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1型糖尿病の阪神・岩田 闘病者の思いを背負って投げ続ける~覚悟と決意を持って~ 

2020年2月14日 11:00 阪神Vデイリー

目の前の子供たちのためだけではない。
何より、自分のためかもしれない。

昨年12月、大阪・高槻市。
阪神・岩田稔投手は、大阪医科大学内で開催された「クリスマス会」に参加していた。

クイズ大会やサイン会。子供たちの笑顔がはじける。
一緒に笑う岩田だったが、胸の中ではある思いをめぐらせていた。

「俺がしっかり頑張らないと、子供たちの目標がなくなるんじゃないか…。みんなの夢を壊してしまうんじゃないか。そんなことばかり考えていた」

それは、自分と同じ1型糖尿病と闘う子どもたちとの交流だった。
感謝の言葉に手を振って応え、会場を後にする。

病気の自分でもやれる。人生をかけて、そう示し続けなければならない。
交流会は、自分を奮い立たせるための「オフの恒例行事」だった。

37歳。戦い続ける理由

2月1日、2軍キャンプ地である高知県安芸市。

プロ15年目のシーズンを迎える岩田は、昨年夏の甲子園を沸かせた高校生ルーキーらにまじって、開幕を見据え鍛錬の日々をスタートさせた。

キャンプ初日には、ブルペンで101球を投げた。それは、2020年の意気込みを示す熱のこもった投球だった。

昨季は14試合の登板で3勝4敗、防御率4・52。37歳になる年齢を考えても1年、1年が進退を懸けた勝負になる。

ただ、使命を持つプロ野球選手として、ここで立ち止まる訳にはいかない。

一昨年は6試合の登板で0勝4敗。昨季も開幕は2軍で迎えた。

ふとした瞬間、病床で待つ子供たちの姿が浮かぶ。1型糖尿病を患う岩田は2008年から支援を始め、これまで多くの患者を甲子園に招待した。


1勝につき10万円を寄付。喜ぶ少年少女の姿に闘う理由をみつけてきた。

風邪?動かない身体

発症したのは高校2年生の冬だ。岩田はこの時に味わった悔しさ、見返すんだという反骨心が、プロの扉を開いたと述懐する。

ただ、西谷浩一の決断、行動なくして、土壌を築くことはできなかった。1998年の11月、大阪桐蔭の監督に就任。翌4月に入学してきたのが、後にエースとなる岩田だった。

2年秋の府大会で頭角を現し、準優勝。近畿大会でもベスト8に進出し、センバツの選考を心待ちにしていたころだ。


1月、新年最初の練習締めに3000メートル走があった。だが、背番号1を付ける左腕が2、3周と、トップから遅れる。練習を止めた指揮官は、容赦なく怒声を浴びせた。

「エースがこんな気持ちじゃ、練習をやる意味がないやろ!」

いきおいのまま飛び出した西谷のもとに、すぐ謝罪に来た岩田は切り出した。

「言い訳になるんですけど…。風邪をひいたみたいで。病院に行かせてもらえませんか」

その言葉がさらに怒りを増幅させた。

「初日から風邪をひくのもおかしいんじゃ!」

そんな会話をした後、学校近くの病院に向かわせた。

まさか、自分の生徒が

数時間後。西谷の携帯電話が鳴った。病院からだ。

「血糖値の数値が異常です」

医師の言葉を理解するには時間が掛かった。


1型糖尿病との診断だった。

糖尿病は大きく1型と2型に分かれるが、一般的に食べ過ぎ、運動不足などが要因とされる2型のイメージが強い。

「なぜ?」

疑問を抱きながら岩田の両親に連絡し、西谷もすぐ病院に向かった。

「知識としてはあったんですけど、でも、まさか自分の生徒がって。この間まで普通にやっていていましたから。チームのこともそうですけど、どうしてやるのがいいんだと。分からなかったです」

