皇后杯 JFA 第43回全日本女子サッカー選手権大会の決勝でジェフユナイテッド市原・千葉レディースを1-0で下した瞬間、清家貴子に湧き上がった感情は歓喜や感動ではなかった。
「ホッとした感じで。やっと優勝だなっていう気持ちが一番でした」
三菱重工浦和レッズレディースはこれまで皇后杯決勝に5度進出しながら、いずれも準優勝に終わっている。そのうちの3度、決勝の舞台に立っている清家にとっては4度目の挑戦だったのだ。
「今年は絶対に獲りたいという気持ちが強くて。1点のリードで迎えた終盤、攻め込まれたので、笛が鳴って安心しましたね」
清家は前回大会、2020年12月29日に行われた日テレ・東京ヴェルディベレーザとの決勝の試合中に、左膝前十字靭帯損傷の大ケガを負っている。しかも、そのゲームで3-4と敗れたこともあり、悔しさが残った。
だから清家にとって、今回の決勝はリベンジの場だったが、個人的な思いはすっかり消え去っていた。
「試合前日くらいに、『決勝、前回と同じスタジアム(サンガスタジアムby KYOCERA)だね』って言われて、『あ、そうだ』と思い出したくらいなので。前回の自分のケガというより、チームとして、今度こそ獲りたいっていう思いのほうが強かったんです」
その決勝で右サイドバックとして先発した清家は前半の途中から2トップの一角に移って裏のスペースを狙った。
清家のFWへの配置転換は、チームに攻撃のスイッチを入れるための必勝パターン。このポジションチェンジが奏功し、レッズレディースは皇后杯を勝ち上がってきた。
しかし、この日は千葉Lの堅守をなかなか攻め崩すことができなかった。
「沖縄キャンプでもジェフを想定した紅白戦をたくさんやっていたので、簡単に崩せないことはわかっていました。0-0というのは想定内。むしろ、失点しないで前半を終われてよかったなって。個人としてはわりと1対1で抜けていたので、今日はドリブルで行けるなっていう感覚がありました」
迎えた後半、再び右サイドバックにポジションを戻した清家に大きなチャンスがめぐって来る。
67分、猶本光のパスをボランチの安藤梢がダイレクトで右サイドに展開すると、走り込んでいた清家もダイレクトでファーサイドにクロスを送る。
そこに、菅澤優衣香がフリーで待ち構えていた。菅澤が右足でボールを叩く。
「梢さんはもともと攻撃の選手だから、練習中も、自分の欲しいタイミング、欲しい場所にパスをくれるんです。あのシーンもそうでした。クロスに関しては、普段から奥を狙っているというか。
相手にしてみれば、わかっていても防げないところだと思うので、練習からあそこに入れるようにしていて。菅澤選手も練習どおり、あそこにポジションをとっていて、ドンピシャで合ったという感じです」
こうして生まれた虎の子の1点を守り抜き、レッズレディースは念願の皇后杯優勝を成し遂げたのである。
決勝を迎えるにあたって、1年2カ月前に負った大ケガのことは頭の中になかったという清家だが、21年9月に開幕した日本初の女子プロサッカーリーグ、WEリーグの序盤戦は苦しんだ。
「最初の頃は、フルで出るのは厳しいなって感じていました。怖さもありましたし、コンディション的にも難しいなって。試合を重ねるごとに調子は上がっていったんですけど、(楠瀬直木)監督も無理をさせたくないと思ってくれたのか、前半だけで交代する試合もかなりあって」
だが、埼玉スタジアムで行われた9節、マイナビ仙台レディース戦では78分までプレーし、1ゴールをマークする。
「長い時間でもやれるんだっていうことが自分自身もわかりましたし、監督をはじめとするスタッフもわかってくれて。そこからギアが上がって、ケガしたことを自分でも忘れるくらいのプレーができるようになったんです」
こうして迎えた12月25日、皇后杯初戦となる4回戦の伊賀FCくノ一三重戦。清家は0-0で進んでいた試合途中に右サイドバックからFWにポジションを変え、相手のディフェンスラインの背後を狙った。
相手DFとの駆け引き、ボールの呼び込み方と裏への抜け出し方は、数年前までFWを本職としていた清家の持ち味。何度も決定機を迎えながら、なかなかゴールを奪えなかったが、87分にゴール左隅にしっかりと蹴り込んだ。
「1対1の勝負だったら絶対に負けないと思っていました。ただ、2、3回チャンスがあったのを外してしまったのが悔しくて。今日は自分が決めなきゃ、試合が決まらないなと思っていたので、最後に決められたときはホッとしましたね、あのときも(笑)」
この勝利で勢いづいたレッズレディースは、準々決勝でサンフレッチェ広島レジーナを2-0で、準決勝でセレッソ大阪堺レディースを1-0で、決勝で千葉Lを1-0で下して戴冠したが、これらのチームはWEリーグや、昨季のなでしこリーグでレッズレディースが敗れたチームばかり。その借りも返した形だ。
「トーナメント表を見たとき、1試合も油断できないなって。1試合1試合、決勝戦のつもりで臨んだのがよかったんだと思います」
3月5日の千葉L戦から、中断していたWEリーグが再開する。
レッズレディースは現在、5勝1分3敗の3位。初代女王を目指して、首位に立つINAC神戸レオネッサを追いかける。
「WEリーグが開幕して、いろんな方が試合を観てくれるようになったと思います。自分自身、もっともっといいプレーができるし、チームもさらに成熟していくと思う。そこを観に来て欲しいです。
スタジアムに観に来てもらうためには、魅力的なサッカーをしないといけない。魅せるサッカー、観たくなるサッカー、応援したくなるような選手、チームになっていきたいと思います」
5月に予定されているI神戸との大一番(アウェイ戦)は、14日に国立競技場で開催されることが決まった。
右サイドバックとFWの二刀流をこなしながら、アカデミー出身の清家はチームを牽引している。
自慢のヘアカラーを輝かせてピッチを疾走する姿を、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場、浦和駒場スタジアム、そして国立競技場で目にしてほしい。
(取材・文/飯尾篤史)