2019年12月にテクニカルダイレクターに就任して以来、チームの改革に着手してきた浦和レッズOBの西野努氏。3年計画の3年目となる今季を迎えるにあたり、昨季の総括、沖縄キャンプでの手応え、新チームの印象、さらなる改革の青写真について話を聞いた。(インタビューは2月8日に実施)
■印象に残った外国籍選手の指摘
――沖縄キャンプが無事に終わりました。どんな感想をお持ちでしょうか?
「雨と曇りが多かったのは残念でしたけれど、いい準備ができたと思います。昨年と比べて、練習のクオリティや強度が格段にアップしていて、リカルド(ロドリゲス監督)とも話しましたが、昨年の4月、5月にやっていた練習がもうできていたり、昨年のキャンプではほぼできなかった守備の練習にも取り組むことができました。チームのレベルが格段に上がった実感があります。
――小泉佳穂選手が「今年のチームは練習のちょっとしたパス&コントロールにこだわる選手が多い」と話していました。そうした意識や雰囲気は感じましたか?
「以前、ある外国籍選手に『レッズの選手はドンマイという言葉が多い』と指摘されたのが、すごく印象に残っていて。『うまいのにミスをする。それでなぜドンマイなんだ』と。(横浜F・マリノスに期限付き移籍をしていた)杉本健勇に『マリノスはどうなの?』と聞いたり、馬渡(和彰)の(川崎)フロンターレについてのコメントを見たりすると、その両チームには少しのミスも許されない緊張感や雰囲気が選手間にあるけれど、レッズにはないと。その意識を上げなければと思っていたので、意識の高い選手が加入したおかげで、クオリティを追求するムードが生まれ始めている。1年が経った頃には、大きな違いになるのではないかと期待しています」
――改めて、昨年のJ1リーグ6位、YBCルヴァンカップベスト4、天皇杯優勝という成績について、どう評価されていますか?
「最低限の課題はクリアできたので、及第点だと思っています。ただ、大学の成績でいうところのSやAではない。少なくともF、落第ではなかったというレベル。最後に失速した要因、勝ち切れなかった原因は監督や強化の中でも話し合いましたし、みなさんからも指摘していただきました。例えば、セットプレーに関しては大きく改善しないといけないと思っていて、沖縄キャンプで取り組みました。先ほど話したように、意識の部分を変える必要も感じていますし、チーム編成でカバーできるところもあります。勝つための体制づくりを強固にしていかないといけないと思っています」
――天皇杯を獲得したのに、厳しい評価ですね。
「戦術、編成も大事な要素ですが、やはり僕が感じたのは、日々の練習に対しての姿勢なんですよね。選手だけではなく、我々スタッフやコーチングスタッフにも言えること。『まあいいか』で終えるのか、『これでいいのか?』と踏み込めるのか。フロンターレやマリノスをベンチマークにしていますが、彼らはトラップのズレ、パスコースのズレが極めて少ない。ちょっとしたズレが実は大きなギャップになり、そのギャップが最終的に勝ち点差や順位の差になる。昨シーズンの勝ち点差はすごく開いていますが、そうしたズレを修正していけば、十分埋められるんじゃないかと思っています」
――浦和レッズのOBの那須大亮さんがご自身のYouTubeチャンネルで、フロンターレの練習に参加している回があるのですが。
「そんなことしているんですか、凄いですね(笑)」
――その中で脇坂泰斗選手が狭いスペースでのパス&コントロールを披露していて、ものすごく早いパスをピタッと止めるんですね。これがフロンターレのスタンダードなんだと。
「レッズもそのレベルにしたいんですよ。だから、本当に『ドンマイ文化』をなくしたい。非難し合えというわけではなく、目指すべきところがあって、そこに行くためには『そんなことをしていたらダメだろ』と選手同士で言えるようになるべき。沖縄キャンプの初日にコーチたちにも伝えたんです。『厳しい目で見ていこう。ドンマイじゃないよ』と。その意識を毎日積み重ねていけば、相当大きな変化になると思います」
■コーチ陣が24時を過ぎてもまだ…
――シーズン中にはリカルド監督とどれくらいの頻度で話し合っていたのでしょうか? 西野テクニカルダイレクターから出した要望はありますか?
