cat_381882_issue_oodhh2pfddvb oa-president_oodhh2pfddvb_1az7uc2ty0c7_茂木健一郎「学校へ行きたくない子は、脳科学的に学校へ行かせるべきではない」 1az7uc2ty0c7 1az7uc2ty0c7 茂木健一郎「学校へ行きたくない子は、脳科学的に学校へ行かせるべきではない」 oa-president 0

茂木健一郎「学校へ行きたくない子は、脳科学的に学校へ行かせるべきではない」

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

子供が「学校に行きたくない」と言い始めたら、どう応えればいいか。脳科学者の茂木健一郎さんは、「つらいなら行かなくていい。子どもの成長のために必要なのは、自分を受け入れてくれる居場所だ」と説く――。

※本稿は、茂木健一郎・信田さよ子・山崎聡一郎『明日、学校へ行きたくない 言葉にならない思いを抱える君へ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

不登校を「脳科学」から考えてみると…

日本では学校に行くことが重圧となり、苦しむ子どもや不登校の子どもがいます。かつては誰もが一定の基準の教育を受けられ、学校に行けることがありがたい、という時代がありました。しかし時が流れ、時代とともに学校への価値観が変わる中、コロナ禍でさらに教育環境は激変しています。

不登校を脳科学から考えてみましょう。

理屈では学校に行かなくてはいけないと思っていても、どうしても体が動かなくなってしまうことがあります。これは脳の側頭葉の内側の奥にある、感情を司っている偏桃体の反応によるもので「フリージング」と呼ばれています。

苦しいことがあっても、最初のうちは我慢して学校に行けるけれど、あるところで脳の感情の回路が無理だという結論を出してしまうのです。ですから、子どもが「学校に行けない」と言っているときは、脳がそのような答えを出しているため、親は本人が言っていることを受け止めることが不登校の第一原則なのだと思います。

「人生そのものが大学だ」という考え方

学校に行きたくないときは、あせらないで休むことが大切です。あせってしまうと、脳はかえって疲れてしまいますから、極端なことを言えば一年間寝ていたっていい。人間の脳は元気になればやる気が出てくるので、それを待つのがいいと思います。

でも本当は、いろいろな生き方がありますよね。発明王のエジソンとか、文学者のヘルマン・ヘッセとか、偉大な天才たちが独学です。能力の高い人が、必ずしも偏差値の高い学校に行っていたというわけではないんです。

英語ではユニバーシティ・オブ・ライフという言葉があり、人生そのものが大学だといいます。いろんなことを経験して、それが学びだという考えもあり、志をともにするものが集まって学び合うという場もある。学びは人の数ほどあるのではないでしょうか。

海外では認められているホームスクーリング

実際に、世界にはさまざまな学びがあります。たとえば、学校に通う代わりに自宅で学習する学び「ホームスクーリング」があります。「ホームエデュケーション」「ホームスクール」とも呼ばれていて、自宅で親や家庭教師に教わる方法や、インターネットの講座を利用して学びます。

残念ながら日本ではほとんど認められていませんが、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアなどでは、学校の授業の代わりとして法律で認められているんですね。私の知り合いから聞いたケースですが、あるハーバード大学の教授の子どもは、ホームスクーリングでオンラインの戦略ゲームをしていて、成績も良いということです。

つまり、学校に行かないことは引け目に思うことではないんです。

オンラインで学ぶ、自らプロジェクトを立ち上げて取り組んでいく、家でいろいろな教材を用いて学ぶ、そういった工夫を子どもの個性に合わせて展開していくことで、子どもだけでなく大人もまた成長していくことができるのです。

このような非典型的な学びの環境で育つことは、今後は当たり前のこととなっていくでしょう。

学校は選択肢の一つと捉える

日本でも、最近ではユニークな授業をオンラインで受けられる通信制の高校や、自然の中で家畜を育てたり、ツリーハウスをつくったりしながら学ぶ学校が、文部科学省から学校として認められるようになりました。学校の形はどんどん変わっていますから、情報を集めて、自分や我が子にあった学校を見つけてほしいと思います。

それでも、学校は単に選択肢の一つとして捉えればいいと、ぼくは思います。学びの場は学校以外にもたくさんあるのですから。ぼくは学校には行っていましたが、小学一年生のときからチョウの研究をして、それが自分の糧になりました。学校の外で学べることは大きいんです。習い事やスポーツのクラブチームなども、学校の枠組みをこえて、同世代や上の世代とのつながりができる、よい学びの場だと思います。

不登校の背後には「ありのまま」の豊穣さがある

不登校の問題は、子どもたちの「ありのまま」を受け入れるという、教育における根本思想につながります。子どもたちの個性は、もって生まれたものであると同時に、その経験を通して育まれていくものでもあります。その個性の成長の軌跡において、「今、ここ」のありようを「安全基地」としていったん受け入れてあげることが、何よりも大切なことなのです。

不登校は、個性の一つの現れ方に過ぎません。その背後には、とても豊かな「ありのまま」の豊穣があります。その奥深い個性のあり方を伸ばすために、さまざまな工夫を大人たちがしてあげるべきだと思います。

それでは子どものありのままを受け入れる「安全基地」とは、どういう場所なのでしょうか。

それは自分が自分でいられる場所、つまり「居場所」です。脳科学では「セキュアベース」といって、気を張ったり、何かを演じたりしなくてもいい、リラックスできる場所を指します。

本来、家庭は子どもにとって居場所であるはずです。しかし親からの要求が強くて、親がいる間はゲームを我慢して勉強をしているふりをしなくてはいけないとなると、親がいる間は、その子にとって家に居場所がないような状況といえますね。

「居場所」は人間の脳を成長させる

一方で、自分が役に立つ場所というのも居場所になります。お手伝いができるとか、自分が必要とされている場所です。人間の脳には他人のために行動しようと考える思考の回路があるので、誰かのために何かしたいと本能的に思うのです。

子どものころに居場所があるかどうかで脳の発達が変わることが、科学的な研究で証明されています。

居場所をつくることは、とても創造的な行為です。子どもにとって居場所を得るということは、長い生涯全体にわたってかけがえなのない財産になり、また成長の礎になってくれるのです。

居場所をつくることは子どもだけでなく、大人を含めた社会全体にとっても大切な課題になります。

たとえば現代では、インターネット上のさまざまなプラットフォームや、ソーシャルメディアは、多くの人にとっての「居場所」になっています。テクストや動画をシェアし、おたがいにやりとりすることで自分を表現し、さまざまな「他者」に出会うことができる。そのような行き交いを通して、少しずつそれぞれの個性を活かすことができますし、さまざまな創造も生まれます。

現代において、社会や経済が発展するための基礎は、巧みな居場所づくりにこそあるといえるでしょう。その際、さまざまな個性を包摂するような仕組みが必要です。子どもの学びから大人の活動まで、「居場所づくり」は鍵となります。

居場所こそが、人間の脳を成長させるのです。

自分の個性を伸ばせる学校づくりを

人工知能が発達して、世の中が大きく変わっていくと、大人も自分たちが学校で学んだスキルだけでやっていけるわけではありません。日本の教育の未来は、ホームスクーリングを含む「もうひとつの学び方」の方にあるといってよいと思います。

これからの学校に居場所として期待することがあるとすれば、もっと個性と創造性を伸ばせる学びの場になってほしいということです。そして子どもたちだけではなく、大人たちも通える学校ができていくといいですね。

どんな人も年齢に関係なく、自分の個性を伸ばし、創造性を発揮できる学校ができて、学びたい時に学べる社会ができたらいいなと思います。

[脳科学者 茂木 健一郎]

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「格安スマホ業界はこれで終わり」大手3社を追いかける楽天プランの破壊力

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

「格安スマホにしないと損」と言われていたが…

会社にとっての死刑宣告には2種類あります。ひとつは経営破たん。経営が行き詰まって銀行の支援も得られず経営者が頭をかかえて倒産の判断をせざるをえないケースです。そしてもうひとつのケースが世の中のルールが変わって「あれ、これだとうちは生き残っていけないよね」と気づいてしまうパターンです。

今、後者の状態にあるのが格安スマホのサービス事業者かもしれません。「OCN モバイル ONE」「mineo」「BIGLOBEモバイル」「IIJmio」「イオンモバイル」「BIC SIM」といった独立系の格安スマホサービスの市場は過去5年間で急成長しました。

少し前までは、携帯大手3社のスマホの通信料が月額で7000~8000円ぐらいかかるところ、格安スマホなら月額3000~4000円になる。あまりデータを使わないライトユーザーなら2000円ぐらい。だから格安スマホにしなければ損だというイメージがありました。

複数持ちをしている人も結構いるので契約台数だけ見ても実情はわからないのですが、世の中の調査でみると、大手3社とスマホ契約をしてメインで使っている人が75%ぐらい、格安スマホをメインで使っている人が25%ぐらいというところまで格安スマホの勢力が拡大していました。

MVNOにとって、値下げは収益圧迫に直結する

そこに出現したのが、昨年秋に誕生した菅政権の目玉政策である、スマホ料金の引き下げの動きです。NTTドコモが20GBで月額2980円という新プラン「ahamo」を発表し、あわててソフトバンクとKDDIがこれに追随する形になりました。これらの新プランはこの3月から提供を開始します。

そうなったら7GBで月額3000円といったこれまでの格安プランは生き残ることができません。3万件以上の契約数がある格安スマホ事業者は少なくとも50社以上あるそうです。それらの格安スマホ各社からもつぎつぎと値下げプランが発表されていますが、損益的にはぎりぎりのプランになるはずです。なぜならその大半が大手から借りた回線の利用料を支払ってサービスを提供するMVNOという事業形態ですから、値下げは収益圧迫に直結します。

