cat_373772_issue_7y94fgmg3xo8 oa-president_7y94fgmg3xo8_hq00nar157sw_「コロナ死4000人vs.肺炎死10万人」という数字をどう読むべきか hq00nar157sw hq00nar157sw 「コロナ死4000人vs.肺炎死10万人」という数字をどう読むべきか oa-president 0

「コロナ死4000人vs.肺炎死10万人」という数字をどう読むべきか

2021年1月21日 08:00

わが国の新型コロナの累計感染者数が30万人超、死者が4000人超となった。精神科医の和田秀樹氏は「例年のインフルエンザの死亡者数は、現状のコロナのそれと規模感が近い。またインフル関連死は例年1万人、通常の肺炎死も毎年約10万人になっている。政府は新型コロナ対策を打つ際、もう少し冷静に数字を見て判断してもいいのではないか」という——。

医師が「2度目の緊急事態宣言」に違和感を覚えた理由

コロナ感染拡大に伴い、1月7日に東京と神奈川、埼玉、千葉の1都3県で、そして13日には大阪、愛知、福岡など7府県が加わり、11都府県で緊急事態宣言が出された。

宣言発出に関しては「対処が遅すぎる」との声が多い。確かに重症者が増えたことや数千人の入院待ちの患者が生じるなど、医療崩壊が現実的なものになっていたし、1月7日に都内だけで2447人の感染者が確認されるなど、「感染爆発」との表現も大げさではない状態だった。

ただ、死のリスクを常に抱える高齢者を専門とする医師である私は、政府が2度目の宣言を出したことに若干違和感を覚えた。まだワクチンも打てず薬もないコロナという得体のしれない感染症に対する恐怖心は私にもある。コロナ陽性者が入院できないまま自宅で亡くなるといったニュースを心から残念に思う。だが、批判を覚悟で言えば、いささか怖がりすぎではないのか。

そう考える理由のひとつは、コロナ感染者数が累計約30万人まで増えながらも、コロナの死者数は現状、例年の季節性インフルエンザのそれと規模的にはそれほど大きく変わらないということがある。インフルエンザの年間の平均推定感染者数は約1000万人で2019年のインフル死者数は3575人(厚生労働省)、この数字はもちろんワクチンや抗インフルエンザ薬利用が可能なうえでの数字だ。いっぽう、コロナ死者数は2021年1月15日時点で4059人だ。

コロナ死4000人vs.例年のインフルエンザ関連死1万人、肺炎死10万人

インフルエンザの死者は、医師が死因をインフルエンザと認めた数であり、肺炎を併発したり、インフルエンザによって持病が悪化したりして亡くなった数は含まれない。インフルエンザに関連する死亡者数は年間約1万人と推計されている(関連死亡者数には、インフルエンザが直接的に引き起こす脳症や肺炎のほか、2次的に起こる細菌性の肺炎、また、呼吸器疾患や心疾患といった持病の悪化など、間接的な影響によって死亡した人の数も含まれる※)

※インフル関連の死者、年約1万人 注意すべき合併症は

それに対してコロナの場合、持病があるほど重症化しやすいとされており、全数とは言わないまでもコロナ感染で持病が悪化して亡くなった数も、「コロナ死」にカウントされていると思われる。そう考えるとインフルエンザのほうがコロナよりむしろ死者数は多いといえる。

例年、インフルエンザで3000人から1万人(持病の悪化も含む)亡くなることを知っている人であれば、もしくは、通常の肺炎で毎年10万人の命が奪われると知っている人であれば、コロナをここまで怖い病気と思わなかったかもしれない。

「感染者数」で考えるべきか「死者数」で考えるべきか

私が緊急事態宣言発出に違和感を覚える2つめの理由は、コロナの感染の危機を問題にしたり、非常事態宣言や飲食店の時短要請をしたりする場合に、「感染者数」を基に行うことが多いということだ。

季節性インフルエンザの場合、その感染の危機を問題視するとき、基本的には死者数を基に行う。「今年は3000人の死者が出た」といった報道はされるが、感染者数を報じることはほとんどない。

ある行動をする際、「何に判断基準を置いて」それを実行するか。その基準によって人の判断は大きく変わる。

たとえば、心理学の用語に「フレーミング」がある。心理学を経済学に応用しノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、その著書『ファスト&スロー 上・下』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)において、フレーミング効果とは、「問題の提示の仕方が考えや選好に不合理な影響を及ぼす現象」(早川文庫版、下巻、237頁)と定義している。

同じ現象でも「思考のフレーム」によって結論はがらりと変わる

カーネマンと同僚のエイモス・トベルスキーが、医師に対して、A:1カ月後の「生存率」が90%と提示した場合と、B:1カ月後の「死亡率」が10%と提示した場合で、彼らが手術を選ぶか放射線治療を選ぶかを実験した。

表現・アプローチが異なるだけで、結局、AもBも同じことを言っているが、Aと言われて手術を選ぶ医師が84%いたのに対して、Bと言われるとそれが50%に減ることがわかった。つまり、「生存率」というフレームで考えるか、「死亡率」というフレームで考えるか。命を預かる医師という専門職でさえ、判断ががらりと変わってしまうのだ。

さらに、カーネマンが同著の中で提示したフレーミング効果の検証のために行った有名な実験がある。「アジア病問題」と言われるものだ。

600人の死が予想されるアジア病という伝染病について2つのプログラムのどちらを採用するかという問題である。

Aは200人が助かるプログラム、Bは600人が助かる確率は3分の1で誰も助からない確率は3分の2。

AもBも助かる人数の期待値は200人なのだが、Aを選ぶ人が72%、Bを選ぶ人はわずか28%だった。

ところが、「死ぬ数」を強調して同じことを別の言い方に変えて聞いてみたら答えはまったく違っていた。

Cは400人が死ぬプログラム。Dは誰も死なない確率は3分の1で600人が死ぬ確率は3分の2。この選択だとCを選ぶ人はわずか22%でDを選ぶ人は78%もいたのだ。

助かることを強調するか、死ぬことを強調するかで、こんなに判断が変わってしまうということだ。

コロナ対策を国が考える場合、その思考や判断のフレームワークの基準に「感染者数」を置いたら、感染者数を減らすことが最大の目標になるし、そのためにはどんな市民の生活の制限もいとわないことになるだろう。

しかし、緊急事態宣言のような施策は影響力が極めて大きい。経済はもちろん、前回指摘したように自殺者の増加や、高齢者の運動機能・認知機能の低下、あるいはコロナに対応できる免疫機能の低下にもつながるという問題も出てくる。

逆に、「感染者数」でなく「死者数」を減らせばいいというフレームワークの基準になれば、コロナ患者を入院させる医療機関の充実や一般市民の免疫力を上げる(栄養管理など)ための啓もうにもっと力を入れるということになるだろう。

一度できた思考のフレームを変えることが難しい

厄介なのは、カーネマンに言わせると、一度思考のフレームが出来上がってしまうと、別のフレームを与えられても(カーネマンの例でいけば、死亡率でなく生存率というフレームに変更、コロナの例でいけば、感染者数でなく死者数に変更)、異なる判断をする人がまずいないだろうということだ。

フレームの再構成(リフレーミング)には大変な努力とエネルギーを要するので、リフレーミングしなければならない明白な理由がない限り、私たちの大半は、意思決定問題を当初フレームされた通りに受け身的に受け入れるということだ。

一度できた思考のフレームはそれほど変わることが難しいものなのだ。

現在の、コロナ対策の判断を「感染者数で行うフレーム」が正しいのか間違っているかは私にはわからない。しかし今後、ワクチンが普及すると、このフレームが新しい判断の邪魔になる可能性は大きいと見ている。

