今年6月で開講3年目を迎える浦和レッズのサッカー塾。呼び名を変えた小学生向けのスクールではあるが、多くのJクラブが展開しているそれとは、中身がかなり違う。
サッカー塾のヘッドコーチを務める福島智紀が、大原サッカー場のフットサルコートで練習の準備をしているときだった。
クラブハウスの近くで散歩していた西大伍がおもむろに置かれたバランスボードに目を向けると、ふと足を止めて、話し掛けてきた。
「これは誰が使うものなのですか」
福島が小学生向けのトレーニングで使用することを説明すると、「それはとてもいいですね」と感心するように頷いていた。
西自身も一本歯下駄を履いて動く、同じようなトレーニングをしていることもあり、興味を持ったのだろう。サッカー塾でも一本歯下駄に模したお手製の道具を使い、自然な体重移動を身につける訓練をしている。
「この道具を足にはめ、踏ん張って動こうとすれば、転んでしまいます。理屈を伝えるのは難しいのですが、地面をぽんと蹴って動き出す感覚を養ってもらいたい。
足の裏(拇指球)に力を入れて、どしんと地面を蹴ってしまうと、だめなんです。力を抜いて走ることが大事になります」
サッカー塾と聞けば、主に技術を教え込んでいるイメージを抱くかもしれないが、レッズの取り組みはまるっきり異なる。むしろ、重きを置くのは、スムーズな体の使い方と動かし方の習得である。
「筋力に頼らない動きを教えています。アスリート能力を高めるためのトレーニングです」
良いお手本は興梠慎三だ。前線で相手ディフェンダーに体を当てられても巧みにポストプレーをこなし、球際では無類の強さを誇る。
ある日の練習に、その興梠が顔を見せたことがある。
「これはいい機会だと思い、子どもたちの前で、本人に質問したんです。なぜ、球際で負けないのか。心がけていることはありますかと聞くと、予想どおりの答えが返ってきました。『力を抜くことです』って。やはり、踏ん張ってはいないんですよ」
日頃から塾生たちには「ヒザを抜く」という言葉で説明し、コンタクトプレーのときに力を抜くことを意識させているため、興梠の言葉を聞いた小学生たちは納得の表情を浮かべていた。
ヨーロッパで活躍している選手たちのプレーを見ても、塾生たちはあることに気づくようになった。
「(バルセロナの)フレンキー・デ・ヨングもヒザを抜いていましたね、と。ただ、すごいではなく、なぜすごいプレーを出せているのかを理解できるようになっています。
実際にヒザを抜く(力を抜く)と、パスもドリブルもシュートもうまくなりますから。体の動き方を変えれば、プレーも変わることを実感してもらいたい。それを続けていくことで、5年後、10年後に差が出てくると思います」
現在、塾生の対象は小学生。U8(1・2年生)、U10(3・4年生)、U12(5・6年生)と3クラスの編成となり、原則的に各カテゴリーの定員は20人。
応募多数の場合は抽選で、セレクションは行っていない。少年団およびクラブチームに所属している選手でも参加できる。門戸は誰にでも開かれているのだ。
現場で教える加賀雅士アシスタントコーチは言う。
「経験のあり、なしも問いません。実際にレベル分けもしていません。少しでもうまくなりたいという向上心を持っている選手に来てほしいと思います。
他人と比較するのではなく、昨日の自分よりうまくなることを目標にしてもらいたい。みんなそれぞれが頑張るという集団の空気をつくり、指導しています」
いまの自分を変えたいキッズには、ぴったりかもしれない。
(取材/文・杉園昌之)
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中途半端は性に合わないのだろう。浦和レッズの柴戸海は、ピッチ外でも妥協を許さない。こだわり始めると止まらないようだ。
「少し前なのですが、IoT家電にはまり、かなり買いそろえました」
家電フットボーラーがIoTについて簡単に説明してくれた。
インターネットと家電をつなげ、遠隔操作して動かせるという。一つ買うと、また一つ、気がつけば、家のなかはIoTだらけになったとか。
とにかく利便性が高く、気に入った。ピッチでは鬼のような形相でボールを奪いにいくボランチは、柔和な笑みを浮かべて続けた。
「アレクサ(Amazonのクラウドベースの音声サービス)とネイチャーリモ(スマートリモコン)がつながっていれば、音声だけでいろいろなものを操作できるんですよ。部屋の電気をつけてと言えば、つけてくれますし、テレビのオンとオフ、チャンネルまで変えてくれますから」
気温が急に上がり、蒸し暑いある日の練習帰りのことだ。妻と子どもがいないときでも、柴戸の部屋は快適な室温が保たれていた。
自宅近くになると、自らのスマートフォンから電波が飛び、自動的にエアコンのスイッチが入るのだ。