業界の大幅再編淘汰は必至という状況の中で、今後、格安スマホの業界はどうなっていくのでしょうか。可能性をまとめてみたいと思います。

格安スマホの会社には「3つのタイプ」がある

そもそも格安スマホの会社は3つのタイプに分かれます。ひとつはUQモバイルやY! mobileのような大手の系列子会社です。LINEモバイルも今回の流れでSoftBank on LINEという新サービス名に移行して完全にソフトバンク携帯の系列会社としてのサービスに生まれ変わります。

2つめのタイプに楽天モバイルがあります。これは第四の携帯電話会社として独自回線での新規参入を模索中の新興勢力で、データ利用料無制限で月額2980円のサービスで業界に殴りこみをかけた途上にあります。全国ネットワークの敷設に1兆円を超える設備投資が必要な最中で、いきなり持ち上がった価格大幅引き下げの動きは、楽天にとっては試練といえる状況でしょう。

そして3つめの勢力が先ほど挙げたMVNOです。主にNTTドコモから回線を借りている企業が多く、それをドコモよりも安い価格帯で再販するビジネスモデルだったのですが、大本のドコモから月額2980円のサービスが始まることでの打撃が大きく、今、その存続の危機にある状況です。

約半数の人たちは、月間2GB以下しか使っていない

さて、その格安スマホ業界の未来を占う前に、そもそも読者の皆さんはご自分が毎月どれくらいのデータ数をお使いか、ご存知でしょうか? 調査によると大半の消費者は、キャリアと契約したデータ量(いわゆるGB)を使いこなせていないようです。私とその家族の例で説明しましょう。

まず私ですが、経済評論家で仕事では当然のように携帯はよく使います。外出先ではメール、ニュース、SNSのチェックは欠かせませんし、オンラインショッピングや外食のデリバリーサービスの利用もよくします。ただし動画と音楽のダウンロードは使いません。これで月間ほぼほぼ2GB以内です。わたしの両親も高齢者ながらスマホを使っていますが、こちらはほぼほぼ1GB以下です。

そして調査によると月間2GB以下しか実際に使用していない利用者は実は我が国全体で約半数にのぼります。

つぎにちょっと後出しじゃんけんっぽくて恐縮ですが、私はもう一台、サブのスマホを持っています。実はこちらをテザリング目的で使っていて、たとえば外出先の喫茶店でパソコンで作業をするときなどにはデータ契約の多いこちらの携帯を使います。動画のチェックなどもこちらの携帯でするのですが、月間の使用量は多くて5GB以内です。

私とは違ったライフスタイルのユーザーで、たとえばSpotifyなどと契約して毎日2時間音楽をダウンロードして聴いている人も、だいたい月額の使用料は5GBあたりになります。

20GB以上が必要なユーザーは25%だけ

このようなライフスタイル、ワークスタイルのユーザーはこれまで月額7GBぐらいの契約が必要だったわけですが、このユーザー数が全体の25%ぐらい。つまり現在のデータの使い方だと75%の人は7GBか3GBの契約で十分で、20GBの容量が必要な人は人口全体の残りの25%だけなのです。少なくとも現状のスマホの使い方であればの話ではありますが。

さて、この「残りの25%の人」は実は20GBで十分かどうかはわかりません。オンラインゲームを四六時中楽しむとか、動画ばかり見ている人はそれでは足りません。

私も実験的に自宅の光回線の代わりに楽天モバイルの無制限プランを2カ月ほど使ってみたことがあります。私の場合、データの利用量が多かったのはNetflixの視聴のせいだと思いますが、この時期は1カ月目が96GB、2カ月目が70GBを使用しました。そのうち一日は楽天の一日のデータ制限上限の10GBを超えたために動画が見られない日があった。そんな感じでした。

世の中にはこういった規模のユーザーが10%ほどいて、これはahamoの2980円の20GBプランではだめで、その上の各社6600円程度の無制限プランを契約することになります。

UQモバイルが打ち出した「3GBで1480円」

つまりざっくりとまとめると、潜在市場としては50%のユーザーが3GB以下で十分、25%のユーザーが7GBプランで十分、15%のユーザーに20GBプランがフィットして残り10%が無制限プランを必要とするわけです。そう考えるとドコモの月額2980円プランに対抗するためには、これらの、どの土俵でどう戦うかが、格安スマホにとっての戦略となるわけです。

ここで先ほど分類した格安スマホ会社の3パターンが関係してきます。最初のカテゴリーである大手キャリアの子会社系の格安スマホ会社は、20GBもいらないという75%の消費者に向けたプランに実質的に注力することになると思われます。その際の基準がこの2月からKDDI系列のUQモバイルが打ち出している3GBで月額1480円のプランになるでしょう。

「最強のプラン」を出してきた楽天モバイル

一方で2番目の勢力である楽天モバイルは、これまでのプランでは市場の10%であるデータ無制限需要に特化する形になりそうでした。他社が6600円近辺の価格設定なのに対して、楽天は2980円でデータ無制限ですから、生き残りやすいのはこのハイエンド市場ということになります。

実際は「それでは生き残りは難しい」という判断でしょう。1月29日に楽天は新しい料金プランを発表しました。それはデータ容量無制限で2980円という現行プランは維持しつつ、20GB以下の場合は自動的に1980円、3GB以下なら980円、1GB以下は無料になるという新料金です。これは市場が一番大きい3GB以下ユーザーにとってほぼほぼ最安値プランになるはずです。

しかも発表では「使用量に合わせて料金が引き下がる」ということなので、これまで契約を多めに設定しすぎていた大半のユーザーにとってもこれが最良のプランになります。つまり楽天携帯は大手3社対抗について最強のプランで対抗する姿勢を見せたことになるのです。

最大の弱点は「基地局が建設中なこと」だが…

そう考えると、一番生き残りが難しいのが三番目の勢力であるMVNO勢です。ahamo発表後、関西電力系のmineoは5GBで1380円、1GBで1180円の新価格を発表しています。それ以外のMVNO勢も基本的な考え方は同じで、UQモバイルよりもお得な価格を打ち出すことでなんとか需要を引き留めようと考えていたようですが、楽天の価格変更で雲行きがあやしくなってきました。

ただ楽天の最大の弱点は基地局がまだ建設中だということです。無制限プランが適用されるのは自宅が楽天の基地局につながる消費者だけであって、そうでない場合はKDDIの基地局経由での月額5GBプランになるというのが楽天携帯の弱点です。

楽天携帯の基地局はまず東京23区に集中して建設が始まり、結果23区ではそれぞれ3桁の数の基地局の建設が完了しています。実際、都内で利用する分にはまずまず楽天モバイルは快適です。

一方で直近の総務省の電波利用ホームページで確認すると、同じ東京でも武蔵野市の基地局数は9、立川市が11とまだ建設途上の状況です。横浜も神奈川区84、西区79、鶴見区65あたりの建設ペースはいいのですが、相模原市の基地局は3区合計で6、藤沢市は5、逗子市は3といった具合で、場所による差が大きいという加入者にとってのリスクが存在しています。

とはいえ楽天モバイルの基地局の増強が進めば進むほど、この弱点は解消されるわけで、格安スマホの第三勢力にとっては楽天の存在は時限爆弾のように重たくなっていくことでしょう。

ひとつの産業を消し去ろうとする流れ

そうなったとき、格安スマホの最後の砦となるのがバンドルサービスということになるでしょう。たとえばヤマダ電機のy.u mobileの場合、家族で使うシェアプランに動画配信サービスのU-NEXTの月額利用料に加えて、動画や書籍のレンタルに使えるポイントまでついてきます。つまりU-NEXTのユーザーだったらy.u mobileに入ったほうがバンドルでお得になるわけです。

同様に電気代やガス代が安くなるなど、格安スマホ各社は親会社のサービスなどとのバンドルを通じた生き残りの可能性は残ると思います。今回の再編で新規の加入は3月末で停止が決まりましたが、LINEモバイルの提供してきた月額プラス480円でLINE、Twitter、Instagram、Spotifyなど主要SNSサービスのデータが契約容量にカウントされないデータフリープランは、格安スマホの会社としてはよい着眼点の差異化プランだったと思います。

とはいえ50社すべてが生き残るというのは現実的には難しいでしょう。私の予測ですが最終的に生き残れるのは実質的に数社ぐらいになってしまいそうです。これが国の推進する政策の余波なのだとはいえ、格安スマホというひとつの産業を消し去ろうとする大きな流れ自体はもう止めることはできないのではないでしょうか。

[経営コンサルタント 鈴木 貴博]

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cat_381882_issue_oodhh2pfddvb oa-president_oodhh2pfddvb_d2xq6kq5u9fa_食、運動、睡眠、ストレス…新型コロナも遠ざける「免疫力」を高める新常識 d2xq6kq5u9fa d2xq6kq5u9fa 食、運動、睡眠、ストレス…新型コロナも遠ざける「免疫力」を高める新常識 oa-president 0

食、運動、睡眠、ストレス…新型コロナも遠ざける「免疫力」を高める新常識

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

新型コロナウイルスなどの病気を遠ざけるには「免疫力」を高めることが重要だ。一体なにをすればいいのか。東京医科歯科大学副学長の古川哲史氏は「医学の常識はどんどん更新されている。たとえば野菜が健康にいいのは『毒だから』という説が有力だ」という——。

※本稿は、古川哲史『最新研究が示す 病気にならない新常識』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

野菜が健康に良いのは“抗酸化物質”ではなかった?

