ピンチの時ほど冷静になれる!
どんなに緻密に準備を積み重ねたところで、必ずうまくいく商談など存在しない。リサーチにリサーチを重ねても、新製品が売れるとは限らない。仕事は常に「不確実性」に満ち溢れているもの。
だからといって、「今月の売れ行きの見込みはどうだ?」と聞かれて「わかりません」では、ビジネスパーソン失格。では、どうするのか。新著『数字で話せ』にて、あらゆるものを数字で伝えて相手を納得させる方法を説く経営コンサルタントの斎藤広達氏が、そんなときに役立つ「シナリオ・プランニング」の技術を語る。
偶然に振り回される仕事を卒業するために
どんなに頑張って予測やリサーチをしたところで、未来は基本、不確定なもの。でも、だからといって運を天に任せるだけでは、仕事はギャンブルになってしまいます。ビジネスパーソンに求められるのは、不確定な未来をなるべく「数字で語る」こと。ここでは、そのための方法をお伝えいたしましょう。
具体的に必要となるのは、「シナリオ・プランニング」の能力です。
世の中には、自分でコントロールできることと、できないことがあります。ただ、どんなシナリオが起こり得るかを事前に予測しておき、その準備をしておけば、目の前の出来事に一喜一憂せず、淡々と次のアクションを起こすことが可能になります。これが「シナリオ・プランニング」の効果です。
さらに、そのシナリオに仮でもいいので「確率」を入れておくことで、不確定な未来を「数字」で語ることができるようになるのです。
常に「2手先のシナリオ」を描いておこう
自動車会社の新車開発担当を例に、シナリオ・プランニングを考えてみましょう。
開発したのは、ある人気車種の後継車。綿密なリサーチを重ねてコンセプトを固めた上で、最新技術を惜しみなく使い、トップデザイナーを採用しデザインにもこだわった自信作。メンバーの誰もが売れることを確信しています。月間販売目標は2000台という、比較的強気な目標が設定されました。
とはいえ……ビジネスに「絶対」はありません。何らかの誤算が重なり、目標までまったく届かないという事態も考えられます。
そこで大事なのが、「2手先までのシナリオを描いておく」ことです。
まずは次の図のように、「楽観」シナリオと「悲観」シナリオに分岐させます。
楽観シナリオとは、計画の2000台かそれ以上の販売台数を達成したという、いわば「成功シナリオ」。一方、悲観シナリオは目標にまったく届かなかったケースです。
それぞれの確率については、過去の新車販売時の成功率などから数値のメドを出すといいでしょう。ただ、それほど正確性にこだわらなくてもOK。大事なのはあくまで、仮でもいいので数値化することだからです。
この場合、「楽観シナリオ70%:悲観シナリオ30%」としました。
「次の次」まで考えておく
そして、それぞれのケースになった場合の「次の打ち手」を考えておきます。
楽観シナリオの場合、そのまま売れるに任せるという手もありますが、多額の予算を投入し、販促キャンペーンを打つことで、その流れをさらに加速させるという選択肢もあるでしょう。
過去のキャンペーン実績から、これも成功確率をざっと上げておきます。ここでは成功シナリオとして、売れ行きが1・5倍以上になる確率を5割、効果がそれほど出ずに販売台数があまり変わらないという悲観シナリオが5割としました。
「悲観シナリオ」を作っておけば、思考停止が防げる
ただ、より重要なのは「悲観シナリオ」に流れたときの挽回策です。
組織というものは、成功よりも失敗に敏感なものです。期待されていた製品が思ったほどうまくいっていないと知れば、各方面から「どうするんだ」「ちゃんと挽回できるのか」などと説明が求められます。
しかも、自信があった製品ほど、悲観シナリオになったことへのショックが大きいもの。ただ、ここで思考停止に陥ってしまえば、挽回の機会もその分減ってしまいます。だから、事前にシナリオを用意しておくことで、非常事態にも淡々と行動を起こせるようにしておくのです。
成功か失敗かをざっくりと「数値化」しておこう
この場合、2つのアイデアがあるとしましょう。
1つ目は、「大幅値下げ」です。
これは過去、80%の確率で成功してきたとします。うまくいくと売上は2倍に。確かに現実的な打ち手ではあるのですが、収益率の低下は避けられません。
また、値下げをしたとしても20%の確率で効果が出ないこともあります。その場合、収益率が落ちる上に効果も出ないということで、損失は非常に大きくなります。
2つ目は、「増売キャンペーン」です。
こちらの成功確率は50%程度で、売上は1・5倍に増えるとします。値下げほどの効果はないかもしれませんが、失敗したときの傷は比較的浅いと言えます。
不測の事態にも「数字で答える」ことが可能に
大事なのは、正確でなくてもいいので、確率の数字を入れてシナリオを作るということ。それによりシナリオのリアリティがぐっと増し、「心の準備」をしやすくなるからです。
誰かにプレゼントを贈る際は、サプライズのほうが喜ばれるかもしれません。逆にシナリオ・プランニングは「サプライズを減らす」ことがゴールなのです。
ここまで準備しておけば、どんな問いに対しても「数字で答える」ことが可能になるはずです。
「今のところ順調に進んでいますが、さらに増売をかけることも検討していいかと思います。成功率は5割ほどです」
「少し苦戦していますので、早急に対策をします。成功率が8割と高い値下げと、成功率は5割ほどですがコストが低いキャンペーンとを、比較検討したいと思います」
このような話をすれば、経営者や事業責任者も安心して任せることができる上に、「それでもうまくいかなかった場合」への心の準備もできるのではないでしょうか。
未来を数字で語れば、チームがまとまる
営業部門なら、事前に交渉がどうなるかのシナリオを書いておくのがお勧めです。
たとえば、初回交渉時の成功率を50%として、成功したときとうまくいかなかったときに分岐させ、それぞれの先のシナリオを描いておくのです。
具体的には、提案に乗ってくれなかった場合、10%の値下げを提示する。それでもダメなら、何らかの特典を提示する。それでもダメなら撤退する……などです。
この作業はなかなか面倒ではあります。ただ、こうして描かれた樹系図全体を見ることで、自分の仕事の未来が見えてくる感覚が得られるはずです。
人が不安を抱くのは、未来のことが読めないから。事前にシナリオを描いておけば、仕事の全体像が見え、不安も解消されるのです。
あなたがもし現場のリーダーだとしたら、ぜひ、このように「未来を数字で語る」ことを意識してみてください。それがメンバー全員の安心につながるとともに、目標達成の強力な後押しとなるはずです。
(斎藤広達著『数字で話せ』より一部抜粋・修正)
著者紹介:斎藤広達(さいとう・こうたつ)
シカゴ大学経営大学院卒業。ボストンコンサルティンググループ、ローランドベルガー、シティバンク、メディア系ベンチャー企業経営者などを経て、経営コンサルタントとして独立。その後、上場企業の執行役員に就任し、EC促進やAI導入でデジタル化を推進した。現在は、AI開発、デジタルマーケティング、モバイル活用など、デジタルトランスフォーメーションに関わるコンサルティングに従事している。
数字で話せ
斎藤広達(シカゴ・コンサルティング代表取締役) 発売日: 2019年04月11日
会話に「数字」を盛り込むだけで、説得力は倍になる!「数字が苦手な人」でも今すぐ使いこなせるインプット&アウトプットの手法を、経営コンサルタントが解説。さらに、最新デジタルマーケティングから「ビッグデータ」「AI」までを「話せる」ようになるための基礎知識も紹介。「数字やITへの苦手意識」がなくなる!(『THE21オンライン』2019年04月15日 公開)