ワクチンというのは、インフルエンザワクチンの時によく言われるように、感染者を減らすことより、感染した際に重症になりにくくするという効果が期待できるものだからだ。

現在認可されているコロナのワクチンは、コロナウイルスに暴露した際に、PCR陽性率も下げることは報告されているだろうが、ゼロにはできないし、かなりの数の陽性者は残るだろう。

ただ、ワクチンの普及によって、コロナが死を招くリスクは大きく下がる。

ワクチンが普及し、死者数が激減しても、感染者数を気にするフレーミングが続き、いつまで経っても市民生活に規制(これに副作用があるのは前述の通りである)が続くのではないか……。そんな私の不安が杞憂(きゆう)であってほしい。

ついでにいうと、読者の皆さんには、この機会に自分の判断のフレームワークをコロナ問題に限らず、誰かの受け売りではなく、自分の頭で考え内省する習慣をもってもらえると幸いである。

[国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹]

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東大模試1位が断言「ムダな努力を続ける人が根本的に勘違いしていること」

2021年1月21日 08:00

目標を早く達成できる人は何が違うのか。2019年度秋の東大模試で全国1位を獲得した現役東大生の相生昌悟さんは「重要なのは目標を細分化することだ。そうすればムダな努力をしなくて済む」という――。

報われない努力はなぜ報われないのか

みなさんは、「努力は報われる」という言葉についてどう思うでしょうか。おそらく正しいと思う人も、間違っていると思う人もいると思います。

僕の回答は、「言葉が足りない」です。「しっかりと目的を明確化した努力は報われる」、という条件がつけば、正しいのではないでしょうか。

確かに努力は報われます。しかしこの「努力」という言葉はすごくくせ者で、ガムシャラでなんの意味もない努力では、いつまでたっても目標は達成できません。

逆に、努力の目的が明確で、「何を努力しなければならないのか」が見えているのであれば、必ず努力は報われます。自分に足りていないところや自分が到達したいと思っている部分をしっかりと把握して努力をしているわけですから、報われないわけがないのです。そして東大生は、この「目的」の作り方がしっかりしています。他の人よりも何十倍も、「努力の目的」の明確化の能力が優れているのです。

努力が報われない人や、頑張ってもなかなか知識を吸収できないと思っている人たちの共通点は、実は「ゴールが明確になっていないこと」に尽きます。

例えば、何冊も本を読んでいるのにもかかわらず、なかなかその知識が身についたような気がしない……という悩みは割と多くの人が抱えていると思います。

それは、本を読む目的が明確化されていないことが原因なのです。「どうして自分はその本を読むのか?」という目的が明確になっていないから、本から得るべき知識を吸収しないままに本を読み進めてしまっていて、最終的に何も残らなくなってしまうのです。

読書でも必要な知識だけをインプットする

そもそも、多くの場合、「何冊も本を読むこと」自体が目的になっている場合が多いですね。手段と目的が逆転してしまうから、うまくいかないのです。

逆に東大生は、「何冊も本を読む」ことを目標にはしません。「知識を得たい」のであれば、どんな知識が欲しいのかをしっかり明確にしてから本を読むので、数ページ読んで「ああ、この本は自分の持っている知識以上の内容は教えてくれないな」「欲しい知識を得られる本じゃないな」と思ったらそもそも買いませんし、買っている場合でもすぐに読むのをやめてさっさと古本屋に売りに出します。「損だな」と思ったらすぐに切るのです。

そして、この「こういう知識を得たい」という解像度がとても高いのです。「この分野の、この領域の、こういう場面で使えるような、こういう知識が欲しいんだよな」ということを細分化して明確にしているのです。

例えば「ある分野の基礎的な知識を得たい」と思った場合、「取りあえず基礎の部分の知識を得たいわけだから、基礎じゃない部分は省いて読もう」と解釈し、応用的な内容があればすぐに切り捨てを行います。目的とは異なるのですから、当然です。このように、目的が明確なら、ムダな努力をする時間もないのです。

では、東大生は「目的を明確にする」能力をいつ身につけているのでしょうか?

これは、私は「受験の時だ」と考えます。

受験勉強は、圧倒的に「どこまで目的を明確にできるか」の勝負です。

大抵の人は「勉強して、その結果がテストで測られる」と考えていると思いますが、逆です。「テストで問われる能力を分解して、どんな勉強が必要なのかを考える」という逆算こそが受験で最も必要なことなのです。

「12分で7点取れるようにこの範囲の訓練をしておこう」という発想

例えば、東大生は模擬試験で毎回、各科目・各大問の目標点数を1桁レベルで明確に設定しています。

「英語の2Aの問題は自由英作文で12点の配点だから、7点獲得できればいいはずだ。これにかけられる時間は12分程度なので、12分で7点取れるようにこの範囲の訓練をしておかなければならない」

全ての大問・全ての問題で、このレベルの細かさで目的明確化を実践しています。

翻って、多くの人はテストで細かな目標点数を決めているでしょうか?

「良い点取れればいいな」と思っているかもしれませんが、その「良い点」って何点なのでしょうか? 割とこれを考えずに勉強している人って多いですよね。どの科目のどの分野のどの問題で何点取るのか明確になっていないから、ダラダラした勉強になってしまっている場合が非常に多いように感じます。かく言う私も、以前は漠然と「いい成績が取りたい」とだけ考えていて、成績が伸び悩んでいました。頑張って努力しても、目標が明確でないから成績が思うように伸びない経験をしたのです。

目的を明確化することが、いわゆる「頭の良さ」の正体

別に東大生は、頭がいいわけではありません。ただ目的を明確化できるだけなのです。

目的を明確化することこそが、世の中で言われている「頭の良さ」の正体なのです。

ムダなことを何時間もできる人ではなく、徹底的に目的のための努力を積み重ねられる人の方が結果につながりやすいのです。

ではどうすれば目的を明確化できるのか? その回答は、「分解」にこそあると思います。つまり、何かを細かく定義することです。

「英語の試験で70点取りたい」ではなく「英語のこの分野のこの問題で何点取って、こっちでは何点取りたい」と定義する。

ビジネスの場面なら、「コミュニケーションスキルを得たい」ではなく、「営業の場面で使える、質問の能力を向上させたい」と定義する。

細かく細かく、常に分解して思考することを意識するのです。そこで大切なのは「言葉の定義」です。「コミュニケーション能力」や「思考力」や「読解力」などを目的にしても、多分多くの人は何にも努力できません。具体性がないのですから当然です。「明日から思考力をゲットするために頑張ろう!」と言っても、何をしたらいいか不明瞭ですよね。

大切なのは、言葉も分解することです。「コミュニケーション能力を上げる」のであれば、プレゼンテーションをするのか、説明をするのか、質問をするのか、それともギャグセンス・ユーモアセンスを磨くのか、状況によって全然変わってくると思います。大切なのは、このように物事を分解するスキルなのです。

ということで、「目的を明確化できるかどうか」のスキルをこそ、高めていくべきだと私は考えます。みなさんの何らかの参考になればうれしいです。

[現役東大生 相生 昌悟]

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年収1000万じゃ全然足りない…「子供3人とも私立+一浪」50代夫婦の大誤算

2021年1月21日 08:00

正社員の共働き夫婦の年収は計約1000万円。近年は2人とも給与が上昇中だったこともあり、子供は3人とも高校・大学が私立。教育費に加え、マイホームや車のローンもある。食費も外食中心だ。当然、赤字の炎上状態となった家計を立て直すべく、ファイナンシャルプランナーの横山光昭さんがアドバイスしたウルトラCとは――。