まだ、30歳を過ぎたばかりの青年監督。経験のなさは、寄り添い、共に歩むことで埋めていくと決めた。

「頑張っているやつに、頑張れと言えないでしょ。それしか方法がなかったんですよ」

西谷は自虐的に笑うが、その日から毎日、病院通いを日課にした。放課後の練習終わりに、ユニホーム姿のまま。

面会時間は過ぎていたが「看護師さんにケーキを差し入れて」許しを得た。たわいない会話に合わせ、毎日1つ、差し入れを持った。硬式球や握力強化の器具、参考書…。

「本人は最後に、20キロのダンベルを持ってきたって言うんです。絶対、作り話ですよね、あいつ」

今では笑って話せるが、面会後は担当医を質問攻めにし、糖尿病の講習会にも参加した。毎日が必死だった。

注射さえ打てば…

一方、入院中の岩田は決して落ち込んだ様子を見せなかった。見舞いに訪れた両親も意外なほど、表情はいつもと変わらなかった。

入院当初は病室で1人になると「これからどうなるんやろうとか、ボーッと考えていた」という。

もちろん不安はあったが、心は徐々に前向きになっていった。

元巨人のガリクソンが1型糖尿病を抱えながら、メジャーでも活躍していたことが励みになっていた。


自分で腹部にインスリン注射を打つことも、すぐに慣れた。

注射といってもペン型のもので、子供でも扱えるように作られている。痛みもほとんど感じない。

岩田は「これさえ打てば大丈夫や」と自身に言い聞かせた。

インスリンとは人間の体の中で唯一、血糖値を下げるホルモン。それを分泌するすい臓の細胞がウイルスなどによって機能を破壊され、分泌されにくくなってしまうのが1型糖尿病だ。

そのため患者は注射でインスリンを体内に補充する必要がある。

岩田は1日4回の注射を打っている。

注射の前には必ず血糖値を確認する。「穿刺器(せんしき)」と呼ばれる器具で指先から血を出し、血糖測定器にかける。血糖値の高低によってインスリンの量も変わる。

岩田はこの作業を17歳から続けてきている。

まさかの「内定取り消し」

徐々に状態も安定。退院後は実家ではなく、大阪桐蔭の野球部寮へ戻った。

寮側も万全の受け入れ態勢を敷いた。まずは食事。西谷が糖尿病講習会などで得た知識をもとに、特別メニューが用意された。

インスリン注射を欠かさなければ、大好きな野球を続けることにも支障はない。

プロに入って14年。1型糖尿病のプロアスリートとしても、活躍は広く知られるようになった。

今でこそ、「1型」と「2型」の違いは認知されつつある。だが、岩田が発症した20年近く前はそうではなかった。病気を理由に、内定していた企業から断りの連絡が入った。

西谷は昨日の事のように振り返る。

「僕、どうしたらいいんですかって。普段、感情を表に出さないヤツが、顔を真っ赤にして怒っていました」

両親も大きなショックを受けた。今後、降りかかるであろう困難にはある程度の覚悟はできていた。とはいえ、あまりに早く訪れた衝撃的すぎる現実には、さすがに戸惑った。

「悔しい」。そう言って、これほどまでに息子が落ち込む姿を見せたのも、初めてだった。それを見ているだけでもつらかった。

だが、これからもさまざまな困難は起こりうる。そのたびに打ちひしがれ、立ち止まってしまっては、夢はかなわない。夢を追いかけることすらできなくなる。父・広美さんは心を鬼にして言った。

