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競技を変えてでも五輪に。オムニアム梶原悠未、笑顔の裏にあった"涙の決断"

2018年11月13日 10:35 LINE NEWS編集部

楕円(だえん)形に敷かれた周長250メートルの走路を、
次々と自転車が駆け抜けていく。

10月17日、静岡県伊豆市にある自転車トラック競技施設「伊豆ベロドローム」。

この日行われていた代表合宿には、オムニアムで日本女子トラック史上初のワールドカップ(W杯)金メダルを獲得した、梶原悠未の姿があった。


小柄な体格でマシンを自在に操り、鍛え上げられた脚でペダルをこげば、場内にはタイヤの摩擦音が響いた。

午前の練習が終わると、梶原は人懐っこい笑顔をこちらに向けた。

「コーチからめっちゃ怒られちゃいました」

苦笑いしながら話す姿は、至って普通の大学生といった雰囲気だ。


しかし、一度自転車にまたがれば、その表情は一変する。

「自転車に乗ると、トレーニングモードになっちゃうんですよね」

とにかく練習が好きだった。

「ゆっくり走ろうと思ってもついスピードが出ちゃう。気づいたら山登ってることもあります(笑い)」


最近はオンとオフの切り替えの重要性に気づいたというが、それまでは、レースの前日まで自分を追い込んだ。

30キロ程度のレースでは「足りない」ほどだったという。

自転車の話をすると、目をキラキラと輝かせた。



「オムニアム」は、距離やポイント獲得条件などが異なる4種類のレースを走り、合計ポイントで勝敗を競う自転車競技。

梶原選手の母・有里さん提供動画


その魅力について、梶原は「奥深さです」と語った。

相手選手のリサーチや、作戦を立ててイメージトレーニングをすることが好きだという。レース中も頭を使って考えることで、ミスを挽回できることもある。

「その駆け引きが楽しいです」

毎回違うレース展開の中で、頭は常にフル回転させている。高度な心理戦が繰り広げられる点においては、"頭脳の競技"と言えるかもしれない。

自転車を始めてわずか6年。
目標とする五輪は目の前に迫っていた。


順風満帆に見えるアスリート人生だが、実は、梶原には別の競技で五輪を目指していた過去がある。

そこで味わった大きな挫折が、自転車との出会いにつながったという。



小学生時代の梶原は、水泳・ピアノ・習字・書き方・学習塾と5つの習い事に励んでいた。

学業ではほとんどの教科で評価は「5」。

自身の当時の性格については「目立ちたがり屋で負けず嫌いでした」と、はにかみながら振り返った。

中でも熱心に取り組んだのが、幼い頃から習っていたという水泳だった。

保育園の年長で4種目を泳ぐことができたといい、この頃から運動能力の高さは折り紙付きだった。

"先の目標"を作ってあげないといけない、という母・有里さんの考えもあり、小学校2年生からはスクールの選手コースへと進んだ。

本気で水泳に取り組み始めた。

この頃からすでに「五輪」という大きな目標が、親子の頭に浮かんでいた。

しかし、中学3年生の時、梶原の人生を大きく変えてしまう出来事が起きる。



車の中で流した涙


参加標準タイムを出せば、全国大会への出場が決まる県大会。普段通りの結果なら、決して届かない記録ではなかった。

その日は、何かが違った。

わずかにタイムが及ばず、つかみかけたはずの全国への切符は、目前でこぼれ落ちていった。

当時の様子を、有里さんは目を潤ませながら思い出す。

「帰りの車中で悠未に言ったんです。これがターニングポイントかもしれないよって」

2人は車の中で大泣きした。

一番近くで見守ってきた有里さんは、娘の努力が無駄になるのは絶対に嫌だった。

大好きな水泳は続けてもいい。ただ、これまでの経験がつながる"別の道"も探そう。

2人はその場で決意した。



「それで五輪には行けないよ」


水泳に全てをささげてきた梶原にとって、もう一度"新しいスタート"を切ることは簡単ではなかった。

