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警察犬の襲撃、松葉づえでの登場。それでも中邑真輔が観客を魅了する理由

2018年7月10日 11:00 LINE NEWS編集部

6月29日、WWE東京公演初日。
第3試合終了後、中邑真輔の登場曲が流れ出すと、会場はどよめきとため息がまじったような複雑な反応に包まれた。

果たして中邑は、リングコスチュームではなく、黒いスーツ姿で入場ゲートに姿を見せた。
松葉づえをつき、足を引きずりながら、ゆっくりとリングに上がる。

本来、この日最後に行われるメイン試合で、王者AJスタイルズとWWE王座戦を行うはずだった。

それが直前のアメリカでの試合直前、警察犬にかまれるという信じられない事故に遭い、左足に全治2週間のケガを負ってしまっていた。

負傷のニュースは、日本でも大きく報じられていた。
強行出場を期待していたファンも、この姿を見て悟った。

「2年ぶりの両国で、ジ・アーティスト、ロックスター、シンスケナカムラのキング・オブ・ストロングスタイルのクリーンで正々堂々としたファイトをお見せすることができず…」

「本当に悔しいワン!」

しんみりとさせるのは流儀ではない。
自虐ネタに、客席からは笑いも沸いた。

ニヤリと笑って応じる。しかし胸の内には、無念さが満ちていた。


負傷直後。
取りあえずの治療を受けた中邑は、すぐに現実に直面した。

帯同ドクター、トレーナー、プロデューサーを交えた話し合いでは、当日の試合だけでなく、当面の欠場が提案されていた。

中邑の頭には、日本公演のことが浮かんでいた。

「もう悪夢としか言いようがないですよね。うそだろと思いましたよ。これがリング上のケガであったならばまだしも…。なんとも言葉として表現しがたい」

2016年1月に新日本プロレスを退団。WWEに移籍し、主戦場をアメリカに移していた。

「楽しみにしていました。2年ぶりですから、東京に帰ってくるのは。リング上でのパフォーマンスだったり、トレーニングだったりに関しては、最善を尽くしてきました」

「気を付けてやってきた中で、まったく想定し得ないことが起こってしまった。いろんな人に言われましたよ、なに笑い話つくってるんだよって。しゃれになんねえよと思いましたよね」


「凱旋」と言っても、決して大げさではない。
中邑真輔はこの2年で、プロレス界における真のメジャーリーガー、それもトップクラスにのし上がった。

渡米後、まずはWWEの下部組織に当たる「NXT」に所属。
本体以上にコアなファンがついている舞台でも実力を認められ、確固たる評価を得てWWEに昇格した。

年商830億円。180カ国で試合が放送される、世界最大級のスポーツエンターテインメント団体だ。

中邑は入場から、前衛演劇を思わせる動きで、観客の目を引きつける。
試合に入ってもクネクネとした挙動は続くが、機を見ると一転、蹴りや関節技といった容赦のない攻撃を繰り出す。

そんな中邑に、アメリカのファンは夢中になった。
全米どこの会場に行っても、中邑の入場曲「The Rising Sun」が鳴り響くだけで、観客が一斉に立ち上がって歌うようになった。

「最初にNXTに出る時点で、お客さんはある程度受け入れてくれていました。何がその助けになったかというと、インターネットです。昔は海外で日本のプロレスを見ようと思ったら、日本人街のビデオ屋で日本のテレビ番組のビデオを借りてくるとか、プロレス雑誌の文通欄を使うとか、そういう方法しかなかったんです」

「それがネット普及のおかげで、面白いプロレスなら、世界中にクチコミで広がるようになった。実際に動画を見ることもできる。だから、僕がアメリカではどんなスタイルが受け入れられるのかを試す前に、すでにお客さんが僕についての予習をしてくれていたんです」

とはいえ、「最初から受け入れられていた」ということは、「最初からハードルが高かった」ということでもある。

「バランスにはすごく神経を使いました。WWEという組織が自分に求めるもの。自分がレスラーとして長年見せてきたこと。そしてお客さんが求めるもの。その3つのバランス。そこは大変でした」