「オレがそこの会社の社長だったとしても、病気の人間は雇わん。今はおまえがそういう病気の状態なんや。しょうがないやろ。恨むな。見返してやったらええやないか」

父もつらかった。涙をこらえ、説き伏せた。父の言葉は岩田の心に響いた。

1型糖尿病をハンディではなくバネとし、全てを良い方向へと回転させてきた「一病息災」の精神は、ここに原点がある。

ただ当時、原因不明の腰痛も発症した。セレクションで投げることができず、進路は八方ふさがりの状態。野球を続けるのは難しい…そんな状態だった。

「考えよう」

岩田を勇気付けながらも悩む西谷は、母校でもある関大を候補にした。

「関東なら他にもいくつかありました。ただ、食事面を考えたら、家から通える方がいい。それに母校なので私が説明できます」

だが時期が遅く、スポーツ推薦の枠は埋まっていた。それならばと、学校長に頭を下げた。

「将来をつないでやりたい」

指定校推薦での進学を頼み込んだ。

「岩田なら、やるんじゃないか」

学内の先生たちの声も後押しする。猛勉強もあって合格を勝ち取った。

"因縁の相手"との対戦

関大進学後は順調に才能を開花させていった。


2005年3月。4年生に上がる直前だった。春季リーグ戦開幕前のオープン戦が組まれていた。他リーグの大学や社会人チームとの練習試合である。

岩田の登板日は唐突に告げられた。

監督の高岡淳からさりげなく「○○戦で先発や」と言われた。瞬間、岩田の心は燃え上がった。その相手とは、高校時代に事実上の内定を取り消された社会人チームだった。

試合では、相手打線に全くつけ入るスキを与えなかった。

結果は6回を投げて3安打無失点。打線も4点を奪い、4―0でリードしたまま降板した。リリーフが打たれて4―3まで追い上げられながらも逃げ切り、岩田は勝利投手となった。


自宅へ戻ると両親にすぐさま報告した。

「0点に抑えたったわ!!」

つい先ほどまで球場で試合を見ていた父・広美さん、母・律子さんだったが、そのことは息子に明かさなかった。初めて知ったように驚き、喜んだ。父が言った。

「ようやった!相手もおまえを獲らんかったことを〝しもた〟と思ったんちゃうか」

そんな活躍はプロスカウトの目にも留まり、2005年度ドラフトの希望枠で阪神に入団した。


1、2年目は伸び悩んだが、気合を込めて臨んだ3年目。オープン戦から結果を出し続け、開幕ローテ入りを勝ち取った。

前年には結婚。オフは年末年始も自費で施設を借り、ボールを握り続けた。家族を持つ責任感がみなぎっていた。

プロでブレーク。"侍"入りも

08年3月29日・横浜戦(京セラドーム)。開幕2戦目の先発マウンドに上がった。二回、小関に適時打を許したが崩れない。三回1死から3連打でピンチを招いたが村田、佐伯の4、5番を連続三振。踏ん張った。

味方打線も援護した。初回、先頭の赤星が二塁打で出塁。1死一、三塁から4番・金本が先制の二塁打を右線へはじき返した。さらに鳥谷もタイムリー。金本は六回に1号ソロも放つなど3安打2打点と気を吐いた。

6回を6安打1失点の力投。最後を藤川が締めて、チームは4―3で勝利した。プロ入り3年、1軍登板6試合目。ようやくプロ初勝利をもぎ取った。

試合後、藤川からウイニングボールを受け取った岩田は「いつも支えてくれるヨメさんに持って帰ります」と笑みを浮かべた。

最初に思い浮かべたのが美佳夫人の顔。結婚後、献身的に食生活などサポートしてくれた。家族の存在があったからこそ、つかみ取れた初勝利。球場から妻に感謝の電話を入れた。

この年、一気にブレーク。

4月26日・巨人戦(甲子園)では初完投勝利も挙げた。27試合に登板して、前年秋のキャンプで岡田監督が予言した通り、10勝(10敗)をマークした。

潜在能力が開花した岩田に日本代表スタッフも注目していた。

09年3月開催の第2回WBCへ向け代表候補48人に名を連ねた。

その後、1次候補から落選するもドジャース・黒田博樹が代表を辞退したことで“復活招集”され、世界一メンバーとなった。

競技の枠を超えた"戦友"