行きたい高校が見つからない。

アスリートになるという夢を諦めきれず、わらにもすがる思いで受けたボートレーサーの試験もうまくいかなかった。

11月、高校を決める時期が迫ったある日。

説明会で訪れた筑波大学附属坂戸高等学校の校門をくぐった瞬間、彼女は母に言った。

「わたし、ここに行きたい」

すぐに2人は"準備"を始めた。

説明会でもらったパンフレットを開きながら、部活紹介のページに目をやった。

最初に梶原の頭にあったのは陸上部だったが、有里さんは頭を縦には振らなかった。

「それで五輪には行けないよ」とハッキリ告げた。

体ひとつで戦う限界を味わった梶原に、また同じ苦しみを味わわせたくなかった。

そうして彼女が選んだのは、自転車競技部だった。

梶原の新たな人生が始まった。



右も左も分からない自転車競技。
最初は転倒の連続だった。

初めて出た高校1年生夏のインターハイでも落車。体中血だらけになった。

落車に対する恐怖は、頭から離れてくれない。

「もう辞めたい」と泣きながらこぼす様子を見ていた有里さんも、「本人が辞めるって言うなら」と覚悟を決めていたという。

しかし梶原は、転んでも、転んでも、また自転車に乗っていた。恐怖心よりも「悔しい」という気持ちが勝っていた。

「落車したままで終わりたくない」

練習も自主的にどんどん厳しく追い込んでいった。5秒、6秒とベストタイムが大きく縮まっていく。

「自分を大きく超えていけるという感覚が楽しかったです」

努力が目に見えて成果につながる喜びを感じていた。

持ち前の運動神経と負けず嫌いの精神で、飛躍的な成長を遂げると、高校1年生が終わる3月の高校選抜大会で3冠を達成。

ジュニアアジア自転車選手権日本代表に選ばれるまでに、急速にステップアップしていった。

大学進学時には、数々の強豪校から声が掛かった。

それでも梶原は自らの意志で、自転車競技部のない筑波大学を選択した。

「誰かに与えられたものではなく、自分に合う環境を自分で作って競技に取り組んでいきたかったんです」

最初は当然不安もあったというが、筑波大学での学びが競技にも生かされているという。

同期のパラカヌー・瀬立モニカ、同じ研究室の先輩でもあるサッカーの猶本光ら、他競技の選手からも大きな刺激を受けている。




W杯の金メダルはスタートライン


そして、2017年12月。
梶原はカナダ・ミルトンで行われたW杯で偉業を成し遂げる。

4種目すべてで1位を獲得する、"完全優勝"だった。

オムニアムで日本勢初となる金メダル。
ゴールの瞬間は両手を天に突き上げた。

「すごくうれしかったです。でも…」

梶原は少し間を置いて、その時の複雑な心境を説明する。

「あくまでもスタートラインに立ったという感覚でした」

梶原にとっては、日本人初の快挙も通過点に過ぎなかった。五輪への道がハッキリと見えた瞬間だった。



2018年10月28日。
再びカナダ・ミルトンに降り立った梶原は、W杯第2戦に出場。

"憧れの存在"だというリオ五輪金メダリストのローラ・ケニーと初対戦を果たす。

結果はケニーが貫禄の優勝。梶原は7位となった。

それでも試合後は「結果を受け止めて次につなげていきたいと思います」と前を向いた。

彼女が見据えているのは、すでに2020年の東京五輪だ。

東京五輪で金メダルを取るには「今より何段階も成長しないといけない」。

それでも「世界レベルに近づいてきている自信はあります」と力を込めた。

ここまでしっかりと残してきたわだちは、自信へと変わっていた。



東京五輪まで2年を切った。
ペダルをこぐ脚に一層の力がこもる。

梶原はゴールへと向かって風を切って突き進んでいる。

"金色"に輝く、光の方に。


選手プロフィールを見る

【取材・文=和泉達也(LINE NEWS編集部)、撮影=松本洸(LINE NEWS編集部)】

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池江璃花子、日本新で女王破る 短水路W杯100mバタフライ

