メンタルヘルス(心の健康状態)を扱う「心理カウンセラー」は、ネット上では無法状態になっている――。そう聞くと驚く人も多いのではないだろうか。そもそもメンタルヘルスに関わる資格としては、公的資格に準ずる臨床心理士や、国家資格の公認心理師があり、そのハードルは高い。それにもかかわらず、無資格のいわば「野良カウンセラー」が跋扈(ばっこ)するのは、法律上、「業務独占」ができないからだという。その「闇」を筑波大・原田隆之教授に聞いた。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
無資格の心理カウンセラーという「リスク」
長く続くコロナ禍の中で、未来への不安に苛まれたとき、あなたならどうするだろうか? 家族や友人、恋人に話を聞いてもらえるならいいが、もしそれもできないほど孤立していたら――。
最近ネット上で多く目にするのが、そんな人々の気持ちを受けとめる「心理カウンセラー」だ。検索エンジンやSNSで調べてみれば、多くの心理カウンセラーが優しい笑顔で私たちを待っている。しかもコロナ禍になってからは、ZoomやLINEも活用して、オンラインで相談できるように工夫されている。
ところが、ひとくちに「心理カウンセラー」といっても、その実態は玉石混交。公的資格に準ずる「臨床心理士」や国家資格の「公認心理師」といった資格を取得していないケースも往々にしてある。特にネット上には「野良カウンセラー」ともいえる無資格の心理カウンセラーが跋扈している状態だ。
筑波大学で心理学の教授を務める原田隆之さんは、こう警鐘を鳴らす。
「メンタルヘルスに関して、話を聞いてもらってすっきりする人もいますが、重大な問題を抱えて自殺のリスクが高かったり、精神疾患をもう発症したりしている人もいるかもしれません。それなのに専門知識がない人がお金を受け取り、『相談に来たから話を聞けばいいんだろう』で済ませて、病気が悪化したり、最悪の場合、自殺をしたりするかもしれないことが問題ですね。また、弱っている相手に性的な接触をして倫理的な問題を起こすこともあり、いろいろな害が発生する可能性があることが一番大きな問題だと思っています」
公認心理師でもある原田さんに相談すると、条件を満たせば保険が適用され、費用は数千円。保険適用外でも大学の相談室での相談料金は数千円以下である。ところが「野良カウンセラー」では1時間数万円の費用を請求しているところもある。
「メンタルヘルスが悪化しないとしても、効果のないことをダラダラ続けて、しかも法外な費用がかかるのも害になりえます。今これだけメンタルヘルスが社会的に大きな問題になっているなかで、精神疾患が疑われる場合に専門医につなぐこともなく、そのまま放置しておいていいんだろうかということは非常に懸念しています」
「野良カウンセラー」はアセスメント(評価)ができない
臨床心理士は、1988年に認定が開始された資格で、多くの公的施設でも資格要件とされている。大学院を修了しなければ取得できない資格でもある。また、公認心理師は2019年に認定が開始された新しい国家資格だ。
筑波大学などで公認心理師の育成に携わっている原田さんは、「臨床心理士、公認心理師のサービスを受ければ、一定の質が保証されている」と述べたうえで、公認心理師あるいは臨床心理士と「野良カウンセラー」の大きな違いは三つあると指摘する。
「一つは専門的な知識やスキルがあることです。公認心理師の場合、実習が450時間以上必要です。それに、話を聞くだけではなくて、相手が病気かどうか、どのような心理状態にあるかなどのアセスメント(評価)や、それに基づくさまざまな介入ができるなど、非常に幅広い専門的技能を持っていることが一番大きな違いですね。二つ目は倫理です。守秘義務、身体的接触の禁止、カウンセリング以外での個人的関係の禁止など、倫理に関しては厳しく指導されますし、公認心理師法には罰則の規定もあります。三つ目は研究です。卒業論文や修士論文を書いて、いろいろなアカデミックなトレーニングも受けます。『野良カウンセラー』にはこの三つともありません」
「われわれプロのカウンセラーは、相手に答えはあげないんです。『こうすればいいんですよ』『あなたの問題はこうなんですよ』と、こちらが答えを与えてしまうのは簡単なんだけど、そうではなくて相手がそれを自分で発見できるように上手に導いていくことが、カウンセリングの一番重要なポイントだし、非常に重要なプロセスじゃないかなと思います」