子供は3人とも私立志望、お金がかかるかかる

「今後は350万円分の投資信託を解約するしか手はないでしょうか……」

都内在住の共働きの会社員Sさん(50)と妻(50)には子供が3人います。一番上の長女は一浪で今冬、有名私大の合格を目指しています。長男(私立高校2年)も大学進学予定です。次女(公立中学1年)も2年後には私立高校受験が控えています。子供3人の教育費は少なくとも月8万7000円。3人とも高校・大学は私立となる公算が大きく、家計を圧迫しています。

Sさん夫婦の人生は、教育費にかなりお金がかかるステージに入ったのです。

ネックは、夫婦の貯蓄が、社内預金の現金約300万円にとどまっていること。ほかに積立投資で投資信託を約350万円分保有していますが、やや心もとないです。以前は、銀行に貯金が約130万円あったのですが、長女の予備校代や、長男の塾代、夏期・冬期講習代や参考書代など、ほとんどを教育関係の支出に使い、ここ2年ほどでなくなってしまったのだそうです。

年収1000万円世帯だが、家と車のローンに莫大な教育費が…

夫婦の手取り収入は計55万4000円。教育費に加え、マイホームや車のローンなどに月計15万1000円かけていますが、やりくり次第では、貯金は不可能ではなかったはずです。夫婦も先取り貯金をしたり、袋分けで家計管理を試みたりしたそうですがうまくいかず、毎月2万以上の赤字家計になりがちでした。夫婦のボーナスはその補塡ほてんなどに消え、貯金ができませんでした。

そのため長期休暇時の塾の講習代は、貯金を切り崩して支払うしかなかったのです。銀行の預金を使ってしまうと、次のお金の出どころは社内預金しかありません。もしそれが底を突いたら積立投資を売ってお金を工面するしかないのか、と考えたところ、先々のお金がなくなるという危機感を覚え、家計相談する決断をしたそうです。

毎月2万円以上の赤字の原因は、教育費だけではなかった

ボーナスを含めた年間の世帯収入は約1000万円。にもかかわらず、お金が貯められなかった。その原因を突き詰めていくと、教育費用の計画が狂ってしまったことにありました。

・長女は現役合格してくれると思っていたこともあり、浪人の予備校代(年約80万円)は想定外の大出費だった。
・長男が通う私立高の授業料は年約100万円。そこで東京都の「私立高校の授業料補助制度」を利用して通わせる予定だったが、それが実現できなかった(世帯年収が一定額以下の家庭に都内私立高校授業料の平均44万2000円が補助されたが、当時、給与のベースアップなどで夫も妻も給料が上がり、非対象に)。

給料が上がれば授業料の支払いも生活も楽になりそうなものですが、おそらく収入増加に合わせて支出も増えたのでしょう。お金を貯めるゆとりはできませんでした。

教育費については想定よりコストがかかってしまったわけですが、世帯収入は増えているので、家計状況がすぐさま悪化するとは考えにくい。原因はどこにあるのでしょうか。

共働きで作れず…外食、総菜、テイクアウトで食費は10万円超

問題はやはり他の費目にありました。明らかなメタボ家計だったのです。前述しましたが、自動車のローンや維持費に月4万8000円かかる以外にも、食費は月10万円を超え、被服費も月1万5000円と多めです。支出の問題は教育費だけではなく、支出全体にあったのです。

この支出をコントロールしていくには、家庭にとって優先すべき支出とそうではない支出を見極め、優先しなくても良い支出を減らしていくことが必要です。

支出を減らすには何でもかんでも我慢すれば良いと考える人もいますが、それでは長続きしません。払うべきところにはしっかりお金をかけられるメリハリ型の節約をしたほうがよいのです。

一度家に持ち帰り、家族で話し合ってもらった結果、やはり教育費を優先したいとのこと。目標の学校に行くために頑張っている子供を応援することを最優先すると決めたそうです。

その代わりに、節約できるところは食費、通信費、日用品代、被服費、サブスク代など。具体的にどのように削減していくかも話し合ったそうですが、私どもの提案も含めて実践していくことにしました。

まず、10万円以上かかっている食費です。食費が多い最大の理由は、共働きで食事の準備が大変だということ。外食、総菜、デリバリーなどが大半を占めています。妻も娘も料理が嫌いというわけではありませんが、メニュー立案や片づけなどがどうしても面倒、億劫だと感じてしまうようです。それでも少し頑張って、長女が塾などの合間を利用しておかずを1品作ったり、次女が米を研ぎ、味噌汁を作ったりと協力をすることになりました。長女は「一日机に向かうよりも気分転換になり、継続していけそう」とのことでした。もちろん、妻も週末に作り置きをしておくなど、できる限りやります。

あえて外食などは制限しませんでしたが、「1週間2万円」を食費の予算としました。毎月のおよその食費額を5週間分で割った金額です。うまくできると、1カ月は4週間半程度ですから、食費が少し余る仕組みとなっています。

初めは娘たちの協力があっても予算内でおさまらず、苦戦していたようですが、次第に外食やデリバリーなどと自炊のバランスが取れるようになり、3万円以上もコスト削減し目標よりも少ない金額(月7万2000円)でやりくりできるようになりました。

支出を月6万円もカットして、見事、黒字家計に変身できた理由

通信費は、子供たちが「○○モバイルに変えよう」と格安スマホへの変更を提案してきたそうです。休日にみんなで変更しにいき、簡単に料金を下げられました。違約金がかかりましたが、すぐに元が取れそうです(月2万3000円→1万8000円)。

日用品は、買い物にいく前に在庫を確認することをはじめました。ただそれでも買いすぎや在庫過多になりがちだったので、在庫の写真を撮って家族で共有。買い物前に写真を確認することで、買いすぎ防止ができるようになったそうです(月1万5000円→1万2000円)。目覚ましい協力態勢です。

被服費は、「欲しいのか、必要なのか」を考えて購入することにし(月2万5000円→1万3000円)、無料お試し期間に登録してそのままにしていたサブスクを解約し(月3万2000円→2万6000円)、支出削減を図っていきました。

Sさんの自動車も乗車頻度が少ないので削減を検討する対象となりましたが、簡単に手放すことも決断できす、カーシェアリングの利用に切り替えても満足できるかを考えているところだそうです。

このようにして支出を削減していくと、全部で6万円もコストカットできました。教育費、自動車関連費がそのままでも、家計の赤字が消滅したのです。毎月3万6000円ずつ貯金ができる見込みがたつだけでなく、赤字がなくなったことで夫婦合わせて年200万円ほどのボーナスが丸ごと残せます。今後は、継続して毎月の支出に不要なものがないかを振り返りながら、収入を残していける家計を作っていけば、少しずつでも貯金は増えていくことでしょう。

教育費が必要な時に金額が足りないということもあるかもしれませんが、あとは親の出せる金額をベースに、子供とどのように捻出していくかを話し合えば、なんとかできるはずです。子供たちは大学に入ればアルバイトもできるでしょうし、返還する覚悟があれば奨学金の利用も検討できます。

このようにして、Sさん宅の家計は貯金が作れる家計へと変わっていきました。家族と相談して決めたことで、子供もコスト意識が芽生え、学費の一部を自分で捻出できないか考えているようです。

50代のSさん夫婦は今後、老後資金についてもしっかり準備しなければなりません。350万円分の投資はそのまま保有しておきたいところだったので、今回それを教育費に回さずにすんだことも、家計改善に取り組んだ大きな成果と言えるでしょう。

【コストカット額ランキング】

1位 -3万4000円 食費
娘2人の協力と週予算管理を取り入れた
2位 -1万2000円 被服費
必要なのか、欲しいのか、を考えて買うようにした
3位 -6000円 その他
解約忘れをしていたサブスクを解約した
4位 -5000円 通信費
子どもの提案により家族全員で格安スマホに変更
5位 -3000円 日用品代
在庫の写真を撮って、買いすぎを防止した

