佐久市を車で走っていると、酒蔵を目にする機会が多いことにふと気付く。市内には11もの蔵がある。日本酒離れが叫ばれて久しいが、佐久の酒蔵はそれぞれが試行錯誤を続けて個性を打ち出している。
蔵人が「半切り」と呼ぶ水が入ったアルミ製のおけから酒米の袋を取り出す。袋の重さは約15キロ。酒米に水を吸わせる浸漬(しんせき)の作業だ。階段を上ると室温約40度に保たれた製麹(せいぎく)室で杜氏が蒸した米をかきまぜていた。佐久市下越の「佐久の花酒造」は、10月からの今季の日本酒造りに追われている。
7人の蔵人が来年4月中旬までに、1100俵の酒米を使って約9万9千リットルの日本酒を造る。同社は1892(明治25)年の創業。5代目社長の高橋寿知さん(59)は「日本酒を飲む人の嗜好(しこう)が多様化し、蔵の個性を出して選ばれるようにしている」と話す。
伝統的なイメージがある日本酒だが、米のうまみや香りを引き出すために製法の改良は余念がない。高橋さんは「昔からの繰り返しと思われがちだが味は進化を続けている。常に『今』の日本酒が一番おいしい」と力を込める。
県酒造組合によると、佐久市には11の酒蔵があり、一つの市町村の酒蔵の数としては県内最多だ。最も古い蔵は江戸時代の創業。新しい蔵も明治時代の創業で歴史を重ねる。なぜ市内には多くの酒蔵があるのか―。組合の佐久支部長も務める佐久の花酒造の高橋さんは「水が良くて穀倉地帯も広がっている。そして冷涼な気候は酒造りに適している」と説明する。
「佐久の酒」と一言で言っても、蔵ごとに特長はさまざまだ。それぞれの酒蔵が使う水は八ケ岳連峰や浅間山などの伏流水で、硬度などの特長は異なるからだ。それだけに高橋さんは「ぜひ飲食店を巡って信州の料理を楽しみながら、飲み比べをしてほしい」と話す。
佐久の花酒造の酒蔵に隣接する店舗では「大吟醸」や「純米吟醸」などの15種類を販売。同じ臼田地区にあり、星形の城郭「五稜郭」で知られる国史跡「龍岡城跡」を訪れた観光客が土産として買い求めていく。JR佐久平駅に近いA・コープファーマーズ佐久平店では、佐久市内の11蔵を含む佐久地域の13蔵の日本酒を扱っている。
◇
【記者のひと言】 蔵ごとに違う水 味を比べる面白さ 佐久支社・渡部雅隆記者
日本酒は地域ごとの味があると思っていたが、実際には佐久市内でも蔵ごとに使う水が異なり、それぞれが特長を生かした酒造りに取り組んでいることを知った。取材をきっかけに「飲み比べてみよう」と思い、スーパーで「佐久の酒」に手が伸びる機会が増えた。
佐久地域には数多くの蔵があるから、それぞれの味を比べる面白さがある。ただ、全国的に「佐久の酒」の知名度は高くない。そうした中、地域にある13の蔵は若手を中心に連携し、「SAKU13(サクサーティーン)」のプロジェクト名で商品開発などに挑戦している。地酒を楽しみながら、佐久ブランドを応援していきたい。
◇
【わがまち紹介】 祝い事には「佐久鯉」 熱気球の祭典も
佐久市のJR佐久平駅へは東京駅から北陸新幹線あさまで約1時間20分。人口は9万7945人(10月1日時点)で県内市町村で4番目に多い。東京とのアクセスの良さから移住者が増えている。
特産は「佐久鯉(ごい)」。安土桃山~江戸時代に養殖が始まったとされ、祝い事などで振る舞われてきた。市内には「鯉こく」など鯉料理を提供する店舗が点在する。佐久市安原の安養寺周辺で収穫された大豆を原料にした「安養寺みそ」は風味豊かで、佐久商工会議所とラーメン店は安養寺みそを使ったご当地ラーメン「安養寺ら~めん」を売り出している。
毎年5月3~5日は「佐久バルーンフェスティバル」が開催。全国から数十の熱気球が集まって空を彩り、2023年に30周年を迎えた。
◇
【もうひと推し】 「北斗の拳」のキャラクターが街じゅうに
2023年に連載開始から40周年を迎えた漫画「北斗の拳」の原作者武論尊(ぶろんそん)(本名・岡村善行)さん(76)は佐久市の出身だ。市は40周年の記念事業として今年、作品の登場人物をデザインした8枚のマンホールのふたを商店街や観光地に新設。JR佐久平駅蓼科口周辺には19年に設置された別の7枚もあり、マンホールを探しながら散策を楽しめる。
同駅改札内には9月、武論尊さんが「最も好きなキャラクター」と公言する悪役「ジャギ」の像が登場。高さ約185センチ、重さ約380キロのアルミニウム合金製で、40周年記念事業の一環で地元企業が約400万円かけて制作した。
武論尊さんは漫画家らの育成に取り組むため、18年から漫画塾を市内で開講。塾の拠点施設の建設も進んでおり、佐久を「漫画の街」としてPRする機運が高まっている。
◆
人気の旅行ガイドブック「地球の歩き方」と信濃毎日新聞が連携する「地球の歩き方 信州版」。信毎の取材ネットワークを生かし、県内各地で見つけた「推し」を紹介します。記者がお薦めするグルメ、名産品、スポットなど、とっておきの情報を発信し、信州の魅力を再発見する企画。随時全県を取材し、取り上げた「推し」の情報は、地球の歩き方のガイドブックに一部掲載される予定です。
外部リンク