「本当にすごいですよ。家に帰ると、部屋が勝手に涼しくなっているんですから。つい少し前までは、エアコンが効くまでの間で汗をかいてしまっていたのに、本当に便利になりました。練習から戻り、部屋が涼しいと、快適ですよ」
幼い子どもがいる新婚家庭にも欠かせないものになっている。
子どもの世話で手が離せないときでも、「お風呂を沸かして」とつぶやけば、風呂のスイッチが入る。
「奥さんの手助けにもなっているのかなと。料理で手がふさがっているときなどには活用しています。便利ですし、面白くなってIoT対応にどんどん買い替えました」
ただ、あまりに楽な生活を送っていると、ふと考えることもある。
「AIに頼りすぎてしまうと、家のなかでだらけてしまうなって。だから、最近はあえて自分で電気のスイッチを押しに行くこともあります。状況に応じて、うまく使いたい。すべてそれ頼みになるのはどうかなと」
ピッチでさぼることを嫌う男は、家に帰っても同じ。IoT家電に囲まれても、ストイックな柴戸は、きょうも自分を律している。
(取材/文・杉園昌之)
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自ら道を切り開き、水を得た魚のように走り回っている。
浦和レッズ加入1年目の田中達也はゴールを決めれば、ピンチも防ぐ。
4月下旬から徐々にリーグ戦で出場機会を増やし、3得点2アシスト。いまやチームに欠かせないアタッカーの一人になってきた。
開幕当初は空回りすることもあったが、それもいまは昔。リカルド ロドリゲス監督から要求されることを小幡直嗣コーチ兼通訳にこと細かに聞き直し、チームスタッフに作成してもらった映像を何度も見直した。
妥協せずにタスクの理解に努めたことで、いまの姿がある。何かの拍子で急変したわけではない。
「迷いが消えてから、武器である走力が生きるようになってきました。攻守ともに少しでも戸惑いがあれば、思い切って走れないので」
守備では状況に応じたポジショニングとプレスに行くタイミングを体得し、ボールを奪う回数も増えている。
全力でスプリントし、相手の前でピタリと止まる。スタミナ配分などお構いなしに見える。
「僕のような選手が力をセーブしたら、チームの役に立てませんから。器用ではないので、走ることで貢献しないと。正直、すごくきついですが、それを止めてしまえば、僕のやれることはなくなります」
攻撃ではパスをうまく呼び込めるようになった。チームメイトと積極的にコミュニケーションを取り、相互理解を深めたことは大きい。
「どれだけ走っても味方に見てもらえないと、パスは出てきません。一人ひとりの特徴を理解することで、この選手がこの位置でボールを受ければ、こんなパスが出てくると分かるようになりました。走ることが実になってきたと思います」
ただ、無駄になっても、わずかな可能性があれば、足を止めることはない。むしろ、あきらめないのが信条。
「ほかの選手がきつくて走れない場面でも、ボールがこぼれてくるかもしれないと思えば、僕は走ります。味方のシュートがクロスバーに当たるかもしれないし、相手ディフェンダーがミスをするかもしれません」
4月25日の11節・大分トリニータ戦で、移籍後初ゴールを決めたシーンは象徴的だった。
2-2で迎えた82分、明本考浩の左クロスは中央に飛び込んだ小泉佳穂にピタリと合う。それでも、田中は全力疾走し、大外のスペースへ走り込んでいた。
次の瞬間、体勢を崩した小泉からパスが出てきたのだ。
「味方が相手GKと1対1になったときも、決めてくれるだろうではなく、こぼれてくるかもしれないと思っています」
ロアッソ熊本時代に指導を受けた北嶋秀朗コーチ(現大宮アルディージャ・コーチ)の教えは、いまでも胸に留めている。
《「かもしれない」を大事にできない選手にゴールは決められない》
元日本代表の偉大なストライカーから学んだことは数え上げれば切りがない。
得意のゴールパターンも恩師からの直伝。J1通算12点中、浦和での3ゴールを含む11点はワンタッチゴールである。
クロスの入り方、駆け引き、ポジショニングについても、みっちり叩き込まれた。
ただし、詳しい話は企業秘密。「僕の上背(172cm)でもヘディングでゴールを取れてしまうんですから」とニヤリと笑う。
5月22日のヴィッセル神戸戦で、ペナルティーエリア内でフリーとなり、頭でゴールネットを揺らしたのは記憶に新しい。
「僕はゴールの嗅覚を持っているわけではありません。点を取るチャンスを逃さないために、それこそ、何回でも走り込みます。もしかすると、たった1回走らなかった、そのときに決定機がくるかもしれないので。だから、走り続けるんです」
試合を重ねるごとに11番の存在は、レッズのなかでも大きくなっている。