「野菜を食べることはどうして健康に良いの?」と訊かれて、きちんと答えられる人は少ないようです。これは無理からぬことです。なぜなら、専門家の間でも答えが一致しているわけではないからです。

今まで最も信じられていた考え方は、「野菜に含まれる“抗酸化物質”のおかげだろう」というものでした。ヒトに限らず生物は生きていくうえで、酸素が必要です。このなくてはならない酸素ですが、多すぎると害になります。過剰な酸素からは「フリーラジカル」と呼ばれる有害な物質が出るからです。

野菜に含まれるビタミンC、ビタミンE、ビタミンAなどは、フリーラジカルの有害な作用を抑える力があります。これを「抗酸化作用」といいます。だから、野菜は健康に良いのだろう、とこれまで専門家も含めて多くの人が信じてきました。

ところが、これを証明しようとして多くの研究者が、動物実験やヒトの臨床研究で、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンAなどの抗酸化物質を投与したところ、確かに抗酸化作用があるものの、到底食べきれないほどの大量のそれらを摂取しない限り、フリーラジカルによる障害を予防することはできないことがわかりました。

野菜に含まれる抗酸化物質は身体に良いのだけれども、日常的に食べている量の野菜によって健康を維持できるのは、どうも抗酸化作用が理由ではないといえるようです。

では、どうして野菜は健康に良いのでしょう?

七草粥の「苦味」=「毒」が身体によい

今では、野菜を食べることによって身体に入ってくる少量の毒物が健康に良い、という考えが有力です。

「えっ、私達って、野菜を食べることによって毒物を食べているの? ウソでしょ」と思った人も多いのではないでしょうか。

生物は敵から身を守るために、走って逃げたり、隠れたりすることができます。

ところが植物は根が生えているので逃げたり、隠れたりすることができません。

でも植物もしたたかです。何千万~何億年もの年月をかけて、身を守るための防御策を編み出したのです。それは、植物が作り出す苦味のある化学物質です。これがあたかも「天然の殺虫剤」のような役目をはたして害虫から身を守っているのです。

ピーマンやゴーヤなどの野菜を食べた時、「苦い!」と感じる、あれです。私たちが植物由来の食品を食べる時、これらの少量の殺虫剤も一緒に摂取してしまい、私たちの身体の中にある細胞が軽いストレスを受けるのです。

この軽いストレスにさらされることによって、あとから強いストレスを受けても、これに対抗できる抵抗力を身につけることができるのです。

日本には古くから、1月7日に無病息災を願って七草粥を食べるという風習があります。七草粥に含まれる春の七草は、特にこの苦味が強いようです。きっと昔の人は、この苦味が無病息災に良いということを経験から知っていたのでしょう。

睡眠不足だとワクチンの効果が半減する

野菜の毒のように、弱いストレスにさらされた際に、それに対応することで、強いストレスに対する抵抗力を得ることを「ホルミシス効果」といいます。

ホルミシスは、言葉こそ最近使われるようになりましたが、その概念自体は何も新しいものではありません。毎年、冬になる前にインフルエンザのワクチンを注射する人が多いと思いますが、このワクチンも、ごく弱い病原体や死んでしまった病原体、すなわち、ある種のストレスを体内に注射することによって、抗体を作って、実際にインフルエンザウイルスが身体に入ってきた時にこれを排除する仕組みです。

このインフルエンザワクチンの効果と睡眠時間に関する、面白い研究があります。健康な人を2つのグループに分けて、一方のグループは7時間半~8時間半の睡眠、他方のグループは4時間の睡眠を6日間続けてもらい、6日目にインフルエンザの予防接種を受けてもらうのです。そして数日後に血液検査を行い、抗体の産生具合を調べると、7時間半~8時間半の睡眠グループに比べて、4時間睡眠グループでは、抗体の産生量が約50%しかありませんでした。

睡眠不足は、病原菌に対する免疫力が弱くなって、風邪やインフルエンザになりやすくなることも判っていますが、予防接種の効果も半減させるのです。

カレーがアルツハイマー病を抑える理由

もう一つ、ホルミシス効果によって、身体の中でどのようなことが起こっているのか、カレーの香辛料のクルクミンを使った研究をご紹介しましょう。

インド人にはアルツハイマー病が少なく、アメリカ人の4分の1の発症率であることが昔から知られています。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のコール博士はこれに注目して、カレーの香辛料に含まれるクルクミンがアルツハイマー病に効果があるのではないかとの仮説を立て、マウスを使って調べました。

その結果、クルクミンが直接フリーラジカルを除去するのではなく、クルクミンが軽いストレスとなり、脳細胞がみずから持つフリーラジカルに対する抵抗力を強化することによって、脳細胞のダメージを予防していたことがわかりました。

このように、ストレスにも「良いストレス」と「悪いストレス」があるのです。えてしてストレスは身体に悪いもの、と決めつけられがちですが、まったくのストレスフリーな環境に置かれると、ヒトは自律神経失調症状態となることも研究によって判っています。

ストレスの性質、それがかかる時間の長さなどにもよりますが、「良いストレス」は自分を高めてくれます。よきライバルと切磋琢磨しあって、互いに実力を伸ばしあうことなどが典型例でしょう。

一方、悪いストレスは「やらなくてはいけない」「頑張り続けなくてはいけない」と自分を強制的に追い込み、自らの意思とは無関係にある行動を続けることにより受けるストレスです。この悪いストレスが続くことによって、さまざまな身体的な異常が現れます。首や肩の凝り、頭重感や頭痛、耳鳴りやめまい、などです。また、長時間のストレスにさらされると、がんになりやすくなることも研究結果から判っています。

孤立のストレスは心疾患・脳卒中リスクを3割増しにする

では、ヒトにとって最大の「悪いストレス」とは何か。それは、「社会的孤立」です。

米国ブリガム・ヤング大学のジュリアン・ホルト・ランスタッド教授たちは、1980~2014年に行われた研究で「孤独」、「社会的孤立」、「1人暮らし」のいずれかの言葉と「死」、「生存」のいずれかの言葉の組み合わせ、すなわち「孤独」と「死」の両方をもつ、あるいは「1人暮らし」と「生存」の両方をもつ、等の1384件の研究の中から、70の研究を選んで調査を行いました。

その対象となった人はトータルで340万7134人、平均年齢は66歳、経過観察期間は平均7年間でした。その結果、「社会的孤立」によって29%、「孤独」によって26%、「1人暮らし」によって32%、死亡リスクが高まることが示されました。これは肥満の約2倍、タバコに換算すると、なんと1日15本喫い続けた死亡リスクに相当します。

日本でも18歳以上の男女、約18万人を対象とした複数の研究から、孤独や社会的孤立と心血管疾患、脳卒中との関連が解析されています。その結果、孤独で社会的に孤立している人は、心筋梗塞や狭心症の発症リスクが29%高く、脳卒中リスクも32%高いことが示されました。

「1人暮らし」が悪いのではなく、「社会的孤立」が健康に悪影響を与えるという研究結果も出ています。要介護率において、独居老人と非独居老人では差がないのですが、ネットワークの少ない老人は、そうでない老人に比べて高かったのです。1人暮らしでも他人と接触をとっている人は要介護になりにくいのです。

孤独が死亡リスクを高める理由として、シカゴ大学のジョン・カシオボ博士は、他の人々から隔離されているという感覚は、ストレスホルモンであるコルチコステロンを上昇させることを示しています。

病気を防ぐために医学の新常識を知る

そもそも進化の過程において、我々ホモ・サピエンスが生き残ったのは、言語機能を得たことにより、コミュニケーション能力を発達させて、大人数による狩りが出来るようになったこと、と言われています。

言葉による「社会的つながり」「コミュニケーション能力」こそが、ホモ・サピエンスが現存する唯一のホモ属である土台であり、これが妨げられることは人にとって最大のストレスとなるのです。それゆえ、新型コロナウイルスによる外出自粛のストレスによる、免疫力の低下も危惧されるところです。

こうしたストレスを含め、それらに対応するために、今すべきことについて、本書では「食」「運動」「睡眠」「ストレス」に絞って、判りやすく解説しました。皆様の健康の一助となれば幸いです。

[医学博士・東京医科歯科大学副学長 古川 哲史]

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「批判ばかりで中身がない」菅首相を追及する蓮舫氏が自爆した根本原因

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

新型コロナ対策で論戦が続く通常国会が荒れている。検査体制の強化、ワクチン接種のスケジュールなど国民の生命、健康に直結する議論は脇に置かれ、国会議員の不適切な行動や発言ばかりが俎上にのせられる。いまや論争の主役は「上級国民の乱行」になっている――。

「SNSで『国会議員は上級国民』と拡散されている」

テレビなどで繰り返し報じられているように、1月27日の参院予算委員会での菅義偉首相と蓮舫氏(立憲民主党)の論戦は特筆するべきものだった。

質問に立った蓮舫氏は冒頭、与党2議員の「不祥事」を取り上げた。自民党の松本純国対委員長代理、公明党の遠山清彦幹事長代理が、緊急事態宣言発令下に銀座の高級クラブを訪れていた問題だ。

「あのね。SNSで『国会議員は上級国民』と拡散されているんですよ。えらい迷惑ですよ、私たち」

民主党政権時代、事業仕分けで官僚たちをやり込めた、あの口調で迫る蓮舫氏。緊急事態宣言で国民の行動を縛り、さらに新型インフルエンザ特別措置法と感染症法改正案では、さらに、休業に応じない事業者や、入院に応じない感染者に罰則を科す議論が始まっている中、国会議員が夜の銀座に出入りしているのは示しがつかない。蓮舫氏が言うようにSNSでは「上級国民」に対する批判の声があふれた。

「私自身は精いっぱい取り組んでおるところであります」

「申し訳ない」と繰り返す菅氏に蓮舫氏は「怒りは感じないのか」と挑発。さらに菅氏の語りに「熱意」が感じ取れないことを指摘し続ける。そして、クライマックスを迎える。

「そんな答弁だから、言葉が伝わらないんです。国民に危機感が伝わらないんですよ。あなたには総理としての自覚や責任感、それを言葉で伝えようとする、そういう思いはあるのですか」

これに対して菅氏は「少し失礼じゃないでしょうか」として、こう言い放った。

「私は、少なくとも総理大臣に昨年の9月に就任してから、なんとかこのコロナ対策、1日も早い安心を取り戻したい、という思い出全力で取り組んできた。できることはさせていただいている。私自身は精いっぱい取り組んでおるところであります」