ここまで14年、第一線で戦ってきた。

昨年4月18日のヤクルト戦(神宮)で564日ぶりの1勝。実に1402日ぶりの完投勝利だった。

「涙が出そうだったよ」

必死に隠したが、声は確かに震えていた。


焦る日々の中、転機となる〝出会い〟もあった。レアルマドリードで活躍するFWナチョ。同じ病気を患い、サッカーを諦めろと言われながら、一流クラブで戦う30歳だ。岩田はテレビで存在を知った。

「物事をどうプラスに持っていくか。結局は、地道に努力し続けることが大切なんだ」

36歳はもう一度、私生活から見直した。

「中途半端じゃ辞められない。まだ始まったばかり。これから、これからやから」

第一線で戦う教え子を、西谷は「不思議なやつ」と表現する。

「でも、あいつらしいんですけど…」

そう言って、岩田の人柄を示す2つの秘話を明かした。

2度の春夏連覇を含めて、7度の甲子園制覇は歴代1位。プロに在籍するOBも増え、出場する度に各地から差し入れが届く。

「当然、どれもうれしいんです」

それでも…。

「普通はみんな、業者に頼むんです。契約メーカーとかに。でも、あいつは絶対に自分で持ってきます。ホテルまで。大阪で近いのもあるでしょうが、僕はすごいと思います。律義なところですね」


こんなこともあった。藤浪晋太郎、澤田圭佑(オリックス)と同期で、現在はホンダ鈴鹿に在籍する平尾圭太が、岩田と同じ時期に難病を患った。

病名こそ違うが、励みになるのではと思い、岩田に電話をした。

「時間ある時に、会ってやってくれないか」

すると岩田は、その日のうちに病院に赴き、平尾を見舞っていた。

「病気は、神様が乗り越えられる人にしか与えないんだ」

励ましの言葉とともに、グラブが添えられていた。

病気になんて負けるなよ

昨年12月4日。岩田は兵庫・西宮市の球団事務所で契約更改交渉に臨んだ。

来季プロ15年目で初の現状維持となる3800万円でサイン。

会見で誓ったのは下柳剛、能見篤史ら、ベテラン左腕の系譜を継ぐ覚悟だった。


「現状維持は衰退なので。このオフは今よりも1ランク、2ランク上げられるように」

昨夏の失速を教訓に新たな挑戦を始めた。10月下旬から高地トレーニング専門ジムに通う。

高地環境を室内に再現し、30分動けば通常の4倍の効果が得られる。前日は標高3600メートルの低酸素空間で動いたが、これは富士山3776メートル級。〝日本最高峰〟の舞台で心肺機能を高めている。

