女優として幅広く活躍し、声優を担当することもあれば、歌手活動もする上白石萌音(23)。しかし、そんな八面六臂の活躍の裏で「いつも歯がゆさは抱えながらやっています」とも語る。「自分は個性がない」「自己肯定感は低い」と述べ、SNSの心ない声も「わかる」からこそ悲しくなるという。デビュー10周年を迎え、華々しいキャリアの中で上白石が抱えてきた葛藤の正体とは。(取材・文:宗像明将/撮影:佐々木康太/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
自信がなくていいと思うんだけどな
上白石萌音のインスタグラムのフォロワーは100万人を超える。その話を向けると、「ねえ」とどこか人ごとのような相づちを打つ。同世代からの支持が高いことについても「不思議です」と言いながら、親近感を持たれる理由を彼女はこう分析する。
「手が届きそうだからだと思います。遠くない存在だからかなって。現にその辺をうろうろしているし。この10年でいろんな俳優さんやアーティストさんに出会ってきて、強烈なオーラを持ってらしたりカリスマ性を持ってらしたりする方が多いなかで、『なんで私はここにいるんだろう?』っていう思いもけっこうずっと持っていて」
故郷の鹿児島県で小学1年生のときからミュージカルスクールに通い、将来は劇団で歌い踊ることができればいいと考えていたという。ところが、中学1年生だった2011年、「東宝シンデレラ」オーディションの審査員特別賞を受賞し、同年に早くもNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」に出演。2014年には、周防正行が監督する映画『舞妓はレディ』で主演を務めた。大きな転機になったのは新海誠が監督した2016年公開のアニメ映画『君の名は。』で主人公の声を演じたことだ。日本映画史に残るヒット作を前にしても、どこか人ごとだった感覚は拭えなかったと振り返る。
「こんなことあるんだなって。最近、人ごとになることがとても多いです。初めてそれを感じたのは『君の名は。』のときでした。作品がどんどん大きくなって、世界に行っちゃって、『あの映画すごいな』って。アフレコを終えたら作品って巣立っていくし、演技をしてるときの自分は、私であって私ではないので、人ごとで当然っちゃ当然なのかなとは思うんですが。ちょっとしたお手伝いができたかもしれないけど、私の力ではない、っていうのは大きいです」
まだ23歳にして浮かれたところがまったくない。浮足立つと指摘してくれる家族や友人の存在のおかげだという。
「自分自身も褒められるたびに、『調子に乗んないぞ』って思うし、あまのじゃくなところもありますね。周りが盛りあがれば盛りあがるほど冷静になっていく性格でもあります」
そんな上白石が、見ないようにしているものがあるという。SNSだ。
「容姿のことや表現力のことで、嫌なことを言われたりしますけど、そういう声にはすごく共感します。だって、わかるから(笑)。『わかるから痛い』って感じですね。特に見た目のことを言われると、『でもさ、どうしようもないんだよね』って思う。だから怒りよりは悲しみにいきます」
その悲しみは、必ずしも仕事に昇華されるとは限らないという。
「バネにはなりますけどね。でも、そういうときにできた傷って完治はしないので。『これが悲しみ』って思うしかない。でも、そういうときに救ってくれるのもエンタメ。だから『この仕事で悩み、この仕事に救われ』っていう感じです」
2021年、上白石はデビュー10周年を迎えた。はた目には華々しいキャリアを歩んできた彼女だが、自己肯定感について聞くと、意外な答えが返ってきた。
「自己肯定感は低いですね。公に出ている私と、私自身って切り離しているところはあります。私はすごく自信がないし、自分のこともそんなに好きじゃないけど、表に出て、ステージに立って、カメラの前に立ったら、そんなこと言ってられないので。そこにまずギャップがありますね」
家に帰ると、仕事の場とは異なる自分がいるという。
「めちゃくちゃ仕事の準備をします、『大丈夫かな、大丈夫かな?』って思いながら(笑)。自己肯定感が低いから準備をするんだと思います。悩んでる人は多いと思うんですよ、『自信をつけたい』って。でも、『自信がなくていいと思うんだけどな』って。自信がないまま頑張って、奇跡的にでも一回発揮できれば、それがまたお守りになって頑張れる。自信がないほうが成長するかなって、ここ最近思えるようになりました」
自分にはエゴも個性もほぼない
今月にはカバーアルバム『あの歌』を2枚同時発売する。70年代の楽曲をカバーした『あの歌-1-』、80~90年代の楽曲をカバーした『あの歌-2-』の2作だ。みんなが知っている楽曲をカバーで共有したいという気持ちと、自分自身を表現したいというアーティストエゴのどちらが強いかを聞くと、驚くほどの勢いで即答した。