[家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭]

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"仕事も家もない"若者に絶望された文在寅大統領を待ち受ける韓国の危機

2021年1月21日 08:00

財閥系大手企業は好調だが…

2020年、韓国経済はそれなりの底堅さを示した。企業業績を見ると、半導体やスマホ大手のサムスン電子やLG電子など財閥系大手企業の業績は比較的好調だ。また、造船業界も健闘している。しかし、韓国経済をより深く分析すると、いくつかの重要な問題を抱えている。楽観できないだろう。特に、首都圏における不動産価格の高騰と、若年層を中心とする雇用・所得環境の悪化は深刻だ。

これまでの文在寅(ムン・ジェイン)大統領の経済運営は、最低賃金の大幅引き上げなどを見ても期待されたほどの効果を上げてはいない。その結果、大手の財閥系企業とそれ以外の経済格差が拡大している。経済格差が固定化すると、人々が自助努力によって能力の向上を目指し、新しいことに挑戦することは難しくなる。

そうした将来への不安の高まりは、文大統領の支持率を低下させた要因の一つだ。今後、コロナ禍で世界経済の回復が遅れるようだと、韓国の経済状況はさらに深刻化する懸念が高まる。足許では、新型コロナウイルスの感染再拡大が韓国の労働市場を下押ししている。

他方、当面の間、首都圏の不動産価格は上昇基調を保つ可能性がある。景気先行きへの不安や経済格差への不満など、文政権下の韓国では社会と経済の閉塞感がこれまで以上に高まる恐れがある。

上昇を続ける不動産価格

マンションを中心とする首都圏の不動産価格高騰は、韓国経済の不安定感を高める要因の一つだ。その背景には“カネ余り”と“価格上昇への強い期待”がある。

2017年5月に文政権が発足して以降、韓国銀行(中央銀行)は2017年11月と2018年11月に小幅な利上げを実施したが、大幅な長期金利の上昇は避けられた。2019年に入ると米中通商摩擦による景気減速リスクを理由に段階的な利下げが行われた。それが過剰流動性=カネ余りを生んだ。

2020年春先にはコロナショックによって世界の経済と金融市場が混乱。2月から3月中旬にかけて韓国から海外に、資金が急速に流出した。その状況を食い止め韓国経済の持ち直しを支えたのが米FRB(連邦準備理事会)のドル資金供給だ。それに加えて韓国銀行も金融緩和を強化し過剰流動性は膨らんだ。

金融市場に溢(あふ)れた資金は、価格上昇や成長が期待される資産や分野(企業、産業)に向かう。韓国では実体経済ではなくソウルなどの住宅市場に資金が流入した。韓国では少子化、高齢化、人口の減少が深刻だ。2019年の合計特殊出生率(女性一人が生涯に産む子供の数)は0.92と2018年(0.98)から低下した。

ソウル圏にどんどん人口が集中している

人口減少によって経済の縮小均衡懸念が高まる中、より良い選択の機会を目指して政治と経済の中心地であるソウルなど首都圏に人口が集中した。それが住宅需要を押し上げた。朴槿恵(パク・クネ)前政権による住宅ローンの貸し出し規制緩和などもその一助となった。

カネ余りと需要拡大に支えられ、首都圏のマンション価格上昇への期待は高まった。それが投機熱を高め、価格が高騰した。韓国のKB国民銀行が公表している住宅価格データを見ると、2017年5月から2020年末の間、ソウルのマンション価格は38.4%上昇した。

文政権はローン審査の厳格化をはじめ20数回にわたって規制を強化し、不動産価格の上昇を抑えようとしたが効果は出ていない。それだけ、資金はだぶつき、価格上昇への期待も強い。住宅価格の上昇は投機や日常生活のための借り入れ増加につながり、韓国の家計債務残高はGDPの100%を超えた。経済成長率を上回るペースで不動産価格が上昇し、債務残高が増加する状況は持続可能ではない。

雇用悪化の背景にある「強力な労働組合」

それに加えて、若年層の失業率の高さも韓国経済の懸念材料だ。2020年12月の韓国の失業率は4.1%(季節調整値は4.6%)と前月から上昇した。世代別の失業率を見ると15~29歳の失業率が8.1%と高い。

その背景には、労働組合の影響力の強さがある。韓国の労働組合は恒常的に経営者に賃上げなどを求め、受け入れられなければストライキを実行することで知られる。

特に、自動車業界の労働組合の力は強い。昨年12月に韓国の自動車メーカーである双竜自動車が資金繰りに行き詰まり、裁判所に更生手続きを申請した。その要因の一つは、労働組合が経営者との協力よりも、賃上げなどの待遇改善を求め続けた結果、新しい車種の開発が進まず収益力が低下したことがある。政府系金融機関である韓国産業銀行は、双竜自動車に対して労働争議が起きる場合には一切の資金支援を行わないとの立場を示している。

既得権益層によって締め出された若者たち

労働組合という既得権益層の影響力が強いため、韓国の労働市場では新規参入者である若年層の雇用創出が難しい。それに加えて、左派の政治家として労働組合などの支持を得てきた文大統領の政権下、労働争議は激化している。また、文政権は労働組合に有利に働く法律の制定を重視してきた。

そうした要素を基に考えると、若年層の失業率は上昇、あるいは高止まりする恐れがある。労働争議から逃れるために生産拠点などを海外に移す企業は増え、韓国全体で就業機会がさらに減少する可能性は軽視できない。また、新型コロナウイルスの感染再拡大によって飲食や交通をはじめ内需も縮小している。その一方で、労働組合は既得権益の維持と強化を目指して経営者に賃上げなどを求め労働争議が激化することも考えられる。

その結果、韓国では所得を手に入れ、自己実現を目指すことは難しいと感じる若者が増える恐れがある。韓国からの留学生や30代の人と話をすると、「日本で就職しできるだけ長く住みたい」との考えを聞くことがある。それは、韓国よりも、わが国の方がより多くの選択肢を手に入れる公正な環境が整っているとの見方があるからだろう。

支持率低下が止まらない

一般論として、住宅価格の高騰によってより良い生活を目指すことが困難になったり、借り入れが増えたりすると、人々の不安心理は強まる。それに加えて、若年層の失業率が高止まりすると、社会全体での活力も停滞する。韓国ではそうした状況が鮮明化し、文大統領の支持率が低迷している。

言い換えれば、文氏の経済政策はうまくいっていない。多くの国民が不動産価格の高騰や厳しさを増す雇用環境に直面する一方で、政府の高官が複数の住宅を所有して蓄財に努めていることが明らかになった。また、財閥企業の創業家などの富裕層は、カネ余りの環境下で株式や不動産への投資などによって富を増やしている。

それに加えて、検察改革を重視する文政権の秋美愛(チュ・ミエ)前法相と尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長の対立も表面化し、人々の心が文氏から離れているとの印象を強くする。

韓国経済に潜む長期的なリスク

今後、韓国の実体経済がさらに厳しい状況を迎える展開は否定できない。新型コロナウイルスの感染再拡大によって韓国経済の成長率は鈍化し、状況によってはマイナス成長が現実のものとなる可能性がある。特に、中国でも感染が再拡大していることは、韓国経済の成長を支えてきた輸出に無視できない影響を与える恐れがある。

その一方で、世界的なカネ余りに支えられて不動産価格の高騰は、もうしばらく続く可能性がある。投機による利得獲得や生活のための借り入れが増加し、韓国の債務残高は膨張するだろう。

ただし、未来永劫、不動産価格が上昇を続け、債務が増えることはあり得ない。どこかで資産価格には調整圧力がかかり、投機のために借り入れた資金の返済に追われる個人や企業は増えるだろう。やや長めの目線で考えると、韓国の需要と供給=実体経済に下押し圧力がかかりやすい中で、徐々に経済全体での不良債権増加への懸念(信用リスク)は上昇するだろう。

今すぐではないにせよ、韓国の経済と金融システムにかなりの混乱が発生する可能性は軽視できない。

[法政大学大学院 教授 真壁 昭夫]

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「9割が教科書を読めていない」私立文系しか行けない子供たちの末路

2021年1月21日 08:00

コロナ禍でいよいよ始まる大学・高校・中学受験……合否を決める重要な要素のひとつが読解力だ。国立情報学研究所の新井紀子教授は「全ての教科書を正解に理解できる小学生はクラス内の2、3人です。また子供の語彙量は家庭環境の影響が大きく、小学校入学時点で3〜4倍の差がつくこともある。AIが台頭する時代、読解力なしには仕事を選べません」と指摘する――。

※本稿は『プレジデントFamily 2021年冬号』の記事の一部を再編集したものです。

「教科書を読める子」はクラスにたったの2、3人!?