15年目、37歳シーズン。下柳は同年に15勝で最多勝を獲得し、能見は同年齢で規定投球回をクリアした。

「この年齢になり、あの人たちの大変さを実感する。先輩たちはすごい。あそこに1歩でも近づきたいです」
 
目指すのは年間のローテ死守と、5年ぶりの規定投球回到達だ。

西谷は言う。


「元々、遅咲きの人ですからね」

覚悟と決意を持って、エース左腕ロードを歩む。

なにより岩田には、使命がある。

毎年、クリスマス会に足を運ぶ。

「子どもたちの笑顔を見られてよかった。これは僕にしかできないこと。野球選手でいる限り続けたい」

見てろよ、みんな。病気になんて負けるなよ。

耐えて、耐え抜いた先に、笑顔があるんだ。

泣けるほどの感動があるんだぞ。


【取材・文=田中政行(デイリースポーツ)】

※この記事はデイリースポーツによるLINE NEWS向け特別企画です。

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球児 岩瀬氏から太鼓判!40歳40セーブを期待

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神春季キャンプ」(13日、宜野座)
 レジェンドから太鼓判だ。元中日で野球評論家の岩瀬仁紀氏(45)が取材で宜野座キャンプを訪問。阪神・藤川球児投手(39)の、40歳シーズンで40セーブという“エージシュート”での「岩瀬超え」に期待を寄せた。
 「20どころか30、40でもできそうな雰囲気がありますからね。怖いのは故障だけです」
 岩瀬氏はこの日、ブルペンで藤川の34球をじっくりとチェック。自身は、40歳以上シーズンでプロ野球最多の20セーブを記録しているが「向こう(藤川)の方が元気です。まだ全然できますね」と話す。そう感じるのはボールの強さからだ。
 「まだまっすぐで勝負できるので。(打者の)手元での力がしっかりある。手元で強いから打者の感覚からすれば、スピードガンより速く感じると思う」と岩瀬氏。藤川があと7セーブに迫る日米通算250セーブも「十分に球児ならクリアするでしょう」と話す。40セーブを期待する以上、“名球会入り”はあくまで通過点だ。
 練習の合間に岩瀬氏から取材を受けた藤川は「岩瀬さんには『まだできるでしょう』とずっと言ってます。素晴らしい先輩に話しかけてもらえるだけでありがたいです。励ましの言葉もいただきました」と振り返った。偉大な先輩の言葉も励みに、勝負の1年に挑んでいく。

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cat_19_issue_oa-vdaily oa-vdaily_0_3f494e0e5ae4_ドラ1西純 ワインドアップ投法へのこだわり明かす 3f494e0e5ae4 3f494e0e5ae4 ドラ1西純 ワインドアップ投法へのこだわり明かす oa-vdaily 0

ドラ1西純 ワインドアップ投法へのこだわり明かす

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神2軍春季キャンプ」(13日、安芸)
 ドラフト1位・西純矢投手(18)=創志学園=が13日、今キャンプ5度目のブルペン入り。初めて捕手を座らせ、直球のみ30球を投げた。「力みました」と振り返りつつ、球界では希少となったワインドアップ投法へのこだわりを明かした。
 躍動感のあるフォームから、力強い球を投げ込んだ。第1クールに指導を受けた山本昌臨時コーチから「軽くでもいいから指にかかったボールを」とアドバイスされた右腕。「指導をしてもらったことが良くなってきている」と手応えを口にする。
 西武・松坂や阪神・西勇などがワインドアップ投法の代表的な選手。しかし近年は制球力やバランスを重視するために減少している。西純は「小学校の頃から投げています」と明かし、きっかけは広島時代の前田健太に憧れたことがきっかけ。以降はそのスタイルを貫いてきた。
 プロの世界でも「そこはこだわりたいですね」ときっぱり。平田2軍監督が「指にかかったボールはやっぱりいいよ」と評価した力強さを、追い求めていく。

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cat_19_issue_oa-vdaily oa-vdaily_0_de25dc642d29_【矢野語録】モッチーはいいボールを増やしていければ de25dc642d29 de25dc642d29 【矢野語録】モッチーはいいボールを増やしていければ oa-vdaily 0

【矢野語録】モッチーはいいボールを増やしていければ

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 【2月13日】
 -シート打撃でボーアに一発が出た。
 「あれだけアゲインストが強い中でもしっかり放り込めるパワーと、追い込まれて打ったというところに価値があると思う」
 -望月が継続して好投している。
 「モッチー(望月)はいいボールはすごくいい。そのいいボールを増やしていければ。もう1ランクというのは、こっちとしては望むところやけど」
 -直接指導した馬場も好投。
 「腕もしっかり振れて打ち取ってる感覚というか、見てても前回より前に進んでる感じはあったと思う」
 -小野が9日の日本ハム戦で打たれた後には「打たれてよかった」と話していたが、修正できている。
 「変化球でカウントを取れたりとかしてる形もあった。段階としてはよかったんじゃない」
 -シーツ駐米スカウトがキャンプに合流。
 「少しでも外国人選手の負担を減らして気持ちよくできる環境というのは、球団と一緒になって作っていけたらという中で来てもらったんで。期待しています」

