との最終戦だけとなってしまった。しかも大雨の大変なゲームでしたが、選手全員が国際舞台でプレーできたことは、今後に向けてすごく大事な経験になったと思います。
特にルーキーの工藤孝太と木原励、GK の牲川歩見を起用できたのは良かったです。練習試合と違って公式戦はプレッシャーもあるし、なんといっても海外での国際試合ですから。決して長い時間ではありませんでしたが、大きな経験と自信になったのではないかと思います。
GK陣のレベルアップをあらためて感じられたのも大きな収穫です。西川周作のプレーは昨年から激変していると言ったら言いすぎですが、安定感が増している。特にハイボールの処理が著しく安定してきたし、あの年齢になっても成長しているのが感じられました。
鈴木彩艶も良かったですね。彩艶に関しては驚きというより「うん、そうだよね。順調、順調」といった印象で、確かな成長を感じました。一つひとつの所作や動きに無駄がなくなってきて、周作と比べるとまだ粗い部分があるものの、安心して見ていられました。
それは牲川歩見に関してもそう。背の高い選手は敏捷性に欠くところがあって、牲川も加入時にはそうした印象があったのですが、見違えるほど良くなっています。
■1分1敗ではいけない試合
アレックス シャルクとダヴィド モーベルグもかなりフィットしてきました。アレックスに関して言うと、山東泰山戦での直接フリーキックは、計算になかったです(笑)。事前調査をしっかりしていたつもりでしたが、あそこまで素晴らしいフリーキックを持っているとは……。これは、うれしい誤算でした。
アレックスは、周りの選手とのコンビネーションや前線からのプレスで素晴らしいものを持っています。あと、視野の広さも素晴らしい。何よりも練習から手を抜かずに一生懸命やる姿勢もプロフェッショナルで、チームにスムーズに馴染んでくれています。
モーベルグはACLという国際舞台でも個の能力で局面を打開できることを証明してくれました。もう少し調子が上向いてくれば、シュートがもっと枠の中に行くはずだし、クロスももっと味方と合ってくると思います。それには、そんなに時間が掛からないはずです。
あとは、チームコンセプトの中で彼をどう輝かせるか。周りの選手もモーベルグの特徴を理解してきたので、よりチームの中にフィットさせたい。これはアレックスにも言えますが、日本人選手にしてみれば「なんでそんなプレーをするんだ」というケースがあると思うんです。今回はそれを経験できたので、すり合わせたらさらに融合が進むのではないかと思います。
大邱FCとは1分1敗でしたが、この結果で終わってはいけない試合でした。1戦目に関しては、レッズの一番良くない部分が出ました。多少無謀であっても、もっと相手の背後を狙って行くべきでしたし、リスクを負ってでも、引いて守る相手を我々の自陣に引きずり出すような戦い方をすべきだったかもしれません。
1戦目は有効な策を打てないまま時間が経過していき、相手が一番やりたいパターン、我々が最も警戒していた速攻一発でやられてしまった。この試合は今季のワーストゲームだったと思います。
2戦目に関してはしっかり対策を立て、主導権を握りながら攻め込むことができましたが、結果として点を決められなかったので、課題が残ります。ベンチに1人、背の高いストライカーがいれば解決策になるかもしれませんが、我々がやろうとしているのは、そういうサッカーではない。
では、どうやって課題を解決するか。
■「今だ!」を共有できるか
現状では、ある程度のリスクを冒して相手ゴール前に人数を掛ける。ボックス内に2人しかいないのではなく、チャンスのときには4人、5人と入っていく。ただ、チームとしていつリスクを冒して集中投下するのか。「今だ!」という意志決定や判断が不十分。それがチームとして未成熟なところだと認識しています。
選手たちがピッチ内で「今だ!」と判断できるようになるのが理想ですが、その前に「こういうときは行こう」とか、「前半はこうしよう」とか、チームの決まりごとを構築する必要もあるでしょう。
開幕前にお話しした「ドンマイ文化の根絶」と「勝利への飢餓感」は大きく改善されてきました。日々の練習のクオリティや選手たちが掛け合っている声、ピッチ上でのいい意味での衝突……まだまだ満足のいくボリュームではないものの、少しずつ出てきている。
選手たちが自分の意見を言い合うシーンが増えてきているので、昨年やプレシーズンの頃よりも良くなっていると思っています。ただ、もっとその時間を増やしてほしい。
勝利への飢餓感に関しては、プラス思考で捉えすぎだと言われるかもしれませんが、開幕から内容面で優っているゲームが多い。それなのに勝ち点3を取りこぼしていることは問題として捉えています。
ただ、普通なら自信を失いかねないですが、そうではなく、「なぜ勝てないんだろう」「どうすれば勝てるのか」とみんなで考えられるようになってきている。
そうやって考えることで、解決策や最後の一押しが出てくるもの。今は産みの苦しみの段階。うまくいかなかったこの2カ月がバネになると信じていますし、そうしていかなければいけない。
こんなことで自信を失っていたら、J1リーグ優勝なんかできるわけがありません。ACLをひとつのきっかけに、上を目指していきたいと思います。
(取材・文/飯尾篤史)