学校の授業のベースになる教科書。各学年の子供の知識や理解力に合わせてつくられているから「読めるのは当たり前」と思っていないだろうか。

「残念ながら、日本の子供の大半が教科書を読めていません。小学生でいえば、全教科の内容を正確に読めているのはクラスの2、3人でしょう」

こう指摘するのは、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者で、国立情報学研究所教授の新井紀子さんだ。新井さんの言葉に従えば、クラスの9割は教科書を読めていないことになる。一体、どういうことなのだろう。

「『読む』という言葉から多くの人がイメージするのは、ひらがな・カタカナ・基本的な漢字を“文字として読める”ことでしょう。いわゆる識字です。でも、それだけでは読めたことにはなりません。文章を読んで正確に意味や内容を理解することができて初めて読めたといえる。日本の子供たちはこの読解力が弱いのです。ところが子供たちに『教科書を読めていますか?』と聞くと85%が読めていると答えます。読めない子は“読める体験”をしていないので、“文字が読める”こと=読めると思っているんですね」

算数の計算問題は解けるのに、文章題になるとわからなくなる

読解と聞くと、真っ先に思い浮かぶのは国語だ。教科書にある文学作品や評論などの読解が授業の主軸になるが、新井さんが指摘する読解力はその類いではない。

「私は『汎用(はんよう)的読解力』と呼んでいますが、算数、理科、社会などすべての教科で求められる力です。国語の心情読解の場合、作者の思いを読み取るといった、いわゆる行間を読む力を養い、解釈に幅があります。でも、算数、理科、社会でいろいろな解釈があったら困りますよね? 文章に書いてある事実を正確に読み取る。それが汎用的読解力です」

教科書を読めていない子供が多い理由は、この汎用的読解力が身についていないためだと新井さんは考える。算数の計算問題は解けるのに、文章題になるとわからなくなる子供がよくいるが、それも同様だ。解けないのではなく、問題文が理解できないのだ。

算数の「割る数」と「割られる数」がわからない

では、読めない原因は何か。新井さんが筆頭に挙げたのは“語彙(ごい)”だ。

「文中の言葉の95%以上を理解していないとすらすら読めないという研究結果があるように、語彙の不足は読解のネックになります。特に、算数や理科で使う言葉は日常で使う意味とは違う場合もあり、それを理解していないとたった1行の文章でもわからなくなってしまいます」

小学4年生以降に出てくる抽象的な言葉もつまずきの原因になる。

「6年生の社会科の教科書には『内閣のもとには、さまざまな府・省・庁(ちょう)などが置かれ、仕事を分担(ぶんたん)して進めます』(教育出版『小学社会6』より)という行政のしくみを説明した一文が出てきますが、『もとには』『置く』という言葉が子供には難しい。『足もと』『物を置く』といった普段使う意味とは違う言い回しだからです。算数なら『割る数』と『割られる数』のような言葉遣いも混乱しやすいですし、数や量の比に出てくる『○○を1とみたときに』の『みた』の意味がわかっていないこともよくあります」

さらに、主語・述語や修飾語・被修飾語といった文法がわかっていないということもあるそうだ。

もう一つ、子供たちが読めない理由には“読み方”もある。本を読むのは好きでも汎用的読解力の低い子供は相当数いて、それは読み方の違いによる。

「物語を読むときは大まかにストーリーを理解していく“通読”が主流。言葉の定義を細かく気にしなくても読み通すことができます。ところが、算数や理科の文章でその読み方をすると、途端に読みにくくなってしまう。『より小さい』と『以下』の違いのような言葉の定義をそのつど、区別していく“精読”が必要になるからなんですね」

一流企業に勤める人でも3人に2人は間違える「読解問題」

読めない文章が並んだ教科書に子供が興味を持てないのは、いわば当然。読めないことが勉強嫌いや特定の教科への苦手意識にもつながるというから見過ごせない。

読解力を身につけるには、ウイークポイントを見つけるのが先決だ。これを探れるツールが、新井さんが開発した「リーディングスキルテスト(RST)」である。選択式のテストは、係り受け解析や同義文判定など、読解に必要なスキルを6分野(図表1)にわたり測ることができる。小学生から大人まで、すでに20万人以上が受検している。大人でも正答率が4割を切る問題も数多くあるという。

「つまり、大人も読めていないということ。特に子供も大人も弱いのが数学や理科の定義を正確に読む“具体例同定(理数)”です。偶数の定義を読んで、偶数を選択肢から選ぶ問題の平均正答率は40%未満です。唯一、50%を上回っているのは小学6年生で、一流企業に勤める人でも3人に2人は間違える。数学が苦手という人のほとんどが数学の文章を読むことにつまずいていることがわかります」

汎用的読解力が低い子はノートの書き方を見ていればすぐにわかると新井さんは言う。

「自分の解答が解答例とちょっとでも違うと、消しゴムで消して解答例を書き写す子です。自分の解答と解答例のどこが違うかをわかっていないのでしょう」

高校入学段階で「自分は私大文系しか行けない」では困る

読解力の有無は人生を左右する大問題だと新井さんは言う。

「特に危惧しているのは高校に入学する段階で『自分の進路は私立大文系以外に選択肢がない』となってしまう生徒の多さです。その背景にあるのが読解力です。数学や理科のように学年が上がるごとに新しい知識や概念が増えていく教科では、読解力がないことで勉強の遅れが生じやすい。その結果、理数は苦手だからと消去法で文系しか選べないことになってしまうんです」

読めないがために将来の選択肢を狭めてしまうのはもったいない話だが、それだけでなく社会に出て立ち行かなくなる可能性もある。

「今の子が活躍する2030年代には、事務職の50%がAI(人工知能)に代替されることが予想されます。つまり、文系の人が就く事務系の仕事は減り、賃金が安くなることが考えられます。一方、あらゆる分野がテクノロジーと関わることから、多くの仕事に理系のリテラシーが求められるようになるでしょう。その時代に職を失わないためには、文系でも理系の基礎知識を併せ持っていなければならない。プログラミングも関数も何もわかりませんという状態では、15世紀の人がタイムマシンで21世紀にやって来て働くような状況になってしまうのです」

もちろん、実務面でも汎用的読解力がないとメールの意味を読み違えて発注ミスをするといったことが起こりうる。リモートワークが普及するなか、メールをはじめ文章によるコミュニケーションは今後ますます増えることが予想されているため、読解力は不可欠だ。