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西勇 開幕デモ!直球のみ&コース申告でも虎の主軸抑えた

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神春季キャンプ」(13日、宜野座)
 阪神・西勇輝投手(29)が13日、今キャンプ初めてフリー打撃に登板した。開幕投手の最有力候補は、新外国人のボーア、サンズ、福留、糸井ら主力を相手に58球を投げ、安打性の打球を6本に抑えた。シーズンに向けた調整を一任され、この日の登板も自己申告で決定。今後は次クールで予定される紅白戦に登板する。“開幕逆算ローテ”でエース道を歩む1年に備える。
 マウンドで時折見せる白い歯が、順調な調整過程を物語っていた。58球のデモンストレーションに、スタンドの観客は拍手喝采。上々の試運転も西勇は淡々と自己分析した。照準は3月20日に開幕を迎えるシーズン。初のフリー打撃登板で、また一つ段階を踏んだ。
 「全然でしょう。もう少し、かな。けど、投げられたことがデカいので。ここまで順調にはきていますかね」
 変化球は使わず、直球もコースを申告。福留や糸井、新外国人のボーアやサンズを相手にした。ストライクゾーンから、ボール1個分の出し入れで軌道を確認。全58球中、奪ったファウルは12球だった。キレ、球威ともに順調な仕上がりを証明。矢野監督も「何も心配はしていないよ」と全幅の信頼を寄せた。
 指揮官の言葉通り、キャンプの調整法を一任されている右腕。この日のフリー打撃登板も「自分で(投げたいと)言って、自分で決めた日にちなので」と明かす。開幕は例年より9日早い3月20日。次クール中に紅白戦が予定され、ここで今キャンプ初の実戦登板に臨む。これを経てオープン戦登板の流れだ。
 「やりたいことは決まってくる。目的を持ってやりたい。(制限が)何もなく、打者との感覚がどうか紅白戦で試したい」。9日にはブルペンでチーム最多、200球の投げ込みを行った。1月にはエース道を歩む覚悟を口にし、先発の柱を担う決意で臨む1年。矢野監督が「一番近い存在」と話すなど、開幕投手の最有力候補だ。
 「今はやるべきことをやるだけ。まだ焦る時期じゃない。ブルペンでやりたいこともありますし」と西勇。ブルペンでは秋山が投げる打席に立ち、助言を送るシーンもあった。目指すのは柱として導く15年ぶりのリーグ優勝。ここまでの調整に狂いはない。着実にエース道を歩んでいく。

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ガルシア 開幕ローテ暗雲…実戦登板のメド立たず

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神春季キャンプ」(13日、宜野座)
 コンディション不良で別メニュー調整が続く阪神のオネルキ・ガルシア投手(30)が、宜野座キャンプで実戦登板のメドが立っていないことが13日、分かった。
 これまで1度もブルペン入りしていない助っ人左腕。今季は東京五輪の影響で開幕が例年よりも早い3月20日・ヤクルト戦(神宮)。現時点で調整ペースが上がっておらず、開幕ローテに間に合わない可能性も出てきた。
 この日はキャッチボールなどで調整。ウィリアムス駐米スカウトと技術について話し込み、「焦らずやるように」とも伝えられたという。練習を見守った金村投手コーチは「日に日によくなっている」と明かした。

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ボーア 抜群の対応力!シーツ氏太鼓判弾 追い込まれても魅せた内角撃ち

