「国立に忘れてきたものを取り返しに行く」
2013年11月3日、2年ぶりにルヴァンカップ決勝へと駒を進めた浦和レッズは、柏と国立競技場で激突した。スタンドには、冒頭の言葉を示すかのようにトロフィーをつかみに行く絵が描かれていた。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督が率いて2年目。初めてタイトルを懸けた戦いだった。
前年を3位で終えた浦和レッズは、さらにミシャが掲げるサッカーの質を高めるべく、積極的な補強を敢行した。DF陣には、ミシャの広島時代の教え子である森脇良太と、CBを任せられる人材として那須大亮を獲得。懸案だった1トップには、ミシャのもとでプレーすることを熱望した興梠慎三を鹿島から補強した。
開幕戦は前年同様、広島と相まみえた。先制点は37分。シャドーでプレーする原口元気がDFを引きつけ、落としたボールを柏木陽介が決める流れだった。その原口は後半、素早いリスタートからゴールを決めた。広島に2−1で勝利し、2008年から続いていた開幕戦での敗戦を止めたのである。
その後も快進撃は続き、第6節を終えて5勝1分。第6節の湘南戦では、興梠の加入後、初ゴールが生まれた。さいたまダービーの大宮戦と続く清水戦で連敗を喫したが、その後は再び連勝街道を進んで行く。特に2試合連続で大量6得点を奪った第12節の鳥栖戦、第13節の柏戦は圧巻だった。
鳥栖戦では槙野智章が低空ミドルを突き刺すと、興梠が絶妙なポジショニングからヘディングシュートを見舞い、森脇のクロスに矢島慎也が飛び込んだ。1トップを担う興梠と、2シャドーの柏木、原口の連係は、試合を重ねるたびに成熟。槙野、森脇が高い位置までボールを持ち運び、両WBが仕掛ける。ゴール前では、誰がどこに走り込んでくるのかが分かっているかのように、多彩なパスワークとコンビネーションで相手ゴールに迫った。
AFCチャンピオンズリーグはグループステージで敗退したが、ナビスコカップでは準々決勝でC大阪、準決勝で川崎Fを撃破。J屈指の攻撃力を擁し、ナビスコカップ決勝は期待が高まっていた。
FW:㉚興梠慎三
MF:③宇賀神友弥、⑧柏木陽介、⑬鈴木啓太、⑭平川忠亮、㉒阿部勇樹、㉔原口元気
DF:④那須大亮、⑤槙野智章、㊻森脇良太
GK:①山岸範宏
一方で攻撃的なあまり、守備には脆さもあった。守備的な戦いを挑んでくる相手を崩しきれないという課題にも直面していた。それが決勝の舞台で露呈してしまう。
前半終了間際だった。鋭いアーリークロスを上げられると、ゴール前で合わせられてしまう。人数は足りていただけに、まさに一瞬のスキを突かれる格好となった。曇り空が雨に変わる中、浦和レッズは反撃を見せたが、あと一歩が及ばない。阿部のシュートはゴールの外に飛び、決まったかに見えた興梠のシュートもオフサイドの判定に泣かされた。攻め続けるも柏のゴールを割ることはできず、雨の国立に散ったのである。
GK山岸は「絶対にやらせてはいけない時間帯だった」と失点を悔いた。阿部は「準優勝では意味がない」と唇を噛みしめた。
リーグ終盤は3連敗。それも川崎Fに1−3、鳥栖に1−4、C大阪に2−5と、勝負弱さとともに守備の課題を大きく突きつけられ、6位でシーズンを終えた。
ホーム最終戦となった第34節では、ひとりのレジェンドがユニフォームを脱いだ。
山田暢久である。
第30節の柏戦ではJリーグ通算500試合出場を達成。ファン・サポーターが描いた「1994−2013」という文字にその軌跡が表れていた。
「もうこのユニフォームを着られないと思うと、さみしいです……ただ、言えることは、僕は浦和レッズが大好きです。20年間、本当に幸せでした」
浦和レッズ一筋だった。J2降格の苦痛を経験してもいれば、J1優勝、アジア王者に輝いた歓喜も味わっている。吸いも甘いもすべてを知り尽くしていた。その年輪が醸し出され、無骨で、男気があって、プレーでも背中でも見せてくれる、まさに浦和の漢だった。
背番号6の背中を見た選手たちは、浦和レッズでプレーすることの意味を噛みしめたことだろう。そうやってクラブのDNAは、言葉ではなく、思いによって受け継がれていく。
Jリーグ:6位
ナビスコカップ:準優勝
天皇杯:3回戦敗退
AFCチャンピオンズリーグ:グループステージ敗退
ベストイレブン:那須大亮
(取材/文・原田大輔)
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