22日に長野県庁で阿部守一知事とJR東海の丹羽俊介社長がリニア中央新幹線事業を巡り意見交換しました。リニアを巡っては3月に開業時期が少なくとも7年は遅れる見通しとなるなど、今後の先行きは見通せないままです。開業が遅れることにより影響を受ける県民や自治体の首長、経済関係者らの声を取り上げた3本の記事をまとめました。
「リニア開業の夢遠のいた」、工期延期確定に住民憤り 飯田市や豊丘村、「元々無理」と疑念も(2024年4月5日掲載)
■「遅れの範囲内」JRの説明に飯田市長反発
JR東海が、リニア中央新幹線の座光寺高架橋と保守基地(いずれも飯田市)の工期を2031年3月末までと設定し、県内の工事完了が4年余延びるとの見通しを示した4日、これまで「27年開業」を旗印に負担を否応なく受け入れてきた地元自治体や住民からは、「事業者側の都合だ」「元々の工期に無理があった」と反発や疑念の声が相次いだ。
「工期短縮のために多くの資金や人手を割けないと判断した」。飯田市役所で記者会見したJRの古谷佳久・中央新幹線建設部名古屋建設部担当部長は、27年を超える座光寺高架橋と保守基地の工期設定について説明した。
JRが示した工事期間は約70カ月。仮に県内他工区で最も遅い工期の27年2月末までの完成を目指した場合、21年4月ごろには工事契約を結ぶ必要があった。古谷氏は資金と人員を投入すれば工期短縮を図れるとしたものの、南アルプストンネル静岡工区の遅れで「通常の工程で進めても、開業には影響しない」とした。
これに対し飯田市の佐藤健市長は「工事を早く終わらせてほしいという住民の期待と異なる状況」と不満を隠さず、「JRは事業主体として住民に説明し、理解を得る努力が必要だ」と強調。JRが工期設定を「静岡工区の遅れの範囲内」と説明した点を「事業者側の都合」とした。
県リニア整備推進局は取材に、沿線の生活環境への影響を最小限とするため工期短縮を求める立場に変わりはない―とした。
地元の座光寺地域自治会長の牧野光彰さん(74)は「最初から26年度末の工事終了は間に合わないスケジュールだったのでは」と疑問視。「子どもたちが便利な暮らしができるなら―と立ち退いた人がいる。JR東海にはもっと早く情報を出してほしかった」と話す。「ダンプカーが走る期間が長引く。通学や、お年寄りの買い物が難しくなるのでは」と心配が尽きない。
県内では、飯田市の松川橋りょう(約70メートル)、下伊那郡大鹿村の小渋川橋りょう(約170メートル)の2カ所が未発注。既に着工している工区でも、南アルプストンネルや伊那山地トンネルで地質のもろさから工事が遅れており、JRが今後工期を見直す可能性もある。
伊那山地トンネルが通過する同郡豊丘村の農業壬生雅穂さん(56)は「工事の遅れは静岡だけの問題ではなく、地元への説明のやり方などJRの姿勢にそもそもの問題があった」と指摘。同村では土砂災害が懸念される場所がトンネル残土の置き場になっている。「27年開業を目指すJRにせかされるように、地元は残土置き場を受け入れる議論をし、同意を求められてきた」と壬生さん。「もうリニア開業の夢は当分ないのだから、しっかりと地域に向き合い、計画を考えていくべきだと思う」と話した。
(葉山大則、伊沢智樹、佐藤勝、竹端集)
狭い車道を抜けて中央アルプストンネル松川工区へ入るダンプカー=飯田市鼎切石=
リニア2027年開業断念、「どういうこと?」 飯田市や阿智村の住民憤り「家立ち退いたのに」「負担さらに増す」(2024年3月30日掲載)
県内区間を含むリニア中央新幹線の開業時期が、少なくとも7年は遅れる見通しとなった。JR東海は静岡工区の着工遅れを理由に挙げるが、県内の工区でも残土置き場の確保のほか、南アルプスを抱える下伊那郡大鹿村でトンネル掘削が予定通りに進んでいない。立ち退きを余儀なくされた飯田市の県内駅計画地の住民は憤り、残土運搬ルート沿線の住民は工事長期化への不安を強めている。(川浦風太、伊藤翔和、伊沢智樹、佐藤勝)
■進まぬトンネル掘削 「地元軽視 遅れの一因では」
リニアのトンネル掘削が進む大鹿村。今月21日のリニア連絡協議会で、JR東海は長野工区と青木川工区で掘削が遅れ、2026年11月末までとした村内工事の完了は間に合わないと認めた。
村内では今も、1日当たりダンプカー数百台が村外へのアクセス道路を往復。村民の間では工事による水源への影響も懸念されている。