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神春季キャンプ」(13日、宜野座)
 阪神の新外国人ジャスティン・ボーア内野手(31)=前エンゼルス=が13日、シート打撃で右翼席へ“来日2号”を放った。チームに合流したシーツ駐米スカウトへの“歓迎弾”。追い込まれながらも秋山の内角球に反応するなど対応力の高さを見せ、3度の実戦形式練習で5打数4安打2本塁打と抜群の結果を残す新助っ人。対外試合デビューとなる15日・広島戦(宜野座)に向け、期待は高まるばかりだ。
 宜野座の空にごう音がこだました。ボーアが138キロの内角球に対して「80%ぐらい」の力でコンパクトにスイング。高く舞い上がった打球は逆風を切り裂き右翼席に着弾した。シーツ駐米スカウトが見守る中、スタンドをどよめかせた。
 「すごく良かった。追い込まれていたのでピッチャーと勝負して反応できた。あまり思い切り振ったことはない。80%ぐらいがちょうどいい加減なんだ。感触的に、風も計算した中で『ああ、いった』と思いました」
 岩崎と対戦した1打席目はストレートの四球。一発を期待していたスタンドからため息が漏れていた。2打席目こそ、アーチが見たい。キャンプ地にまで駆けつけたファンの期待に一振りで応えた。
 5日のシート打撃では2打数2安打。伊藤和の直球を左中間席へ突き刺した。この日は弱点と目されていた内角球への対応力を証明。新助っ人がぶち当たる壁の一つを会心の一撃で乗り越え、広島・田中スコアラーは「追い込まれてあのコースを打つなんて素晴らしい。さすがメジャーで92本塁打を打った選手ですね」と警戒レベルを上げる。
 チーム合流日の一発にシーツ駐米スカウトはご機嫌だ。4、5年前から獲得調査していたことを明言。「彼は本当にパワーがある。率も結構残すと思う。本塁打の数?具体的には言えないけど、ホームランも打点もかなり挙げる思う」と活躍にお墨付きを与え、成功の秘けつは「日本に来て(スタイルを)変える必要はない。向こうでやってきたことを続けることが大事」とアドバイスを送った。
 本人は休日だった12日、「いろんなところを見るのが好きなんだ」と名護ビーチを散策。日本食にもトライし「沖縄そばはおいしいね。しょうゆラーメンも好きなんだ」と笑った。
 サンズ、マルテらと外国人枠を争うが「競争は必要だけど野球はチームスポーツ。ピッチャーと勝負している。外国人同士の競争は考えていない」と涼しい顔だ。15日に広島との練習試合(宜野座)で対外試合デビュー予定。本物の予感が漂う大物助っ人がいよいよベールを脱ぐ。

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望月 魅せた4K!最速153キロ 開幕ローテに前進

2020年2月14日 09:00 デイリースポーツ

 「阪神春季キャンプ」(13日、宜野座)
 阪神・望月惇志投手(22)が今キャンプ2度目のシート打撃に登板し、打者8人を1安打無失点に抑え、4三振を奪った。4日のシート打撃、8日の中日戦に続く好投で、開幕ローテ入りへ猛アピールだ。
 昨年のCSファイナルS初戦でKOされてから、ひと皮むけたような印象すら受けた。マウンドでのたたずまいには自信が漂う。「タイミングよく、バランスよく投げられたかなと思います」。先頭の梅野を3球で一直に打ち取ると、以降も各打者を寄せつけなかった。
 片山こそ追い込んでからの5球目を右前に運ばれたが、安定感は揺るがず。安打はこの1本のみで、力強い直球に、緩いカーブやフォーク、カットボールを織り交ぜ、最速はテレビ中継のスピードガンで153キロをたたき出した。
 矢野監督も「モッチー(望月)はいいボールはすごい」と評価。「(先発として)もう1ランクというのは望むところやね」と目を細める。
 ただ本人は「フォークもカットもまだまだ」と満足はしていない。「変化球でも真っすぐでもしっかりカウントを取れれば、自分のいい形で攻めていけると思う」と先を見据えた望月。開幕ローテをつかみ取るため、さらに精度を上げていく。

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新庄氏 インスタに野村元監督への追悼文「宇宙人の名付け親」人柄伝える

