松本市のアルピコ交通上高地線の列車内で14日、本を読んだり買ったりすることができるイベント「しましま本店」が開かれた。イベントには親子連れや若者も参加。「ガタンゴトン、ガタンゴトン…」。列車ならではの音や揺れを感じながら本を読む良さをあらためて考えたいとイベントに参加した。
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暖かな陽気に包まれ、よく晴れた空の下、イベント用の貸し切り列車が松本駅を出発した。山肌に雪が残る北アルプスや、シダレザクラが見頃を迎えた松本市波田の安養寺…。車窓から、色とりどりの沿線の風景が目に飛び込んでくる。
車内には仮設の本棚や木箱がずらり。登山やアウトドア、鉄道、子ども向けの絵本、SF小説などの背表紙を見ながら車内を歩く。本は、古本を扱う県内外の9書店が販売。書店主に「子どもがいるならぜひ読んでみてください」と薦められ、「いのちの食べかた」(森達也著、理論社)という本を買い、読んでみた。
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中学生以上向けに書かれたエッセーで、食卓に並ぶ牛肉や豚肉の基になる牛や豚がどうやって殺され、解体されるかを知らない人が多いと指摘する。現代人はたくさんの命の犠牲の上に生活が成り立っていることを忘れがちとし、命はかけがえのない存在だと知ることが戦争や差別、いじめをなくすことにつながると訴える内容だ。
重いテーマを取り上げるが、文章は読者に問いかけるようで柔らかい。「ガタンゴトン」という一定のリズムを刻んだ音や揺れも心地よく感じられた。牛や豚の解体の様子など、自分が知らなかったことも書かれた本の世界にあっという間に引き込まれた。
列車が駅に着き、本を閉じる。読んでいたのは約20分間だったが、もっと短く感じた。半分ほどまで読んだ本をリュックサックにしまいながら、早く続きが読みたいという気持ちになった。
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貸し切り列車での移動中に出会った塩尻市の会社員森穂乃香さん(23)は、電車通勤の車内で、よく小説を読むという。乗車中にスマートフォンでSNSを見て人とつながることもあるが、「本を読む間は他人を気にせず、自分だけの時間を過ごせる」ことが気に入っている。
シートに座って本を読んでいた松本市のイラストレーター原山美果さん(66)にとって、本は鉄道旅のお供。訪れた美術館の半券や見つけた花をしおりとしてはさんでおくといい、「後で本を開いた時、旅の記憶がよみがえるのが楽しい」と笑顔だった。
列車は終点の新島々駅まで走り、そこで停車。「書店」として営業を続けた。
松本市の小学1年、吉沢知花さん(6)は母親や友人家族と一緒に後続の定期列車で同駅を訪れた。鉄道好きで、道中では車窓から見える山々を眺め、到着後は列車を見て楽しんだ。停車中の列車内も見て回り、かわいい動物のキャラクターが描かれた絵本を買ってもらった。
今まで本は自宅で読んでいたが、たくさんの本が並んだ列車は新鮮だったようで、目が輝いていた。「今度電車に乗る時は本を持っていく。景色を眺めながら読みたい」と、母親と顔を見合わせて笑った。
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(にしかわ・ひろあき)旧小県郡東部町(現東御市)出身。2013年信濃毎日新聞社入社。2019年からこども新聞とヤンジャ(現ユースてらす)の担当を務める。中高生時代は5年間電車通学。中学2年の時、同級生に紹介されたライトノベルに夢中になり、誰にも邪魔されずに読める列車内で読みあさっていた。
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