しゃにむにゴールへ向かう姿、チームのために身を粉にする姿勢に共感を覚え、同姓同名のレジェンドにイメージを重ねるファン・サポーターも出てきた。
SNSで「当時を思い出しました」というメッセージをもらったときには、思わず心が弾んだ。
「すごくうれしかったですね」
言葉には実感がこもる。かつてレッズで11番を背負っていた『田中達也』は、幼い頃からのアイドルなのだ。
サッカーをしていれば、どこに行っても名前を覚えてもらえた。アビスパ福岡U-15のセレクションを受けに行ったときも、クラブ関係者から声を掛けられた。
「昨日、Jリーグに出ていたよなって」
冗談まじりの言葉まではっきりと記憶している。
名前に役得のようなものを感じながら育ってきた。2014年、九州産業大からロアッソ熊本へのプロ内定が発表された日のことも忘れられない。
「11月27日はタツヤさんの誕生日でした。演出的な面はあったと思いますが、しっかり覚えています」
そして、熊本でプレーしていたプロ4年目の18年シーズン、4月1日のエープリルフールにJ2の舞台で初めて本人(アルビレックス新潟)と対戦する。
嘘ではない。これまでもテレビで見てきたスター選手たちと同じピッチでプレーするたびに感慨を覚えたが、やはり特別だった。
緊張していたせいか、本人との会話の内容は覚えていないが、素晴らしい人間性を持った人であることはひしひしと感じ取れた。
それから2カ月後。6月9日、熊本のクラブハウスに田中達也宛に新潟の田中達也から誕生日プレゼントが贈られてきたのだ。
「サイン入りの使用済みスパイクをいただきました」
3年前に手にした一生の宝物は、いまは浦和の自宅に飾られている。
「自分のことながら、ここにいる自分に驚きます。もしも言えるものなら、少年時代の僕に言ってやりたいです。『将来、お前はレッズの11番を背負ってプレーをするぞ』って。きっと信じないでしょうけどね」
21年のレッズで走り続ける28歳の田中達也に聞いてみた。
先代を超えるような存在になりたいですか――。
画面の前でしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「超えたいというより、イメージを重ねてもらえるような選手になりたいかな。プレースタイルは違いますが、タツヤさんのようにレッズのために全力で走って、ゴールに絡んで貢献できる選手になりたいです」
いつになってもタツヤは、タツヤを追いかけていくのだろう。
(取材/文・杉園昌之)
興梠慎三監督率いる浦和レッズ野球部に、入部希望者が現れた。
小泉佳穂と武田英寿のふたりだ。
入団テストに向けて(?)、トレーニングに励む両選手。
投げ方がちょっぴり拙い小泉に対し、見事なピッチングを見せたのは武田。
フットサルコートの横幅は、マウンドからホームベースまでとほぼ同じ約18m。
山中亮輔と同じように、キックは左利きだけど投げるのは右利きの武田は、セットポジションからスリークォーター気味のフォームで、キレのあるストレートを投げ込んでいく。
変化球は失敗したものの、ストレートの球威は十分。小泉も「ヒデ、投げるのうまくない⁉︎」と感嘆するほど。
果たして彼らは興梠監督のお眼鏡に適うのか!? 乞うご期待!(と言いつつも、今後はあるのか……)
(浦和レッズオフィシャルメディア)
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3月下旬のある日。
大事な試合に向けて体を仕上げ始めた『選手』がいた。
平川忠亮、42歳。17年間、浦和レッズ一筋でプレーし、2018年シーズンをもって現役を引退した。
現在はトップチームのコーチと、Jエリートリーグを戦うチームの監督を務めているが、今この時期は、『選手』でもある。
そう、平川が見据えているのは、7月22日(木・祝)17時から浦和駒場スタジアムで行われる、三菱重工カップ URAWA ☆☆☆ LEGENDS vs 浦和レッズだ。
自身の引退試合となるこの一戦、平川はただ単に、お祭り騒ぎで終わりにするつもりはない。
「浦和レッズのファン・サポーターのみなさん、ステークホルダーのみなさん、サッカーの街浦和のみなさん、日本中にいるサッカーファンのみなさんに、笑顔や元気を届けられるようなプレーや時間をお届けしたい」
その熱い思いをプレーで示し、これまでに獲得したJ1リーグ、Jリーグカップ、天皇杯、AFCチャンピオンズリーグなど13個のタイトルに「三菱重工カップ」を加えるべく、『選手』として準備を進めているのだ。
浦和レッズオフィシャルメディアは引退試合に向けて準備を進める平川に密着し、現役時代さながらに抜群のスピードで右サイドを疾走すべく、4カ月間で体を仕上げていく様子をこれからもお伝えする予定なので、お楽しみに!