立川志らく氏は「そんな議論は飲み屋でやってくれ」

このやりとりで潮目が変わった。SNSでは、蓮舫氏の追究が、あまりにも礼を失していた、との非難が多く見られるようになった。28日以降のテレビ情報番組も、与党議員の銀座通いや、頼りない答弁をする菅氏ではなく、蓮舫氏の「無礼な」質問の方をフォーカスする内容が増えた。

いくつか例をあげると、フジテレビ系「バイキング」ではMCの坂上忍氏が「正直、失礼だなと思った」と、菅氏に肩入れ。TBS系「グッとラック!」では立川志らく氏が「そんな議論は飲み屋でやってくれ」と斬って捨てた。志らく氏は「言葉が国民に伝わるかどうか」というパフォーマンスについての議論は、志らく氏自身も含めたコメンテーターや、サラリーマンの居酒屋談義に任せておけばいいのであって、政治家は政策論を戦わせるべきだ、という考えだ。

31日のTBS系サンデー・ジャポンではテリー・伊藤氏が「(蓮舫氏は)政治家としてよりも、人間として未熟」と発言。MCの爆笑問題・太田光氏は「(蓮舫氏は上級国民ならぬ)追及国民と言われている」と言って笑わせた。

蓮舫氏は「謝罪ツイート」、また起きたブーメラン現象

異彩を放ったのは29日の衆院本会議でのできごとだ。日本維新の会の足立氏は「長らくコロナを取り上げてこなかった蓮舫議員や維新以外の野党がなぜ、急にコロナ対策に奔走する菅総理や閣僚を偉そうな口ぶりで糾弾できるのか。総理にうかがいます。彼らはなぜそうも偉そうな態度を取る事ができるのでしょうか」と質問した。

曲がりなりにも野党の一角を占める議員が、野党議員を批判してその感想を首相に求める、という異例の事態に、議場は沸いた。

集中砲火を浴びた形の蓮舫氏は28日、自身のツイッターで「いつも反省するのですが、想いが強すぎて語気を張ってしまうことを。提案した内容がきちんと皆さんに伝わるよう、引き続き取り組みます」と「謝罪」に追い込まれた。

2012年に安倍氏が首相に返り咲いて以来、野党勢力は、政府・与党の問題を追及していくうちに、自分たちにも問題が発覚。逆に批判を受ける「ブーメラン現象」が続く。今回も、その典型例といえる。

「一生懸命やっているからしかたない」と開き直り?

しかし、冷静に考えると27日の質疑は、蓮舫氏も問題だが、菅氏側も問題があったことを指摘せざるを得ない。

菅氏の「言葉が伝わらない」という批判は首相就任以降、しばしば指摘されてきたことだ。時として感情をあらわにし、野党を挑発するような発言もした安倍晋三前首相とは違い、菅氏は官僚が用意した紙に目を落とし、淡々と読む展開が延々と続く。蓮舫氏が指摘したことは、多くの国民も同意するはずだ。

そして「失礼ではないか」とした後、「私は、少なくとも総理大臣に昨年の9月に就任してから……」と続く答弁は、言い換えれば「一生懸命やっているからしかたない」と開き直っているともとれる。政治は、結果責任が問われる。一生懸命やっているから、休んでないから、成果が出なくてもいいという話にはならないだろう。

かつて集団食中毒を起こした企業の社長が、記者会見の後、質疑の続行を求める記者団に「私は寝ていないんだ」と発言して世論の批判を一身に浴びたことがある。そういう事態になりかねない発言だった。

「政治への信頼を深く傷つけてしまった」と議員辞職に

自民党内には「蓮舫氏の自爆のおかげで、批判は野党に向かう。菅内閣の支持も上向くだろう」という見方もある。しかし、それはあまりにも楽観的すぎる。

「銀座通い」問題の余波は続く。松本、遠山の両氏は1月29日、責任をとって役職を辞任。遠山氏には新たに公設秘書がキャバクラなどの飲食費を政治資金から支出していたことも発覚した。クリーンを標榜している公明党にとっては大変なイメージダウンだ。

話はこれで収まらない。遠山氏は2月1日、「政治への信頼を深く傷つけてしまった」と議員辞職に追い込まれた。

松本氏の銀座訪問には、大塚高司国対副委員長、田野瀬太道文科副大臣も同席していたことが判明。3人は離党届の提出に追い込まれた。

これまで、国会議員の出席は自分1人と説明してきた松本氏は「事実と違うことを申し上げ、心からおわびしたい」と謝罪。菅氏は首相官邸に報告に来た田野瀬氏に対し「あるまじき行為だ」と叱責した。

銀座訪問問題は、辞任ドミノの様相を呈してきた。

国会議員を監視する「自粛警察」の様相

新型インフルエンザ対策特措法と感染症法の改正案は、修正協議で、大幅に野党に譲歩。主導権は野党側が握っていた。この修正協議でも「銀座問題」は与党に重くのしかかっていた。

自民党内では金田勝年元法相が国会近くのホテルで秘書らと4人で会食をしていたことも明らかになった。金田氏の場合は、昼食で人数も4人ということで、どこまで問題視すべきかについては、議論もあるだろう。

ただし、国民世論や、マスコミは国会議員を「上級国民」として監視し、何かあればただちにやり玉にあげ続けるのは間違いない。コロナ第1、2波のころに問題になった「自粛警察」に似ている。

31日投開票の東京都千代田区長選では、自公推薦の候補が小池百合子東京都知事が推す候補に苦杯を喫した。1月26日の配信記事「『コロナ禍の選挙は投票率が高い』地方選で自民党が負け続ける根本原因」で紹介したように地方選での与党の苦戦は続く。この問題での逆風は、与党側に強く吹いていると考えた方がいいだろう。

[永田町コンフィデンシャル]

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「結婚しないと自由になれない」眞子さまの選択に顔をしかめる人たちのお節介

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

女性論客2人から見た「結婚問題」

「眞子さまは不幸になる権利もある」

なかなか刺激的なタイトルである。

文藝春秋2月号で鈴木涼美と三浦瑠麗が、秋篠宮眞子さんと小室圭の結婚問題について対談している。三浦は著名な国際政治学者、鈴木の現在の肩書は社会学者だが、慶應義塾大学在学中にAVデビューし、東京大学大学院修士課程修了後に日本経済新聞社の記者を5年半勤めた経歴をもつ。

眞子&圭問題についてはこれまで、男性からの批判が多かった。したがって、金銭トラブルを解決しないのは男らしくない、母親に飼いならされたポチ、眞子さんと結婚して「逆玉の輿」を狙っているのだろうという、男目線からの見方が多かったように思う。

女性論客2人がユニークな視点で論じ合い、目から鱗、読んでいて何度も頷き、膝を叩いた。いくつか紹介してみよう。

「そんなことが言えてしまう男に女は夢中になる」

冒頭では、2017年9月の婚約内定会見の際、小室圭が眞子さんを「月のような存在」といったことについて、こんなやりとりがある。

【鈴木】あれは驚きの発言でした。日本のプリンセスを、「自分の光が投影される月」だと言いきっちゃうってすごくないですか?
【三浦】太陽の光がないと、月は輝けないですからね。
【鈴木】普通に考えれば、眞子さまにそんなことは言えないですよね。でも、そんなことが言えてしまう男に女は夢中になるんですよね。
【三浦】そうそう、一部はね。
【鈴木】これは一般的な男女分析ですけど、女医さんのような社会的地位の高い女性がホストクラブにハマる例は、昔から一定数あります。できるホストはたとえ中卒でも、女医さんに対して自分を卑下することなく、「お前は俺がいないと駄目だ」とあっけらかんと言えてしまう。自分より百倍も、学歴やお金がある女性に向かってです。この手の男に、やっぱり女は弱いですよね。そういう男をたくさん見てきた私としては、小室さんは似たタイプだなと感じました。だからこそ、「海の王子」にもなれたんじゃないですかね。

次の箇所がこの対談の核心だと思う。

【鈴木】私が個人的に気になっているのは、皇室に生まれた女性が皇籍を離脱する際のシステムです。つまり「結婚すれば一般市民になれるけど、結婚しないと一般市民になれない」でいいのかと。結婚を使わないと、自分の人生が動かせないんです。これって“結婚至上主義”じゃないですか?
【三浦】ええ。要は結婚だけが唯一、自由になるための儀式として認められているわけですよね。
【鈴木】私だったら「娘」から「妻」になる間に、もう1ステージ欲しいなと思ってしまう。最終的に一般市民になる運命なら、娘でも妻でもない、一般独身女性の期間が欲しいです。
かつて女性たちにとっての結婚は、「出世」そのものであり、お金を得る機会であり、一気に上昇するための“飛び道具”でした。皇室の女性にとっては今でも結婚はそれに似ていて、一般の社会に泳ぎ出る唯一の手段なわけです。一般市民になりたかったら結婚するしかない。
【三浦】これって大きな問題ですけど、あまり指摘する人はいないですよね。皇室の女性の中にも、早く一般人になりたいというお気持ちの方がいるかもしれない。
【鈴木】しかも、皇室の女性はお相手探しが難しいのに、お嫁に行かないと“行き遅れ感”も出てきてしまう。そうなると皇室に閉じ込められたままですよね。少なくとも現在、女性天皇や女系天皇は認められていないのであれば、成人した時にご本人にその意思があれば一般人になってもいい、という制度を作ってほしいです。

