心と体のヘルシーと幸福を真剣に見つめ、プロにアドバイスを伺う連載。今回からは、臨済宗建長寺派林香寺住職にして精神科医の川野泰周先生が回答。4回にわたって取り上げるお悩みは、人間関係やコミュニケーショと、それにまつわる感情のトラブルについて。アンガーマネージメントやマインドフルネスなどが広く知られるようになる一方で、人との距離がつかめない、空気が読めない人がいる、ネットでのネガティブコメントに傷つくといった現代ならではのお悩みも。今回は、悩みを抱えて不安で仕方がない時の気持ちの整え方について、川野先生が指南。
【今回のお悩み】
悩みやトラブルが起きると早く解決しないと心配で眠れず、
心配や不安感がいつも増してしまいます
【ANSWER】
答えは一つじゃありません。解決が困難な時ほど、多くの考えに向き合いましょう。
すると、心が成長していきます
ストレスは悪いものではなく、「成長させる素材」でもある
多くの人は悩みはあってはいけないもの、すぐに解決しなくてはいけないもの、と思っているはずです。でも、人が生きていく中で悩みやトラブルは付き物。「生きている証明」とも言えるでしょう。悩みやトラブルが起こることで、「どうしたらそれを解決できるのだろうか?」と考えて、人は心を成長させていく、ともいえるのです。
ここ数年の精神医学では、“レジリエンス”という言葉が注目されています。悩みやトラブルが起きれば、誰でもストレスを感じます。でも、そのストレスにいつまでも支配されないように、次第に元に戻る力をレジリエンス=復元力と呼びます。
簡単にイメージするのであれば、竹を思い浮かべるといいでしょう。大雪が降った翌日、竹は積もった雪の重さで折れそうになっています。ところが、時間が経つとしなやかに元に戻る。悩むことは悪いことではなく、このしなやかに戻る力を身に着けることが大事なのです。でも、この力はもともと備わっているものではありません。多くの悩みやトラブル=ストレスと向き合うことで、育っていくものなのです。
白黒ではなく「あるがまま」、多様性を認めてみる
人は何か問題と出合うと、一つだけの答え、結論を導き出そうとします。でも、世の中の全てが白黒つけられるものではありません。ですが「答えは白なのか黒なのか」と一つに絞ろうとしてしまいがち。そして、出した答えを間違えれば「失敗」「負け組」という判断をし、正解すれば「成功」「勝ち組」と決めてしまう。そして、その時の勝った、負けたという自分の“立ち位置”に、またストレスを感じてしまいがちです。でも実は失敗と思ったことは、見る側面を変えれば成功ということもあります。物の見方や時間、立場などで、物事の評価は変化していきます。決めつけてしまわず、“あるがまま”の状態を客観的に観察することが実は必要だと私は思っています。
例えば悩みがあって、解決がなかなか出来ない時。「早く答えを出さなくちゃ」と思わず、「そうか、答えが出せないんだ」と、今の状態を少し引いて客観的に見てみます。すると、「Aという思い」「Bという思い」「Cに対する配慮」があるんだなという風に、客観的に物事を多角的に見ることが出来るようになります。
“あるがままの状態”に注意を向けると、いろんな側面が見えてきて、自ずと答えが見えてくるのです。これこそ、今話題になっている“マインドフルネス”と同じです。マインドフルネス=瞑想と思っている人もいますが、瞑想を通してあるがままの自分を知り、さまざまな自分の思考を受容するという「生き方のスタンス」でもあるのです。瞑想の実践に限らず、マインドフルな思考を持つことによって、ストレスに強い、レジリエンスが強い心を作ることができます。
悩むことは悪いことではありません。悩んでいる自分をいたわり、“あるがまま”をまずは見てあげる。ここに答えは必ずあるのです。
臨済宗建長寺派林香寺住職 川野泰周さん
RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。精神保健指定医、日本精神神経学会認定精神科専門医、医師会認定産業医。慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。現在、寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。うつ病や不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。著書に『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカバー21)などがあり、共著や監修する書籍も多数上梓。