「野良カウンセラー」は、フロイトやユング、アドラーなどの心理学、あるいは認知行動療法(物事の受け取り方や行動パターンを修正して問題の解決を図る療法)などを独自に解釈して、つぎはぎの「教典」を作って他人に指導することもあるという。しかし、その意味は薄いと原田さんは指摘する。
「認知行動療法も、ちゃんとトレーニングを受けている人と受けていない人では、効果に明確な差が出てきてしまうんです。トレーニングを何百時間も受けているかどうかは、本人のスキルを磨いていくうえで非常に大事だし、ただ単に『ちょっと本を読みました』『数時間の研修を受けました』というだけで身につくほど生易しいものではありません」
もともと何らかの心理的問題を抱えていて「野良カウンセラー」のカウンセリングを受けた人が、自身も「野良カウンセラー」になることもある。しかも、公的資格でもないのに、数十万円もの受講費用が必要となるケースもあるという。どうしてそこまでしてカウンセリングをする側になりたがるのだろうか。
「いろいろな『野良カウンセラー』のプロフィールを見ると、『かつて私はうつ病で悩んで、このセラピーを受けてよくなりました』といった内容を書いていることが多い。やはり自分の中にコンプレックスやメンタルの問題があって、そこから今度は『先生』と呼ばれるような立場になって、自分のコンプレックスを癒やしたいっていう心理があるのだと思います。周りに『先生』と呼ばせて、自分の劣等感を癒やして、自尊心を守ろうとするんじゃないかと思いますね」
誰もが名乗れる「心理カウンセラー」という肩書き
原田さんは、ネット上では、公認心理師や臨床心理士よりも、有象無象の「カウンセラー」のほうが圧倒的にアクセスしやすいことを課題に挙げる。
「悩んでいる人がどうやって相談しようかと思うとき、ネットで検索しますよね。私の大学にも相談サービスがありますけれども、そういったものよりも、お金をかけていて、きれいなサイトのほうが目立つでしょう。検索にも引っ掛かりやすくなっているでしょうし。われわれも宣伝の仕方などに限っては、逆に『野良カウンセラー』から学んでいかなきゃいけないところはあるかもしれません」
根本的な問題としては、「心理カウンセラー」を誰もが名乗れてしまうことにも問題はある。カウンセリング業務は、公認心理師や臨床心理士の「業務独占」ではないからだ。
「当然ですが、『公認心理師』という名称は、公認心理師しか名乗れません。ただ、公認心理師以外の名称を名乗ってカウンセリングをすることは誰でもできてしまうんです。法律上、業務の独占ができていないからです。医師法でも弁護士法でも業務独占があって、医師じゃない人が医行為をすると罰せられますし、弁護士じゃない人が弁護士業務を行うと罰せられます。しかし、公認心理師法では業務独占の規定がないのです。だから、今後カウンセリングが業務独占の対象となるようなら、質の担保にもなるし、カウンセリングを受ける人の保護にもつながると思います」
先行する事例として、原田さんはイギリスの取り組みを挙げる。今後、日本も資格のある専門家へのアクセスを高めるために、国家的な取り組みが必要だという。
「イギリスでも同じような問題を抱えていて、公的な資格のある人から効果的な心理療法を受けられるようにするために、国が300億円ぐらい費やしているんです。というのは、うつ病による国家の損失は2兆円とも3兆円とも言われる試算があるから。それをなくすために300億円はたいした額ではないわけです。日本もメンタルヘルスによる国家的な損失は非常に大きいわけです。4大疾病の中に精神疾患も加わって、5大疾病になった。その問題性を厚労省も認識しているのであれば、クオリティーの高いカウンセリングのサービスを受けやすくすることを、ぜひ国の事業としてやっていただきたいなと思います」
原田隆之(はらだ・たかゆき)
筑波大学教授、東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は、臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学。法務省、国連薬物犯罪事務所(UNODC)勤務などを経て現職。主な著書に『あなたもきっと依存症』(文春新書)、『子どもを虐待から守る科学』(金剛出版)、『痴漢外来:性犯罪と闘う科学』『サイコパスの真実』『入門 犯罪心理学』(いずれもちくま新書)、『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』(金剛出版)。