(浦和レッズオフィシャルメディア)
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5月28日、大原サッカー場でのトレーニング後、リカルド ロドリゲス監督の定例会見がオンラインによって開かれ、5月30日に開催される明治安田生命J1リーグ 第17節の名古屋グランパス戦に向けた質疑応答が行われた。
リーグ3連戦の最後の試合に向けた調整について指揮官は、「連戦中なので、一番にやるべきことはリカバリーだ。選手たちがしっかり回復し、次の試合に向けていい状態で入れることを第一に進めている。
トレーニングでは、シンプルにやるべきこと、抑えるべきこと、要点をしっかり切り取り、選手たちに伝えている。その中でもしっかり休み、頭を整理して戦うというところをゲームで出せるといい」と、重要なポイントを分析し、短い時間で選手たちに落とし込んでいることを明かした。
好調なレッズに対して、相手チームが対策を講じてくることも予想されるが、指揮官はそれもさらなる成長の機会と捉えている。
「相手が我々の良さを消してくるときに違いを作り出せるか。例えば、相手がこうやってきたらどういう選択肢があるのかというところを、これからチーム全員で積み重ねていければと思っている。こういうシチュエーションがあれば、こういう解決策がある、というようにチーム全員で整理していければ。やれる範囲を広げながら次の試合に進んでいければと思っている」
名古屋の印象を聞かれると、「流れに関係なく、あらゆる瞬間にゴールを取る力がある。守備も堅く守れるチーム。何より個の力がすごく強いチームなので、そういったチームに対しては、最高のレベルで最高のパフォーマンスを発揮していかないと難しい試合になってしまう」と、強烈な攻撃にかなり警戒している様子だった。
名古屋戦は上位進出に向けて勝利が絶対に必要な試合となる。
「上位陣との直接対決ということで、上に行くためには、ぜひとも勝ちたい試合だ。スタジアムに観に来てくれる方々、テレビやDAZNで観てくれる方々、応援してくれる方々、ぜひサポートをお願いします。
選手の力だけではなく、観に来てくださる方々、応援してくださる方々も含めた全員の力で勝ち点差を縮めて、上に行ければと思っている。よろしくお願いします」
ホームで行われる名古屋グランパス戦は、明後日5月30日(日)18時にキックオフされる。
(浦和レッズオフィシャルメディア)
待望の瞬間はサンフレッチェ広島戦の84分に訪れた。
途中出場の興梠慎三がピッチに入って5分後、山中亮輔のクロスをヘディングで折り返すと、ボールが相手DFの手に当たって、PKを獲得する。
これを自らゴール左に蹴り込み、ようやく今季初ゴールを奪取。2012年シーズンから続く連続2桁ゴールの記録更新へ、第一歩を踏み出した。
「PKでしたが、近いうちにと取れるだろうという思いがあったので、しっかり決められてよかったです」
それにしても、今季は初ゴールまで長かった。
シーズン前に敢行した手術の影響もあり、プレシーズンはリハビリに明け暮れた。
3月10日の3節・横浜FC戦で82分からピッチに立ったものの、これはまだ試運転レベル。興梠自身もこんなことを言っていた。
「まだまだトレーニングキャンプの中盤くらいの状態。これから徐々にコンディションを上げていきたい」
次に出番が訪れたのは、3月27日のYBCルヴァンカップ・柏レイソル戦。この試合でスタメンを飾ると、その後はコンスタントにベンチ入りしてきたが、なかなかゴールが奪えなかった。
そして、リーグ戦16節にして、ようやく初ゴールを決めたのだった。
果たして、このペースで2桁得点に届くのか――。
そんな疑問に対して、エースは焦りの色をまったく見せない。
「毎年、『なかなか取れないですね』という話になりますけど、毎年同じ答えを出していると思います。いつか取れば、波に乗っていける。それがFW。だから、そんなに慌てることはないですね」
実際、昨季は開幕戦と3節でゴールを決めたものの、その後11試合ゴールから遠かった。しかし、シーズン後半に8ゴールを奪って2桁に乗せている。今季もここから得点を重ねていくイメージがあるに違いない。
興梠が挑戦している大記録は、それだけではない。
広島戦のゴールでJ1通算158得点となり、中山雅史さんを抜いて単独3位に浮上したのだ。
普段は自身の記録よりチームのタイトル獲得を強調する興梠も、これに関しては、きっぱりと言った。
「レジェンドの人たちと肩を並べられるような記録を出せたことは嬉しい。まだ上には上がいますし、次に近いところは佐藤寿人さんの161ゴール。今年抜くことができたらいいなと思っているので、それを目指したい」