NHKの朝ドラと大河ドラマを親子で見るといい

では、読解力を磨くために家庭ではどんなことをすればいいのか。

新井さんがまずすすめるのは、親が子供の教科書を読んでみることだ。

「親御さんは教科書ぐらいと思っているかもしれませんが、実はとても高度なことが書かれています。算数や理科でいえば、歴史上に名を残す天才たちが400年もの間に発見・発明したことが詰まっているわけですから。一語一句、読み解かなければならないことが実感できると思います」

教科書を読めば自分が子供のときにどこでつまずいたかを振り返ることもできる。子供も同じところでつまずきやすいので、その部分の読解を親子でやり直すのもいいだろう。

「テストが戻ってきたときには、点数にばかり注目せず、答え合わせを学ぶ機会だとプラスに受け止めましょう。×がついた問題を自力で解き直せるようならばうっかりミス。そうでない問題は、内容が定着していないか、問題を読む力や考えをまとめる力が不足しているはずです。答えを読んでなぜ自分は間違えたのかを考えたうえで、解き直させましょう。答えの丸写し、丸暗記では、学ぶ力はつきません。でも、自力で答え合わせをする習慣がつけば安心です」

日常生活の工夫や心がけでも、読解力を磨くことはできる。特に語彙量は家庭環境によるところが大きく、小学校入学時点で3〜4倍の差がつくこともあるそうだ。

「一番におすすめしたいのは、時代劇と朝の連続テレビ小説と大河ドラマを親子で見ることです。大事なのは親が本気でハマること。すると子供も興味を持ちます。こういうドラマは日常では聞かない言葉や言い回しが溢れ、自然と語彙が増える。幕府、内戦、寺子屋といった単語も実感しながら覚えられますし、歴史観も身につきます」

そのほか、新井さんから挙がった日常生活の工夫や心がけが、次ページの一覧だ。どれも今日からできそうだ。

新井教授推奨「家でできる子供の読解力をアップする方法」

1)NHKの大河ドラマ、連続テレビ小説などを楽しむ

時代設定が現代ではないので語彙や知識が増える。

2)ラジオでニュースを聴く

テレビのように視覚情報が入らない分、言葉や数字に敏感になる。「耳が鋭くなるので授業の聴き方も変わってくるでしょう」

3)おねだりはプレゼンの場に

親子の会話で説明させるのもいい。新井さんは子供が何か買ってほしいと言ってきたら、納得できる理由を言うまで買い与えなかったそうだ。「『なぜ買わないといけないの?』『みんな持っているという“みんな”とは誰?』のようにプレゼンさせていました」

4)日常会話は単語で済ませない

新井さんは子供が「コップ!」と言ってきたら、「牛乳を飲みたいからコップを取ってください」と文章で言うまで渡さないほど徹底していたそうだ。

[国立情報学研究所教授 一般社団法人教育のための科学研究所代表理事・所長 新井 紀子 文=上島 寿子]

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薬物中毒者に殺人犯…周庭さんが収監された「大欖女子懲教所」のヤバい実態

2021年1月21日 08:00

「寒い冬」を迎えた香港

クリスマスから年末年始にかけ、日本を含む各国が新型コロナウイルス対策に追われるさなか、香港では「さらなる民主派への締め付け」が着々と進められている。

年末には日本への支持を日本語で求め続けている周庭(アグネス・チョウ、24)氏が、凶悪犯が入る刑務所に移送されたと報じられたが、新年を迎えて今度は50人を超える民主派の活動家らが逮捕されるというニュースも飛び込んできた。

香港で「国家安全維持法(国安法)」が施行されてから半年余りが経った。民主派にとって文字通り「寒い冬」を迎えた格好となっている。

活動家や前議員53人らが一斉逮捕

民主派活動家として広く知られる周氏らに対する実刑判決が出たことで、「香港の自由」を訴えたい人々にとっては、過去最悪の失望感に打ちひしがれた年末となったことだろう。

新年を迎えて間もない1月6日、治安当局は香港特区政府を「転覆しようとした」容疑として、民主活動家や前立法議会議員など計53人が相次ぎ逮捕された。国安法の施行後、最大規模の取り締まりとなった。

当局は何を指して「転覆」と言っているのだろうか。民主派は昨年9月に実施予定だった立法会選挙で、「候補者共倒れ」を防ぐため、自主的に「予備選」を実施した。当局はこの行動を「無許可で行われた国家転覆につながる行為」と定義付け、それに関わった民主活動家を今回、逮捕に踏み切った格好だ。

その後当局は1人を残し、52人を保釈している。

周氏が収監された「大欖女子懲教所」とは

一方、周庭氏はこの新年を、香港・新界(ニュー・テリトリーズ)地区西部にある大欖女子懲教所と呼ばれる刑務所で迎えた。

ここは、殺人犯や麻薬取引を繰り返すなど重大犯罪で実刑を受けた女性成年受刑者が収監される場所だという。しかし、メディアや動画などを通じて知る彼女のひととなりと重大犯罪という言葉は今ひとつ結びつかない。なぜこんな場所で新年を迎えることになったのか。

周氏は昨年12月2日、禁錮10カ月の実刑判決を受けた。罪状は2019年6月に起きた警察本部を取り巻くデモを扇動したためだ。中国の国安法施行(6月30日)よりも前に起きたため、国安法の適用は免れたが、事件から1年半余り経った昨年暮れになってようやく判決が出た格好となっている。

なお周氏は、今回判決を受けた罪状とは別に、国安法違反の「外国勢力と結託し、分離独立を扇動した」罪でも訴追されている。

15歳から8年以上にわたって、民主化運動に身を投じている周氏が実刑を受けるのはこれが初めてだ。初犯で、かつ判決から1カ月以内に凶悪犯と共に収監されている状況はいかにも不自然だ。

「応援してほしい」動画公開の直後に移送

調べてみると、周氏は収監当初、中国国境に近い羅湖懲教所に送られ、そこで他の女性囚らと相部屋で過ごしていたことが分かっている。周氏とともに政治団体「香港衆志(デモシスト)」の元メンバーで区議員も務める袁嘉蔚(ティファニー・ユン、27)氏は、収監中の周氏と面会。生活用品や彼女が読みたがっている書籍などを届けていた様子が動画で公開されている。

日本語の字幕もつけられているこの動画には周氏本人の姿は映っていないものの、彼女から袁氏が聞き取った収監中の様子が垣間見えるほか、日本の支援者に対して「応援の手紙を送ってほしい」と訴えている。

周氏が大欖女子懲教所に移送されたのは、この直後だ。親民主派のりんご日報が伝えたところによると、「動画公開から2日目に大欖への移送の知らせが伝わってきた」という。同紙記者が香港の矯正機関である懲教署に問い合わせたところ「個別の案件については回答できない」とコメントを拒否。「犯罪の程度や治安に与えるリスクなどの度合いで収監期間は異なる」とごく一般的な回答しか得られなかったとしている。

看守から殴られることも

ではこの刑務所での日々の様子はどんなものなのだろうか。手を尽くして探したところ、麻薬の常習犯として大欖女子懲教所に長年収容された女性のインタビューが見つかった。

非営利メディアの香港フリープレス(HKFP)によると、6時15分に起床し、独房内で受刑者と一斉に合唱。その後、作業場に行って看守らが着る服装の縫製や、病院向けリネン類の針仕事などに当たる。あるいは、公立図書館に納める資料を綴じる作業などをこなす。

この女性によると、「受刑者同士の喧嘩が絶えなかった」上、看守から殴られることも多かったと当時の様子を語っている。ただ、独房にずっと閉じ込められているわけでもなさそうだ。

