守備的な選手は目立ちづらい。筆者もつい、原稿を書く時の選択として攻撃側を選んでしまいがちになる。
だが、さすがはサンフレッチェ広島のサポーターだ。
昨年末に行われた「2021年に活躍しそうな選手」のアンケートで、浅野雄也・川辺駿につぐ第3位は荒木隼人。指数関数的に大きな成長を続ける若きリベロに、サポーターは大きな期待を寄せている。
「守備の選手で注目はされづらいが、今シーズンのMVPであると思う」
「終身契約を結ぶべき広島の新しい宝物」
「ピンチの芽を摘む判断がはやく体も強い。いずれは海外に行くのでは」
称賛の言葉が次々に並んだ。
後輩・土肥航大と共に居残りトレーニングの準備。誰に対しても笑顔で接する人間性も荒木隼人の魅力※昨年10月9日のトレーニングにて
特にサポーターが注目したのは、28得点を記録した昨年の得点王・オルンガ(現アル・ドゥハイル)との闘いである。強烈なフィジカル、技術の高さ、知性。あらゆる意味で一流といっていいアフリカの大砲と対戦したのは、2020年9月19日の対柏戦である。
開始早々、オルンガは荒木の密着をモノともせず、強烈な右足を振る。幸い、林卓人のスーパーセーブに救われたが、背筋が凍った。
「すごい。モノが違う」
筆者も震えた。だが荒木もまた、モノが違ったのだ。
ラダーを使った居残りトレーニングで俊敏性を鍛える。常日頃の努力が荒木の成長を促進する※昨年10月9日のトレーニングにて
このピンチで相手の能力と適切な距離感を測った荒木はその後、オルンガに自由を与えない。
オルンガに強い身体を預けられても、反転しようと仕掛けられても、荒木はマークを外すことはなかった。
自由を奪われたオルンガはやがて冷静さを失い、プレーが荒くなった。
むりやり、前を向く大砲。だが広島のリベロは諦めずに追いかけ、シュートを枠外へと誘導した。
「最初に身体をぶつけられた時、本当に強いと感じた」と荒木は言う。
「高さがあって、懐も深い。ただ映像を見ていると、密着状態からの反転から、よくゴールを決めていたんです。だから、無理に身体を預けるよりは、相手がターンしたところでボールにつつきにいこうと考えていました」
分析担当の御簾納将コーチと練習後に会話。コーチからの示唆を自分のプレーに活かそうという姿勢も、荒木のステップアップにつながっている
徹底的な研究が功を奏したと荒木は言う。各専門誌やサッカーサイトで「極上の対人守備」と称賛された彼の能力はサポーターにもインパクトを与えた。
「オルンガを完全に封じ込めたのには痺れた」
「ポテンシャルはピカイチ」
「(オルンガだけでなく)大型外国人選手にもチャンスをつくらせない完璧な守備」
ただ、サポーターが彼に心を打たれるのは、対人守備の力強さだけではない。日々、右肩あがりの成長を示すプレーぶりから、荒木の努力が垣間見えるからだ。
「課題としていたビルドアップにも積極的に取り組み、縦パスをズバズバ通していた」
「試合に出るごとに成長を感じられ、失敗しても修正できる」
「安定感が増した。失点数が少なかったのも彼のおかげだと思う」
「前に押し上げていくようなボールの持ち出し等が少しずつ増えてきて、プレーにも余裕が出てきていた」
G大阪の育成組織で育ったが、ユース昇格は見送られた。広島ユースでもレギュラーはつかんだものの、昇格候補にはならなかった。それでもプロになる目標を捨てなかった荒木は関西大学で力を磨いて一昨年、念願のプロ入りを果たす。
決してエリートではない。だからこそ、荒木は自分を常に客観視する。
1年目から広島のレギュラーとなったが、もちろん完璧ではない。技術的なことはもちろん、ポジショニングや声が出ないことなども含め、野上結貴や佐々木翔から常に厳しく指摘されている。
ただ、その厳しさも「自分の成長のため」と素直に受け止める。
自分の現在地を客観視できる力を持ち、成長に向けて努力を続ける姿勢がサポーターに伝わっているからこそ、「将来のサンフレを背負う選手」だと期待が高まる。
昨年12月16日、再びオルンガと対戦した荒木は17分、失点を許す。
12月17日、オルンガに許した失点シーンを自分なりに分析する荒木隼人
「ボールに触れる」と判断してチャレンジしたが、ストライカーは足先でボールを蹴って荒木のタックルをかわし、そのまま独走してシュートを流し込んだ。
「あれは自分の判断ミス。でも、失敗しても立ち上がっていく大切さは、ユースの頃から学んできた」
失点以外のシーンではほぼ完璧に得点王を抑えていた。しかしDFは一つの失敗を批判され、FWは一つの成功を称賛される。
その理不尽さについて尋ねると、荒木は笑った。
DFのやりがいを荒木隼人は実感している(12月17日のトレーニング後)
「だからこそ、やりがいがあるんです」
3度の優勝に貢献した偉大なる水本裕貴(現町田)の背番号4を受け継いだ若者は、笑顔でDFの宿命を受け止める。
その前向きさこそ、成長のエネルギーだ。
荒木隼人(あらき・はやと)
1996年8月7日生まれ。大阪府出身。2019年に広島入り。ACLで評価を高めてポジションをとり、一昨年は日本代表にも招集。選手会長に就任した昨年は33試合2970分出場とチーム1の出場時間数を記録した。料理が得意で、森島司や松本大弥(現大宮)ら若手選手たちに手作りの夕食を振る舞う機会も多い。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】