「エゴはほぼないです。私は、作詞はしますが作曲ができなくって。伝えたいことがあって、どうしても言いたいから歌っているっていうのとはちょっと違うんですよね。曲をいただいて、歌詞にすごく共感して、『あ、これは言いたい』と思って歌っているので」
そんな上白石の目には、同世代のシンガー・ソングライターたちの自己表現はどう映っているのだろうか。
「かっこいいです。エゴはないと言いながら、そうなってみたいって憧れる自分もいます。今は作詞自体もとっても恥ずかしい。エゴは出そうと思わなくても出てしまうものだと思っているので。たぶん役者の仕事もしているからだと思うんですけど、『自分が言いたい』というよりは『この言葉がどう伝わるべきか』を考えるんです。役者は作品全体のことを考えるし、監督の意向に沿いたいし、強過ぎるエゴは邪魔だと思います。もともと人に合わせることに心地良さは感じていました。だから自分は個性がないほうだと思うし、人の話を聞くほうがしゃべるより好きです。長女だからかもしれません」
エゴがないと語る一方、『あの歌』の関係者向け資料には、上白石自身による長い解説文が寄せられている。そもそも上白石は1998年生まれ。70年代や80年代は体験すらしていない。
「タイムスリップしている感覚です。私、時代劇が好きなんです。昭和や、それ以前の時代に憧れがありますね。昭和っぽいってよく言われるし。見た目もあると思いますが、中身もけっこうアナログ好みだったりするので、『古い感覚を持ってるね』って。手紙も好きです。CDも買いたいし、電子書籍も読めない(笑)。質感や手触りっていうのが好きですね」
そんな上白石だが、同世代とのズレを感じることはないという。
「ちょっとオールドソウルを持った子たちと仲良くなりますね。手間を好む感じ。友達とは文通もします。意外に書くのが好きな子が多くて。LINEも普通にするんですけど、楽しくって文通もする。会ってるときもずっとスマホを触ってる、みたいな友達はいないです」
いつも歯がゆさは抱えている
役者、歌手、声優とジャンルを問わず活躍を続けている上白石。一見、順風満帆にもみえるが、その裏で抱える葛藤も大きい。
「いつも歯がゆさは抱えながらやっています。『もっと時間が欲しい、もっと丁寧にやりたい』っていう思いは常に抱えていて。それがエネルギーになっているところはあるかもしれないです。焦りというか。高校生時代も、仕事をしていたから人より遅れるんですよ。それが悔しくてめっちゃ勉強する。そのマイナスの焦りとか悔しさがガソリンになってる感じがしますね。貪欲でいたい気持ちはあります」
その貪欲さが、さらに新しいジャンルでの活動を切り開いてもいる。
「9月にエッセーを出すんですけど、その執筆中も、1分考えて切り替えれば済むようなところを、私は半日とか考えちゃうタイプで。なんて面倒くさい人間なんだって(笑)」
「表現することへの気合の入れ方は全部一緒」とも語るが、そこまで多方面にエネルギーを注ぎ続ける姿勢を維持するのは大変ではないかと聞くと、ときには自己を肯定する必要性もあると教えてくれた。
「ちょうどいいところで自分にめっちゃ甘いんです。『ああ、よく頑張った、偉いよ』って褒めて甘やかして、その日は『寝る!』みたいな(笑)。ちゃんと褒めるっていうのは大事だと思います。オンオフがわりとできやすいのかなって。AB型というのもあるかもしれません(笑)」
そんな上白石は、小学生時代に父親の仕事の関係でメキシコで約3年を過ごした。その体験が今の彼女に楽天的な要素を与えてくれたという。
「みんな、きりのいいところで踏ん切りをつけるんですよ、『ケセラセラ』って言って。それが今の私だと思います。『まあ、何とかなるっしょ』ってどこかで思えるっていう。私はネガティブな楽天家だと思います。ポジティブな人って、きっと嫌なことを知っているから明るくなれるんだと思うんです。痛みを知ると優しくなれるみたいな、その関係性でしょうか」
上白石萌音(かみしらいし・もね)
1998年1月27日生まれ。鹿児島県出身。2011年に第7回「東宝シンデレラ」オーディション審査員特別賞を受賞し、デビュー。2014年、『舞妓はレディ』で映画初主演を飾り、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。主な出演作品として、映画『君の名は。』『溺れるナイフ』『ちはやふる』シリーズ、『羊と鋼の森』『LDKひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』や、ドラマ『記憶捜査~新宿東署事件ファイル~』『恋はつづくよどこまでも』、舞台『ナイツ・テイル―騎士物語―』『組曲虐殺』などがある。2021年はTBS火曜ドラマ『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』で主演。2021年度後期放送のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』への主演も決定しているほか、9月下旬には自身初となる全編書き下ろしエッセー『いろいろ』が発行される。