水戸地方検察庁は1月12日、連続殺人容疑で逮捕中の茨城県古河市の元看護師・赤間恵美容疑者(36)に対して、犯行時の精神状態などを調べるため鑑定留置すると発表した。
赤間容疑者は2021年7月6日、勤務先の介護老人保健施設「けやきの舎」(古河市仁連)に入所中の男性Aさん(当時76歳)の足の血管に、点滴中だったチューブにシリンジ(注射筒)を差して致死量の空気を注入し、空気栓塞症による急性循環器不全の殺人容疑で、12月9日に茨城県警に逮捕されていた。
だがこの後、茨城県警は慎重に捜査を進めるなかで同年5月、同施設で男性Bさん(当時84歳)に対しても同様の方法で殺害したことがわかり、赤間容疑者を再逮捕した。
かくして、介護老人保健施設を舞台にした女性看護師による連続殺人事件が発覚した。しかしこれは氷山の一角にすぎない。近年、女性看護師による連続殺人事件が多発しているからだ。たとえば2016年9月、横浜市神奈川区の大口病院(現・横浜はじめ病院)で発覚した、入院患者3名連続殺人事件、あるいは2017年2月、千葉県印西市の老人ホーム「よしきり」で発生した同僚を含む、6名死傷事件などだ。
いずれの事件も容疑者の犯行動機や殺害方法は違うが、しかし看護師である点では共通している。本来、看護師とは人の健康と生命を守り、適切な医療行為をおこなうことを職業とする。そのため、逆の方法も熟知している。彼女たちはそれを悪用し、職業倫理にもとる殺人行為におよんだ。なぜ彼女たちを犯行に走らせたのかーー。それには、事件の概要を知らなければならない。
事件現場の「けやきの舎」は静かな農村地帯にあり、白い外壁の2階建て。同じ敷地内には、認知症を対象にした施設が建っている。赤間容疑者は2001年、茨城県立高校の看護専門課程に入学し、卒業後は看護師として近県の病院に勤務。2020年4月、「けやきの舎」に勤めるようになった。
最初のAさん死亡時は看護師だったので、シリンジを扱う医療行為は可能だが、Bさんの死亡時は介護士に職種が変更し、医療行為を施す立場になかった。国家資格を持つ看護師から資格を必要としない介護士に変更したのは、施設の運営上の理由といわれている。
赤間容疑者の殺害疑惑は、彼女が一人でAさんの病室に入るのを同僚が目撃し、訊問したところ終業前にもかかわらず退勤し、そのまま自主退所したこと。退所後の11月、古河市内のスーパーで、牛肉パックなど5200円相当の食品を万引きし現行犯逮捕されたことが発端となった。ただし1月末段階で、彼女が犯行に至った経緯や動機は明らかになっていない。
大口病院事件とは、看護師の久保木愛弓容疑者(当時30)による、2016年9月16日から20日にかけて発生した、女性患者(当時78歳)および、88歳の男性患者2名(ともに88歳)に対する連続殺人事件だ。
事件発覚は、被害者の容態急変で看護師が投与中の点滴袋を誤ってベッドに落としたところ、輸液が急に泡立つのを偶然見つけ、消毒薬「ヂアミトール」の混入に気づいたのが発端。これを契機に同室の死亡者を調べたところ同成分が検出され、さらに未使用の点滴袋を調べた結果、ゴム栓の部分に針で刺した小さな穴がある点滴袋10個ほどが発見された。
このことから病院内の犯行とみた神奈川県警が容疑者を絞り込む過程で久保木容疑者が浮上する。彼女の看護服からヂアミトールが検出された、投与予定がない製剤を持ちながら院内を歩く姿が防犯カメラに映っていた、被害者の病室に入った5分ほど後に被害者が急死するなど、状況証拠が決め手になった。同県警は事件発覚前の7月から9月の80数日間に、48名もの患者の不審死も突き止めた。
事情聴取に応じた久保木容疑者は犯行動機について、「自分の勤務中に患者に死なれると家族への説明が面倒だった」「勤務交代で看護師との引継ぎをする時間帯に混入した」「20人ぐらいの入院患者をやった」「混入を繰り返すうち感覚が麻痺した」などと供述し、大量殺害をほのめかした。