「26年11月末までの工期は守ってくださいと、再三お願いしてきた」。この日、あと7年は開業が遅れると知った村観光協会長の平瀬定雄さん(55)は「どういうことか」とあきれた。「JR東海はいつ県内工事が完了し、村の負担はなくなるのか、具体的に理由や時期を説明し、情報を公開するべきだ」と強い口調で求める。
同村の土屋道子さん(72)はリニア連絡協議会を傍聴するために毎回足を運ぶ。「孫の物心がついた頃からリニア工事が続いている。このままだと、孫は故郷の風景としてリニア工事を思い浮かべるようになる」。水源への影響の懸念や残土処理にも触れ「静岡の問題だけにせず、一度立ち止まって事業を考え直す必要がある」と指摘する。
下伊那郡阿智村では清内路地区の坑口「萩の平非常口」から約70万立方メートルもの残土の発生が見込まれる。
このうち半分ほどを運び込む置き場の候補地を巡り、同地区自治会は昨年、埋め立てに反対する要望書を村に提出した。工事用資機材や残土の運搬に関する度重なる計画変更や、地元の意向との食い違いが、JR東海への不信感を増幅させた。
「地元に寄り添っていない姿勢が遅れの原因の一つではないか」と同地区自治会長の男性(75)。「工期が長引くことで村民の負担がさらに増すことになる」と危惧している。
リニア中央新幹線の県内駅建設が進む飯田市上郷飯沼・座光寺の一帯。左奥は天竜川橋りょう=飯田市上郷黒田から
■関連工事進む飯田の駅周辺 「まずは地域の問題解決を」
リニア計画で立ち退きが相次ぐ飯田市の県内駅計画地とその周辺。宮下泰広さん(71)は同市上郷飯沼の北条地区から南条地区に転居を余儀なくされた。転居前の家は築10年ほどで、「なぜ手放さなければならないのか」と無念だった。
リニアは飯田下伊那を元気にしてくれる―。そんな期待があったから立ち退くことにした。だが、労災事故を積極的に公表しようとしないJR東海の姿勢に憤りを感じたこともあった。27年のリニア開業断念を受け、「延期で余裕ができるなら(労災事故などを)しっかり報告すべきではないかと思うし、飯田市も駅周辺整備計画を時代に合った形で練り直したほうがいい」と話す。
「桑畑が広がっていた50年以上前の寂しい風景に戻ってしまった」。飯田市上郷飯沼の北条地区に住む竹内宏之さん(70)は造成工事の遅れから、8~9月ごろに座光寺地区に転居する予定だ。周辺は立ち退きが相次ぎ、自宅からは天竜川対岸の下伊那郡喬木村が見通せる状況。「開業が延期となっても、慣れ親しんだ地元がにぎやかに発展してほしい」とせめて願う。
飯田市では住宅地の真下でトンネル掘削が行われる計画だ。「リニアから自然と生活環境を守る沿線住民の会」代表世話人の北林強さんは「住民の中には自宅が傾かないかなど不安を抱え、家屋調査を申し込んでいる人が少なくない」と口にする。
県内駅計画地の橋りょう工事では、流出防止策を施した上で要対策土を活用する計画もある。北林さんは「地域では問題が次々と起きている。まずは問題を解決した上で、開業を考えるべきだ」と指摘した。
リニア2027年開業断念に長野県内政財界から失望や注文「早期にスケジュールを明らかにして」(同)
県内のリニア中央新幹線沿線自治体の首長や経済界からは29日、27年開業を前提にさまざまな準備を進めてきただけに、失望や注文の声が相次いだ。
飯田市の佐藤健市長は「県内工事のスケジュールを早く明らかにしてほしい」とJR東海に求めた。27年開業を前提に地元への投資を呼びかけてきたが、延期となり影響が出る―と言及。市内の県内駅周辺整備については「27年開業を前提に地権者から土地の提供を受け、使われないままにしておくのは良くない。(駐車場など)一部を部分的に活用することも視野に入れたい」と述べた。
大鹿村の熊谷英俊村長は「工事が予定通りに進まないのは残念。住民生活の負担軽減につなげるため、村内の事業は計画通りに進むように、村としてJR東海に申し入れていきたい」とした。
飯田商工会議所の原勉会頭は「27年開業を前提に住民が協力している」と強調。県内駅から名古屋駅までの区間について、先行して部分開業するよう求めた。JR東海に対し「地元に何も説明がない。まずは地元産業界に説明し、しっかり向き合うべきだ」と求めた。
県リニア整備推進局は取材に対し、同日に東京都内で開いた国交省の有識者会議終了後、JR東海から27年に開業できない―と連絡を受けたと説明。同局の青木能健次長は「会議でJR東海が説明した内容の詳細が分からず、コメントできない」とした。
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