『孤独のグルメ』は輸入雑貨商を営む井之頭五郎が主人公だ。営業に出向いた街で見つけた店にふらりと入って、「ひとり飯」を満喫する。
2012年1月にはじまったシーズン1以来、オープニングを含むすべての劇中音楽を作り続けており、音楽でもそのシーズン全体のテーマを示す。
■表テーマはコロナ、裏テーマはロック
「今年放送されていたシーズン9は、やはりコロナ(新型コロナウイルス)がテーマです。世界中にコロナが広がり、飲食業も苦しんでいます。
「ベトナム戦争がはじまった(1955年)あと、1960年代後半から1970年代にかけて、世界的に反戦の機運が出てきて、政治や社会に対する反発も強まりました。そんな時代のロック的な要素を今回は取り入れました」
2019年には『大根はエライ』(福音館書店)で第24回日本絵本賞を受賞した。これは久住さんが子ども向け科学雑誌『たくさんのふしぎ』に掲載された2003年の作品。それから15年後の2018年に傑作集として再び世に出て、翌年に賞を取った。
『孤独のグルメ』も漫画自体の連載開始が27年前の1994年。年月を超えて愛される久住作品の生命力に驚く。
■株価を見て「こんな不安定なものの上に…」
「ド素人でしたけど、『ド素人だからいいんです』と言われて。株なんて何もわからない状態でやらされました。連載とともに運用も終わり、今は証券口座の残高ゼロです。株取引にはなじめませんでした。
「深夜に突然ゴリラの絵を描きたいと思っても、本棚の図鑑に数カットあるだけ。あとはキングコングの写真を参考にしたり。それだけでは困ることもあるわけです。
「引っ越しのときなどに、使わなくなった資料は捨てます。今ある本棚に入る分だけで十分。絶版になっても、必要なら出版社に行けばあるし、大事に取っておいても意外に読まない。本に限らず、モノにこだわりすぎるのは危険な気がしています」
■はやりってね、必ず廃れるんですよ
「はやりって、必ず廃れるんですよ。写真でも音楽でも絵でも、自分の手によるものが古くなるというのは悲しいですね」
『孤独のグルメ』の漫画版で作画を担当した谷口ジローさんは久住さんより11歳年上。亡くなる直前、久住さんにこう話した。
「自分がやりたいのは何度も何度も読んでもらえる漫画を描くこと」「とにかく何度も何度も読んでほしい」。久住さんは「谷口さん、あなたはすでに、何度も読まれる漫画を描いていますよ」と言いたかった。
「谷口さんのかっこいいところは作品だけではないんです。週刊誌に連載しているときは、1話8ページを1週間たっぷり使って描き、しかもアシスタントを2人雇って仕上げるんですよ。原稿料からアシスタントに給料を払えば完全に赤字だと思います。
『孤独のグルメ』の最初の単行本が出るまで2年。この間に積み上がった赤字は、単行本一冊の印税では埋められません。描けば描くほど赤字になるような連載をする漫画家なんて、今いますかね?」
「『そんな時間があったら新作を描きます』と。これは言えない。できない」
■松重豊さんの「変わらないっぷり」
「シーズン3が始まる頃には、一部の人からマンネリと言われるだろうと思っていました。ところが松重さん、3作目の撮影がはじまると、マンネリの心配はどこ吹く風とばかりに、前作までと全く同じ五郎を演じきった。
「店を探すスタッフも、ここはおいしいけど、『<孤独的>かな?』と常に考えているようです」
■「結論」とか「コツ」、みんな好きだけど…
「みんな、結論とかコツ、好きですよね。一言でまとめれば、わかった気持ちになるかもしれない。でも、一言で語れない魅力もあります。
「でも、明らかに僕より絵の腕が上の旧友がいました。消しゴムも使わずにすらすら描いていく。なのに、デッサン力も構成力もレベルが違う。生まれ持っている画力が違うのだと感じました。ボクは何かアイデアがないと、彼とは絵で並べないと思いました」
「いつも上手下手のワナがあります。イイ絵は『ウマイヘタ』ではない、と頭ではわかってるんだけど、気がつくと下手なところを隠そうとしたり、技術にとらわれたりしてしまう。
「一生懸命やるのはどの職業でも当たり前。わざわざ書くことではない(笑)」
「漫画でもエッセーでも、自分がおもしろいと思いながら書いて、それを読者からおもしろがってもらえた時点で、僕の言いたいことは伝わっています。それ以上のことは言葉にしなくてもいいんです」
■文言春秋漫画賞の腕時計はいずこ
「散財とはちょっと違うけど」と前置きしつつ、「高級腕時計」と。
「贈呈から1週間も経たずに、飲み屋でなくしてしまいました。普段は時計をしないので、鬱陶(うっとう)しくなってカウンターに置いて飲んでいたのは覚えているんですが。裏面に第45回文藝春秋漫画賞と記された腕時計が、今もどこかにあるんでしょうね」
◎久住昌之(くすみ・まさゆき)/1958年、東京・三鷹市生まれ。法政大学社会学部卒業。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平に師事。1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名で漫画家としてデビュー。泉昌之名義の単行本『かっこいいスキヤキ』はロングセラー。『昼のセント酒』『食い意地クン』ほかエッセーも多数。ミュージシャンとして年間60ステージ以上をこなす。切り絵で毎月新作を発表し、個展も開く。2012年、谷口ジローと組んで描いた漫画『孤独のグルメ』がテレビドラマ化され、現在はseason9までを放送
(文・大場宏明、編集・中島晶子)
【グルメな人「実は高スコアの店を回るだけ」も レビューを信じすぎる人たち】
※『AERA Money 2021秋号』から抜粋