全国の小学5年~中学3年の英語の授業で、紙の教科書と同じ内容をタブレット端末で読めるようにした「デジタル教科書」が本年度から本格導入された。英文の読み上げや英文字の拡大、関連動画の再生などデジタルの特性を生かした機能を備え、学習方法の広がりが期待される。ただ、どう効果的に活用するかは教員の裁量や力量に左右される面も大きい。学校現場を取材すると、手探りの状態で活用方法を模索する様子が浮かんだ。
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〈記事のポイント〉
▽小5~中3の英語の授業で「デジタル教科書」が本格導入された
▽英文の読み上げや動画の再生、文字の拡大などの機能が備わり、児童生徒は習熟度に合わせて学習できる
▽長野県内の学校現場は、効果的なデジタル教科書の活用方法を探っている
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■「個別最適」「協働的」、学びの広がりを期待
22日、長野県上水内郡信濃町信濃小中学校6年1組の教室。「繰り返し声に出してみよう」。英語を担当する非常勤講師の水越恵美子さんが授業の冒頭に呼びかけると、子どもたちはデジタル端末を慣れた様子で使い、リズムに合わせて英単語の音読を始めた。ある男子児童は正確な発音を確認しようと、読み上げの再生速度を0・75倍に調整。すると、ゆっくりとしたネーティブの発音が聞こえてきた。
児童が使っているのは、紙の教科書と同じ内容をタブレット端末やパソコンで閲覧できるデジタル教科書。単元ごとに英文や単語を読み上げ、物語のアニメーション動画を再生できる機能も備わる。同校でも今月から使い始めた。
小林珀士(はくと)さん(11)は「音声を繰り返し聞き直せるから使いやすい」と便利さを実感する。水越さんは、子どもの理解を助ける発音練習の機能などが充実していると評価し、「一斉にインプットする授業の進め方ではなく、自分のペースに合わせて学ぶことができる」と利点を挙げる。
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デジタル教科書は学校教育法の改正によって2019年度から小中高校の授業で正式な教科書として使えるようになり、22年度は希望する小中学校で実証事業を実施。児童生徒に1人1台のタブレット端末を配備する政府の「GIGAスクール構想」が進んだことなどを踏まえ、文部科学省は本年度から他教科に先駆けて英語で本格導入した。25年度には小5~中3の算数・数学でも導入する方向だ。
文科省は導入の利点について、文字の拡大や書き込み、音声の読み上げができ、子ども一人一人の能力や特性に応じた「個別最適な学び」が進められると説明。さらにデジタル端末を使えば意見や考えを共有しやすいため、児童生徒同士が学び合う「協働的な学び」にもつながるとする。
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デジタル教科書は、小学校の学級担任が英語を教える際にも役立つ。
文科省は22年度、専門免許を持つ教員が授業を受け持つ「教科担任制」を小学5、6年の英語などで始めた。ただ、大学の小学校教員の養成課程で英語の指導法に関する科目が設けられたのは19年度から。現役の小学校教員は必ずしも英語指導を得意としているわけではないのが実情だ。
東筑摩郡麻績村麻績小学校は本年度、英語の教科担任が不在で、学級担任が授業を受け持っている。6年の担任を担う加藤紗絵教諭は、英語の教員免許を取得しているものの、これまで教える機会は少なかった。
加藤さんはデジタル教科書で、子どもたちが習熟度に合わせて学べることを歓迎する。教員は児童の得意や不得意に応じてサポートしやすくなるとして、「教える側にとっても授業を進める上での助けになる」と実感を込めた。
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■コミュニケーション力養うため 「頼りすぎない指導」教員ら工夫
音声の読み上げや動画視聴ができるデジタル教科書は、児童生徒の学習理解を助ける機能が充実している。一方、英語教育は自分の気持ちや考えを相手に伝えるコミュニケーション力を養うことが重視されるだけに、教員側にはデジタル教科書に偏りすぎない活用方法が求められる。
信濃町信濃小中学校の水越恵美子講師は、デジタル教科書の利便性を評価した上で「英語はコミュニケーションが何よりも重要」と強調する。そのため、授業でどう効果的に使うべきか難しい―と手探りが続いているという。
英語を話す上ではアイコンタクトや表情が大切とし、「(デジタル教科書の)画面ばかり見るのではなく、バランスを取った授業にしたい」と説明。授業では外国語指導助手(ALT)や子ども同士で会話する時間を設けており、デジタルに頼りすぎないことを意識したいとする。
県内の英語教員らでつくる県英語教育研究会の副会長を務める麻績村麻績小学校の伊藤尊夫校長は「授業のゴールに向け、どう生かすかは教員の考え次第」と指摘する。活用できる機能をどう取り入れるかなど、紙の教科書と同様に教材研究が必要だと見通す。
デジタル教科書を活用する上では、端末のトラブルへの対応も懸念される。文部科学省は通信環境の悪化などの備えとして当面、紙の教科書と併用する方針。ただ、同省の調査では「(画面)のフリーズやエラーで対処が必要になった」との回答が5割近くに上るなどトラブルの多さも課題として浮かぶ。
県教育委員会学びの改革支援課は、情報通信技術(ICT)を活用した授業の普及や指導に当たる「県ICT教育推進センター」で教員のニーズに応じた支援をしていると説明。「今後も研修などでデジタル教科書を活用した効果的な指導方法を共有したい」としている。
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■長野県英語教育研究会会長・臼井伸明さん「『話す』を忘れず 長所と課題把握を」
デジタル教科書はネーティブの発音が繰り返し聞けて、視覚的に理解を助ける動画が視聴できるなど機能が充実しています。児童生徒が自分のペースに合わせた学習が可能となり、英語力の向上にもつながると考えています。
情報通信技術が普及し、いずれタブレット端末に全ての教科書が網羅され、それさえ持っていけばいい時代になるのではないでしょうか。デジタル化の進展は教員にとっても、授業の準備などの面で便利になったと思います。
ただ、英語は人とのコミュニケーションが重要。英語で「話す」ことを忘れてはいけません。今後はデジタル教科書の利便性を踏まえ、教員が最適な活用方法を考えることが大事になると思います。
今までの授業を変えるのではなく、デジタル教科書を取り込んでいくという視点も必要です。教員がデジタル教科書の良さと課題を把握して、その都度、工夫しながら活用してほしいです。
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