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「東京じゃなきゃ引退していた」開幕まで2年、内村航平が五輪にはせる夢

2018年7月24日 11:00 LINE NEWS編集部

 
11日、体操日本代表の練習公開日。
約100人の報道陣が詰め掛ける中、選手たちはいそいそと練習を始める。

それを横目に、椅子に腰掛けて動かない選手がひとり。

五輪で個人総合2連覇、世界選手権で同6連覇。
内村航平、その人だった。

他の選手が練習をする様子を、じっと眺めている。

40分たっても、練習を始める様子がない。

公開開始から42分。
ようやく炭酸マグネシウムの粉を手に取った。

あん馬に手をかけ、ゆっくりと身体を旋回させる。
1回、2回、3回。そこで回転をやめ、着地をする。

3分おきに、それを3回繰り返した。
そして、最初にいた位置に戻り、再び腰を下ろす。

この日、2時間の公開練習の中で、内村が練習と呼べるような動きをしたのは、これだけだった。


試合と同じ演技を、毎日繰り返す


言うまでもなく、体操の演技はひとつひとつの技に危険が伴う。
着地時などには、身体に大きな負荷もかかる。

野球、サッカーなど他の競技と比べると、反復練習がしにくい。
そういう見方が、一般的ではある。

この日、内村が練習をほとんどしなかったのも、こうした理由だろうか。
しかし、関係者は「器具を触る量、つまり演技の練習量において、内村は他の追随を許さない」と断言する。