1位は大久保嘉人(セレッソ大阪)の190得点、2位が佐藤寿人さんの161得点。まずは今季中にあと4ゴールを加え、単独2位に浮上したい。
もちろん、興梠はいつものセリフも忘れていなかった。
「あと、毎年言っていますが、チームのタイトルが欲しいので、それを目指してがんばっていきたいです」
キャスパー ユンカーがリーグ4戦連発となる5ゴール目を決め、田中達也も現在リーグ戦3ゴールをマーク。得点力不足に苦しんだのがウソのように、ゴール数が増えてきた。
さらに、エースの完全復活も間近――。ACL出場圏内に浮上するための体勢が、いよいよ整ってきた。
(取材/文・飯尾篤史)
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名古屋との直近10試合の結果
前節・仙台戦の名古屋のスタメン
前節・広島戦の浦和レッズのスタメン
前節のサンフレッチェ広島戦は終了間際にミドルシュートを許し、痛恨のドロー。連勝が3で止まってしまっただけに、今節の名古屋グランパス戦は必勝を期したい。
名古屋戦の舞台は、埼玉スタジアム。
今季、浦和レッズはホームでリーグ戦6勝2分1敗と、無類の強さを誇っている。しかも、現在ホーム5連勝中なのだ。こちらの連勝記録はしっかりと更新したい。
注目のスタメンだが、広島戦の内容が良くなかったこと、中3日の試合になることから、変更があってもおかしくない。
リカルド ロドリゲス監督には、直近の試合でゴールを決めた選手をスタメンに起用する傾向がある。キャスパー ユンカーしかり、田中達也しかり、汰木康也しかり。
だとすれば、PKだったものの今季初ゴールを決め、コンディションが上向いている興梠慎三のスタメン起用があるかもしれない。
興梠とユンカーが2トップを組み、広島戦でトップ下に入っていた小泉佳穂をボランチで起用する――。
小泉のボランチ起用は、ビルドアップを安定させる目的もある。
前線からの守備の強度に少し不安があるかもしれないが、名古屋の武器は失点数がリーグで2番目に少ない堅守にある。
興梠とユンカーの2トップも、小泉のボランチ起用も、名古屋の守備陣にダメージを与えることを最大限に考えたうえでのこと。戻ってきたエースとユンカーの相性を試しておきたい狙いもある。
対戦相手の名古屋は4月までは開幕からJ1新記録となる10試合連続完封を成し遂げ、首位の川崎フロンターレに肉薄していた。
ところが、4月18日のサガン鳥栖戦に敗れ、4月末と5月頭に行われた川崎Fとの首位攻防戦で2連敗を喫して以降、2勝1分2敗と下降線を辿っている。
しかも、5月15日の清水エスパルス戦で守備の要であるキャプテンの丸山祐市が今季絶望となる大怪我を負い、戦線から離脱。チーム状況は決して良くない。
ただし、それでも名古屋には「ウノ・ゼロ(1-0)」を成し遂げるだけのタレントがいる。警戒すべきは、右ウイングのマテウスと、ボランチの稲垣祥である。
破壊的なドリブル突破と左足の一撃を備えるマテウスは、ノーチャンスの状況からビッグチャンスを作り出せるタレント。対面する左サイドバックの明本考浩には粘り強い対応を求めたい。
稲垣の武器は、ミドルシュートだ。正確無比なキックで今季はすでに5ゴール。その活躍で、2・3月度のJ1月間MVPにも輝いている。
稲垣を監視するのは、柴戸海をはじめとするボランチ陣の役目だろうか。前節の広島戦で川辺駿の強烈な一撃を喰らっているだけに、同じ展開は避けなければならない。
ゲームはレッズが主導権を握る構図になるはずだ。
ボールを保持し、動かし、攻め込むレッズに対して、堅い守備ブロックで跳ね返し、カウンターを狙う名古屋――。レッズとしては焦れずに相手を揺さぶりながら、ユンカーや興梠の一撃につなげたい。
(取材/文・飯尾篤史)
クラブハウスのダイニングでの残食の量がめっきりと減り、アスリートにとって重要なトレーニング後の栄養摂取をほぼ全選手が継続している。
ダイニングで調理するスタッフが変わったわけではなく、プロテインを飲みやすくしたわけでもない。選手たちの意識が変わったのだ。
変化を促したのは、管理栄養士として浦和レッズをサポートする石川三知だ。
今年3月12日に紹介した動画(『夕食まであと3時間……食べるべきか、我慢すべきか』)内に、宇賀神友弥がジューシーを頬張りながら「石川大先生のおかげでケガもなく」と語るシーンがあるが、その「石川大先生」こそ、彼女である。
「特別なことは何もしていないんです。どうして必要なのか、科学的な実証があって、数字やデータも出して、サイエンスとしてレクチャーさせてもらったら、選手たちが理解してくれたんだと思います。
食事については残食が多いと聞いていたので、まずは食べきれる量にして、メニュー内容も変更しました。今年はボリュームを増やしましたが、それでもしっかり食べてくれるようになりました」
