「いぬのきもちWEB MAGAZINE」が送る連載、家庭犬しつけインストラクター西川文二氏の「犬ってホントは」です。
この連載では「叱ったり罰を与えたりしなくても、しつけは可能」とお伝えしていますが、西川先生によると、その動きはスポーツ界でも顕著だそう。叱って従わせるとどうなるか、スポーツを例に、犬のしつけを考えます(編集部)。
全日本柔道連盟主催の小学生の全国大会が、今後開催されないというニュースが報じられました。
理由は「行き過ぎた勝利至上主義が散見される」こととされています。
行き過ぎた勝利至上主義とは……具体的には、勝つために指導者が子どもに減量を強いたり、指導者や保護者が審判に罵声を浴びせるなどの行為、などが挙げられていました。
私が目にした記事にはありませんでしたが、そこには指導者が叱責する(叱る、怒る)というものも隠されているのだと想像ができます。
柔道に限らずスポーツの世界は、選手を強くするために指導者が「叱る、怒る」ことが、特に日本の場合は昔から行われていました。
バレーボールの元日本代表の益子直美さんは、指導者が選手を怒鳴ったり高圧的な態度を取るのをNGとする、「絶対に怒ってはいけないバレーボール大会」なるものを行っているそうです。
「怒って従わせる指導は昭和のもの、その役割は終えている」という主旨のことを、益子さんは新聞のインタビューで答えています。
何を言いたいのかというと、犬のしつけも同様ということを、改めて言いたいわけです。
選手のためよりも、自分のため?
ハードル競技のオリンピアン・為末大さんは、「中学で日本一になったときの周りの大人の興奮した顔をよく覚えている」ということを、新聞のインタビューで答えています。
前回のコラムで、叱る行為は叱る側のドーパミン回路を刺激すると、書籍『「叱る依存」がとまらない』に出ていることを紹介しました。
なんか同じ匂いがします。
叱るのは、叱る側にとっていいことが起きているから。
イコールではないのですが、指導者が子どもたちを「叱る、怒る」のも似ているかと思います。
桑田真澄さんは体罰などに否定的ですが、彼はそうした指導の結果多くの才能ある仲間が潰されていった、と語っています。
子どもたちは数年で代替わりしていきます。
その中で、わずかでも優秀な成績を収める子どもが現れると、指導者は評価される。
でも、その陰で多くの子どもたちが、ドロップアウトしていく。
ドロップアウトは許されない家庭犬のしつけ
一部の成功の影に、多くのドロップアウトしていった存在がある。
それではまずいのです、家庭犬のしつけは。うまくいかなかったから、次の犬をとはいかないのです。
マズルをつかむ、仰向けに押さえつけるなど、犬のしつけに関しては古くから知れ渡っている叱り方があります。
もちろん効果は期待できないわけですが、全くうまくいかないのであればあれほど広まりはしません。
おそらくうまくいった例があるのです。わずかながら。
でもそれは、「一部の成功の影に、多くのドロップアウトしていった存在がある」と同様なのです。多くは変わらないか、悪化していく。
書籍『「叱る依存」がとまらない』ではコレ、生存者バイアス(脱落したものや淘汰されたものを評価することなく、生き残ったものだけを評価する思い込み)という言い方で、取り上げています。
脱・昭和の指導、昭和のしつけ
「叱る、怒る」とは真逆の指導で、選手を世界一に導いた指導者がいます。小出義雄さんです。
高橋尚子さんがシドニーで金メダルを取ったのは、2000年。平成12年のことです。「怒ると萎縮してしまう」ということで、ひたすらほめることで、高橋尚子さんを世界一に育てました。
それから、22年。時代は代わり、元号も平成から令和へ。
叱ることは簡単です(特に感情にまかせて叱るのは)。求める犬の姿が番犬、共生関係を目指しているわけでもなかった、外で飼っていた昭和の時代はそれでよかったのでしょう。
でも時代は令和です。
求める姿が違います。うまくいかないからと、外につないで飼えばいい、というわけにもいかないのです。
リビングでいっしょに生活し、どこにでも連れていくことができ、楽しい時間を共有できる、すなわち犬との共生を目指すのであれば、ドロップアウトが起きない方法、叱らない方法を選択すべきなのです。
おっと、文字数がまたもや限界に。
今回も最後に『「叱る依存」がとまらない』にも記されていて、私もよく口にする言葉を記しておきましょう。その言葉とは
<叱ったり罰を与えたりしなくても、しつけは可能>
文/西川文二
写真/Can! Do! Pet Dog School提供
西川文二氏 プロフィール
公益社団法人日本動物病院協会(JAHA)認定家庭犬しつけインストラクター。東京・世田谷区のしつけスクール「Can! Do! Pet Dog School」代表。科学的理論に基づく愛犬のしつけ方を提案。犬の生態行動や心理的なアプローチについても造詣が深い。著書に『子犬の育て方・しつけ』(新星出版社)、『いぬのプーにおそわったこと~パートナードッグと運命の糸で結ばれた10年間 』(サイゾー)、最新の監修書に『はじめよう!トイプーぐらし』(西東社)など。パートナー・ドッグはダップくん(17才)、鉄三郎くん(12才)ともにオス/ミックス。