軸がブレることはない。
屈強なディフェンダーにがつんとぶつかられても、鍛え抜かれた下半身でぐっと踏ん張る。ずる賢くプレーする方法は頭で理解しているが、あえてその選択肢を取るつもりはない。前線で体を張ってポストプレーをこなす杉本健勇にはこだわりがある。
「簡単に倒れたくないんで。当たり負けはしたくない。これがいいのか、悪いのか、分からんけど、どうしても頑張ってしまう。ピッチに転がらんと、点につなげるのが一番いいと思ってる」
今季は特にファウルを誘発するようなプレーに厳しい目が向けられており、レフェリーがあまり笛を吹かないことも分かっている。
「なおさら、倒れないようにしないと」
9月13日のコンサドーレ札幌戦でも、その体の強さが際立った。最終ラインの裏に抜け出す得意の形から好機をつかむと、斜め後ろから走ってきた相手を弾き飛ばしてシュートを放ち、ゴールネットを揺らした。
「相手にわざと体を当ててからシュートコースをつくったんです。当てないと、スライディングをされると思ったので」
187センチ・79キロ。大柄な体は持って生まれたものであるが、体の強さとキレのある動きは、一朝一夕では身につかない。若い頃からパフォーマンスを向上させるために自分への投資を惜しまなかった。
きっかけは23歳のときだ。2016年に川崎フロンターレからセレッソ大阪に戻り、自らの体をイチから見つめ直した。チーム練習が終われば、個人で契約した専属トレーナーの組むメニューで体を鍛え直し、毎日の食事も改善。日々の積み重ねである。
「重視したのは体のキレ。筋トレしたから体が強くなるわけではない。上半身と下半身を連動させることが大事。結果が出ないときに、どれだけ準備できるかどうかが重要やと思います」
同年、J2で14ゴールを挙げ、翌年にはJ1でキャリアハイの22ゴールを記録。効果はてきめんだった。
「体の変化をはっきり感じましたね。ピッチでの動きが違ったので。2017年の頃は何をやってもうまくいく気がしてました」
しかし、飛ぶ鳥落とす勢いも思わぬ形でブレーキがかかってしまう。17年末、左足首にメスを入れると、以前のように体が動かなくなったのだ。
「たかが足首と思うかもしれないけど、俺の場合、すごく繊細で……。復帰後もずっと違和感が残っていたんです」
かつての感覚は、いつになっても戻らなかった。全体練習後、故障前と同じように個人トレーニングに励んでもしっくりこない。2018年、浦和レッズに加入してからも、かつてのイメージに悩まされた。
「俺はもっとできていたし、できるのになんでできへんねんって」
それでも、昨季途中に周囲からの助言があり、ようやく過去と決別する。
「このままやったらあかん。一回ゼロにしようと思って」
自分の体とコンディションに合った形で、長年連れ添ったトレーナーとともにメニューを組み直した。年齢を重ねて、心身ともに変化すれば、体のチューニングが変わってくるのは当然。今も昔と変わらないのは、コツコツと打ち込むこと。
「トレーニングをしているからといって、結果につながるわけではない。過程が大切。それが僕たちの仕事やから。結果が出ようが、出まいが続けていかないといけない」
ブレない体を支えているのは、ブレない心である。
そして、移籍2年目の秋を迎えたこの時期、そのトレーニングをまた少し変えたという。具体的な変化については「ここではちょっと」と言葉を濁しながらも、口元を緩めていた。
「いまの自分がたどりつくところは見えているんで。もっと頑張らんとあかんけど、そこに近づくために努力してるから。世界を見れば、えげつないくらい強い選手はいっぱいおる。そこにも負けたくない。だから変化して、さらに進化していかないと」
今季、リーグ戦初ゴールは16節の札幌戦。無得点がしばらく続いたものの、自信が揺らぐことはなかった。点を取っていても、取れなくても、やるべきことは変わらないからだ。
「人よりも練習すること」
広い意味での“練習”である。昭和の熱血アニメよろしく、寝る間も惜しまずボールを蹴り続けているわけではない。科学を無視するのはナンセンス。午前の練習が終わり、クラブハウスで昼食を取れば、まっすぐ帰宅。午後からはパフォーマンス向上のためにジムで個人トレーニングに取り組む。夕食は栄養のバランスを考えて口に入れ、夜は睡眠をしっかり確保して体を休める。これらすべてが“練習”の一環なのだ。SNSなどでプライベートの一面を公開することもあるが、それは日常のほんの一部を切り取ったものに過ぎない。タイトなスケジュールで試合をこなしていくなか、体のケアには細心の注意を払っている。
「チームの勝利に貢献するために、まずはケガをしないことを心がけています」
残りの試合数を指折り数えると、ストライカーの矜持が口をつく。
「2ケタ、取りたい。個人目標を聞かれてもあまり口にしてこなかったけど、2ケタは取らないといけないと思ってる」
今季は倒れないポストプレーで味方を生かし、前線からの献身的な守備でチームのためによく働いている。ゴール以外での貢献度は高いが、「それはやって当たり前やから」とさらりと流す。
「自分の仕事はそこにプラスアルファ、点を取ること。もっと点を取りたいし、一番多く取りたいと思っている。自分は周りを生かして、生かされるタイプ。独力でゴールをこじ開ける選手ではない。周囲との連係がさらに深まれば、バンバン取れるはず。最後は自分次第やと思ってる。求められているのは結果やから。俺が20歳やったら違うけど、もうそうじゃない。フォワードって、やっぱり点を取らな、信頼されへん。俺は、そこに人生を懸けてるんで」
言葉には27歳の覚悟と自覚がにじんでいた。“ゼロ”からリスタートして1年。地道に続けてきた努力が浦和で報われる日は、そう遠くないはずだ。そのとき、再び覚醒する。
(取材/文・杉園昌之)