選手のパフォーマンスやコンディションの維持・向上を目指し、トレーニング後すぐに栄養が摂れるよう、増設したクラブハウスの3階にダイニングが設けられた。そうした改革の一環として、2020年5月に招かれたのが石川だ。
全日本男子バレーボールチーム、新体操日本代表フェアリージャパン、陸上男子短距離日本代表チーム、トライアスロンナショナルチームや、フィギュアスケートの髙橋大輔、荒川静香、スピードスケートの岡崎朋美、競泳の田中雅美、陸上短距離のサニブラウン アブデル ハキームなど、多くのトップアスリートの栄養指導を行ってきた。
そんな石川にとっても、プロサッカーチームをサポートするのは初めての経験だという。
「競技ごとの食べ方っていうのはないんですけど、リーグ戦を1年間戦い、週2回の試合が組まれていることも多いので、それに応じたピークの作り方、維持の仕方を意識する必要があります。1週間のうちに高負荷が2回入ってきて、なおかつリズムを作りながら、コンディションの曲線を下げないためには、血液状態をどうするか。試合ごとに選手たちの疲労度を観察して、アドバイスするようにしています」
スポーツの世界だから、ケガに苦しむ選手も存在する。しかし、だからといって、回復力を高める“魔法のレシピ”などない。
「自分で自分のエネルギーを戻すとか、自分で自分の筋修復をするとか、腱を治すとか、そうした能力を刺激することは初年度から意識してます。結局、自分でしか治せないですから。私の仕事は、その選手が能力を出せるように食環境を整えてあげること。あとは自分で頑張ってね、という感じです(笑)」
試合日も含めると平均して1週間のうち4日はチームに帯同し、クラブハウスや遠征先のホテル、吾亦紅寮の食事の献立を作成する。
選手一人ひとりの血液や体組成のデータを把握しているので、それに基づいて食事のアドバイスを送り、選手の妻にもレクチャーする。
「希望者だけですけどね。去年はオンラインでレクチャーしたんですけど、今年は個別に話しています。たくさん質問してくる方もいれば、1、2回のアドバイスで、あとは自分でやってみますという方や、テキストをもらいたいという方もいます」
それだけではない。「そんなことまで?」と思わず聞き返してしまったのだが……。
「試合前後の軽食の配膳もやっています。コロナ禍でスタジアムに業者を入れられないので、テーブルを拭く、スープをよそう……。ダイニングのスタッフだけで賄えないところを手伝っているんです」
感染症対策の一環でもあるが、選手の疲労度を間近で観察する機会にもなっている。
石川がレッズをサポートするようになって1年が経つ。
気さくな性格のため、選手やスタッフともすっかり馴染み、話し掛けられたり、冗談を言い合ったりすることも多い。
選手から「こんな風にやってると、やっぱりいい細胞が生まれてくるのかな」「今、本当に体調が良いから、これが続いてくれることを期待している」と言われたときは、嬉しかったという。
自分の栄養指導を理解してもらえたから、ではない。選手たちが自身の思い描く目標に少しでも近づいていくことが嬉しいのだ。
「チームや選手には目標があって、その目標を達成するために私は呼ばれたと思っているので、自分のしたことの評価はどうでもよくて。チームが勝ったり、選手のパフォーマンスが良ければ、嬉しいですね」
現在、ホーム5連勝中の浦和レッズ。夏場を乗り越え、過密日程に打ち勝って目標とするAFCチャンピオンズリーグの出場権を獲得するためには、石川のような縁の下の力持ちがチームには必要なのだ。
(取材/文・飯尾篤史)
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1勝2分3敗から、7勝1分2敗へ――。
苦戦を強いられた序盤戦から一転、4月以降の浦和レッズの成績は上向きとなっている。
V字回復の立役者のひとりが武藤雄樹であることに、異論を挟むものはいないだろう。
4月3日の鹿島アントラーズ戦で1トップとしてリーグ戦初先発を飾ると、ゴール前で勝負するのではなく中盤に下がってパスを引き出し、周りの選手を輝かせた。
そのプレーは、まさにゼロトップ――。
ゴールこそ奪えなかったものの、武藤の働きによって攻撃が活性化して2-1と快勝。この勝利によってチームは嫌なムードを払拭し、武藤の出場機会は劇的に増えていく。
「僕が出始めて勝利が増えたのは、本当に嬉しいです。監督から求められていることや、チームが前に進むために必要なことができているからこそ、ピッチに立てているんだと思います」
だが、スタメンの座を勝ち取るまでに、武藤は悩み、もがき、そして大事なものを捨てた。
ストライカーとしてのプライドである。
