ラグビーの世界だけではない。サッカーでも「ノーサイドの精神」を貫く男がいる。試合が終われば、敵味方は関係ない。
10月18日の大分トリニータ戦は終了間際に失点を喫し、悔しさが募る惜敗となった。それでも、西川周作は試合後、大分のGK高木 駿のもとに駆け寄り、そっと声をかけていた。
「ナイスキーパーだったね」
好セーブでチームを勝利に導き、余韻に浸る相手GKである。目にも入れたくないと思ってもおかしくないが、西川の考えは違う。
「もちろん、僕だって悔しいです。でも、自分の実力を知った上で、相手のことを認めます。同じGKだから相手GKの気持ちは分かります。だから、負けた後でも話すのでしょうね。あの1試合で終わるわけではありません。まだ僕には試合が残っていますし、反省するところは反省する。相手から盗めるものは盗む。そして、次に切り替えればいいと思っています」
きっかけは、尊敬する先輩の言動だった。昨季限りで現役を退いたGK楢崎正剛は、自らのチームが負けた後でも、西川が好セーブを見せれば、「周作、ナイスキーパーだったね」と声を掛けてくれた。
心の余裕である。
これは西川が、いまもこだわっているところだ。人柄の話だけではない。"GK道"を極める上でも、必要な資質と捉えている。無類の強さを誇る1対1の場面でも、それは生きている。
「心に余裕があるから、止めることができるんです。相手はゴールを決めて当たり前だし、GKは決められて当たり前。その覚悟を持っていれば、精神的に優位に立ち、ゴールマウスを守ることができます。こっちに余裕があるときは、相手に余裕がないことが多いです。メンタルをうまく利用して、駆け引きしています」
4月5日の横浜F・マリノス戦は0-3で敗れたものの、絶体絶命の1対1を再三ストップした。仲川輝人のシュートを防いだブロックは、まさに狙いどおり。
「リスクはありますが、あれはわざと(股抜きを)誘いました。来いよ、来いよって。余裕があったからこそ、あの駆け引きができたと思います」
西川は試合が終わると、その日のうちに映像を見返している。
「失点には何かしらの原因があります」
自らのポジショニング、セービング、予測は問題なかったのか。しっかりチェックする。どのような失点も、仕方ないで済ますことはない。
「GKは準備ですべてが決まります」
映像で確認するのは、目に見えるプレーだけではない。局面の心理状況は、必ず思い返すようにしている。
「一番大事にしているところなので。失点の場面などは、いつも以上に力が入っていたりします。もう少し冷静に対応できていれば、防げたかもなとか。それが、次につながります」
年齢を重ねるごとに進化してきた。大分トリニータ時代、サンフレッチェ広島時代に比べると、プレースタイルは明らかに変化している。浦和に来てから、プレジャンプ(シュートを打たれる前の準備動作)を意識的に小さくすることで、反応がより速くなったという。パワーをつけたことにより、いまではプレジャンプなしでも「ワンステップで飛べる感覚があります」と胸を張る。
土田尚史・前GKコーチのもと、基礎技術から徹底的に鍛え直した。
「当たり前のことを当たり前にこなす。プレーの確実性を上げることをテーマに掲げ、ずっと追求してきました。1対1のときも読みで先に動くのではなく、来たボールに対して動くのもそうです」
今季、就任した浜野征哉GKコーチからも多くのことを学び、積極的に吸収している。昨季から構えが変わっているのは、そのためだ。
「以前は立っている体勢でしたが、いまはポジションを取るときも低い体勢で準備しています。シーンに応じて、(土田)尚史さんに教えてもらったことと使い分けています」
33歳を迎えても、向上心は一向に衰えない。目を見張るようなキック技術の精度は高まるばかり。状況に応じて、キックの種類も使い分けており、チームメイトのGK福島春樹は「あれは僕にまだできないところです」と舌を巻いていた。
浦和の守護神と呼ばれるようになり、心身ともに充実している。移籍加入した14年からJ1リーグでは199試合連続で先発フル出場中だ(29節時点)。果敢に飛び出していくシーンが多くても、ケガで欠場したことは一度もない。「1シーズン、リーグ戦フル出場」の目標は常に達成してきた。少々のケガでは痛みも感じない。メンテナンスには最大限気を使い、自分の体と会話する時間を大切にしている。筋肉に少しでも違和感を感じると、すぐにトレーナー陣に見てもらう。まだまだ若手にポジションを譲るつもりはない。
「いま目指しているのは、ナラ(楢崎)さんの試合数(631試合)を超えることです」
もちろん、浦和のユニフォームで達成するつもりだ。現在、J1通算452試合出場。先人に肩を並べるまで、残り179試合。最低でも6シーズンはかかる計算になる。それでも、満面の笑みを浮かべて宣言するところが西川らしい。
(取材/文・杉園昌之)
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