自分を変える——。
年齢を重ねれば重ねるほど、経験を積めば積むほど、それは容易ではなくなっていく。築き上げてきたスタイルや思考を覆し、新たなものを取り入れるには、より多くのパワーを必要とするからだ。
だが、2019年シーズン、西川周作は常に自分自身に矢印を向けてきた。
振り返れば、浦和レッズにとっても、西川にとっても苦しい1年だった。
「シーズンを通じて満足できる結果ではなかったですし、チームとしては3年連続で監督が交代したように、変えなければいけない状況にしてしまった選手としての責任は強く感じています。
ただ、個人にスポットを当てれば、GKとして見せ場が本当に多かったシーズンになったと思います。守備機会も多かったですし、負ける試合も多かったですけど、自分がやろうとしていることはできつつあったかなと」
14位で終えたリーグ戦では、50失点を数えたように、相手に攻め込まれる場面も多かった。それだけに、西川が全く悩まなかったと言われれば、嘘になる。
「数年前と比べれば、サッカーのスタイルも違うものになってきているので、そこへのもどかしさは正直、ありましたよね。ボールをつなぐスタイルから、特にシーズン序盤は蹴るスタイルに変わってきてもいた。
自分がやりたいようにできないもどかしさはありましたけど、そこで周りに対してどうこう思うよりも、自分が変わるほうが早いなって思ったんですよね」
きっかけを与えてくれたのは、今シーズンからGKコーチに就任した浜野征哉だった。
「周りに合わせてもらうんじゃなくて、自分が変わればいい」
浜野から言われたその言葉を、西川は心に刻んだ。
「コーチングにしても、DFが自分の思い描いたように動いてくれなければ、GKはピンチになってしまう。でも、味方のポジショニングが悪かったとしても、自分がそこをカバーできるくらいに変わればいい。
ミスをミスにしないというか。
味方のミスをもミスにしない。例えば、自分がキャッチミスしたとしても、すぐにリカバリーしてボールを確保するのと一緒で、味方がミスしたとしても失点しなければ、決定的なミスにはならないですよね。守れればいいというシンプルな考えでプレーしていたので、精神的にも落ち着いてプレーできるようにはなってきましたね」
若いころは、失点すれば周囲に対して憤ることもあった。今は表情には出さなくなったが、ゴールを許せば悔しさを覚える。その矢印はすべて自分自身に向けられている。
「自分の理想というものは当然ありますけど、そうならなかったときのほうが大事かなと思っていて。DFが寄せきれずにシュートを打たれるのであれば、自分のポジショニングを少し変えてみたりとか、見える位置にいたりという工夫も大事かなと。
味方に要求しつつも、自分は自分でより良いポジショニングをすればいいわけですからね。それも踏まえて、毎試合、ハマさん(浜野コーチ)とは反省会をしてきたんですけど、失点の半分は何とかできたかなという感覚もあるんです」
西川が変えた、もしくは変わったのは、それだけではない。
「筋力トレーニングもそのひとつですかね。(オズワルド・)オリヴェイラさんが連れてきたコーチが用意してくれたメニューを続けてきたことで、しっかりと地に足が着いている感覚があったというか。以前、左膝を痛めた関係で、(力の入り方が)左右対称じゃないところがあったんですけど、継続してトレーニングを続けたことでパワーも出るようになって、どっしり感が出てきたかなと思います」
変化はGKにとってのベースとなる“構え”にも及んだ。
「カウンターを受けて、シュートを打たれるときに、ある程度、低めに構えるようにしたんです。さらにいつ来てもいいよという準備ができる構え方にしたというか。クロスに対してもそうですけど、一度、目線を高くしてしまうと、その後、ボールの下に視線を持っていきにくくなってしまうので、今は下から下からというイメージで守っているかもしれません。
視線を低くすることによって、プレジャンプもコンパクトになったり、一対一でもすっと足が出たりと、余裕がでてきた。数年前のプレーを見返すと、自分でも全然、構え方が違うなって思うくらい変わりました(笑)」
33歳になってフォームを変えるのは、「すごく大変でした」と言って、西川は笑ったが、試合で手応えを得たことで成長を実感できたという。その証拠に西川のセーブが幾度も苦しむチームの窮地を救った。
そんな西川が自分自身に強く矢印を向けたのは、11月1日のJ1第30節だった。AFCチャンピオンズリーグ決勝第1戦への出場停止が決まっていた関係で、鹿島戦は控えに回り、連続出場記録が歴代2位の225試合で途絶えたのである。
「あれは一番、悔しかったですね。チームが残留争いをするなかで、自分は何もできないというか……。記録としても、もっといけたと思いますし、あの試合はある意味、忘れないんじゃないかと思います」
このときも、西川が抱く悔恨を汲み取り、言葉を掛けてくれたのがコーチの浜野だった。
「記録じゃなくて、記憶に残るGKになれ」
AFCチャンピオンズリーグ準決勝第2戦では左手小指を剥離骨折しながら、その後もゴールマウスの前に立ち続けていたのは、記録への挑戦とファン・サポーターへの思いがあったからだ。
「特に今シーズンはホームで勝てなかったことが本当に申し訳なかったというか。ゴールを背負っているだけに、ファン・サポーターの落胆を一番、僕は感じるんですよね。アディショナルタイムになったときに帰っていく人の姿も分かりますから……。
だから、やっぱりホームではなおさらというか、絶対に勝ちたいし、勝たなければいけない。小指は手の一番端なので、どうしてもボールが当たる。テーピングをしながらやっていたんですけど、ウォーミングアップのときはやっぱり痛いなって思うんですよね。でも、試合になるとアドレナリンが出て痛みも吹き飛ぶ。本気の声というか、あの声援は究極のパワーになるんです」
大声援を背中に受けることで、痛みも忘れれば、力も漲る。ホームである埼玉スタジアムで試合を終えると、他会場のときよりも髭が伸びていることを実感するのだという。西川は、それだけのあの声に力があると力説した。
今シーズン、苦しんできたなかでも自分自身が大きく変われたように、記録も、記憶も新たに築いていけばいい。
「それは間違いないですね。連続出場記録や無失点記録とか、自分次第だと思うので、これからも戦っていきたいなと思います。チームが良くないなかでも、毎試合、毎試合、ハマさんと映像を見ながら反省会をしてきて、取り組んできたことが積み重なってきたという感覚がある。だから、これをベースにしながら、来シーズンも戦っていきたいなと思います」
ひとりでゴールを守っているのではなく、チームメイトもいれば、その背中には大声援を送ってくれるファン・サポーターがいる。
「セーブして大歓声を聞いたときには、ゾワっという感覚に襲われる。勝った瞬間の『うわー』っていう歓声を背中で受けるのもたまらないんですよね」
迎える2020年シーズンはその歓声をより多く聞くために、西川はさらに変わり続ける。
(取材/文・原田大輔)