ディズニー映画「アナと雪の女王」のエンドソング歌手という栄光をつかんだ直後、強烈なバッシングにさらされる……。シンガー・May J.(33)は、濁流にのみ込まれるような日々を過ごした。その「アナ雪」から約7年、今年YouTuberとしても活動を始め、精力的に新曲もリリースしている。「絶対に夢を諦めたくない」。“ありのままで”生きるMay J.の実像に迫った。(取材・文:山野井春絵/撮影:木村哲夫/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
ネガティブなコメントも、やっぱり見てしまう
May J.は2014年、ディズニー映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go~ありのままで~」のエンドソング歌手に抜擢された。同曲の劇中での歌唱を担当するのは松たか子だ。「二人の表現者を立てることで楽曲の魅力をさらに広げる」というディズニー側の意図のもと、May J.は、メディア出演によって映画のプロモーションも行っていく。
使命を果たすべく、時には映画の登場人物を思わせる華やかなドレスを身にまとって「Let It Go」を歌い、NHK紅白歌合戦にも出場を果たしたMay J.。シンガーとして絶頂を極めたと思えば、同時に吹き荒れたバッシングの嵐に翻弄されていく。彗星のように現れた彼女に対する嫉妬も渦巻いていただろう。それまで大きなヒットに恵まれてこなかったMay J.の知名度は当時、松に比べて低く、バラエティー番組のカラオケ企画で有名になったこともあり、「カバー歌手」というイメージも負の方向へ働いた。
何よりも「アナ雪」は爆発的にヒットし、社会現象となった。注目度が上がれば上がるほど、May J.へのバッシングは強まる構図ができあがってしまう。その後数年にわたって、ののしりの言葉の礫(つぶて)を浴び続けた。深く傷ついた心は、今も決して癒えてはいない。
「振り返ってみて、よく頑張ったなぁって思います。社会現象を起こすまでの作品に携わるなんて、一生に一度あるかないかくらいのことですよね。だからこそ、ポジティブな反響も、ネガティブな反響も、同じだけ現れるんだと思います。でも、当時はそんなことまったくわからなかったし、私もスタッフも、うまく対処できませんでした。どんな誹謗中傷も、真面目に吸収してしまったから、余計に傷ついたんだと思うんです」
もともとは楽天的な性格。「ネットいじめ」の渦中も、考え方の工夫で、なんとか乗り切ろうと必死だった。
「ネガティブなコメントも、『もしかしたら愛なんじゃないかな。興味を持たれていることの裏返しで、それって嫌いの反対で、好きなんじゃない?』と考えてみたり。でも、答えはわからないんですよ。書いてる人は知らない人だし、考えても無駄なだけなんですけどね。でも、やっぱり見てしまう。みんなは、本人は見てないと思って書いてるかもしれないけど、めっちゃ見てますから」
まるで罪を犯したかのような扱いを受けた
100の好意的なコメントがあっても、たった一つのネガティブなコメントで気持ちがつぶれて、その日が台無しになってしまうこともあった。「言葉の暴力で受けた傷は治りづらい」とMay J.は言う。それはトラウマとなり、思い出した瞬間に歌えなくなる後遺症をも引き起こした。今でも、本番前には極度の緊張と闘っている。
「常にポジティブな言葉を浴びるようにはしているんですけど、でもやっぱり本番でステージに立つと、闇に引き込まれそうになります。ギリギリのところで立っている、という感じ。すごい緊張感で、毎回本当に死にそうです。スタッフたちが、本当に、いつも祈るような思いで私のことを見ているのがわかるんです、『今日はうまく、楽しく歌えますように』って」
アナ雪バッシングでは、家族も傷を負った。特に悲嘆にくれる父親の姿を見るのは、非常につらかったという。
「まるで何か罪を犯したかのような扱いを受ける娘を見て、父はすごく悲しんだし、今でも不満を持っていると思います。でも、『もう芸能界はやめなさい』とは言われなかったですね。ずっと支えてくれています」
シンガーを、表舞台に立つことをやめてしまおうと思ったことはなかったのだろうか。
「思ったことないです! だって悔しくないですか、こんなことでやめたら。絶対に自分をやめさせない。だってこれは、自分の夢だから」
極度の緊張にもさいなまれたが、その原因となったバッシングをはねのけて、“ありのままで”生きることを選んだ。原動力となったのは、歌への強い思い。ひとりのシンガーとしてのMay J.を、家族、ファン、スタッフ、そして彼女自身が愛する姿勢は揺るがなかった。
「それでも嫌いって言う人はいると思う、でも、好きって言ってくれる人もいるから。その人たちのために歌い続ければいいと思ってます」
誤解されることが多いんですよね
シンガーの実像は、世間からは見えづらいものだ。楽曲を歌い上げる真剣な姿からは、実際の明るいキャラクターは連想しづらい。あふれるネガティブコメントと、真顔で歌う姿が組み合わさって、高慢なイメージが独り歩きしてしまった。