香港は日本より南にあり、暖かい場所と思われがちだが、冬は意外と寒い。雪は降らないものの四季がある。寒波が厳しい年には、ホームレスの間で凍死者が出たこともある。

それに加えて、大欖女子懲教所は背後に山を控え、海風が吹きつけるという厳しい環境にある。おそらく独房内はかなり寒いことだろう。

なお、香港での「全受刑者に対する女性が占める割合」は、他の国・地域に比べ、著しく高いという統計もある。一般的に受刑者の男女比は、女性が数パーセントにとどまる(日本は8%)が、香港では20%にも達し、世界でトップの水準とされる。

民主派活動家は“A級犯”扱いか

禁錮刑を言い渡された周氏がこうした刑務作業を行うかは不明だが、「国安法違反」で有罪判決を受けた人間が今後、大欖女子懲教所のような「カテゴリーA」レベルの受刑者が集まる刑務所に収監される可能性はある。2014年に起きた民主化運動「オキュパイ・セントラル(占領中環)」に関与したとして8カ月間の禁錮刑を受けた邵家臻(シウ・カーチュン)前立法会議員はこの状況を「極めて異例」といぶかる。

ちなみに「カテゴリーA」と認定された受刑者は、2019年は128人が入所。うち、86%は麻薬関係の犯罪、残りの14%は殺人や強姦といった凶悪犯だという。また同年末時点で、収監中のカテゴリーAの受刑者は552人いる(自由アジア放送(RFA)の発表)。

周氏と同じ罪状で12月2日に判決が言い渡された民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン、24)氏も現在、カテゴリーAレベルの刑務所に収監されているという。

民主派運動の活動家に対するこうした厳しい対応は当然のことながら、諸外国の不興を買っている。周氏らに対する判決後の声明で、国際人権団体アムネスティー・インターナショナルは判決を批判し、「政府を公然と批判する者に、次はお前かもしれないと警告」したに等しいと述べた。

また、米ポンペオ国務長官は「政治的迫害」と批判。その上で「反対意見を沈黙させるために法廷を利用するのは、権威主義体制の特質だ」と指弾している。

気に入らない勢力を片っ端から捕まえている

民主派運動の急先鋒だったメンバーが収監されたことで、香港では例年数十万人が参加する正月恒例の民主派デモがほぼ皆無となった。これについて林鄭月娥行政長官は元日、フェイスブックの動画を通じて「国安法の施行で、香港は平穏になった。以前のような暴力沙汰がなくなった」と満足感を示した。そして、その数日後に50人を超える民主派前議員らの一斉逮捕に踏み切った。

事態はもはや、「国安法」を盾に次々と気に入らない勢力を片っ端から捕まえるというレベルにエスカレートしている。9日には、米国、英国、カナダそしてオーストラリアの4カ国外相が53人の一斉逮捕に対して「深刻な懸念」を表明する共同声明を出した。しかし、実効性があるとは思えない現状が嘆かわしい。

香港は今年、どんなつらい未来が待っているのだろうか?

[ジャーナリスト さかい もとみ]

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三浦瑠麗「キャンセル・カルチャーはなぜ危険なのか」

2021年1月21日 08:00

「異端審問」の構造とほぼ同じ

キャンセル・カルチャーという言葉には様々な定義があるが、要は1つの発言や物の見方、つまり表現や意見などを理由にボイコットをしようとするものだ。

最近では、ナイキやDHCに対してキャンセル運動が発動された。

といっても、DHCの会長が排外主義的な意見の持ち主であることは有名で、活動した人がその商品を買っていたとは考えにくい。ボイコットは単に物を買うのをやめることだけではなく、発言を撤回に追い込んだり、公的空間から排除することを目的にしている。

現代ではSNSのハッシュタグ#が人々をつなげ、1つの標語でもって圧力を形成することができるため、努力せずにキャンセル運動に参加できるようになっている。そして、仮にごく少数の人しか参加していない場合でも、それが向けられる企業や個人には大きな圧力として感じられる。

キャンセル・カルチャーは「異端審問」の構造とほぼ同じであり、それが砂粒のような個人の集合体によって行われているために、暴力性がぼやかされている。

新教と旧教の対立の頃から、人間がやっていることは大して変わらない。

人権運動だから、環境保護だから、100%正しい目的のためにやっているのだから、という理屈を唱える人はいるだろう。実はこの考え方が一番危険だ。

人間社会には100%潔白で公明正大な人などというものは存在しないにもかかわらず、自分の側が正義だと思えば、自分の醜さや悪意に気づかずに、あるいはそれに向き合うことなく、相手に人差し指を突きつけることができるからだ。この快感はやめられない刺激を生む。

差異化を放棄することは知性を放棄すること

圧力をかけて対象となる会社や個人を貶めることに続く運動の目的は、相手に何らかのことを無理やり「表明させる」ことだ。これは文化大革命のときの「自己批判」の手法と同じだが、そこにおいて、人間が積み上げてきた文明や叡智は消し飛んでしまう。なぜか。

物事をすべて、白か黒か、正統か異端かに分けてしまえば、その他の存在は消え、差異化する努力や知的営みには何の意味もなくなってしまうからだ。

そして、差異化こそが知性に必要なものであり、目指すところでもある。差異化を放棄することは、知性を放棄することにほかならない。

いつの時代も、そうした運動はなくならないだろうから、別になくせ、と言っているわけでもない。単に、キャンセル・カルチャーが繰り広げる「運動」に、知的な価値は見いだせないというだけである。

表現の自由とは、すべての表現が尊ばれるということではない。

どこかに美しい蓮の花が咲くことを期待しながら、場を確保しておこうということにすぎないのだ。

[国際政治学者 三浦 瑠麗]

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cat_373772_issue_7y94fgmg3xo8 oa-president_7y94fgmg3xo8_ot6cjhxn6ep5_テスラやアップルのEVに、トヨタのハイブリッドはいつまで対抗できるか ot6cjhxn6ep5 ot6cjhxn6ep5 テスラやアップルのEVに、トヨタのハイブリッドはいつまで対抗できるか oa-president 0

テスラやアップルのEVに、トヨタのハイブリッドはいつまで対抗できるか

2021年1月21日 08:00

「アップルが韓国・現代と電気自動車で提携」に色めき立つ日本勢

「米アップルがいよいよ乗り込んできたか」――。年が明け、米国のアップルが韓国・現代自動車と電気自動車(EV)で提携するとの報道を受けて、日本国内の自動車メーカーの幹部は異口同音にこう漏らす。

米アップルは既存の自動車メーカーの車両を使い、自動運転の実証実験をカリフォルニア州などで数年前から実施している。ただ、どういう形で自動車産業に参入してくるのかは、日本勢にはよくわからなかった。

しかし、現代自動車が1月8日に出した声明でアップルと交渉しているのを認めたことで一気にトヨタ自動車やホンダなど国内の自動車メーカーは色めき立った。「資金力とブランド力を備えるアップルのEV進出が実現すれば、既存の自動車業界の勢力図は一気に入れ替わる」(大手証券アナリスト)からだ。

年明け前後に韓国メディアが「アップルが2027年の自社ブランドEVの発売に向け、車両や車載電池の生産などで現代自動車グループと協業する交渉を進めている」と報道し始めると、現代自動車は「アップルは現代自動車をはじめとする世界のさまざまな自動車メーカーと協議中であると理解している」とのコメントを発表した。

アップルが進める「個人の好みに合ったクルマ」の開発

アップルはかねてモビリティー分野への進出に意欲があるとみられてきた。同社内では、約5000人が自動運転技術の開発に携わっている。2017年ごろから本社のあるカリフォルニア州内で公道走行試験を始め、2019年には米スタンフォード大学発の自動運転スタートアップも買収した。

アップルはiPhoneなどの開発を通じて半導体やセンサー、電池、人工知能(AI)などの技術を蓄積している。これらハードの技術にiPhoneやパソコンの「iMac(アイマック)」などから得られる個人データを融合して「個人の好みに合ったクルマ」の開発を進めている。