「チームコンセプトに準じて評価しているので、そのフィードバックは半期に1回やりました。ポゼッション重視なんだけれど、レッズのカラーとして縦に速いサッカーも求められているし、魅力でもあると。だから、『速攻ができるときには狙うべきではないか』といった要望もクラブとして伝えました。リカルドも理解してくれています。データを持ち出してじっくり話し合うのは年に2回でしたが、今年はもう少し増やそうと思っています。
『今日の試合はどうだった?』といった話は、試合後、クラブハウスに帰ってきてから、2人でしています。リカルドがまず話して、続いて僕の感想、認識を伝えて。あと、選手の編成については必ず情報の共有をしています」
――「あの選手がほしい」「この選手はどうだ」とリクエストされませんか?
「もちろん、されますよ。いろんな選手を欲しがるタイプなので(笑)。だから、『今は難しい』とか、『このリストの中から、好みの選手を選んでくれ』と伝えたり。監督が『いらない』という選手を獲ることはないですが、監督が『どうかな?』と言うようなときは、クラブの意見をしっかり伝えています。
――編成については、今オフはどんなテーマを持って臨まれたのでしょうか?
「昨年、沖縄キャンプから戻ってきたくらいだったか、キャスパー(ユンカー)を獲得した頃だったか(21年4月)、2022年に優勝するチームを作るにはどうすればいいかと考えていたとき、パッと浮かんだのが『飢餓感』という言葉でした。ハンガー(Hunger)ですね。
――今年の新加入選手記者会見でも、そうおっしゃっていましたね。
「今年の沖縄キャンプですごく良かったのは、コーチングスタッフが24時を過ぎてもまだ話し合っていたんですよ。『明日のセットプレーの練習はどうしようか』とか。素晴らしいなと。それが1度や2度のことではない。練習が終わっても、ピッチ上でコーチたちが円陣を組んで、ジョアンの話を1時間以上聞いていたり。どうやったら勝てるだろうか、と夢中になってみんなで考える空気が醸成されてきた。勝負を分けるのは、本当に勝ちたいという欲を持てるかどうか。『ハンガー』『飢餓感』は大事なキーワードとして継続していきたいです」
■チキとも連絡をとっている
――昨年は、アレクサンダー ショルツ選手、酒井宏樹選手、江坂任選手、平野佑一選手と、夏の補強が的確だった印象です。今年も夏の移籍市場のために予算や余力をあえて残している面もありますか?
「昨年に関しては、正直に言うと、優勝を狙う2022年のチーム編成を2021年シーズンが終わってからやっているようでは遅い。だから、2021年夏にやってしまおう、という考えで集中投下したんです。それに加えて、移籍は縁やタイミングなので、そうしたものにも恵まれて、彼らを夏に獲得できた」
――なるほど、今年の編成を睨んで、先に動いたわけですね。
「もちろん、今夏に何もしないつもりはありません。ただ、夏前にリーグ戦の半分以上が終わってしまうことを考えると、やはりこの冬にある程度仕上げることが大事だと思っていました。まだ移籍期間は開いているので継続して活動していますが、入国規制がクリアになっていない。そこはもう願うばかりなんですけども。
――岩尾憲選手、平野佑一選手、柴戸海選手、伊藤敦樹選手、安居海渡選手と、ボランチ陣の層の厚さとクオリティは誇れるほどですが、一方で、センターフォワードが極めて少ないと思います。江坂選手や明本考浩選手といった、このポジションが本職ではない選手たちの起用で十分戦い抜けるという算段でしょうか?
「センターフォワードにはまずキャスパーがいますよね。今季は彼が得点王になると思っていますので。あと、江坂や明本だけではなく、右サイドが主戦場の(ダヴィド)モーベルグもかつてはセンターフォワードでプレーしていました。ゴールを背にしてボールを受けるタイプではないですが、ゴールに向かってガンガン走るタイプのストライカーです。
――マンチェスター シティも、フィル フォデン、ジャック グリーリッシュ、ラヒーム スターリング、フェラン トーレス(21年12月にバルサに移籍)といったウインガーを偽9番として起用して、前線の誰でも点が取れるようなスタイルで戦ってきましたね。
「もちろん、オプションとして、苦しくなったときに前線に放り込み、ボールをキープしてくれるストライカーがいたほうが戦い方の幅は広がります。ただ、そういう選手がスタメンでバリバリ点を取るようなサッカーをしているのかというと、今は違いますからね」
――昨夏の補強だけではなく、小泉選手、明本選手、平野選手、今季の岩尾選手、犬飼智也選手、松崎快選手など、リカルド監督のサッカーに合いそうな選手を獲得するのが、とてもうまいと感じます。西野さんがTDに就任されてから、スカウティングやリサーチの体制で変えたこと、工夫したことはありますか?
