店先で小麦を育てているベーカリーが渋谷にオープンした。
「365日」(代々木上原)の杉窪章匡さんが、プロデュースした「GREEN THUMB」(グリーンサム)である。
パン好きこそ考えたい、「小麦」の価値
田んぼは見たことがあっても、小麦畑を見たことがある人は少ないかもしれない。穂に、長いヒゲのようなものが生えている。これが小麦だ。
30年ほど前、小麦の収穫を手伝ったことがある。群馬県にある、私の母方の実家では、その昔、小麦を育てていた。収穫は、梅雨入り前の6月。長いヒゲが身体に刺さり、チクチクして痛痒かったことをいまでも覚えている。
なぜパン屋の店先で小麦を育てているか。杉窪さんに訊ねた。
「小麦は、農産物です。パン職人もパンを食べる人も、そのことをよくわかっていない人が多い」
農家が小麦を育てて収穫する。それを粉にしたものを、パン職人がパンにする。パン職人もパン好きも、パンを工業製品のように思っている人が多いというのだ。
パンは工業製品にあらず。自然と農業のたまものである。そのことをパン職人もパンを食べる人も、再認識する必要があるのではないだろうか。
しかもこの店では、6品種の国産小麦を使っている。北海道産の「ゆめちから」、「春よ恋」、「きたほなみ」、埼玉県産の「ハナマンテン」、福岡県産の「シロガネコムギ」、佐賀県産の「さちかおり」である。輸入小麦は、ドイツ産のブロッケンのみ使用。
すべてのプライスカードには、小麦の品種も記載されている。
小麦は農作物。
ほんの一瞬でいい。そのことに思いをはせてから、どんなパンが並んでいるのか、店内を観察したい。
驚きのおいしさ!『近未来のパン』を実食
パンは全部で約60種類。見たことのない形のパンがたくさん並んでいることに驚くはずだ。
たとえば、グリーンサムのオリジナル・クロワッサンは、三日月ではない。名前は、「サム」(240円)。食べ始めと食べ終わりでは食感が異なるように、形を変形させている。
左から、「ブラックサム」(260円)、「サム」(240円)
「ブラックサム」(260円)は、バナナとチョコレートをカカオクロワッサンで巻き、焼き上げた。
八の字の形をした「グリーンサム」は、「オニオン」(270円)、「セサミ」(240円)、「シード」(250円)の3種類。
左から、「オニオン」(270円)、「セサミ」(240円)、「シード」(250円)
このパンは、杉窪さん的に表現したベーグルだというのだ。一般的なベーグルとは、どこがどう違うのか。
「ベーグルは、粉っぽいものが多いと思っていました。水分が少なく、発酵中、中途半端に茹でる。そのため芯まで火が入りにくく、生焼け状態のベーグルが多いんです」
それが嫌だった杉窪さんは、水分を増やし、茹でずに食感を出すことにした。結果、モチモチとした、食感が愉快なグリーンサムが誕生。
「この店では、これまでにない形や製法で焼いた、グリーンサムのような『近未来のパン』を提供したいと思っています」
『近未来のパン』とはどういう意味か。
「既存のパンで満足しているかもしれませんが、本当は物足りなさを感じてきたパンもあります。それを現代にあった形に変えていきたい。それが、僕が考える『近未来のパン』です」
「ブリオッシング」(200円)も、杉窪さんが提案する『近未来のパン』のひとつ。
ブリオッシュには卵が欠かせないが、その卵を使用していない。
左が「ブリオッシング」(200円)、右は「ナッツファーム」(420円)
「卵を使うとどうしてもパサついてしまいます。卵なしでもブリオッシュらしさを損なわないために、バターを増やし、口溶けをよくしました」
ブリオッシングの他、キャラメルをまとわせたナッツを添えた「ナッツファーム」(420円)など、4タイプがある。
美味しいのはあたり前、その先の安心安全へ
近未来パンの代表選手「グリーンサム」は、サンドイッチとしても提供している。
3種類のグリーンサムのなかから好みのパンを選ぶ。
次にフィリング(ツナマヨ、カボチャ、メープルなど日替わりで常時3~4種類用意)、野菜(トマト、玉ねぎなど)、肉か魚(スモークサーモン、ベーコンなど)をチョイスし、最後にトッピングを選択。オーダーメイドなので、10分ほどで手元に届く。