そんな中でも、中邑は普遍的なものを見いだしていた。

「美しいものを見るとか、音楽を聞くとかは、人種や国などを超えた人間の基本的な欲求です。そういうものを総合して、芸術と言うことができると思う」

「だから芸術は世界中、どの文化にもある。そしてもうひとつ、世界中にあるのが、戦いを思わせる競技です」

「例えば相撲のようなものですけど、どんな地域のどんな部族にも、そういう戦いはある。人間は生き物として、本能的にそういうものを求めるんだろうなと。だからそれを軸に考えていますね」

コミカルなようで、殺伐とした雰囲気をかもし出す。
アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパ各国、さらには”プロレス未開の地”サウジアラビアでも、中邑は熱狂を持って受け入れられた。

「人間の個体差は多々あれど、基本的には一緒じゃないかと。だから音楽、美術、戦いがどの文化にもある。つまり、ベーシックな部分では一緒なんじゃないかなと思うんです」

「世界中でプロレスをやってきましたけど、基本は一緒。アウトプットは多少違ったりはしますけど、基本に立ち返ると、プロレスは戦いを見せて、お客さんを鼓舞し、喜ばせるもの。どうしたらいいかなと思うときには、そういう基本に立ち返りますね」

歴史に残る快挙も成し遂げた。
今年1月。WWEのビッグイベント「ロイヤルランブル」で、中邑はトップレスラー30人の生き残りマッチを制した。 

日本人が優勝するのは史上初。
そしてこれで得た権利で、4月に開催されるWWE最大のイベント、レッスルマニアでメイン級の試合を任されることにもなった。

レッスルマニア。
「1日の売り上げが多いイベント世界ランク」では、スーパーボウル、夏季五輪、冬季五輪、サッカーW杯につぐ5位に名を連ねたこともある。
プロレス界最大、というより、スポーツ界屈指の巨大イベントだ。

すべてのレスラーが憧れる、夢の舞台。
8万人近い大観衆が、熱狂で中邑を包んだ。


「ここまでやれる確信があったから来た、というのはなかったですね。もともと海外志向はあった。人生一度きり。やれるところまで、いけるところまで行ってみようかというのはありました」

「そうは言っても、最終的には迷いもあったんですけど、家族のひと押しもあったし。そして確信はなくても、自信はありましたかね。アメリカだ日本だといっても、同じ人間ですから、っていうね」

スター街道を一気に駆け上がった。
アメリカで最も有名な日本人、と評する声まである。

しかし中邑は「そこは、あんまり」と首を振る。

「自分がどういられるか、ってところの方が重要だと思えちゃうんですよね。アメリカで認められているから、オレすごいだろうという風にはなかなか…。そういう気質ではないというか」

「いろんなヤツがいますよ。こっちでは、WWEで初めて成功したヤツとかが、あっという間に壊れていくのも間近に見る。段階を踏まないと、自分を制御するのは難しいのかなとも思いますね。自分はいい感じで、段階を踏めてきたのかなとは思います」

プロレスの可能性を信じて、海を渡ってきた。
だからこそ、名を成したことよりも、これから何ができるかを大事に思う。

そういう意味で、中邑がいま心を奪われているのは、名声でも地位でもない。
「恐るべき天才」と一緒に仕事ができる喜びだ。


ビンス・マクマホン。WWEの最高経営責任者。

「ビンスは本当にすごいですね。毎週、話もしますけど、マッドサイエンティストみてえだなと。恐るべき天才」

レッスルマニアのメイン級の試合後、中邑は対戦相手のAJスタイルズに反則のローブローを見舞い、ヒールターン(悪役への転向)を果たした。

「そこから僕のテーマ曲に日本語のラップが入ったんですけど、それもビンスのアイデア。最初聞いた時は面食らったっすよ。日本人のオレが聞いても、何を言っているか分からなかったし(笑い)。でも、話を聞いてみると、ちゃんとした意図があった」