2018年11月11日 22:26 共同通信

短水路(25メートルプール)で争う競泳のワールドカップ(W杯)東京大会最終日は11日、東京辰巳国際水泳場で行われ、女子100メートルバタフライで池江璃花子(ルネサンス)が55秒31の短水路日本新記録をマークし、2016年リオデジャネイロ五輪金メダルのサラ・ショーストロム(スウェーデン)を破って優勝しました。

前半50メートルはショーストロムが25秒95、池江が26秒01とわずかに先行を許しましたが、最後のターンでリードを奪って振り切りました。レース直後の優勝インタビューでは無邪気にガッツポーズも見せました。

池江は「まさか勝てるとは思わなかった」としながらも、「2年間ベストが出ていなかったので、チャンスがあれば出したいと思っていた。サラ選手は連戦で疲れもあったと思うが、素直にうれしい」と喜びを語りました。

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メガネ先輩ら韓国カー娘が指導者を告発 "言葉の暴力"など

2018年11月9日 12:29 gettyimages

韓国紙の中央日報電子版は9日、平昌五輪カーリング女子で銀メダルを獲得した韓国代表「チーム・キム」が苦境に陥っていることを明かしました。"メガネ先輩"の愛称で話題となったスキップ金恩貞を中心に人気を集めましたが、「指導者との葛藤で辛い時間を過ごしていた」といいます。

同紙によるとチーム・キムは「(指導者は)選手を個人所有物として利用しようとしている気がする。長年のさまざまな状況から、もう監督を信頼していない」と主張。練習を阻止されたことや言葉の暴力、大会で受け取った賞金が精算されなかったことなどを訴えました。メンバー5人は現在、故郷である慶尚北道義城で引き続き選手生活を継続し、問題が解決されるように願っているといいます。

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内村航平「演技できる幸せを感じた」、体操代表が帰国記者会見

2018年11月6日 15:31 KYODO NEWS

体操の世界選手権で計6個のメダルを獲得した日本代表が5日、都内で帰国会見に臨みました。男子団体総合3位で2020年東京五輪出場枠確保に貢献したエース内村航平(リンガーハット)は「昨年は(左足首負傷で)途中棄権に終わったので、世界の舞台で演技できる幸せを感じた」と語りました。

内村は種目別鉄棒では銀メダルを獲得しましたが、出来栄えに対する採点の厳しさを実感し「来年以降の演技構成を考えないといけない」と気を引き締めました。故障を抱える右足首の状態は「歩いていてもまだ痛い」と説明し、今年新設の個人総合スーパーファイナル(23日・高崎アリーナ)は「出ることはできないと思っている」と話しました。

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成田緑夢、走高跳びで東京パラ挑戦を宣言「次の目の前の一歩」

2018年11月5日 18:52 スポニチ

平昌パラリンピックの男子スノーボードで金メダルを獲得した成田緑夢が5日、自身のTwitterを更新。走高跳びで東京パラリンピック出場を目指すことを明らかにしました。

成田は「東京パラリンピック走高飛びで目指す事をここ宣言します!」(原文ママ)と投稿。「走り高飛びも、まだ競技歴は2、3年程で、まだまだ初心者ですが、僕の夢は夏冬のパラリンピック・オリンピックに出場する事!」(原文ママ)とし、「だから次の目の前の一歩は夏のパラリンピック出場と目標と定め頑張ります!」とつづりました。

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スピードスケートの長島圭一郎さんと菊池彩花さんが結婚

2018年11月5日 17:34 デイリースポーツ

スピードスケートのバンクーバー五輪男子500メートル銀メダリストの長島圭一郎さんと、平昌五輪女子団体追い抜き金メダルメンバーの菊池彩花さんが5日、日本スケート連盟を通じて、10月23日に入籍したことを発表しました。

2人は昨季限りで引退し、現在はコーチを務めています。長島さんは「お互い新米のコーチでありまだまだ未熟な私たちですが、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます」とコメント。菊池さんは「この度かねてからお付き合いしておりました、長島圭一郎さんと結婚した事をご報告させていただきます」と喜びをつづりました。