本人は「反復練習のやり方が、他の競技とは違うかもしれません」と説明する。

「同じ動きを、長時間繰り返しやるというのはないですね。試合では、絶対に1日6種目やらないといけないんですよ」

「そこでやり遂げる体力、集中力をつけないといけないし、安定感も出していかないといけないので、ひとつも外せない」

公開練習で動けないほど、内村が疲弊していた理由は、ここにある。

「基本は、練習でも試合と同じ演技を6種目やる。毎日繰り返す。体力的にもしんどい。過酷です」

「合宿は2日前から始まってますけど、その2日間の疲労がすごくて動けない。なので今日動かなかったのは、特別です」


勝てるのは分かる。でも…


「体操は、どんな競技よりも日ごろの努力の積み重ねが結果につながりやすい競技だと思うんです」

体操は使用する技の難易度で、自分が取れる最高点が決まる。

そのため、無名の選手が最高の演技をできたからといって、急に五輪でメダルを取るようなことはあり得ない。

日ごろからの努力で、いかに試合での演技に、高難易度の技を高い完成度で組み込めるか。そこに尽きる。

だからこそリオ五輪でも、有識者であれば事前に「高い確率で内村が勝つ」と断言できた。
しかし「普通にやれば勝てる」は、重圧につながる側面もある。

「確かに、勝てるのは分かるんですよ。分かるんですけど、実際にやっているときは、消すんですよ、それを」

「自分は別に、ここに金メダルを取りにきたわけじゃないと。演技の中で『これが決まれば勝てる』とかいう欲を出すと負ける」

欲を出さない、は言うほど簡単ではない。
だが、準備次第でそれは可能だと、内村は断言する。

「僕は最初に金を取ったときから、そういう境地に入れた。それは、練習の時からそういうふうにやってきたからだと思います」

「練習から『勝負はここで決まる』とか思ってたら、試合でも出ちゃうんですよ、やっぱり。特別な感情が」

小さくうなずくと、ひときわ語気を強めて言う。

「つまり、コンスタントにやっていった選手が、一番強い」


技の構造は、見れば分かるんです


誰よりもコンスタントにやれる。
そんな強みとともに、内村を「世界王者」たらしめる資質が、もうひとつある。

「ある時、ふと気付きました。自分は他人とは違う。他の選手と話をした時に、どうにも分かってもらえなくて、それで分かったんです」

それは「技をイメージする力」だ。

体操選手は自分の最高点を上げるために、より高難易度の新技に取り組まなければならない。

その際に手はこう、足はこうと、身体の各部位の動かし方から取り掛かる選手も多いが、内村は違う。

「僕はいきなりやってみます。基本的に、パッと見れば分かるんで。技の構造というか、どうやっているのかというのが」

信じられないようなことを、あっさりと言う。

「自分がやったら、周りの景色がどう見えるかもイメージできる。なので、そう見えるように身体を動かす。それだけです」

「イメージできるのは、自分の視点だけじゃないです。自分がその技をやった時の、外からの見た目もイメージできます」

かつて、サッカーの中村俊輔が「乗用車の縦列駐車なんて、上から見れば簡単」と言い放ち、周囲を絶句させたことがあった。

地上にいながら、頭の中でピッチを俯瞰(ふかん)して、パスの出し先を見つける。それが優れた司令塔の資質だ。

そのエピソードを聞くと内村は「あ、同じかもしれませんね」と深くうなずく。

「僕も主観だけじゃなく、俯瞰もできます。あっちから、こっちからと、全ての方向からの見た目をイメージできる」

単に高難易度の技をこなすだけでない。
内村は、技の「美しさ」も世界一という評価を受けてきた。

それは、自分の演技を俯瞰する力があるからこそだ。

そして技の美しさ、完成度も、得点には反映される。
イメージする力は、あらゆる角度から内村の強さを支えている。


東京じゃなきゃ、引退していた


新技が一定の完成を見たら、それを組み込み、再び6種目全部の演技をなぞっていく練習を再開する。

淡々と。コンスタントに。
それが勝ちにつながる道と分かっていても、変化に乏しい日々の中で、モチベーションを保つのは難しい。

ましてや、すでに五輪の金メダルを3つも持っている。
それでも、燃え尽きずに競技を続けるのは、やはり自国開催の五輪が待っているからだ。

「次が東京じゃなきゃ、引退しようと思ってたんで」

「東京五輪を目指せる自分がいるんだったら、今やめたらもったいないだろうというのがありました」

表情も動かさず、静かに言う。
それでも、言葉に込められた重みは、しっかりと伝わってくる。

「前回の東京五輪が1964年。自国開催なんて、生きている間に一度あるかないか。人生懸けてでもやらないといけないと思った」

「絶対に出ないといけない。そこしかないですね。モチベーションはそれでしか保てない。今は」


「東京」にはせる夢


自国開催に、特別な思いを寄せる。
一競技者としてだけではなく、体操を愛するものとしても。

「普及させるっていう部分では、すごくチャンスですね。というか、そこしかないだろうってくらいの、大きいところ」

「子どもたちも見に来てくれる。それをきっかけに体操に興味を持ってもらいたい。あらゆるマイナー競技がそうだと思うけど」

「1964年の東京五輪で体操は金メダルを取って、競技が人気になって、体操黄金時代を迎えた。そういうものだと思います」

自国開催を体操の普及につなげるために。
本気で考える内村は「ボトルネック」の存在に頭を悩ませている。

「誰でもできる体操競技があればいいんですけどね。僕らトップレベルと、小さい子がやれることが、あまりにも違いすぎる」

「とっかかりのところは誰でもできる。でもそこからちょっと上になると、非現実的すぎて、手が出せない技ばかりになる」

あらゆる技を形にしてきた内村に立ちはだかる、意外な壁。

「みんな想像しづらいはずです。どういう過程で僕らのようになれるのか。なので、中間くらいのものがあればいいのかなと」

「でも、その中間に当たるものがどんなものなのか、僕らにも分からないんですよね。だからいまだに、それがないんだと思う」

答えは容易には出ないと分かっている。
でも、体操を「変える」ならそこしかない。だから、こだわる。

「そこが見つかれば、もっと広まるはず。結果を出して注目してもらうことと、『中間』を考えることは、普及の両輪かなと」

「技が決まる喜び、味わってほしいんですよね。それがきっかけで、体操に限らずいろんな道で頑張れる子になる。それが理想」


内村にとって「プロ」とは


体操の普及は、体操競技の底上げのためだけではない。
体操を、人を育てる場にもしたい。

そう考えるようになったのは、プロ転向がきっかけだと言う。

「いつも考えるんですよ。プロって何なんだろうって。おそらく、その道じゃない人にも影響を与えられる存在なのかなと」

「僕が体操界で影響力があるのは当然。プラス、他の競技の選手とか、会社員の方とかにも何かを伝えられる存在でありたい」

「ひとつの道を極めることで、他の世界の人にも『すごいな』と思ってもらえるのがプロなんだと思います」

「アスリートの思考はいろいろなことに通じると思うんです。受験勉強。ビジネス。生きていく勇気を持てない人とかにも、アプローチできる部分があるのかなと」

そうしたことを、アスリートとしての「使命」として考えるようになったのは、東日本大震災が契機だった。

「2011年、サッカーのなでしこジャパンがW杯で優勝しましたよね。あの時に、スポーツの影響力を再確認しました」

「被災された方を励ますスポーツの力、アスリートの力というのは、本当にすごいなと」

「体操界だけでは狭い。他にも影響を与えられるくらいじゃないと、体操界でも輝けない。周りに認められてこそ本物かなと」


言葉に込められたメッセージの強さ、志の高さとは裏腹に、語り口は終始淡々としたものだった。

感情の波をつくらず、コンスタントに。
そうした姿勢は、マットを離れても変わらない。

東京五輪まであと2年。
内村は淡々と、決してペースを変えずに歩き続ける。

体操界を変える。
体操と社会の関係性を変える。

胸の内に、そんな思いを秘めながら。

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(取材・文=塩畑大輔、撮影=中野義昌)

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