“不幸になる権利”もある

小室圭に関しては、「経歴も外見もまあ普通」(三浦)「何となく胡散くさいという声があるが、母親の金銭トラブル以外何も出てきていない」(鈴木)といっている。

そして、「眞子さまが結婚して一般人になるのであれば、外野が口を出す話ではない」(三浦)。そして鈴木のこの言葉が出てくる。

【鈴木】(中略)女の人には“幸福になる権利”もあれば、“不幸になる権利”もある。眞子さまが仮に不幸な選択をしたとしても、その不幸を謳歌するのもまた、人生の一つの“豊かさ”だと思いますけどね。私もいろいろと片足を突っ込んできたから分かりますけど、女だからこそ堕ちてみたい“穴”というのはあります(笑)。一般論ですよ、あくまでも。(中略)
幸福になれそうにないからと、他人の選択を責める筋合いはないですよね。大体、世間を知っている女でも、男を見る目はなかなか養えないものですよ。結婚って、その女性の賢さとか美貌とか、いろいろなものが詰まった結果だと思うんですけど、結局は「運」が一番大きい。大量のクジの中から一本をヒュッと取ったとしても、大体“外れ”なのが普通です。

逆のケースだが、民間人から皇室に嫁いだ美智子上皇后、雅子皇后、秋篠宮紀子さんは、これまで報じられていることの中に幾何かの真実があるとしたら、100%幸せな結婚生活とはいえないかもしれない。

結婚が幸せをもたらしてくれるのではない。幸せは結婚した2人が作り出していくものである。

批判の矛先は小室母子から眞子さんへ

だが、世間の分からずやたちは、宮内庁へ抗議の電話をかけ続けていると、女性セブン(2/11日号)が報じている。

「多くは“小室さんは眞子さまのお相手にふさわしくない”というものです。金銭トラブルを抱える上、何年経ってもちゃんと説明できない人は、皇族のお相手として祝福できないということでしょう。

“結婚の一時金を支払うべきではない”という声も少なくありません。税金が小室家側にわたることに嫌悪感を持たれているのです」(ある宮内庁関係者)

こうした手合いは、自らの結婚生活が不幸なのであろう。大きなお世話である。

だが、小室母子への批判を強めていた週刊誌が、このところ、眞子さんへの批判も掲載するようになってきた。

これまで週刊誌は、批判の矛先を小室母子や秋篠宮夫妻には向けていたが、眞子さんには向けず、“タブー視”していたように思う。小室圭のような男を好きになってしまった彼女が不憫だという情もあったかもしれない。

それが、11月に眞子さんが発表した事実上の結婚宣言といえる「お言葉」以降、流れが変わってきた。特に女性誌に顕著である。

女性自身(2/9日号)は「小室さんとの結婚ファーストで仕事も卒論も放棄」と報じた。

「眞子さまは現在、東京大学総合研究博物館・インターメディアテク(IMT)の特任研究員を務めていらっしゃいますが、その任期は今年3月で終了することになっています。とくに“就職活動”をされているご様子はないようですが、はたして4月以降の勤務先は決まっているのでしょうか……」(皇室担当記者)

以前は“真面目すぎる”といわれるほどだったが…

また、眞子さんは2016年9月に国際基督教大学(ICU)の大学院にも進学しているが、それからすでに4年以上が経過している。

「そもそも博士課程の修了に3年以上かかるのは、決して珍しいことではありません。ただ、眞子さまが次の研究ポストを探されるならば、博士号を取得しているほうが有利なはず。遅くとも研究員の任期切れまでに博士号を取得するのが眞子さまの本来の計画だったのではないでしょうか。

しかし、いまだに論文発表の気配がないということは、眞子さまは研究者の仕事への意欲がなくなってしまったということなのかもしれません」(皇室担当記者)

しかし、宮内庁関係者は別の原因があるのではないかと指摘する。

「このごろ、眞子さまの周囲の方々から『眞子さまは以前とはずいぶん変わられてしまった』と聞くことが何度かありました。

以前は“真面目すぎる”といわれるほど、ご公務や学業に熱心だった眞子さまですが、その姿勢までも変わられてしまったように感じるというのです。その原因は小室さんとのご結婚が“こじれた”ことなのかもしれません」

2年ほど前から、毎年届いていた眞子さんからの年賀状が届かなくなったという友人の声もあるという。

「コロナ禍で、眞子さまは祭祀などの公的なご用事がない限り、外出は控えられている。学生時代の友人との付き合いはますます減り、小室さんとの関係に没入されるばかりになっているのかーー」(女性自身)

お召し物にセキュリティー…膨大な出費が予想される

小室圭との結婚にばかり気を取られて、昔のような真面目で気品のある眞子さんが変わってしまったというのである。

また、女性セブンは、結婚後の「お金」についてまで心配している。

「降嫁後も常に元皇族としての『品位』が求められます。

(黒田=筆者注)清子さんの場合もそうですが、皇室関係者が集まる場では相応の着物をお召しになっているし、事あるごとに必要なお礼品や盆暮れの挨拶の品ひとつとっても格調あるものを選んでいます。降嫁して一般人になったとはいえ、生活全般に、一般家庭では想像もつかない出費を覚悟しなければなりません」(宮内庁関係者)

最も費用がかさむのは住まいだろう。清子さんの住まいは結婚の翌年に購入した、都心の文教地区にある高級マンション。部屋は110㎡の広いメゾネットタイプで、購入価格は約1億円(地元の不動産業者)といわれるそうだ。

「ある程度の金額になるのは仕方ありません。一般人とはいえ清子さんは上皇陛下の長女ですから、セキュリティーの厳重さが第一の条件でした。マンションには敷地外から直接目に付かない駐車場があり、そこから居住フロアまでエレベーターで行ける構造になっていて、必要以上に人と顔を合わせずに済む。また、いざというときには警察が警備しやすくなければいけません」(皇室記者)

「不測の事態に備えて」さらにお金はかかる

「もちろん簡素な生活に徹していますが、品位や安全を守るために不可欠な出費を、清子さんの結婚時の一時金1億5000万円ほどや、黒田さんの東京都職員としての収入だけでまかなうのはかなり厳しい。国民には具体的に知る余地のないことですが、天皇家の私有財産のなかから、結婚後もサポートされてきたのでしょう」(皇室ジャーナリスト)

眞子さんの結婚生活は、清子さんよりさらにお金がかかるという。

「黒田家に比べて、眞子さまが嫁がれる小室家ははるかに生活のセキュリティー面で強化する必要があるでしょう。宮内庁への抗議が続く女性皇族の結婚は前代未聞。不測の事態に備えて、しばらくは新居の警察警備が必要不可欠な上、小室さんの親族の安全も確保しないと、取り返しのつかない事件も起きかねません」(警備関係者)

では、そのお金はどうするのだろうか?

「秋篠宮さまに毎年支給される皇族費は年間9150万円。皇族方の倹約精神は広く知られるところで、相当な預貯金があることが想定されます。現実的には、そこから小室家にかなりの金銭的援助がなされないと、生活が立ちゆかないのは明らかです。

とはいえ、皇族の私的財産の具体的な使い道に公開の義務はないため、国民がそれを把握する術はありません」(皇室ジャーナリスト)

暗に、結婚後も親頼みになるが、そんなことでいいのかといわんばかりである。

天皇誕生日会見で「結婚問題」に言及か

陰湿な“いじめ”に近い記事のように思うが、眞子さんの心が揺らぐことはない。

ここへきて明るい話もある。

2月23日に天皇は61歳の誕生日を迎えるが、事前に行われる記者会見で、眞子さんの結婚に関する質問が宮内記者会から出されていると、週刊女性(2/9日号)が報じている。

今回の会見で天皇は、眞子さんの結婚を実質的に“お許し”になるのではないかと見ているようだ。

「平成時に当時の天皇陛下(現・上皇さま)がおふたりの結婚に『裁可』を与えられました。裁可は行う義務がありませんし、当時の裁可が現在も効力を持つという見方もあり今後、陛下が眞子さまのご結婚を改めて裁可されるという可能性は低いです。一方で、陛下が今回の会見で“結婚の意思を尊重する”などの前向きなご発言があれば、それが事実上の“裁可”になるといえるでしょう」(皇室ジャーナリスト)

眞子さんは「お言葉」の中で、「天皇皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっている」と記している。

すでに一部では、秋篠宮が眞子さんの結婚問題について、天皇に相談していると報じたメディアもある。

天皇の“裁可”後に、いよいよ結婚へのスケジュールが決まるはずである。今年の秋、眞子さんの30歳の誕生日前に挙式となるのではと、私は思っている。(文中一部敬称略)

[ジャーナリスト 元木 昌彦]

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「野球を取るのか、女を取るのか」そう問われた野村克也は迷わず不倫相手を選んだ

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

2020年2月に亡くなった野球評論家の野村克也さんは、1977年に南海ホークスの監督をクビになっている。原因は「愛人問題」だった。球団のオーナーに「野球を取るのか、女を取るのか」と問われた野村さんは「女を取ります」と答え、不倫相手だった沙知代さんとの結婚を選んだ——。

※本稿は、野村克也『弱い男』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

妻である沙知代の口癖

沙知代にはいかなることにも動じない強さがあった。

人前で弱気な一面を見せることもなかったし、弱音を吐くようなことも絶対になかった。一方の私は、つい弱気になり、ネガティブになり、ボヤキばかりを口にする人間で、沙知代とは何もかもが正反対だった。

「あなたは牛若丸で、私は弁慶。いつも私が前に立ちはだかって、“矢でも、鉄砲でも持ってこい!”って、あなたを守り通してきたのよ」

生前の沙知代の口癖だ。まさに、その通りだったと私も思う。

もう一つ、彼女の口癖だったのが「なんとかなるわよ」という言葉だった。これまでの人生で、私はこの言葉に何度も勇気づけられてきた。彼女は「地球は私を中心に回っている」と本気で考えていたんじゃないかというほど、常に堂々としていた。

対する私は、とうていそんな思いを抱くことなどできず、常に不安とともに生きてきた。野球においても、常々私は「投手はプラス思考、捕手はマイナス思考がうまくいく」と考えていた。だからこそ、ピッチャーとキャッチャーのコンビのことをプラスマイナスを併せ持った「バッテリー」と言うのだと思っている。

