昨年9月、キャンプ中に美咲ちゃんが行方不明になってから母・とも子さんには誹謗中傷がつきまとった。「美咲ちゃんは臓器売買で海外に連れ去られていた」「母親が殺した」「美咲ちゃんはキャンプに来ていなかった」。失意の母親にこんな追い打ちをかける人々は何者なのか。ブログ主に真意を聞くと──。(後編)
「とにかく美咲が帰ってきてくれれば」と、とも子さん
「SNSの誹謗中傷がひどく生活を脅かされています」
山梨県道志村のキャンプ場。ここでおよそ10か月前に行方不明になった小倉美咲ちゃん(8)の母、とも子さん(37)は、報道陣に対して、そんな心境を吐露した。
「悲劇のヒロインぶるな」とも批判され
山梨県警が2日間にわたって同キャンプ場で再捜索を行った5月下旬のことだ。
とも子さんのインスタには事件直後から批判が殺到し、家族や親族の写真は拡散され、成田市にある自宅の写真までさらされる始末。「長女に話しかけた」とツイッターでつぶやく人物も現れ、とも子さんのプライバシーは完全に侵害されていた。
「長女と会話をしましたっていうような書き込みを見ました。それを面白がった人たちが、『俺も行こうかな』と言い始めて、恐ろしすぎます。長女が縄跳びや庭遊びをするにしても心配で、ずっと見守るようにしています」
そう語るとも子さんは、大金をはたいて防犯カメラを購入し、自宅に取り付けた。
昨年10月半ばには、チラシ配りや情報拡散のため、知人が募金活動を始めてくれたが、台風19号が関東地方を襲来した時期と重なったことで、炎上につながった。
「台風で被災者は困っているんだから、あんたなんかに募金しないというコメントがたくさん届きましたので、“美咲が無事に戻ったら、私も頂いた募金の残りを台風被災者に募金します”とSNSに投稿すると、“美咲ちゃんのために募金した人たちに失礼だ!”“募金の意図を変えたから募金詐欺だ”などと言われました」
何をしても、言っても叩かれる──。これ以上、周囲に火の粉が降りかかるのは避けたい──。とも子さんはそう思い、募金はわずか5日間で終了した。
こうした誹謗中傷が続く中、とも子さんを応援する「擁護派」からは、「いつまで誹謗中傷を放置するつもりなのか?」、「弁護士を雇ったほうがいい」などのコメントが寄せられた。
しかし、ただでさえ美咲ちゃんのことで頭がいっぱいなとも子さんには、もはや対応できる余裕はなかった。
「誹謗中傷を減らしたいのは山々ですが、もう手に負えません。投稿を削除すれば『証拠隠滅か』と言われ、『悲劇のヒロインぶるな』とも批判され、何を書いても、叩かれるんです」
とも子さんたちと一緒にキャンプに参加した仲間も、ネットの標的にされた。とも子さんの長女が生まれた10年ほど前から参加していた「子育てサークル」で、その中でも特に仲のよい家族が集まって年に数回、キャンプをしていた。ところが事件後、仲間がメディアに登場しなかったことから「なぜ仲間が証言しないのか」と不審の目を向けられた。
とも子さんが語る。
「仲間のコメントをメディアから何度も求められていましたが、ネットでの嫌がらせや誹謗中傷がひどかったため、誰も表だって声を上げることができなくなったんです」
ブログで誹謗中傷を繰り返す人物
中でも、とも子さんへの誹謗中傷の「急先鋒」として活動しているのが、「怨霊の憑依」と題するブログの管理人だ。ブログは、とも子さんの名前でネット検索すると、上位に引っかかる。公表されている管理人名は「和田隆二」だが、偽名を使っているとみられる。肩書は「霊媒師」。
和田氏は、美咲ちゃんの行方不明直後からブログを立ち上げ、毎日のように更新を続けてきた。タイトルには《とも子の周りは薬物関係者》《当日美咲ちゃんはキャンプに来ていなかった》《鬼畜の夫婦》などの文言が並び、とも子さんへの憶測や偏見を生み出す書き込みで埋め尽くされている。
ブログは事件の詳細を《育児疲れから次女美咲ちやんを自宅で殺し悪天候を利用し行方不明を企て、募金詐欺をした殺人事件》(2月25日付)、《美咲ちゃんの事件ですが、私は臓器販売で海外に連れ去られたと思います》(3月24日付)などと説明し、とも子さんや夫の雅さんの関与を主張している。
投稿には、美咲ちゃんの写真を複数枚掲載し、写真と美咲ちゃんが同一人物ではないことを訴えたいのか、《この写真にはホクロがありません》《髪質も美咲ちやんは猫毛で髪が細い》などと説明。
このほか、小倉さん一家が出かけたときの様子、とも子さんと雅さんの結婚式、美咲ちゃんの小学校入学式、誕生日、とも子さんの車……など、とも子さんの過去のSNSからごっそり抜き取った、ありとあらゆる写真が掲載されている。
一体、和田氏は何者なのか。SNS被害が深刻化する中、発信する側の張本人に会ってみたいと思った私は、ブログに掲載の携帯番号にかけ、彼の家がある静岡県熱海市へと向かった。
仕事は「潜水艦のソフト開発」
熱海駅から車で約15分、勾配の急な坂を上った住宅街に、古びた鉄筋コンクリート3階建てのその家はあった。人が住んでいる気配がしないほど、物静かな佇まいだ。玄関のドアは施錠され、インターホンもない。しばらくノックを続けると、中から物音が聞こえ、ドアが開いた。
