テレビアニメ『呪術廻戦』の第1クールオープニングテーマ「廻廻奇譚」がストリーミング、ミュージックビデオともに累計再生回数1億回を突破し、本格的なブレークを果たしつつある男性シンガー・ソングライターのEve。制作にあたっては、作品に寄り添いすぎるほど寄り添うと語り、タイアップの楽曲においても驚くほどアーティストならではのエゴを感じさせない。それでいて、多くの人々が彼の楽曲の世界に惹きつけられてしまう。「廻廻奇譚」はいかにして生まれたのか、Eveの創作姿勢を紐解いた。(取材・文:柴那典/画像提供:トイズファクトリー/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
原風景としての「夢」と「トラウマ」
「幼い頃に、繰り返し怖い夢を見ていたんです」
Eveは自分の原風景の一つについて、こう語る。
「当時住んでいた団地の廊下に、すごく細長くて背の高い人が立っている。何をするわけでもなく、ただずっと立っているだけ、僕もじっと見つめているだけ。しばらくすると夢から覚めて現実にかえってくる、そんな気味の悪い同じ夢を1、2週間見ました。当時小学生だった僕はそれがすごく怖くてトラウマになってしまいそうでした。お母さんに相談した日、ピタリとその夢に出会わなくなって、もっと早くに相談しとけばよかったと思ったんですけど」
YouTubeやニコニコ動画への投稿から音楽活動を始め、2019年にメジャーデビュー。昨年10月にリリースした「廻廻奇譚」で知名度はネットカルチャーの枠組みを超え、本格的なブレークを果たしつつある。
Eve自身は、人気の要因について「音楽の力だけでなく、映像の力もすごく大きいと思います」と語る。曲展開とアニメーション表現が深く結びついたミュージックビデオも魅力的だ。MahやWabokuなど数々のアニメーション作家とタッグを組み制作されるミュージックビデオの映像には、“人外”と呼ばれる不思議な姿形のキャラクターがたびたび登場する。“ひとつめ様”という通称の、目が一つしかない帽子をかぶったキャラクターはその代表だ。
「『ナンセンス文学』という曲を作っていた頃、たまたま見たホラー映画に幼い頃見ていた夢にそっくりなキャラクターが出てきたんです。それで子供の頃のトラウマがよみがえってきた。映画に出てきたそのキャラクターを資料としてMahさんに渡して、それをもとに作ってもらった覚えがあります。自分の中のトラウマを克服するために、可愛く踊らせたり、ああいう形で表現したのかもしれない。結果、愛着が湧いて、今ではすごく好きなものになりました」
「自分の内面を伝えたい」ライブで感じた違和感
音楽活動を始めたきっかけは、高校時代に同級生の友達の家に遊びにいった時のことだ。まだ黎明期のニコニコ動画やボーカロイドに出会い、そこでボーカロイド楽曲の“歌ってみた”動画を投稿する“歌い手”としての活動を始めた。
「それまでパソコンにも触れてこない人生を送ってきたので、自分が知らない世界がすごくキラキラして見えたんです。当時は学校の同級生にボーカロイドのことを話してもほとんど誰も知らないような頃でした。仲のいい友達だけとボカロ曲をシェアして『昨日、こういう曲があがったね』みたいな話をしているときには、自分たちしか知らないものを見つけてしまったような感覚があった。そこにワクワクしていました。その衝撃からどっぷり沼に漬かって引きこもりが進んでいったように思います」
当初はカバーを歌っていたが、2017年5月に公開した「ナンセンス文学」を皮切りに配信シングルでもオリジナル曲をリリースするようになり、ソングライティングの才能が開花していく。同年12月には、同曲を含む全曲の作詞作曲を自ら手掛けたオリジナルアルバム『文化』を発表。現在に至る最初のターニングポイントになった。
「あるとき一人でライブをしたことが自分の中での一つのきっかけになりました。当時の自分は人様の楽曲をカバー、また書き下ろしていただいた曲を歌っていました。お客さんがどういう思いで自分のことを見にきてくれるのかということに、そこで改めて考えるようになりました。もちろん僕自身の声や歌い方を好きで来てくれていたんだと思うんですけれど、そのライブのときにどうしても違和感を覚えてしまった。それまでは他の方が書いた曲をステージで歌ってきたわけですが、音楽を通してその人たちに僕という存在をありのままに伝えていきたい。そのためには自分で曲を作らなければならない。そういう思いが膨れ上がっていって、自分で曲を書こうと思うようになりました」
タイアップでは自分と共通する部分を考える
2019年2月にはアルバム『おとぎ』でメジャーデビューを果たし、その後はテレビアニメ『どろろ』のエンディングテーマ「闇夜」や、「JR SKISKI 2019-2020キャンペーン」のテーマソング「白銀」、ロッテ「ピンクバレンタイン」プロジェクトのテーマソング「心予報」など、アニメやCMを中心に様々なタイアップソングを手掛けてきた。