「まず、リカルドはレッズでやりたいサッカーのイメージをしっかり持っていて、それをチームに落とし込むのがうまい。それが伝わってくるので、『このポジションだったら、こういう選手が必要だろうな』とイメージしやすいのが大きいと思います。
――たしかに(笑)。
「『個人的なアドバイスならしてやる』と言うから、『個人的にお願いします』って(笑)。あと、フェイエノールトとのパートナーシップもより生かしていきたいと思っているし、ヨーロッパ在住のスカウトスタッフを1人増やしました。クラブとしてそうしたことにトライし始めているところです」
■「強くなって愛される」の真意とは
――以前、「データの活用やITソリューションの活用も重要になってくる」とおっしゃっていました。そちらはどうでしょうか?
「この2月からデータアナリストを1人、フットボール本部で雇いました。彼はコンサルティング会社出身の優秀なシステムエンジニアで、自分でAIのアルゴリズムを組んで、いろいろな評価をしています。データ分析会社から提供されるデータって、その時点で加工されているんですけれど、加工されてない大元のデータを購入し、彼が加工をしたものを活用しています。
――「フロンターレやマリノスをベンチマークにしている」とおっしゃっていましたが、フロンターレはなぜここまで強くなったと分析されていますか?
「トップチームのパフォーマンスはクラブの総合力だと思うんです。風間(八宏)監督が持ち込んだ技術に対するこだわりは今もクラブに残っていて、それを鬼木(達)監督がさらに引き上げた。アカデミーで育った選手がトップチームで活躍するだけではなく、大学経由で戻ってくるというサイクルも確立している。スカウト力や育成力もあると思います。
――中村憲剛さんが加入したのは、等々力陸上競技場に3000人しか入らない時代でした。
「その頃の危機感や、タイトルへの飢餓感が、『シルバーコレクター』と言われた時代に最高潮に達したのではないかと。そういう意味では、レッズは恵まれているから、知らず知らずのうちに飢餓感を失っていたのかもしれない。でも、レッズだって僕が現役の頃は弱かったし、J2にも落ちて、飢餓感があったはずなんです。かがんでいるときに何をしたのか、どれだけの力を蓄え、情熱を積み重ねることができるか。それが差になるのではないかと思います」
――西野TDは以前、フロンターレの関係者が「フロンターレは愛されて強くなる」と言ったことに対抗し、「レッズは強くなって愛される! 今は言わせておく」とSNSに投稿されました。ただ、世界を見渡しても常に強いのは、レアル マドリーかバイエルン ミュンヘンくらいで、ACミランも、バルセロナも、マンチェスター ユナイテッドも、タイトルを獲れない時期があります。強くなって愛される、強くあり続けることは本当に可能なのか。その言葉に込められた西野TDの思いを聞かせてください。
「あれは、僕の言葉足らずで、誤解を招いてしまって。フロンターレのように愛され続けて、結果的に強くなったというのは、素晴らしいストーリーじゃないですか。でもそれって、勝ったから言えるんですよね。レッズだって愛され続けています。それは百も承知だけれど、何を言うにしても、勝たないと説得力がない。だから、勝って、連覇して、そのときに初めて『浦和レッズだって、ずっと愛されていますよ』と言いたいと思ったんです。だから今は言わせておくと。決して、強いから愛されるクラブだなんて思ってない。ご存じの通り、僕は93年からレッズに所属していますから。あの頃、どれだけ弱かったか」
――それでも愛されて、スタジアムはファン・サポーターで溢れるほどでした。
「そうですよ。プロは勝って初めて言葉を発することができる。だからこそ、『悔しい! 今に見てろ!』ということなんです。炎上してしまったことは申し訳ないと思っていて(苦笑)、周りからも『消せ』と言われたんですけれど、あれは自分のために言った言葉で、自分の記憶に留めておくためのものなので、消していません。でも、バイエルンはいま9連覇ですよ。勝ち続けることは可能ということです。そこを本気で目指すかどうか。9連覇なんて大それたことは言いませんが、今年の優勝や連覇は絶対にできると思っています。『思えない人はレッズに来るな』と言いたい。そういう気持ちなんです」
――まさに飢餓感、勝利への飢えですね。
「最後はサッカーの神様が決めることですけど、本気で目指すことはできる。だから僕自身、飢餓感でいっぱいです」
(取材・文/飯尾篤史)