目の前に現れたのは黒いTシャツ姿の中年男性。年齢は事前に「30代前半」と聞いていたが、相応には見えない。あらためて自己紹介をすると、
「どうぞ中へ入ってください。今から証拠の書類を持ってきますので」
と、地下1階へ案内された。階段を下りると、教室ぐらいの広さの部屋に、サンドバッグやベンチプレス、フィットネスバイクが並ぶ。トレーニングルームのようだ。
間もなく戻ってきた男性が、床に腰を下ろした。Tシャツにはムエタイの選手が描かれ、左上腕部分にはタイの国旗。
「普段はタイにいます。今は飛行機が飛んでいないので、ここに1人でいます」
床であぐらをかいた和田氏は、不敵な笑みを浮かべている。「証拠」と称する書類を並べたが、それらはいずれも、ブログに掲載された美咲ちゃんの写真をプリントしたものだ。うち何枚かを指さしながら語った。
「とも子さんは美咲ちゃんの身長を125センチだと言っていますが、私のほうで測ったら110センチしかない」
「美咲ちゃんの写真はホクロの位置が毎回変わっている」
美咲ちゃんは保育園の文集に120・5センチと記録され、ホクロの位置が変わっていることも確認がとれない。
しょっぱなから要領を得ない話が始まり、私は受け答えに困った。
和田氏はブログで、美咲ちゃん事件の犯人はとも子さんだと主張している。その証拠が目の前に並ぶ書類なのかと尋ねると、「違います」と否定してから、こう続けた。
「要するに私は今、タイに行けないので潜水艦探知機のソフトを作っています」
和田氏はいきなり話題を変え、自身の仕事について説明を始めたようだが、質問に対する答えになっておらず、話がまったくかみ合わない。
また、和田氏はとも子さんと何度も話をしているという。
「とも子から頻繁に電話がかかってきて怒鳴り声や罵声を浴びせられるんですよ」
とも子さんから頻繁に電話がくることが事実なら、とも子さんの電話番号を知っているはずだ。番号を尋ねると、「着信記録は無数にあるから消えているかも」と言いつつ、和田氏はガラケーを取り出し、調べ始めた。差し出された画面に表示された番号は「非通知」だった。
「この非通知は間違いなくとも子からです。私はとも子の声を知っているので、話せばわかります。そのときは、とも子から『あんた証拠を持っているのか?』と尋ねられました」
和田氏が示した非通知着信《6月26日18時45分》《6月26日15時53分》は、いずれも私が非通知で和田氏にかけた記録と合致していた。偶然とは思えない。そもそも、和田氏は両方とも電話に出ていないので会話が成立するわけがない。
さらには「(私は)とも子さんや関係者の携帯電話をハッキングしている。違法行為をやっています」という発言まで飛び出し、メディアの前で自身を犯罪者と認めるなどもはや支離滅裂だ。
和田氏の告発状は受理されず
1時間ほど話をしたが、とも子さんと事件を結びつける証拠らしきものは何も出てこない。さらに追及すると、和田氏は1枚の書類を見せてきた。
差出人は、甲府地方検察庁事件管理担当。
和田氏が甲府検察庁に出向き、告発状を提出したのは事実のようで、その内容についてはこう説明した。
「告発の容疑は“警察の捜査妨害”です。とも子さんが警察に提出した美咲ちゃんの写真は本人とは異なっています。警察はまったくの別人を捜査してしまったので、これは捜査妨害に当たります」
しかし、和田氏の書類は《告発状の返戻について》と題し、令和2年1月6日付の告発状を検討した結果が、次のように記されていた。
《前記犯罪構成要件に該当する事実(いつ、どこで、どのようにして等)が具体的に特定されているとは認められません》
和田氏のブログには、美咲ちゃんだけでなく、小倉家の親族の写真までもが掲載されている。プライバシーの侵害や名誉毀損に当たる可能性があるが、それでもブログを続ける理由について、和田氏はこう開き直った。
「今の世の中にはジャスティス(正義)がない。とも子も旦那も美咲ちゃん事件の主犯です。名誉毀損というなら、訴えなさい。白黒つけましょう!」
和田氏の家を辞した翌7月7日もブログはいつもどおり更新され、相変わらずとも子さんの家族写真を掲載している。
同日は、とも子さんの慟哭の日々(前編)が綴られた本誌の発売日。ブログのコメント欄には記事を読んだユーザーからさっそく書き込みがあった。
《またとも子ひとりの意見を垂れ流している》
との感想をいただいたので追記しておこう。私はとも子さんの近隣宅や美咲ちゃんの通う小学校の取材もしており、いずれもとも子さんの話の整合性を確認している。
また、私の経歴やメールアドレスも記載されており、特定班の動きの速度も確認できた。
取材を終えた私は、和田氏とのやり取りを資料として警察署へ提出した。どちらにジャスティスがあるかはいずれわかるだろう。
●情報提供のお願い
「美咲に似ている子を見かけたなど、些細なことでも情報を求めています!」(とも子さん)
【情報提供先】大月警察暑 TEL:0554-22-0110
取材・文/水谷竹秀 ノンフィクションライター。1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。