菊池さんは2016年8月、練習中に転倒し、スケートの歯で右足の腱を断裂。五輪出場が危ぶまれた中、支えてくれたのが長島さんだったといいます。菊池さんは「私が選手生命に脅かされる大怪我をした時に一番近くで支えてくれたのは彼でした」とし、「お互いに支えあいながら、これからの人生を共に歩んでいきたいと思います」と結んでいます。

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"野獣"松本薫が涙、東京五輪絶望で引退も示唆 柔道ロンドン金

2018年11月4日 11:44 デイリースポーツ

柔道の講道館杯全日本体重別選手権が4日、19年世界選手権代表第1次選考会を兼ねて千葉ポートアリーナで行われ、女子57キロ級ではロンドン五輪金メダリストの松本薫が1回戦で高野綺海に一本負け。東京五輪への道が絶望的となり、現役引退も示唆しました。

闘志あふれる姿から"野獣"と称された松本。次のステップとしては「選択肢は3つある。2人目(の子供)をつくること、現役を続行すること、引退して次の道に行くこと」と明かしました。所属とも話し合って決めると言い、引退を選ぶ可能性については「フィフティ・フィフティ」と話しました。

銅メダルだった16年リオ五輪後に同じ松本姓の一般男性と結婚。昨年夏ごろに第1子となる女児を出産し、1カ月後には練習を再開しました。「子どもを産んでもできるところを見せたかった。(結果としては)0点だけど」と晴れやかな表情。「私が居続けても柔道が衰退すると思った。若い子たちも自覚を持ってできているので」と話し、一筋の涙を流しました。

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ラグビー日本代表、世界ランキング1位NZ代表に敗れる

2018年11月3日 16:50 スポーツ報知

世界ランキング11位の日本代表は、同1位のニュージーランド(NZ)代表と来秋W杯の開幕戦会場で対戦し、前半善戦も後半突き放されて敗れました。

前半を19-38で折り返した日本代表。後半12分には代表初キャップのウィング、ヘンリー・ジェイミーがトライし、同30分にはセンターのティモシー・ラファエレがこの日自身2本目のトライ。しかし、フォローの選手が次々と湧き出てくるNZ代表の連続攻撃を食い止められず、計10トライを許して31-69で敗れ、実力差を見せつけられました。

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競泳・古賀淳也、ドーピング処分でCASに提訴 資格停止に不服

2018年11月2日 18:15 共同通信

競泳男子で2016年リオデジャネイロ五輪代表の古賀淳也選手(31)=第一三共=が、国際水泳連盟のドーピングパネルが決定した4年間の資格停止処分を不服として、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴しました。代理人の弁護士が2日、明らかにしました。提訴は10月31日付。

古賀選手は3月のドーピング検査で、尿検体から筋肉増強効果のある禁止物質が検出。8月に行われた国際水連の公聴会では意図的な違反でないことなどを主張し、原則4年となる資格停止の軽減を求めましたが、受け入れられませんでした。代理人によると、10月25日に処分を通知する決定書が届きました。

弁護士事務所の書面では、「決定の内容を検討した結果、到底承服できるものではなく、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に不服申し立てを行いました」と説明。「本件の経緯を含め、自身の主張が認められるよう努めてまいります」と結びました。

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東芝、"ラグビーと野球は継続"と発表 リーチは「凄く安心」

2018年11月2日 17:51 共同通信

東芝は2日、ラグビー部の運営について「撤退を検討している事実はありません」とのコメントをホームページ上で発表しました。その上で「ラグビー部と野球部の活動を今後も継続していきます」と説明しました。

ラグビーは2019年にW杯日本大会を控えるほか、東芝の岡村正名誉顧問が日本ラグビー協会会長を務めています。このため、東芝は野球も含めて19年度までは継続する方針です。20年度以降は、経営環境を見て運営権の譲渡も視野に判断します。

2日、ラグビー日本代表主将を務める東芝所属のリーチ・マイケルは、3日のニュージーランド戦に向けた練習後の取材で「今日ウェブサイト見て、凄く安心しました。これから明日の試合に向けて、準備したいと思います」とコメントしました。

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