そういう意味では、私は仕事でもプライベートでもキャッチャーだったのだろう。沙知代の「なんとかなるわよ」にもっとも勇気づけられた日のことを話したい。

「野球を取るのか、女を取るのか」

あれは1977年のことだった。

この年、私はプレイングマネージャー8年目を迎えていた。この年のペナントレース最終盤において、私は南海ホークスからクビを告げられた。チーム成績は2位だった。決して成績不振の責任を取らされたわけではなかった。原因は沙知代だった。

当時、私はまだ前妻との離婚が成立していなかった。結婚生活は完全に破綻していたものの、それでも世間から見れば「不倫」とみなされるのも仕方のないことだった。このときにはすでに克則も生まれていた。

当時、沙知代と暮らしていた大阪の自宅マンションに泥棒が入ったことにより、彼女との関係が明るみに出てしまったのだ。スポーツ新聞には連日、「野村克也愛人問題」が報じられた。人気商売であるプロ野球監督のスキャンダルは日に日に大きくなっていく。

中には「愛人がコーチ会議に出席して我が物顔をしている」とか、「愛人が南海打線を決定している」とか、事実無根の報道も多かったが、事態は収拾できないほど混乱の一途をたどっていた。球団としても、この騒動をそのまま放置しておくわけにもいかず、オーナー、球団代表、後援会長、後援者らが集まったトップ会議の末、私の監督解任が決定した。

南海の名物オーナー、川勝傳さんは最後まで私をかばってくれたようだった。しかし「野球を取るのか、女を取るのか」と問われ、「私は女を取ります。仕事は他にいくらでもありますが、伊東沙知代という女性は世界に一人しかいません」と答えた結果、解任となった。

「大阪なんて、大嫌い。みんなで東京に行こう!」

母を亡くしていた私にとって、頼れる者は沙知代しかいなかった。

実直な兄も沙知代との交際には反対だった。それによって、その後も長く確執が続くこととなってしまった。このとき、すでに克則は4歳になっていた。小さな子を抱えて、仕事も失い、誰も頼りにできない八方ふさがりの状況下で、沙知代は言った。

「大阪なんて、大嫌い。みんなで東京に行こう!」

辛いことばかり続いていた大阪生活に見切りをつけ、彼女は慣れ親しんだ東京での暮らしを選んだのだ。こうして、私たち親子は東京で暮らすことを決めた。

南海を退団するとき、私は球団関係者に「私がいなくなったら、南海はダメになりますよ」と捨て台詞を残したのはせめてもの意地だった。実際に、その後南海は下降線をたどっていく。意地の悪い言い方になるが、それはとても気分のいいものだった。

私はすでに42歳になっていた。南海を追い出され、その後も野球を続けられるのかどうかは未知数だった。これからどうやって生きていけばいいのか。予定されていた日本シリーズのゲスト解説もキャンセルされていた。(オレはもう、野球で食っていくことはできないのか……)私は目の前が真っ暗な気持ちのままで、東名高速を走っていた。

このとき、意気消沈している私を前に、沙知代が大きな声で言った。「なんとかなるわよ」さらに、沙知代は続けた。「あなた、今年は42歳の本厄なんだから、これも厄払いだと思えばいいじゃないの」この言葉は本当に力強かった。勇気づけられた。

(そうだな、なんとかなるよな。もう一度、できるだけのことはしよう……)

あの日、愛車の中で感じた思いは一生忘れることはないだろう。そして、実際になんとかなったのだ。

1日2回以上の講演活動で全国各地を飛び回る

金田正一監督に請われる形でロッテオリオンズへの入団が決まったのだ。ロッテにはわずか1年だけの在籍となったが、79年からは誕生したばかりの西武ライオンズに移籍し、翌80年まで現役生活を続けることができた。

沙知代の言う通り、本当に「なんとかなった」のだった。こうして振り返ってみると、「私が弱い」のは疑いようのない事実ではあるけれど、それ以上に「沙知代が強い」と言った方がいいのかもしれない。第一章で触れたように、味方の失敗を願ってしまった自分の身勝手さを痛感し、現役引退を決め、まずは沙知代に「ユニフォームを脱ごうと思う」と伝えたときも、彼女は何も動じることなく平然としていた。

「ふーん、そうなの」と何の感慨もない反応を示し、続けて、「なんとかなるわよ」このときも、このセリフを口にしたのだ。現役引退後、沙知代と過ごす時間が増えた。当時の私の主な仕事は、テレビやスポーツ新聞の野球解説、評論に加えて、意外なことに講演活動がたくさん舞い込んできた。そのスケジュール管理はすべて沙知代に任せていた。

マネージャーとしての彼女はもうメチャクチャだった。舞い込んだ依頼はほぼすべて受けていたため、1日に2回、ひどいときには3回も講演した。休日もほとんどなかった。沙知代に命じられるまま、全国各地を飛び回る日々が9年間も続いた。

「オレを殺す気か!」と沙知代に言ったことは一度や二度ではない。それでも、身体は大変だったけれど、多くの人に必要とされていることが嬉しかった。貧乏だった少年時代のことを考えれば、こうして仕事に恵まれ、それなりの報酬を得られることも幸せだった。人は他人から必要とされたり、求められたりしたときに幸せを感じるのだろう。

沙知代はベストパートナーだった

こうした評論、講演活動が認められて、1990(平成2)年からはヤクルトスワローズの監督を務めることとなった。92年には14年ぶりのセ・リーグ制覇を実現し、翌93年には当時黄金時代の真っ只中にあった西武ライオンズを破り、悲願の日本一に輝いた。ヤクルトでは、本当にいい思いをさせてもらった。

95年、97年と、在任9年間でリーグ優勝は4回、日本一には3回も輝いた。その後も、阪神タイガース、社会人野球のシダックス、そして東北楽天ゴールデンイーグルスでも監督を任された。

現役時代、評論家時代、そして監督時代――。改めて振り返ってみても、なかなか充実した野球人生だったと思える。監督として結果を残せたことも、残せなかったこともあったが、大好きな野球と関わり続けることができたのは本当に幸せだった。

かつて南海をクビになり、暗澹たる思いで東京に向かっていたあの日の東名高速のことを思えば、こんなに充実した人生を送れるとは思ってもいなかった。しかし、沙知代にとっては「そんなことは当たり前よ」という心境なのだろう。

彼女の言う通り、本当に「なんとかなった」のだ。根っからのマイナス思考の私にはとても真似のできない考え方だが、人生を生きる上での大切な処世術だ。いろいろ言われることの多い妻だったけれど、私にはベストパートナーだった。沙知代が亡くなった今、改めてそんなことを感じているのである。

[野球評論家 野村 克也]

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「台湾は必ず防衛する」中国の挑発に対してバイデン新政権が示した本気度

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

中国軍機13機が台湾南西部の防空識別圏に侵入

今年1月23日、中国軍機13機が台湾南西部の防空識別圏に侵入した。13機の内訳は爆撃機8機、戦闘機4機、対潜哨戒機1機。これまで中国軍機による台湾の防空識別圏への侵入は多くても2、3機だった。13機という数はかつてない多さだ。しかも翌24日にも15機が侵入した。前日と違って爆撃機の数は少なく、戦闘機が多かったが、合わせて28機の数である。

防空識別圏とは、領空侵犯を防ぐために各国が領空の外側に独自に設けた空域だ。「ADIZ」と呼ばれる。飛行計画を提出せずにここに進入する航空機に識別を求め、領空侵犯の可能性があると、軍事的予防措置を行使できる。日本では航空自衛隊機によるスクランブル(緊急発進)の対象となっている。

今回の中国の台湾威嚇は、軍事衝突を招きかねない事態なのである。

「台湾を支援したら許さない」とのメッセージか

これまで中国はアメリカと台湾の関係が親密になることを懸念するとき、台湾への威嚇や挑発を強めて警戒してきた経緯がある。今回の2日連続の異例の数の防空識別圏侵入は、アメリカのバイデン新政権に対する強い警告を意味していると、沙鴎一歩は考える。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席はアメリカと台湾が手を強く結ぶことを警戒し、バイデン大統領に「台湾を支援したら許さない」との“メッセージ”として今回の防空識別圏侵入を指示したのだろう。

事実、アメリカ国務省のネッド・プライス報道官は23日、中国に対し「台湾への軍事的、外交的、経済的な圧力の停止を求める」との声明を出し、報道陣に向けて「アメリカはインド太平洋地域で共有する繁栄と安全、そして価値観を推進するために同盟国と連携する。そのためにも民主主義国家の台湾との関係を強めていく」と語った。

前大統領のトランプ氏は昨年の夏、米ロッキード・マーチン製の最新戦闘機「F16」を計66機、台湾に売却することで正式調印して中国の反発を買ったが、バイデン新政権でもアメリカと中国の攻防は間違いなく続く。

民主主義を否定する悪法の国安法をよく正当化できたものだ

目に余る中国の過激な行為と言えば、香港の民主派に対する締め付けもかなりのものである。

香港については最近、習近平国家主席が香港の林鄭月娥(りんてい・げつが、英名キャリー・ラム)行政長官の年次報告を受け、国家安全維持法(国安法)に基づく香港の統治について次のように述べたという。

「香港の一国二制度の安定には『愛国者による香港統治』を堅持しなければならないことが再び示された。国安法は香港の長期安定のための根本的な原則だ」

中国国営の新華社通信が伝えたものだが、違和感を覚えると同時にあきれた。民主主義を否定し、世界各国から批判されるこの悪法を、よくもこまで正当化できたものである。

習氏は林鄭氏について「香港政府を率いて暴力と混乱を抑え、香港を正しい軌道に戻す努力をした」と褒めたたえた。これも歪んだ解釈である。林鄭氏は習近平政権の傀儡にすぎない。自由な民主社会を求める大勢の市民を取り締まろうと強硬手段に出たのは林鄭氏率いる香港政府ではないか。市民や学生のデモに過激さはあったが、その後の周庭氏ら民主派の活動家に対する逮捕や禁錮刑判決は異常である。