「タイアップのときには自分の対面に作品があるので、手を動かす前にまずその作品と自分との共通項みたいなものを探っていくということを毎回やっています。もちろん先方からのオーダーや希望もあるんですけど、その中で自分と共通する部分は何だろうということを考える。その寄り添い方は大事にしないといけないと思っています。タイアップ曲を作る中で、自分の新たな一面に気づける瞬間がたくさんある。一人で好き勝手に作る曲もいいんですけれど、タイアップにもそれとは違ったよさがあって、どちらもすごく好きですね」
そんなタイアップ曲の中でも、漫画連載時から愛読してきた『呪術廻戦』のために書き下ろした「廻廻奇譚」は、Eveのキャリアにとっても、大きな意味を持つ楽曲になった。持ち前の歌唱力を駆使し、アッパーな曲調に畳みかけるような言葉とドラマティックなメロディーでリスナーを魅了する「廻廻奇譚」は、これまで以上に広くEveの名前を届けるきっかけになった。
「『廻廻奇譚』は作品に寄り添いすぎたぐらいなんですけど、そういう寄り添い方はすごく大事にしないといけないなって考えたんです。作品の熱量がものすごく高いし、自分もすごく好きな作品だったので、作っている時には強度のあるもの、タフなものを作りたいという思いで、自分のスキルを詰め込んでいきました。曲を出してからは、僕がどうこうというよりも、作品と一緒に聴いてくださる人のそれぞれの思いのおかげで広がっていったと思います。たくさんの人に聴いてもらえたこと、作品を愛する人に受け入れてもらえたことは、作品を好きだった自分にとってもすごく嬉しいことですね」
その「廻廻奇譚」の大ヒットは、Eveの創作姿勢、そして生き方にも影響を与えたという。
「昔だったら普遍的なものを作ろうとしていたと思うんですけど、そういう気持ちは、正直に言うと年々薄れてしまって。それはいいことなのか悪いことなのかは、まだわからないんですけど。大袈裟な言い方かもしれないですけど、音楽という枠組みだけでなく、自分の人生が豊かに、心が豊かになるには、どう自分と向き合って、どう生きていけばいいのかに、すごく重きを置くようになりました」
Eveに、自身は「アーティスト」と「職人」のどちらの要素が強いかを聞いてみると、その姿勢のしなやかさが際立つ。
「どっちも違うような感じはしますね。僕はEveですけど、どこかEveを俯瞰して見ているような感覚もあります。そこは自分としてもまだよくわかっていないのが正直なところなんですけど、今は自分が“何者”かわからないままでいいです。そのときの気分で今後も自分に正直にやっていけたらいいなっていうのは変わらないので。自分がやってこなかったこととか、見てみたい世界や景色だったり、そういうものが見つかったら、『次はこういうことをやりたい』っていうのがおのずと見えてくると思います」
MVでは音楽とアニメが同じ熱量でぶつかっている
今年4月にはノンタイアップのシングル曲としては久々となる「夜は仄か」をリリースした。キャッチーなベースラインから始まり、サビでは解放感あふれるメロディーに乗せて《夜空を見上げたなら 今踊って》と歌うダンスナンバーのこの曲。歌詞に描かれる孤独な情景や未来への不安を抱えた心情も胸をつかむ。
「コロナ禍の状況が続いて、ライブもできなくなってしまったし、今までの活動のあり方がすごく変わってしまった。活動だけじゃなく、きっとみんなにも当てはまることだと思うんですけど、生活のあり方も大きく変わってしまった。人と直接会って話したり、ご飯を食べたり、そういう機会が減ってしまって、改めて人とのつながりの大切さに気づいた。そういうこともこの曲に反映されていると思います。まだまだ先の見えない、すっきりとしない毎日が続いていると思うんですけど、そういう現実としっかり向き合ったうえで、その中で自分だったらどう前向きなメッセージを伝えていけるだろうかを探っていきました」
YouTubeのコメント欄には英語や各国語で書き込まれた熱い反響も目立つ。コロナ禍が続き海外との往来も制限を受ける今、Eveの楽曲は国境を超え、人々の心をつかみつつある。その秘訣は、音楽とアニメーションを通して聴く人を異世界に連れていく、その独創的なクリエーティブにある。
「ニコニコ動画やYouTubeを通して音楽に関心を持っていった自分にとっては、音楽と映像は常に一緒にあった。それが自然だと思っていました。アニメーションは、現実とはどこか違う世界に連れていってくれるもので、それがすごく心地よかった。果てしない広がりのある制限のなさに魅力を感じていた。だから、自分が作るときにも、音楽と同じくらいの熱量でアニメーションがぶつかるものにしようと思った。きっと、聴く人も見る人も自分と同じような気持ちになってくれているからこそ、日本や海外の多くの人たちに聴いてもらえているんじゃないかと思います」
Eve(いぶ)
2枚の自主制作アルバムを経て、2016年に全国流通盤『OFFICIAL NUMBER』をリリース。2017年発売のインディーズアルバム『文化』は初めて自作曲のみで制作され、収録曲「ドラマツルギー」はYouTubeで9000万回再生を突破。2020年2月発売の『Smile』はオリコンアルバムランキング2位を獲得。同年12月発売の『廻廻奇譚/蒼のワルツ』はランキング3位を獲得し、「廻廻奇譚」はYouTubeで1億回再生を突破した。YouTubeチャンネル登録者数は300万人を超える。