2015年にベガルタ仙台から加入後、年間13ゴール、12ゴールを立て続けにマークし、レッズの前線に欠かせぬ存在となった。
その後、ゴール数は少しずつ減ってはいるが、それでも、どの監督にも重宝されてきたのは、献身的なプレーも評価されたからだ。
しかし、武藤はミックスゾーンで必ずこう語っていた。
「チャンスメイクやハードワーク、守備をどれだけ評価してもらっても嬉しくないというか。得点を奪えないと悔しい。自分はストライカーなので得点にこだわりたいんです」
ところが、殊勲の鹿島戦のあと、武藤は意外な言葉をもらした。
「トレーニングからたくさんゴールを決めて、みんなを黙らせるようなパフォーマンスをしたいと考えていたんですけど、それよりも、チームにとってより重要な存在にならないといけないと考えるようになりました」
あれだけゴールに執着していたのに、いったい何があったのか――。
そんな質問を投げかけると、武藤は大きくうなずき、語り始めた。
「この1、2年、結果が出なくて、悔しい思いをしていて。今年は監督が代わって、攻撃的なサッカーになると聞いたので、とにかく点をたくさん決めて、昔の自分を取り戻したいと思っていたんです。最初のチャンスだったYBCルヴァンカップの湘南ベルマーレ戦(3月2日)で1トップに起用されたので、相手のディフェンスラインと駆け引きしてゴールを決めて、評価を変えてやるって。
でも、結果を出せなかった。トレーニングキャンプでも同じようにプレーして結果を出せていなかったので、次第にメンバーから外れるようになって。結果を出せていない選手は、待ってもらえないじゃないですか……」
武藤は決断を迫られていた。
プレースタイルを変えるという決断である。
武藤が最も得意とするのは、ディフェンスラインを掻い潜って裏に飛び出し、ゴールを陥れるプレーだ。
シーズン開幕前にリカルド ロドリゲス監督と面談した際にも、自身のストロングポイントとして、そうしたプレーを伝えている。
しかし……。
「今のままのプレースタイルを続けていても、厳しいなって感じたんです。まだチームとして攻撃が構築できていない時期でもあったので、決定機が来るとしても1回くらい。そのワンチャンスを今の自分が決められるのかと自問して、難しいだろうなと。サッカー選手は試合に出なければ、なんの意味もない。まずはピッチに立つために、やれることをやろう。それをやれば、きっと今のチームに貢献できると思ったんです」
こうして武藤は、プレースタイルを変える決断を下す。
それが、スタメン復帰のきっかけとなる3月28日のJエリートリーグ・北海道コンサドーレ札幌戦の1週間前のことだった。
「良く言えば、柔軟に変えた。悪く言えば、ストライカーとして振る舞い続けるのは難しいと思わざるを得なかった。自分との戦いに負けてしまった部分もあると思います」
もっとも、ネガティブな感情に支配されたわけではない。
「当時はまだ、ビルドアップが不安定だったので、そもそも前線に張っていても、僕のところまで、なかなかボールが来なかった。ボールを引き出してあげれば、自分はゴールから遠ざかるかもしれないけれど、攻撃が回るようになるはずだというイメージがあったんです」
3月27日のYBCルヴァンカップ・柏レイソル戦と、その翌日のJエリートリーグ・札幌戦に向かう1週間のトレーニングで、武藤は意識を変えた。
「裏も狙っていたとは思いますけど、自分の中ではガッツリ変えたという感覚です」
柏戦は途中出場だったが、札幌戦は1トップとしてスタメンで起用された。
このとき、リカルド ロドリゲス監督から「ボールをしっかり受けてくれ」といった要望はあったが、「ゼロトップで行くぞ」というような指示を受けたわけではない。
しかし、武藤のなかでは腹づもりがあった。
「1トップだけど、積極的に中盤に降りてボールを受けて、攻撃を活性化させよう。監督に、自分の違った面を見せないとダメだと思っていましたね」
こうした武藤のプレーが見事にハマる。
インサイドハーフの武田英寿や右ウイングの田中達也にスペースを与え、彼らの飛び出しを促したばかりか、武藤自身も2ゴールを奪取し、アピールに成功する。
「たぶん、監督が思っている以上に、僕はボールを受けに下がったはずです。それによって良い形の攻撃が増えて、自分にも得点が生まれた。監督も手応えを感じて、(1週間後の)鹿島戦でも武藤を1トップに起用して、ゼロトップのようにやってみるか、という流れになったんじゃないかと思います」
鹿島に2-1と勝利したレッズは、4日後に清水エスパルスを2-0と下して連勝を飾る。
その3日後、4月11日の徳島ヴォルティス戦の11分に武田が負傷したことで、武藤のゼロトップはいったん封印されたが、その後も武藤はコンスタントに出場を重ね、5月9日のベガルタ仙台戦では新外国籍選手のキャスパー ユンカーのゴールをお膳立てした。