2020年2月12日 09:00 デイリースポーツ

 南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏が11日午前3時半、都内の病院で虚血性心不全のため死去した。84歳。テスト生で南海に入団し、65年に戦後初の三冠王を獲得するなど、数々のタイトルを獲得。現役引退後は「ID野球」を掲げ、ヤクルト監督時代に4度のリーグ優勝、3度の日本一を飾り、「ノムさん」の愛称で親しまれた知将が、静かに息を引き取った。葬儀は密葬で営まれ、後日、お別れの会が開かれる予定。
 阪神時代に指導を受けた新庄剛志氏(48)は自身のインスタグラムに追悼文を投稿。ユーモアを交えながら野村さんとの交流や、その人柄を伝えた。
 「宇宙人の名付け親」と題し、「新庄お前はファンに愛されるカッコつけて野球をやればええんや」「選手に自由に野球をやりなさいって指導したのはお前だけや」「お前は悔しいくらい可愛いな」。受けた言葉の数々を振り返り、「最高の言葉有り難うございました」と感謝した。
 「お前は何番だったら野球を真剣にやってくれるんだ?そりゃ4番ですよ 次の日から僕を4番に起用し、その年プロ野球人生最高の成績をあげメジャーに行けた」「ベルサーチいいですよって教えたらずっとベルサーチを着続けてくれた」と、2人の間でしか成立しなかったようなエピソードも明かした。
 「野村克也という人間に野球人生の終了は1%も無い」「俺がそっちに行ったら叩き起こすんでそれまでゆっくり寝ててください」と呼びかけ、「本当に笑顔で有り難うございました また会う日まで野村克也監督」と感謝をつづった。

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ノムさんへ決意のタイムリー 阪神・梅野“恩師”の金言胸に一流捕手道歩む

2020年2月12日 09:00 デイリースポーツ

 「練習試合、日本ハム0-5阪神」(11日、タピックスタジアム名護)
 阪神の梅野隆太郎捕手(28)が11日、日本ハム戦との練習試合で自身今年初となる対外試合に「8番・捕手」で出場。初打席の二回に決勝打となる中前適時打を放つなど、2安打と好スタートを切った。親交があった野村克也氏の訃報に接し「目標にしていい成績を残したい」と決意を新たにした。不動の正捕手が“恐怖の8番”として、攻守でチームの核を担う。
 痛烈な打球が中前に抜けた。梅野の2020年初打席が、二回1死一、二塁の好機で巡った。1-1からの3球目、内角の144キロをファーストスイングで捉えた。決勝打を含む2安打。“恩師”である野村氏の訃報に、一流の捕手道を歩む覚悟を口にする。
 梅野は厳しい表情で口を開いた。「少しした関わりだったんですけど、一度、いろんな話をさせていただいた。本当に残念です」。2017年のことだ。西岡(元阪神)を介して食事会に同席。伝えられたのは、まず「人として」のあり方だった。かみ締めるように語り始めた。
 「野球人として、捕手としてどうしていくか。人としてのことを数多く言われていました。僕は配球のことも聞こうと思ったんですけど、人としてのあり方を教わった。そこが一番思い出深いです」
 食事をしたのは、一度だけだった。それでも球場で顔を会わすたび「気にして見ているよ」と温かい激励をもらった。伝えられたのは責任感と使命感。教えを体現すべく、努力の日々は続く。二回の中前適時打に続き、四回には三塁ベースに当たる内野安打。近本の2点適時打を導いた。
 2年連続でゴールデングラブ賞を獲得。正捕手として揺るがぬ存在になった。目指すのは野村氏のように、攻守でチームの要になる成長だ。井上打撃コーチも希望を抱く。「この状態で8番に置けたら、いい打線が組めるよな」。“恐怖の8番”が打線の厚みを増す。
 「優勝チームに名捕手あり」は野村氏の格言。梅野もそんな師の背中を必死で追う。「同じキャッチャーなので目標にして。いい成績を出していきたい」。目指すのはキャリアハイの成績、そして15年ぶりのリーグ優勝だ。授かった金言の数々を胸に、弔いVに向けた歩みを進める。

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