事件発生から1年9カ月後の2018年7月、神奈川県警は殺人容疑で久保木容疑者を逮捕。2018年12月に患者3名の殺人罪、5名の殺人予備罪で起訴。2021年11月、久保木被告に対し、横浜地裁は無期懲役を言い渡した。だが検察、弁護側ともに判決を不服として東京高裁に控訴した。
千葉県印西市の老人ホーム事件とは、2017年2月から6月にかけて波多野愛子容疑者(当時71)が同僚の女性3名と男性1名に睡眠薬導入剤混入飲料を使って交通事故を負わせ、女性1名死亡させ、5名に重傷を負わす連続死傷事件だ。
事件の発覚は、自分の体調不良に疑問を持った女性被害者が携帯電話の動画機能を使い、波多野容疑者がコーヒーに白い液体を混入する場面を撮影。これが、事件の動かぬ証拠となった。
彼女は同老人ホームに、10数年も勤めるベテラン准看護師だ。同僚や入所者とのトラブルはとくになかったが、千葉県警の事情聴取で彼女は被害者らに対して、「上司に気に入られてうらやましかった」「ホームで受けがよく、ねたましかった」などの感情を抱いていたことを供述している。
千葉県警は殺人及び同未遂で、波多野容疑者を3回逮捕。この後、千葉地裁に起訴され、懲役24年の判決を受けて現在服役中だ。
女性看護師たちの犯行手口はさまざまだが、医療現場に携わり医薬品の取り扱いにも熟知し、悪用すれば死に至ることも十分理解しているはず。それをあえて実行した彼女たちの“心の闇”とはなんなのか。これを理解するため、犯行現場の「けやきの舎」や赤間恵美容疑者の自宅を訪ねた。
「けやきの舎」は2008年8月に開設。定員100名の介護老人保健施設だ。受付の職員に事件について確認したところ「それについてはお答えできません」と質問をさえぎられた。周辺の住民も、「天気がいい日は職員に車いすを押してもらって和気あいあいと散歩してるけど、やっぱり中にいるといろんな問題があるんだろうね・・・・・・」と、顔を歪めた。
赤間容疑者の自宅と「けやきの舎」まで直線で約1.5キロほど。車で7、8分ほどだ。途中モーテルなどがあるが国道4号線のバイパスが近くを通り、近年開発された分譲住宅の2階建てだった。「いい夫婦」にちなんで、彼女は2020年2月22日に結婚。自宅には事件の半年ほど前に引っ越してきたという。
玄関の白いドアをノックしたところ、ご主人が出てきたのでドアを半開きの状態で、「このほど赤間さんが精神鑑定に送られましたが、事件についてどう思われますか?」と聞いた。しかし、「まったくわかりません」と答えただけで素早くドアを閉められた。
これら女性看護師による連続殺人事件の多発について、現役の女性看護師はどう受け止めているか、看護師歴23年という女性看護師に聞いた。
「看護師としても人としても、本来あってはならないこと。私たちは人の命を守るための教育はされたが、その逆は教えられていないからです。とはいえ看護師も人間ですから、感情に左右もされます。実際に患者から、『患者に尽くすのが看護師だろ』『それでお前らは給料をもらってるんだろ』などの暴言を受けることもあります。
職場環境にしてもパワハラ、セクハラ、モラハラは日常的なうえ、キツイ、キタナイ、キケンときてます。しかも、医療現場は絶えず競争社会なんです。次々と導入される新しい医療器具や薬剤の扱いを知らなければ置いていかれ、徐々に居場所もなくなってきます。看護師は国家資格があり終身失うことはないが、いまは資格だけでは通用しないし、結局、向上心のない者は淘汰されるだけなんです。
おそらく容疑者たちはそういう状況だったのではと思います。ストレスの多い職場環境、患者とのコミュニケーション、看護師としての資質や向上心の欠如、これらをうまく処理できず、それが彼女たちを最悪の状態に追い詰めたのでは、と思いますね」
取材&文・岡村青
写真・共同通信
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