産みの苦しみを味わった3月を終え、4月に入ってリカルド ロドリゲス監督の戦術がさらに浸透。団結力や一体感も高まり、鹿島、清水、徳島を下して3連勝を飾った。シーズンの約4分の1を消化したこのタイミングで、これまでの戦いぶり、偽9番システムの背景、鹿島戦後のロッカールームでの出来事、メンバーリストの秘密……などについて、指揮官に話を訊いた。
監督は常に不安でいなければならない
――古巣・徳島ヴォルティス戦での勝利、おめでとうございます。3連勝となりました。気持ちに余裕が生まれたり、仕事をさらに進めやすくなるなといったお気持ちはありますか?
「連勝すれば、みんなが嬉しく、楽しい気持ちで前に進むことができますし、負けが込めば不安が生まれるものだと思います。ただ、監督は常に不安を抱え、悩んでいなければいけないと思っています。危機感を持つことで、いろいろな状況に対応できるようになるので。
――古巣との対戦は、感傷的な気分になったり、いつも以上に負けたくないという気持ちが芽生えたりするものでしょうか?
「もちろん、4年間一緒に戦った選手、スタッフのいるクラブですから、私にとって特別な試合でした。でも、徳島だから勝ちたいとか、負けたくないというわけではなく、勝ち点3の懸かった試合だから勝ちたかった。そういう意味では、浦和レッズのことだけを考えて臨んだゲームでした」
――似たチームとの対戦だからこそ、見えたものもあったのではないでしょうか?
「おっしゃるとおり、似たアイデアを持ってプレーするチーム同士の対戦でした。ヒデ(武田英寿)の負傷交代でゲームプランを変更せざるを得なかったことを差し引いても、徳島は非常に難しい相手でした。プレスを掛けて私たちにサッカーをさせないような戦い方をしてきましたが、私たちも特に後半はしっかりプレスを掛けて、走って、戦うことができました。
――徳島は後ろ2枚、中盤2枚で攻撃をビルドアップしたり、後ろ3枚、中盤2枚、後ろ4枚、中盤1枚など、状況に応じたビルドアップが多彩でした。「相手を見てサッカーをする」という部分で、浦和レッズの目指すべきところかな、と感じました。
「ビルドアップのバリエーションを多く持つことは大事です。最初のゲームプランがうまくいき、相手のプレスがハマらないようなビルドアップを90分間続けられればいいですが、相手も試合中にプレスの仕方を変えてきます。
1週目は守備を、2週目は攻撃を改善
――4月に入ってチームの進化が表れてきて、結果も付いてきました。3月は連戦が多かったので、戦術トレーニングをする機会も多くなかったと思います。そうしたなかで、工夫したことはありますか?
「映像をよく使って、ミーティングを行ないました。フィジカル的な負荷をかけずにコンセプトを落とし込むためです。その後、3月末のインターナショナルマッチウイークで2週間じっくりトレーニングを積む時間があったので、1週目は守備にフォーカスしました。特にペナルティエリア内の守備で、簡単に相手FWにボールを付けられて、プレーされた場面があったので、そこを修正しました。
――徳島戦の前に「チームの一体感や団結力は高まっている」とおっしゃっていました。高まるきっかけになるような出来事や試合はありましたか?
「このチームの団結力はキャンプからずっと感じていて、チームの勝利のためにひとつのグループとして行動していると思います。ただ、ひとつ挙げるなら、(4月3日の)鹿島(アントラーズ)戦が行なわれたのは私の誕生日で、監督に勝利をプレゼントしたいというモチベーションを持ってくれたんじゃないかと思います。
――試合後のロッカールームでも、ケーキで祝福されたそうですね。
「よくご存知ですね(笑)。選手、コーチングスタッフ、メディカルスタッフ、それ以外のスタッフ全員がファミリーだと感じられた場面でした。私は就任初日から、『団結力なくして勝利はない』と話してきました。どんなに素晴らしい戦術を持っていても、チームが感情面で一体となっていなければ、様々な困難に打ち勝っていけないと思っています」
――流れが良くなるきっかけのひとつに、鹿島戦での4-1-4-1システムの採用があったと思います。3月17日の北海道コンサドーレ札幌戦あたりでの導入も考えていたそうですが、なぜ札幌戦では見送り、鹿島戦で導入したのでしょうか?
「それまで相手にダメージを与える機会が少なかったので、形を変えることを考え始めたのが札幌戦のあたりでした。ただ、札幌はマンツーマンに近い形で圧力を掛けてくるチームだったこと、連戦中で準備の時間がなかったことから、変更はやめました。
武藤はメッシではない
――その武藤選手ですが、彼はもともとシャドーストライカーで、飛び出しを得意にしています。偽9番の資質があることはトレーニング中に見出したのでしょうか?