新型コロナ対策でもWHOの現地調査を拒んだ中国

習氏はこの香港の問題についても、バイデン新政権に隙を与えない強い態度で臨んでいる。香港が台湾のようにアメリカ側に寄っていくのを何とか食い止めたいと必死なのだろう。しかし、その結果、世界の民主主義国家から厳しく批判されている。

新型コロナ対策でも中国は、発生源を調べるWHO(世界保健機関)の現地調査を拒んだ。その後、WHOは中国を説得して武漢入りしたものの、中国は国外からの病原体の流入や初期対応の成功を強調するばかりで発生源の特定には非協力的だ。SARS(サーズ)などコロナウイルスの研究をしていたという武漢の研究所は調査できていない。

昨年1月の時点で、習近平政権が新型コロナの感染拡大を隠蔽した結果、世界の防疫が遅れ、パンデミック(世界的流行)を引き起こした。WHOの独立委員会も中国の初動の遅れを批判している。

国際社会が「中国の暴走」を止めなくてはならない

台湾への威嚇、香港民主派の封じ込め、WHOへの非協力、軍事・経済面でのアメリカとの対立。中国はどこまで暴走を続ける気なのか。

中国共産党は来年の2021年7月に結党100年を迎える。新型コロナを抑え込み、経済は好調だと国際社会にアピールし、結党100周年の祝いの行事を成功させたいからである。

しかし、世界からは称賛の声は上がらない。習近平体制の下、強権的な共産党1党支配を強める中国は、国際社会との摩擦を繰り返す。習近平政権の強硬路線を抑え、中国の暴走を止めなくてはならない。

それにはまず、台湾を国連に正式加盟させ、「台湾は中国の一部」「中国と台湾は1つの中国」と主張する中国の思惑を断ち切ることである。同時に日本やアメリカをはじめとする国際社会が国連会議の公の席で厳しく中国の暴走を追求してくことも欠かせない。

読売社説は「地域の安定を脅かす危険な挑発」と指摘

中国の台湾威嚇について1月27日付の読売新聞の社説は「米新政権を試す露骨な挑発だ」との見出しを付けてこう書き出す。

「米国のバイデン新政権が台湾問題に介入しないよう、牽制する狙いがあるのは明らかだ。地域の安定を脅かす危険な挑発と言わざるを得ない」

読売社説の見方もアメリカに対する牽制である。中国はそれだけ米台の接近を気にしているわけだ。

読売社説は「中国軍機は、中台の事実上の停戦ラインである台湾海峡の中間線越えも繰り返している。台湾との偶発的衝突を招きかねない。直ちに中止すべきだ」と強く主張した後、こう指摘する。

「中国軍の様々な行動は台湾有事を想定しているとみられる。中国は軍創設100年の2027年をめどに、台湾に武力侵攻した場合に米軍が介入できないよう、戦力構築を目指しているとされる」

「台湾有事の想定」「台湾への武力侵攻」と中国はアメリカと戦う準備を本気で進めている。中国の思惑を何としてでも封じなければならない。そのためにも民主主義を掲げる国々が力をひとつにして習近平政権に立ち向かう必要がある。

米国に対して、中国が「内政干渉」と主張するのは筋違い

続けて読売社説は指摘する。

「習近平国家主席は国際会議での演説で『新たな冷戦を仕掛け、他国を脅し、制裁を行えば、世界の分裂を招くだけだ』と米国を暗に批判した。だが、緊張を無用に高めているのは中国ではないか」

読売社説の指摘の通りだ。「緊張を高めている」のは中国自身である。それを「新たな冷戦」という言葉を使ってアメリカを批判するのは、納得できない。アメリカだけでなく、国際社会が強く抗議すべきである。

さらに読売社説は書く。

「中国の台湾への威嚇は、東アジア全体の安全保障を揺るがす行為だ。これに対処する米国の動きについて、中国が『内政干渉』と主張するのは筋違いである」
「香港での自由の剥奪はくだつや南シナ海の軍事拠点化も含め、中国の独善的な振る舞いに対する危機感は、米国内で党派を問わず広く共有されている。習政権は、一連の行為が地域の脅威となっている実態を認識すべきだ」

中国は決まって「内政干渉だ」と主張する。筋違いどころか、道理から大きく外れた主張である。こんな横柄な態度を取り続ければ、やがて国際社会から相手にされなくなる。

「中国の台湾威嚇は、日本にとって対岸の火事ではない」

最後に読売社説はこう主張する。

「中国の台湾威嚇は、日本にとって対岸の火事ではない。台湾は、民主主義の価値観を共有している。日本など米国の同盟国が緊密に連携し、台湾との関係強化に努めていくことが重要である」

中国の台湾威嚇が日本に大きな影響を与えることは、菅義偉政権も理解しているはずだ。台湾だけでなく、香港の惨状もしっかり把握し、国際会議の場で中国の不正行為を強く訴えてほしい。

産経社説は「バイデン米政権の本気度を試したもの」と指摘

1月26日付の産経新聞の社説(主張)は「日米同盟で『抑止』を図れ」との見出しを立て、冒頭部分で「台湾海峡の平和を乱す行為は容認できない。中国は直ちにやめるべきだ」と訴える。

中国に正面切って異を唱えることが重要だ。

さらに産経社説は指摘する。

「あからさまな台湾威嚇は、発足したばかりのバイデン米政権の台湾防衛の本気度を試したものでもある。米国の台湾関係法は、自衛のための武器供与や防衛支援を定めている」
「米国務省の報道官が、台湾などに対する威嚇に懸念を表明し、台湾への軍事、外交、経済的な圧力をやめるよう中国政府に要求したのは妥当だ」

「本気度」という言葉は社説の文体には少々なじみにくいが、それでも産経社説の言いたいことは分かる。いまやアメリカと台湾は一体なのである。

産経社説は「バイデン大統領の就任式には駐米台北経済文化代表処の代表(台湾の駐米大使に相当)が招かれた。トランプ前政権の台湾重視を引き継ぐものなら歓迎できる」とも書くが、台湾の代表が大統領の就任式に正式に招待されたのは、1979年のアメリカと台湾の国交の断交後、初めてのことだと思う。それだけバイデン新政権は本気なのである。

[ジャーナリスト 沙鴎 一歩]

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「独身者の孤独死」は、なくすべき悲劇ではなく、尊重すべき選択のはずだ

2021年2月6日 12:00 PRESIDENT Online

孤独死は「かわいそうな死」なのか。精神科医でブロガーの熊代亨氏は「今起きている孤独死の大半は悲劇的であり、喪失や脅威と言える。だが、テクノロジーによって孤独死を不幸ではないものに変えることができるはずだ」という――。

「孤独死」が増え続けている

独り暮らしの人が誰にも看取られることなく死去する、いわゆる孤独死(または孤立死)が、右肩上がりに増えている。

日本全国の孤独死を網羅した統計資料は無いが、たとえば内閣府の「平成29年版高齢社会白書」によれば、「東京23区内における一人暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数」は平成10年代から倍増し、年間3000人を上回るに至っている(図表1)。病院や施設での死が一般的な今日では、独居者の自宅での死の多くは孤独死であろう。

一般に、孤独死は悲劇として描かれる。「誰にも顧みられずに死んだ人は気の毒だ」「その実態は緩慢な自殺やセルフネグレクトだ」、といった具合にだ。最近は、新型コロナウイルス感染症によって自宅待機を迫られ、その結果として孤独死する事例もある。この、パンデミックに関連した孤独死は本論のカバーするところではないが、これもまた悲劇には違いない。

また、孤独死は経済的損失や脅威といった観点から語られる。孤独死が起こった住居は事故物件とみなされ不動産価値が下がり、遺族も大きな負担を強いられる。異臭騒ぎなどによって、近隣の生活が脅かされることも多い。

孤独死は日本人が望んできたゴールではないのか

こうしたことから、平成から令和にかけ、孤独死は専ら「防止しなければならないこと」とみなされ、孤独死する本人は「かわいそうな人、気の毒な人」として語られてきた。

そうした語りを筆者は否定するつもりはない。現に今起こっている孤独死の大半は悲劇であり、損失や脅威でもあるのだから。

しかし「孤独死を絶対防止する」という目標設定は、私には奇妙に思える。

なぜなら、昭和から令和にかけてこのかた、私たちはバラバラに暮らすことを望み、お互いにしがらみの少ない生活を目指してきたからだ。好きな人とだけ付き合う自由、または嫌いな人と疎遠になる自由を実現してきた日本人にとって、孤独死とは、選択したライフスタイルにふさわしいゴールではなかったか。

バラバラに暮らし、しがらみを避けあってきた私たちが、臨終だけは誰かに囲まれていたいと願うのは、虫の良い話である。それに、しがらみの少ないライフスタイルを貫徹するという意味では、一人で死ぬという結末はゴール設定としてそれほどおかしなものではない。

「楽に死ねて経済的損失や迷惑を避けられるなら、独りで生きて独りで死にたい」という人も、意外と少なくないのではないだろうか。

この文章では、はじめに悲劇や損失や脅威としての孤独死を振り返ったうえで、独りで生きて独りで死にたい人のあるべき孤独死の可能性について、テクノロジーの進展を意識しながら展望してみる。

孤独死には「自殺者」も含まれる

まず、孤独死の現状を確認しておこう。先述の通り、「65歳以上の独居者の死亡場所が自宅である事例」は増えている。

加えて、65歳未満でも孤独死は起こり得る。一般社団法人日本少額短期保険協会「第4回孤独死現状レポート」によれば、平成29年に起こった孤独死の平均年齢は61歳で、高齢者に満たない年齢の人が半分以上を占めている。孤独死の報道には現役世代も敏感だが、このレポートを踏まえれば過剰反応とは言えまい。