5月16日のガンバ大阪戦でも武藤はDFを引きつけてニアに飛び込むことで、ファーに走り込んだ田中達也のゴールに貢献している。
ゴールは奪えていなくとも、自身がチームの勝利に貢献しているという手応えが、武藤の中にははっきりあった。
だが、試合出場を重ねれば重ねるほど、込み上げてくる感情もあった。
悔しさ、である。
ストライカーとしてのプライドを捨て、プレースタイルを変えたからといって、心の底から湧き出てくるゴールへの欲望は、簡単に抑えられるものではなかったのだ。
「試合に出られるようになったのは嬉しいし、チームが勝てるようになったのも嬉しい。でも、やっぱり結果を残せていないので悔しいし、情けないんです。たしかに中盤に落ちる機会が多いから、ゴール前で待つシーンがたくさんあるわけじゃない。
でも、センターバックでプレーしているわけじゃないんだから、シュート0ってことはない。20点取れるようなプレーはしていないけど、2〜3点は取ってなければおかしいでしょって。チーム戦術の犠牲になっているとは思わないです。自分の力不足を感じます」
武藤の話を聞いていて思い出したのは、レスター時代の岡崎慎司である。
岡崎が加入した2015-16シーズン、前季に残留争いを経験したレスターは快進撃を続け、プレミアリーグ史上最も奇跡的と言われた優勝を遂げる。
その立役者はエースのジェイミー・バーディだが、セカンドトップを務め、中盤とバーディをつなぎ、守備での貢献も高かった岡崎を陰のMVPに推す声は少なくなかった。
しかし、岡崎に喜びはなかった。
チームが機能しているときは、潤滑油としての岡崎に称賛が集まるが、チーム状況が悪くなり、何かを変えなければならなくなったとき、真っ先に代えられるのは、分かりやすい結果を残していない岡崎だった。
しかも岡崎は、リンクマンの役割を進んでこなしたわけではなかった。自身がバーディほどスーパーな選手ではないから、受け入れざるを得なかったのだ。
ストライカーとしての葛藤を、岡崎は優勝後も抱えていた。
「岡崎さんの気持ちがすごく分かります。まさに、この前(5月22日)のヴィッセル神戸戦の自分がそうでしたから。前半、チームが全然良くなくて、僕はハーフタイムに交代になった。誰を代えるのか、となったとき、キャスパーは点を取っているから外せない。達也もゴールを決めている。汰木(康也)も直前のルヴァンカップで決めたから代えたくない。となると、僕なんですよ。生き残っていくためには、やっぱり数字が必要だと、改めて思わされました」
武藤が中盤の選手としてキャリアを重ねてきたなら、たとえゴールを奪えなくても、チャンスメイカーとしての自身のプレーに満足できる部分があるかもしれない。
しかし、高校時代も、大学時代も、プロになってからも、ゴールでサッカー人生を切り開いてきたという自負がある。
だからこそ、プレースタイルを変えても、ストライカーとしての自身を捨てきれない。
「レッズに来て2桁得点を記録して、自分の人生はすごく変わった。2桁を取っていた頃は本当に充実していました。ゴールの喜びは何ものにも変えがたい特別な瞬間なんです」
葛藤を抱える武藤にとって勇気となるのは、かつての自分自身である。
ミハイロ・ペトロヴィッチ体制でゴールを量産していたとき、自分はペナルティエリア内でチャンスが訪れるのをただ待っていたのか。
守備や味方を助けるプレーをすることなく、ゴールだけに専念していたのか。
当時を思い起こして武藤は、首を横に振る。
「そんなことは全然なくて。守備もやっていたし、味方のサポートもしていた。そのうえで点を取れていたっていう自負があります。(オズワルド)オリヴェイラ監督のときだって、2トップの一角で起用され、守備になると、僕は5-4-1のサイドに入るなどタスクがかなり多かったんですけど、7点を取っている。チームを助けるプレーをしたうえで点を取ることが自分にはできるって信じています」
これまでJ1で積み重ねてきたゴールの数は47にのぼる。
レッズ加入後の活躍を見れば、大台はすぐにクリアするかと思われたが、19年シーズンは1ゴール、20年シーズンは2ゴールだったため、足踏みが続いている。
50ゴールはあくまでも通過点に過ぎないが、節目の数字だけに意識している。
「気にしていますね。取りたいと思っています、やっぱり。あと3点なのに達成できないのは嫌だし、今年取らないとダメでしょ、っていう気持ちがあります」
武藤が思い描くのは、献身的なプレーや周りを輝かせるような役割を担ったうえで、自らもゴールを奪うこと。簡単でないことは分かっているが、あくまでも理想像を追い求めている。
ゴールという喜びを取り戻して初めて、武藤の心が晴れるに違いない。
(取材/文・飯尾篤史)