フルサイズは900円、ハーフサイズ(グリーンサム半分)は550円。フルサイズは2個のパンを半分に切るので、フィリングなど好みの中身を2種類選べる。
今回は味比べのために、パンを2種オーダーさせてもらった。
グリーンサムを使ったサンドイッチ。左がシード、右がオニオンを使用したもの。
1個は、パンはシード、フィリングはカボチャ、玉ねぎ、スモークサーモンをオーダーし、アーモンドをのせてもらった。全体的にしっとりとしていて、噛みごたえもある。
もう1個はオニオン。フィリングはツナマヨ、ベーコン、トマトを頼み、トッピングはケイパー。
フライドオニオンが、ぱりぱりで、食感が香ばしい。ドレッシングはかけていないが、ツナマヨに和えたマヨネーズのおかげなのか、舌触りがなめらか。
このサンドイッチは、見た目以上にボリュームがあり、満足感を得られた。でも、驚いたのは、サンドイッチのボリューム感ではない。
聞けば、フィリングはもちろん、ベーコンもマヨネーズも自家製。
それだけではない。別のパンに使用するドライトマトもフリーズドライもリンゴのフィリングも手作り。店で販売するコンフィチュールも自家製。
長野で茶懐石の店を営む料理人がいる。妻の妊娠を知り、生まれてくる娘のために野菜の無農薬栽培をはじめた。その後、米の無農薬栽培にも着手。いまでは醤油も味噌も手作りしている。何から何まで自分で手をかけることで、安心安全も提供しようとしているのだ。
「美味しいのはあたり前」が、杉窪さんのモットー。美味しいだけでなく、できる限り安心安全なパンを届けたい。そんな思いもあり、パン職人が狭い工房で、パン以外の食材も手作りしているというのである。
杉窪さんは、現代にあった形や製法を取り入れることが『近未来のパン』だといった。
その定義をパン職人にあてはめるならば、できる限り、自分達で手作りすることが、『近未来のパン職人』といえるのかもしれない。
絶品! 個性的な「4種類の食パン」を実食
グリーンサムでは、4タイプの食パンを焼いている。
「ホワイト ブレッド」 どんな食べ方をしても美味しい、オールマイティな角パン。
「イエロー ブレッド」 バターを30%使用した、リッチな食パン。生地は甘く、焼かずにちぎるようにして食べると口いっぱいにバターの味わいが広がる。
「グリーン ブレッド」 グリーンサムと同じパン生地を使った、モチモチ感が特徴の食パン。
「ブラウン ブレッド」 カボチャの種、ヒマワリの種、オーツ麦、胚芽、亜麻仁、白ゴマを練り込んでいるので、栄養価が高いだけでなく、食感が愉快な食パン。
食パンを買うと、どう食べると美味しいのか、その目安が書かれたカードをもらえる。
最後に、グリーンサムの畑を作ってくれたジョン・ムーアさんを紹介する。
ジョンさんは元パタゴニア日本支社長。現在、一般社団法人「シーズ・オブ ・ライフ」代表理事として未来へ種子をつなぐ活動を続けている。
ジョンさんと杉窪さんは、〈自分たちで小麦を栽培し、収穫し、脱穀し、パンを焼いて食べよう〉というワークショップ「種から種へ」に参加している。
昨秋、都下の畑に植えた小麦が、順調に育っている。
6月16日(日)に小麦を収穫し、6月30日(日)に脱穀する。9月、その小麦でパンを焼いて食べる予定だ。
同ワークショップには、誰でも参加できる。興味がある方はフェイスブックをチェック。
同ワークショップには、「カタネベーカリー」(代々木上原)の片根大輔さんと「ブラフベーカリー」(横浜)の栄徳剛さんも参加している。嬉しいことに、ワークショップでは、彼らが作ったパンが食べられる。
ちなみに、キャンプ雑誌『ガルヴィ』(実業之日本社)では、「種から種へ」の様子を、連載「パンとアウトドアのいい関係」でレポートしている。こちらも御一読いただければ幸いです。
【GREEN THUMB】
住所/東京都渋谷区桜丘町28-9
電03-6452-5611
営業8時〜18時
*価格はすべて税別(中島 茂信)