例えば、個人の運転履歴に合うエンジンやブレーキ、サスペンションなどの調整といった車両の制御のほかに、社内の空調や流れる音楽、到着地に向かう沿道での店舗情報の提供などもドライバーによって変えることもできるという。「いろいろなアプリをスマホの中に取り込んで自分仕様のスマホを作っていくのと同じように、自分仕様のクルマがアップルによってできる」(アップル関係者)。まさに「走るスマホ」の誕生を目指す。

テスラは11日間でトヨタの時価総額分の株価が上昇

こうした動きはすでに予言されていた。現在、その先頭を走るのが米テスラだ。

現代自動車がアップルとの提携交渉をしていると認めた同じ1月8日の米株式市場。EVのテスラの株価が初めて11日連続で上昇した。

8日のテスラ株の終値は前日比8%高の880ドル02セント。2010年の上場来初の11連騰で、史上最高値も塗り替えた。この11日間だけで24兆円強も増え、時価総額は86兆円を超えた。日本で最も多いトヨタの時価総額(約26兆円)に相当する金額分、評価が上がったことになる。

「1日の株価の上昇でトヨタが買収できてしまう」(大手証券アナリスト)規模だ。

テスラは2020年に合計3回増資し、1兆円以上の資金を調達した。増資をしても株価は崩れるどころか急騰を続けており、成長投資の原資を容易に集められる。

米ブルームバーグ通信によるとテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の資産も、保有するテスラ株の急騰で21兆円近くに膨らみ、「マスク氏のポケットマネーでトヨタ株の過半を買えてしまう」(同)というほどに期待を集めているのだ。

イーロン・マスク氏の本音は「トヨタなど眼中にない」か

トヨタと米ゼネラル・モーターズ(GM)の合弁工場を譲り受ける形でテスラがEVの生産を開始したのは2008年のリーマンショックの直後だ。リーマンショックでGMが経営破綻し、GMがトヨタとの合弁工場から離脱した後に入ってきたのがテスラだ。

その際、トヨタもテスラと提携、共同でEVの開発を進めたが、「充電スタンドなどが未整備の中でEVは時期尚早としてエンジン車やハイブリッド車(HV)にこだわった」(テスラ幹部)として、提携を解消した。

当時、トヨタは「テスラは所詮、車作りの門外漢だ。まともな車を作れない」と、相次ぐ生産トラブルや車両の不良に遭遇していたテスラを皮肉った。しかし、それから10数年たった今、マスク氏は民間で初めて宇宙船「スペースX」の有人飛行に成功するなど、「ものづくり」の分野でトヨタをあっという間に抜き去った。マスク氏にすれば「トヨタなど眼中にない」というのが本音だろう。

ハイブリッド車にこだわれば、日本市場はガラパゴス化する

一方のトヨタはどうか。

菅義偉首相が政権発足後に打ち出した「カーボンニュートラル(脱炭素)」戦略。温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにするという方針が打ち出される中、自動車分野でも、2030年代半ばにはガソリン車の新車販売を禁止するとの原案が浮上していた。

当然、国内新車販売市場の約半分のシェアを占めるトヨタは即座に反応した。「販売が禁止されるガソリン車の中にHV車は除外するようにしろ」との指令が豊田章男社長から飛んだ。

トヨタ幹部は所管する経済産業省や自民党に日参した。その結果、なんとかHV車は対象外となった。だが、それで安心してはいられない。

大手証券アナリストは、「HV大国の日本でトヨタが“既得権益”を維持しようとすればするほど、日本市場はガラパゴス化する」と指摘する。

かつてスマホでNTTの「iモード」がたどった道だ。

トヨタにとっても、一気にEV化が進めばエンジンやトランスミッション(変速機)の開発や生産に携わる社員や下請けメーカーの雇用に関わってくる。

有線通信時代の「交換機」にこだわって出遅れたNTTの教訓

かつてNTTはインターネットが日本に入ってきた際に今のトヨタと同様の悩みを抱えていた。当時、通信は有線の時代で、NTTは光ファイバーの全国への敷設を経営の最優先課題においていた。しかし、今のスマホに象徴される無線による通信がインターネットの到来で普及するにつれ、有線時代の「交換機」が不要になってきた。

交換機の開発・生産にはNTTグループ以外にもNECや富士通、沖電気(現OKI)といった「旧電電ファミリー」が関わっている。当時、NTTには「ネットの普及で交換機をサーバーやルーターに置き換えたら、交換機生産に関わっている数十万人の雇用が吹き飛んでしまう」(NTT幹部)との懸念があった。

NTTが光ファイバーの敷設にこだわる中、間隙を突いたのがソフトバンクだ。

駅前で「ヤフーBB」のモデムを無料で配布、会員同士の通話も無料にした。固定料金も初めて導入、顧客を抱え込んでいった。その後、ソフトバンク創業者の孫正義氏と個人的につながりのあるアップルのスティーブ・ジョブズ氏(故人)を通じて、iPhoneの日本での独占販売にこぎ着けた。

日本のネット社会の普及を見越したソフトバンクの怒とうの攻勢の前に身動きのとれないNTTは劣勢に立ち、今や国内スマホ市場でも収益力ではソフトバンクやKDDIに劣後する。

日本電産の永守重信氏「車の価格は近い将来、5分の1になる」

トヨタもNTTと同じ運命をたどるのか。

トヨタは2016年1月、シリコンバレーにAI技術の研究開発拠点となる新会社「トヨタ・リサーチインスティチュート(TOYOTA RESEARCH INSTITUTE=TRI)」を設立した。そこにCEOとして米国防総省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)のトップだったロボット開発の第一人者、ギル・プラット氏を招聘し、自動運転の開発を進めている。

しかし、「車にスマホの技術を乗せようとするトヨタと、スマホの延長線上で車を作るGAFAには根本的な違いがある」(アップル関係者)という。GAFAが重視するのは、顧客に提供するアプリや提供できるサービスだ。

車両、車体はスマホでいう「ケース」にすぎない。開発費や高度な技術が必要なエンジンや変速機がバッテリー(電池)やモーターに代われば、この「ケース」の費用も一気に減る。

車載用モーター分野の進出を急ぐ日本電産の永守重信氏が「車の価格は近い将来、5分の1になる」というのも、エンジンを積むガソリン車からモーター搭載のEVが主流になる中で「自然の流れ」となる。

「トヨタもGAFAの下請けメーカーになる日も近いかもしれない」

トヨタもソフトバンクと組むなど、アプリ開発に力を入れるが、いまだ具体的な成果は出ていない。その間にも米アマゾン・ドット・コムは配送用のEVを開発し、製造は既存のメーカーに委託してすでに米国内で活用している。

車両開発の主体はGAFAなどネット企業にすでに移りつつある。「いずれ、トヨタもGAFAの下請けメーカーになる日も近いかもしれない」(前出のアップル関係者)

欧米ではガソリン車の販売が禁止されるほか、二酸化炭素を出す化石燃料を使って作った火力発電所から調達した電力で生産した部品を搭載した車両の輸入を認めないという動きも出てきた。

エンジンを併用するHVはEVが普及すれば価格面で対抗するのは難しくなる。トヨタが時間稼ぎでHVを維持する間に、世界はものすごい勢いでEV化の方向に突き進んでいる。国内でもソニーがEVの試作車を昨年披露した。参入への垣根が格段に低くなった自動車産業。日本の残された基幹産業がトヨタの「牛歩」のために、GAFAに席巻されるのか。変革に向けたトヨタ=豊田章男社長の覚悟が求められている。

[経済ジャーナリスト 矢吹 丈二]

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