「武藤は裏のスペースを狙うのもうまいですが、中盤のスペースを見つけることにも長けています。つまり、スペースを感じ取れる選手なのです。そうした資質は練習中に感じていました。あと、いろんなところに顔を出して周りと関係性を築くのもうまい。そこでエリートリーグで試してみたら、役割を見事にこなしてくれたうえに2ゴールを決めてくれた。それで、鹿島戦でも起用しようと思ったわけです」
――もうひとつの驚きが、柴戸海選手です。これまではダブルボランチの一角に入り、思い切ってポジションを離れてボールにアプローチし、奪い取れるところが魅力でした。しかし今はアンカーに入り、動かないこと、そこにいることで攻守両面において機能しています。彼の成長や戦術理解度について、どう感じていますか?
「おっしゃるとおり、アンカーとして出場したときは、ダブルボランチのときとは異なる特徴を見せています。アンカーのときにはヨシオ、ヒデとトライアングルを築きながら、うまくバランスを取ってくれている。彼は今すごく学んでいるし、吸収しています。高いレベルのプレーを見せてくれています」
――武藤選手が偽9番として中盤に落ちてきて、ウイングの関根貴大選手や明本考浩選手がダイアゴナルランでゴール前に入っていく様子は、ジョゼップ・グアルディオラ時代のFCバルセロナのリオネル・メッシ、ダビド・ビジャ、ペドロ・ロドリゲスの関係性を彷彿とさせます。
「たしかに、ファルソ・ヌエベ(スペイン語で偽9番)は、メッシが(サンチャゴ・)ベルナベウ(でのレアル・マドリー戦)で披露した形ですが、あれをそのままコピーしたわけではないですよ。武藤はメッシではないですから(笑)。どうすればチームが最も機能するのかを考えた結果がファルソ・ヌエベだったんです。武藤がうまく中盤をサポートしてくれて、武藤の空けたスペースに中盤の選手が入っていく。やはり監督というのは、選手の特徴を観察し、多くのオプション、柔軟な戦術を持たなければいけないと思います」
――ディフェンスラインからのビルドアップも、サイドにおけるローリングも様になってきました。チームとして作り込む部分と、選手に自由にやらせる部分のバランスは、どう考えていますか?
「核心を突いたいい質問だと思います。基準となるコンセプトを与え、いくつもの戦術を授けるのは監督の仕事ですが、ピッチで戦うのは選手たちです。その瞬間、瞬間で相手が何をしてくるのかを察し、いち早くスペースを見つけ、次の展開を読まなければなりません。だからトレーニングではいくつかのパターンを練習しますが、最終的に選手たちが状況に応じて自分たちで判断して使いこなせられるような練習を行なっているつもりです」
リストで相手を騙すことはしない
――試合後の会見でいつも思うのは、リカルド監督は負けた試合のあとでも非常に穏やかで、落ち着いていることです。怒りを露わにしたり、不機嫌な監督も多いですが、もともとそういう性格なのでしょうか? それとも心掛けているのでしょうか?
「私も過去には怒りを露わにしていたことがありましたけど、経験を積んで学びました(笑)。今はよりバランスの取れた表現をしようと心掛けています。そういう意味では、勝利したあとも、喜びを爆発させすぎないように、浮かれすぎないようにしています。
――あと、試合前のスターティングリストでは、選手たちが必ずポジションごとに右サイドから並んでいて、そこにリカルド監督の実直さが見て取れます。メンバー表の並びで相手を撹乱するようなことはしないのでしょうか? それとも、それはもっと重要な一戦に取ってあるのでしょうか?
「面白い指摘ですね(笑)。基本的に私はメンバーリストで相手を騙すことはしません。絶対にしないわけでもないんですけれど、それを行なったとしても、試合が始まれば相手はすぐに気付きますから。私自身、相手のメンバー表に惑わされることはないので、あまりそういうことはしません」
――埼玉スタジアムの雰囲気はいかがですか? これまで指揮を執ってきたチームのホームスタジアムと比べて、どうでしょうか?
「非常にいい雰囲気だと思います。今は1万人に制限されていますが、ファン、サポーターの浦和レッズを思う気持ちはしっかり届いています。徳島戦はスペクタクルと言えるような内容ではありませんでしたが、例えば、いいプレスを仕掛けたとき、皆さんが拍手をしてくれました。これは非常にポジティブなことで、このチームが今、何をしようとしているのか分かっていただけているんだなと感じました。私たちもベストを尽くす姿を見せながら、勝利をお届けしたいと思います」
――ここまでリーグ戦9試合、カップ戦2試合を消化し、11チームと対戦しました。改めてJ1のレベルをどう感じていますか? 今シーズンはACL出場圏内を目指していますが、目標達成への自信は深まりましたか?
「ここまでの試合で相手に上回られたと感じたのは、横浜(F・マリノス)戦、川崎(フロンターレ)戦の2試合だけ。それ以外の試合では、そういうことは感じませんでした。FC東京戦も、(サガン)鳥栖戦も、勝つチャンスがありましたから。3月に結果を残せなくて、いいスタートを切れたとは言えませんが、今はACL出場圏内まで勝ち点4点差まで巻き返してきたので、非常にポジティブな流れになっていると思います。
(取材/文・飯尾篤史)