ビンスは「違和感を生みたい」と説明したという。

「確かに、ラップ入りになったテーマ曲には、違和感しかなかった。でも言われてみると、そういう違和感って、もともと自分が求めていたものだなと」

「僕は新日本プロレス時代にヒールになって、今の中邑真輔というキャラクターをつくりあげたんですけど、そのとき何が欲しいと思ったのが、むかつく感じとか、むごたらしさでした」

「お客さんにちょっとした嫌な感情をあたえなければいけないというところですね。でもそれがやがてくせになって、忘れられない存在になる」

「ビンスはお客さんの負の感情を増幅するために、みんなが今まですごくいい感じで聞いていた曲にノイズを入れた。僕が感じた違和感というのは、まさにビンスの意図通りの反応ということです」

そうした細部に至るまで目を配り、アイデアを練り上げ、形にし続ける。
いつ睡眠をとっているかも分からない、という声もある。

プロレスにすべてをささげる、マッドサイエンティスト。
中邑は「なんだこの天才は、と日々思います」と繰り返した。


6月30日、WWE東京公演最終日。
開始から中邑は場内に姿を現さず、最終試合のリングにも上がってこなかった。

今日は現れないのかー。
しかし試合終盤、登場ゲートにスーツ姿の男が現れた。

中邑だ。松葉づえを振りかざして、AJスタイルズに締め技を決めるサモア・ジョーに襲い掛かる。

怒りに震え、迫り来るサモア・ジョーに、「ヒールの象徴」ローブローをたたき込んでもん絶させる。
それを見て、ピンチだったAJスタイルズが動く。

トップロープをトランポリンのように使い、3メートル以上の高さから落下する勢いを込めて、右こぶしをたたきつける。
必殺技のフェノメナール・フォアアーム。見事な逆転勝利。

レッスルマニアを機に、たもとを分かった中邑とAJスタイルズだったが、かつては新日本プロレスのリングでしのぎを削っていた。
日本人にとっては、夢の競演。地鳴りのような歓声が沸きあがった。

「自分としては、戦っている姿を見せたかった。中邑真輔を見るために、日本中からお客さんが来てくれているわけですから。でもだからこそ、中邑真輔というプロレスラーとしてのパフォーマンスをしないといけないなと思いました。切り替えるしかないと」

「足引きずってでも試合に出ればよかったのに、というのは違うと思う。無理してリングに立って、足が痛いです、かわいそうでしょというのは中邑真輔じゃない。いかに制約された中で、中邑真輔に落としこめるのか。それは日々やってきたことでもあります」


リング上で勝ち名乗りを受ける王者を横目に、中邑は静かに控室へと引き揚げ、会場を去ろうとした。
しかし、それをAJスタイルズは許さなかった。

観衆に「ちょっと待っておけ」と身ぶりで示すと、控室へ走る。
そして中邑を引っ張り出し、もう一度リングに押し上げた。

王者のベルトをあえて足元に置き、深々とお辞儀をする。
中邑と、中邑を生んだ日本への最敬礼だった。

中邑も、それに応えた。マイクを要求し、ファンに宣言する。

「次回日本に来る時はこのベルトを巻いて、もしくはここで巻くことを願って、再びこの両国のリングで試合をしたいと思います」

主役に譲って、AJスタイルズが引き揚げるのと同時に、中邑のテーマ曲が流れ出した。ファンが大合唱する。

「ビンス自ら、この曲に強い違和感を加えてくれた。なのにファンのみんなは、それに負けじと今まで通りに歌っていたりするんですよね」

あきれたような苦笑いと、誇らしげな笑みがまざったような表情で、会場を見回す。

どうせ止めないなら、もっと声を出してこい。
大きな手ぶりで、ファンをあおる。

高まる歌声の中、中邑は松葉づえを投げ捨てた。
痛む左足を引きずりながら、真のメジャーリーガーは右足でひざまずき、決めのセリフを叫ぶ。

「イヤァオ!」




(取材・文=塩畑大輔、松井亮太、撮影=松本洸、取材協力=WWE JAPAN)

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