死因に目を向けると、病死や不詳死に加えて自殺の割合が大きいことにも気づく(図表2)。

同レポートによれば、孤独死の10%以上が自殺によるもので、40代以下では2割を上回る。孤独死として発見される人のなかには、たとえばゴミ屋敷のなかで暮らすような、いわゆるセルフネグレクトに相当する人も少なくない。

孤独死に詳しいノンフィクション作家の菅野久美子は、新著『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』のなかで、孤独死を統計の数字以上のものとして、生々しい筆致で描いている。

特殊清掃の現場には、急病で苦しんだ故人の形跡や、心身の病に疲れ果てた故人の形跡が残されている。およそ、幸せな死や平穏な死ではなかっただろう。引き取り手のない遺骨、死してなお知人縁者に疎まれるエピソードなども故人の境遇を思い起こさせる。菅野が描写する孤独死からは、うろたえるほどの不幸の気配が立ち込めてくる。

単身世帯の増加は、日本人が選んだライフスタイルの帰結

こうした、孤独死の統計やルポルタージュを追っていくと、たくさんの人々が不幸のうちに孤独死している現状が目に浮かぶ。だから現在の孤独死が福祉上の大問題として論じられることに違和感はない。

他方で孤独死は、人間関係の乏しい人や不幸な身の上の人だけの問題でもない。

たとえばパートナーや家族と暮らしている人も、死別や家族の独立によって独り暮らしが始まる。厚生労働省『国民生活基礎調査(2019)』によれば単独世帯の数は年々増え続けており、すでに高齢世帯の49.5%が独り暮らしだという(図表3)。メディアはそんな単独世帯の増加を、危機感をもって報じる。

危機と言われれば危機に違いない。

だが昭和から平成にかけ、核家族単位で子育てを行い、子が独立していくことを当たり前とするライフスタイルを選び取った私たちにとって、単身世帯の増加とは、しがらみからの解放や自由な人生の選択と表裏一体だったはずである。これは、日本人が選んだライフスタイルがもたらした当然の帰結ではなかっただろうか。

「より望ましい孤独死」を模索しなければならない

個人が好きなように生きられ、しがらみも少ないライフスタイルを選んだ帰結が孤独死だとしたら、これから孤独死する人の数は増えるしかあるまいし、それをなくしてしまうのはきわめて困難である。選んだライフスタイルとも矛盾している。

だとしたら、孤独死とは絶対に回避すべきものではなく、悲劇や損失や脅威とならないものに形を変えていかなければならないものであり、より望ましい孤独死を模索しなければならないものではないだろうか。

現在進行形の孤独死対策、たとえば行政の取り組みや孤独死保険への加入などについては前掲『超孤独死社会』などを参照いただくとして、ここでは未来の可能性を展望してみる。

人々の生死や健康状態が「モニタリング」されるようになる

私は、そう遠くない未来に孤独死は悲劇や損失や脅威ではなくなっていくと踏んでいる。なぜなら、私たち自身の生死や健康状態が今後オンラインでモニタリングされ、マネジメントされる可能性が非常に高いからだ。

2021年現在の段階でも、たとえばiPhoneやApple Watchなどを用いて自分自身の健康状態をモニタリングし、オンライン経由でマネジメントすることはそう難しくない。健康意識の高い人やデジタルガジェットが好きな人なら、脈拍や血圧、睡眠や活動量などをすでにモニタリングし、セルフマネジメントに役立てていることだろう。

こうした健康モニタリング機器は、現段階では測定できる項目に制約があり、信頼性や制度上の問題も抱えている。しかし巨大情報企業はこぞってこの分野に投資し、そのテクノロジーの進歩には日進月歩の趣がある。

2020年3月から、日本でも5G回線が普及しはじめたが、これは、あらゆるモノがオンライン化していく趨勢(いわゆるIoT化やICT化)の基盤になるといわれている。通信インフラの充足がウェアラブル端末の発展と歩調を合わせていけば、自動運転やネットワーク家電などによって生活がより便利かつ安全になっていくだけでなく、私たちの健康管理も自動化・オンライン化され、濃密なモニタリングやマネジメントの対象となることは想像に難くない。

新型コロナウイルス感染症対策アプリである「COCOA」が象徴しているように、そうした健康管理のモニタリングやマネジメントは位置情報とも関連付けて行われよう。たとえば毎朝散歩をしている独り暮らしの高齢者が今日に限って散歩をしなかった時、最初に異変を察知するのはICT端末群と、それをモニタリングしている巨大情報企業だろう。

私たちの「生」はすでにオンライン化している

私は決して遠い未来の話をしているわけではない。「平成27年版情報通信白書」には「2030年の未来像―ICTが創る未来のまち・ひと・しごと」という章があるが、そこで描かれている近未来の相当部分は実用段階に到達していて、図らずも新型コロナウイルス感染症によって社会のIoT化やICT化は後押しされている。

それに本当は、私たちがスマートフォンを肌身離さず持ち歩くようになって以来、私たちの生はもうオンライン化され、モニタリングやマネジメントの対象になってきたのだ。巨大情報企業は、公共交通機関の利用履歴やオンライン決済の履歴、SNSの閲覧履歴などをとおして私たちをモニタリングしている。私たちをモニタリングしているということは、私たちのことを知っているということでもある。私たち自身よりも知っていることさえあるだろう。

そういう「私たち自身よりも知っていること」の一覧に、これから健康という項目が新たに加わるだけのことである。

近未来において、自分自身より巨大企業のほうがよく知っているもの一覧
・あなたが出かけたい場所
・あなたが欲しいもの
・あなたにふさわしい職業
・あなたにふさわしいパートナー
・あなたが関心を持つ分野
・あなたの悩みごと
・あなたの健康上の課題

「独居の高齢者が心筋梗塞」→「自動で救急車が出動」の未来

ICT機器に囲まれ、私たち自身がすっかりオンライン化された近未来の生活において、独り暮らし、ひいては孤独死はどう変わるだろうか。

たとえば独り暮らしの高齢者が心筋梗塞や脳出血になったとしても、ICT端末さえ設定しておけば自動的に救急隊を呼べるようになる。ガスや電力の消費量、オンライン/オフラインの活動履歴から異変を察知し、警備会社に注意を促すことも技術的にはさほど困難ではない。現に、ICT化で先を行く韓国では、これに類するサービスが実用化の段階を迎えている。日本でも、社会のICT化が進み、サービス需要が高まれば安価でありきたりの手段になるだろう。

また、セルフネグレクトや自殺といった医療的・福祉的介入が必要な人々についても、こうしたテクノロジーによって早期発見と早期対応が容易になるだろう。

困難があるとするなら、そうしたテクノロジーやサービスを行政という制度に結びつける難しさ、そして倫理上の難しさだろうか。だがコロナ禍が教えてくれているように、健康や生命がかかっている事案に関しては、制度や倫理のハードルはしばしば緩む。経済的損失が絡むなら尚更だろう。独居者のモニタリングとマネジメントが十分可能で費用対効果にも優れたメソッドが確立した時、独り暮らしの支援として、いや、むしろ独り暮らしの条件として、「最大限にプライバシーに配慮したかたちで」それらが導入される未来を想像するのはたやすい。

たとえば団塊ジュニア世代が高齢になった頃、こうしたテクノロジーに依存せずに孤独死対策を進めていくことは予算からいってもマンパワーからいっても可能とは思えない。だが順当にテクノロジーが進展すれば今よりずっと悲劇や損失や脅威を軽減できるはずである。

単身生活でも孤独とは限らない人がいる

前半で紹介したとおり、私たちの社会は単身生活者が増加していて、そういう意味では孤独は深まるばかりである。

だが一方、私たちの社会は今、単身生活をしていても孤独とは限らない人、オンライン化やICT化によって消息が追跡できる人が増えゆく局面にも向かっている。

今の世の中にも、まったく生活がオンライン化していない人、つまり、現金決済しかせずスマートフォンも使わずICT化した機器を一切持たない人は残っている。そのような人には従来型の孤独死対策が必要だろう。だが時代が進めば進むほど私たちの生活はますますオンライン化し、社会のICT化も進んでいく。セルフネグレクトのような、ハイリスクな人のモニタリングやマネジメントのテクノロジーも進展するだろう。

「悲劇としての孤独死」は減らせるはずだ

私は、オフラインでは活発とはいえない単身生活をしていても、オンラインでは活発に言葉を交わし、さまざまな娯楽を楽しんでいる人を知っている。そういう生き方は今ではそれほど珍しくないし、いちがいに悲惨という言葉をあてがうのも違うように思う。少なくとも、急病を見つけてもらえるシステムや急死に際して後の心配をしなくて良いシステムができあがれば、そうした生活や死を不幸の代名詞とみなす必要はなくなるはずである。

そのような近未来において、本当の本当に孤独になってしまう人、悲劇や損失や脅威としての孤独死を迎えてしまう人はもっと減らせるはずである。ひいては孤独死という言葉の意味を変え、孤独死という言葉を死語にすることさえ可能になろう。

個人をモニタリングしたりマネジメントしたりするテクノロジーには、自由を侵害するリスクや監視社会的な息苦しさもついてまわる。だが、新型コロナウイルス感染症が暗に示しているように、社会は健康という大義名分のためならそうしたリスクに目をつむるし、これからは、そうしたリスクを懸念するよりも健康を優先する傾向が強まるのではないかと私は推測している。

いずれにせよ、これからのテクノロジーが私たちのライフスタイルを拡充し、一人で生きたい人の意志をも尊重し、後顧の憂いなく生きる手助けとなることを期待したい。

[精神科医 熊代 亨]

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