堅守速攻、ここに極まれり。
2006年度シーズンは、3年目を迎えたギド・ブッフバルト体制の集大成となった。
一撃必殺のカウンターでことごとく相手を撃沈。最前線にロングボールを送れば、ペナルティーエリア近辺でどんと構える元ブラジル代表のワシントンが確実に仕事をこなした。26試合26得点と驚異のペースでゴールを量産し、得点王にも輝いた。シンプルな攻めで崩せなければ、千両役者のポンテが中継に入り、あっという間に問題を解決。攻撃は個の能力を最大限に生かす形が多かったものの、チームのベースとなったのは成熟した守備組織である。
3バックの闘莉王、坪井慶介、堀之内聖(現強化部スタッフ)にボランチの鈴木啓太を加えたユニットは堅陣を誇り、リーグ最少の28失点に抑え込んだ。2番目に失点が少なかった清水エスパルスが41失点だったことを考えると、浦和レッズの数字がいかに突出しているかが分かる。
シーズン最終盤、堀之内と坪井がケガで戦線離脱しても、大崩れはしなかった。バックアップの内舘秀樹(現ジュニアユース監督)とネネがしっかり穴を埋めた。2004年、05年と2年連続して勝負どころで勝てず、リーグ2位に甘んじてきた悔しさは糧となっていた。
2位のガンバ大阪をホームに迎えた最終節。勝ち点差は3ポイント。2点差以内で敗れても得失点差で初のリーグ優勝が決まる状況だった。経験を積んだイレブンの表情には緊張だけでなく、自信がにじんでいた。
FW㉑ワシントン、⑩ポンテ、⑥山田暢久
MF⑭平川忠亮、⑬鈴木啓太、⑰長谷部誠、⑧三都主アレサンドロ
DF⑲内舘秀樹、④田中マルクス闘莉王、⑤ネネ
GK①山岸範宏
埼玉スタジアムには当時のJリーグ最多入場数となる6万2241人が詰めかけるなか、いきなり相手に先制点を献上。それでも、慌てることはなかった。すぐさまポンテのゴールで追いつき、前半のうちにワシントンの得点で勝ち越す。後半には再びエースが追加点を奪い、しっかり逃げ切った。
したたかな試合運びに加え、25節以降一度も首位の座を明け渡すことのなかった安定感は、ブッフバルト監督が3年間かけて浸透させてきたもの。惜しみなく選手を称えたかと思えば、激しく叱咤することもあった。そして、勝負に徹底してこだわった。前年度から続くホーム無敗記録も継続。西ドイツ代表として1990年ワールドカップを制した経験を持つ指揮官がレッズにもたらしたものは、栄光のシャーレだけではない。勝者のメンタリティーを植え付けた。
Jリーグ創設から14年目。紆余曲折を経て、念願のリーグ制覇である。キャプテンの山田暢久がシャーレを高く掲げると、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。ヨーロッパから4年半ぶりに復帰した小野伸二(現FC琉球)も感慨ひとしお。優勝の瞬間はピッチの上に立っていなかったが、満面の笑みで喜んでいた。
リーグ優勝を決めた2日後の12月4日、正式にブッフバルト監督の退任を発表したが、天皇杯の最終日程まで誰も気を抜くことはなかった。決勝では圧倒的な攻撃力を誇ったG大阪をシャットアウト。大会2連覇を成し遂げて、2冠を達成した。各ラインに代表クラスをそろえたレッズ史上歴代指折りのタレント軍団がひとつになった証だった。
Jリーグ:優勝
ナビスコカップ:ベスト8
天皇杯:優勝
ベストイレブン:田中マルクス闘莉王、鈴木啓太、ワシントン
MVP:田中マルクス闘莉王
得点王:ワシントン(26点)
(取材/文・杉園昌之)