また当時、歌以外の自己表現に自信がなく、バラエティー番組に出演しても、なかなか思うように振る舞うことができなかった。
「私、そもそも顔のつくりがキツいじゃないですか。ボキャブラリーも少なくて、誤解されることが多いんですよね。テレビに出るとき、芸人さんと違って、歌手はあまりいじっちゃいけないみたいな、腫れ物のような扱いを受けているなと思ってるんですけど、私としては、もっといじってもらっていい(笑)。そのほうが話しやすいし、キャラが出せると思うから」
今年の春からはYouTubeを始めた。
「はいどうもー! はしもっちゃんです!!」
一瞬、目を疑うようなハイテンション。バラエティー番組のようなロケものから、ぶっちゃけトーク、人気曲のカラオケまで、 “はしもっちゃん”ことMay J.は、まるでベテラン女芸人のように動画の中で跳ね回っている。
「はしもっちゃん」は本名の「橋本芽生(めい)」から。YouTube用に設定したキャラクターなのかと尋ねると、「思い切り素ですよ(笑)」と答える。目の前にいるのは、明るく陽気な“はしもっちゃん”だ。陽気なキャラクターが徐々に知られるようになり、テレビ出演も増えてきた。
「デビュー15周年ということでYouTubeを始めたんですけど、昔からの友達とか、ずっとライブに来てくれているファンのみんなは、『やっと本当の芽生が出てきたね』って喜んでますね。本当の私と、独り歩きしたイメージとのギャップにヤキモキしてくれた人たちなので。……でも、あのころは、こんなことできなかったと思うんです。『何やってんの』って、いろんな方向からさらにたたかれたと思う。今は、ようやくそれも落ち着いたところで、私自身もずいぶん強くなったので、本当に自由に楽しんでいるという感じです」
初めて自分のために作った曲は誹謗中傷がテーマ
仕事が制限されたコロナ禍のステイホーム中は、創作活動に集中した。
「あり余っているエネルギーを曲づくりに注ぎ込もうと思ったんです。曲づくりは、ほとんどお風呂の中で。スマホのアプリで作曲しました。あれこれメロディーを考えたり、ハーモニーをいっぱい重ねたり、それがすごく楽しくて、もう夢中でしたね」
こうして作られた楽曲たちは、今年4カ月連続でリリースされている新曲群として実を結んでいく。一番最初に完成した「Can’t Breathe」は、「誹謗や中傷とどう向き合うか」がテーマだ。
「この曲で表現していることが、限りなく本音に近いです。ボーカルも、これまでの自分とは異なるものを表現したいと意識しました。それはイメージを壊すことにもなるから、すごく恐怖があったんですよ。でも、プロデューサーの篠田ミルさん(yahyel)に、『今、自分のやりたいことをやるべき、そういうタイミングですよ』って言ってもらって。自分のために曲を作ったのは、これが初めてかもしれないです」
今はシンガーとして、手応えのある時期だと胸を張る。「歌がうまい」と言われ続けてきた“カバーの女王”は、長く続いたバッシング、そしてコロナ禍を経て、クリエイターとして花を咲かせた。
「Let It Go」はライブで必ず歌う
「もう『Let It Go』を歌うのはうんざりでしょ?」
バッシングの経緯を踏まえて、よくそう聞かれるが、今も大切にこの曲を歌い続けている。
「だって、大好きだから。少ない曲数のライブをやったりするときも、必ずセットリストに入れるようにしてます。やっぱりヒット曲を期待するもんじゃないですか。子どもたちも含めて、歌ったらみんな喜んでくれますから。『まだあの曲にすがってるのか』ってネットで書く人もいるんですけど、でも、あなたがライブに来たとき、私が『Let It Go』を歌わなかったらどう思う?って言いたい(笑)」
家の中でも、移動中も、ずっと歌を口ずさんでいる。入浴中、ライブの曲目を10曲以上すべて全力で一人リハーサルすることもある。とにかく、歌うことが好きなのだ。
「メロディーも歌詞も、全部しっかりと体に染み込ませておかないと、お客さんに悪い気がするんです。とことん練習することで、表現できることがあると思っているので」
これからはもっと自然体で仕事を楽しみ、プライベートとのバランスもうまく取っていきたいとMay J.は言う。
乗り越えたという実感はあるかと尋ねると、少し考え込んで、こう答えた。
「どうですかね。乗り越えることは、たぶんこの先もないと思います。なんとか付き合っていくものだと思う。付き合って、いつかもっと大きな心を持てたとき、全部を愛で包み込めるようになりたい」
May J.(メイ・ジェイ)
シンガー、YouTuber。日本、イラン、トルコ、ロシア、スペイン、イギリスのバックグラウンドを持つ。幼少期からダンス、ピアノ、オペラを学び、作詞作曲、ピアノの弾き語りもこなす。2006年ミニアルバム『ALL MY GIRLS』でデビュー。2014年公開のディズニー映画「アナと雪の女王」の日本版主題歌(エンドソング)を担当し、注目を集めた。同年、第65回NHK紅白歌合戦に初出場。翌年には日本武道館の単独公演を開催した。デビュー15周年となる今年、YouTube「May J.のはしもっちゃんねる」をスタート。4カ月連続でデジタルシングルをリリースしている。