「止めるのが楽しかったんです。それで、ずっとGKをやっています。GKが嫌になったことはないですね。逆に言えば、フィールドプレーヤーはできる気がしないので(苦笑)。GKしかできないと言ったら、それに尽きるんですけど、やっぱり楽しいんです」
「山岸さんや加藤さんがトレーニングする様子を頭に焼き付けて、急いで自転車で学校に戻って、そのイメージでサッカーをしていたんです。だから、浦和レッズというクラブにずっと憧れがありました」
「その話を聞いて、すぐにセレクションを受けようと思った記憶があります」
「工藤さんは技術を大切にされていて、ジュニアチームということもあって、徹底的に技術トレーニングをしてくれました。今、トップのコーチを務めているように、フィールドのコーチもできる方なので、ビルドアップの重要性やキックの種類を教わって。フィールドプレーヤーから見たGKという考え方は、本当に勉強になりました」
「山岸さんや加藤さんの隣でプレーを見て構えを学んだり、僕のプレーを見てもらって、アドバイスしてもらったりしました」
「試合前、槙野(智章)さんが『とにかく楽しめ。あっと言う間に終わってしまうから、楽しめ、楽しめ』と言ってくれて。それで気持ちが楽になりました」
「ブラインドになっていたんですけど、しっかり構え続けて反応できた。弾く場所も含めて、良いプレーだったと感じています。ハマさん(浜野征哉GKコーチ)からも、そう言ってもらいました」
「攻撃の部分では、前線の選手へのロングキックと後ろの選手へのショートパスをもう少しうまく使い分けてマイボールにできればよかった。あとは試合終盤にFKの流れからヘディングシュートを打たれた場面。そのシュートは止めたんですけど、FKのボールに対してアタックに行くべきだったと反省しています」
「キャンプのときから前はもちろん、真ん中の選手が絶対に空くと言われてきたので、湘南戦では真ん中を意識しながらプレーして、実際に良いパスを通せたシーンも何回かありました。それでも相手のプレッシャーが早くてパスがズレてしまい、危ないピンチも招いてしまったので、もっと、前のスペースだったりを的確に狙っていかないといけないと感じました」
「もちろん、自分の力不足は感じていましたけど、それでも、トップチームの練習に参加させてもらっている以上、年齢に関係なく、試合に出たいという思いを持ち続けていました。ただ練習だけ、という考えはまったくなかったですね」
「上の世代に入っても試合に出るのが当たり前だったので。だから、飛び級で参加したU-17ワールドカップも、U-20ワールドカップも、結果として出られなかったですけど、ポジションは狙っていました」
「シュート対応に関しては、なかなかボールが来なかったんですけど、攻撃の部分のキックは通用すると実感しましたし、クロス対応で負ける気がしませんでした」
「メキシコ戦の1失点目はCKから喫したんですけど、自分のキャッチミスでCKを与えてしまって。ひとつのミスが失点を招くと痛感しました。2失点目はシュートのタイミングをズラされて。ユース時代は、自分の思い通りのタイミングで飛んでくるシュートを止めてきたので、海外の選手と日本の選手の違いを感じました。そういうところでもっと成長しないといけないなって思いましたね」
「練習前の自主練で、周作くんが得意とするような、前線の選手の足もとやボランチの選手に落とすようなボールを蹴る練習を昨年以上にしています」
「浦和レッズで試合に出て、タイトルを獲ってから、イングランドに移籍して、プレミアリーグで活躍したいです。そのあとは、このクラブに帰ってきて引退するのが自分の夢です」
「母の教育のおかげだと思います。母から常に『自立するように』と言われてきました。だから、ジュニアの頃から自分の洗濯物は自分で洗っていましたし、自立を心がけてきたことが、今の性格に繋がっているんじゃないかと思います」
「すごく気に入っています。好きですね、自分でも。聖書に出てくる聖なる丘の名前なんです。母が付けてくれたと聞いています」
(取材/文・飯尾篤史)