日の丸「一番」の文字があしらわれた白ハチマキを巻き、喜んでいる姿が印象深い。在籍期間はわずか5カ月。しかし、口ひげと顎ひげがよく似合うワイルドな男は2005年度シーズンの最後に特大のインパクトを残し、浦和レッズの歴史に名を刻んだ。
トミスラフ・マリッチ。ドイツで生まれ育ったクロアチア人。当時32歳。リーグ戦で本領を発揮したとは言い難いものの、天皇杯では大暴れした。全5試合で計6ゴールをマーク。黒髪の長髪を後ろで束ね、最前線で勇敢に戦う姿は"ラストサムライ"のようだった。
マリッチのスペシャルストーリーは、11月3日の駒場スタジアムから始まる。天皇杯初戦の相手は、J2のモンテディオ山形。開始10分に失点を喫して苦戦を強いられたものの、後半にマリッチが2点を奪って逆転勝ち。5回戦のFC東京戦では先制点を挙げ、試合の流れを引き寄せた。
クリスマスイブに迎えた準々決勝の川崎フロンターレ戦でも、勢いそのままに先手を奪うゴールをマークし、ファン・サポーターに最高のプレゼントを届けた。そして、年の瀬が押し迫る12月29日の準決勝。負けられない大宮アルディージャとの埼玉ダービーでも期待にしっかり応える。流れを呼び込む先制弾を決め、勝利に貢献した。4試合連続して口火を切るゴールを記録するなど、その働きぶりは際立っていた。
クライマックスは2006年の元旦。厳密に言えば、2005年の出来事ではないが、日本サッカー界において1月1日の天皇杯決勝は、シーズンの締めくくり。5万人以上が詰めかけた赤く染まった旧国立競技場でも、主役は背番号18だった。
FW:㉚岡野雅行、⑱トミスラフ・マリッチ
MF:⑥山田暢久、⑰長谷部誠、⑦酒井友之、⑧三都主アレサンドロ、⑩ロブソン・ポンテ
DF:②坪井慶介、⑳堀之内聖、㉜細貝萌
GK:㉓都築龍太
1点リードで迎えた77分、貴重な追加点を得意のワンタッチシュートで押し込んだ。清水エスパルスの面々がうなだれるなか、ファン・サポーターであふれかえるゴール裏に向かって走り、喜びを爆発させる。その3分後に1点こそ返されたが、そのまま逃げ切りに成功。前身の三菱重工以来25年ぶりに天皇杯を制覇した。レッズとしては初優勝となった。
この試合を最後にチームを去ることがすでに決まっていたクロアチア人は、仲間たちに胴上げされて感慨に浸っていた。翌日の早朝、帰国前に浦和の練習場に顔を出すと、約500人のファン・サポーターが詰めかけていた。浦和を愛し、浦和に愛された男は感謝を込めて「アリガトウ」という言葉を何度も口にして、惜しまれながらも日本を離れた。
1年を振り返れば、リーグ戦は優勝に一歩届かない2位でフィニッシュ。シーズン途中にエースのエメルソンがカタールに電撃移籍するなど、すったもんだもあり、勝負どころで勝ちきれなかった。
ただ、次につながる明るい話題も多くあった。ドイツのレバークーゼンから途中加入したロブソン・ポンテが攻撃の柱となり、チーム全員の力がより生かせるようになっていた。ワンタッチゴーラーのマリッチが活躍できたのも、頼れるブラジル人のパサーがいたからこそだ。
天皇杯では闘莉王をはじめ、田中達也、永井雄一郎、平川忠亮、ネネら主力がケガで離脱するなか、当時19歳の細貝萌と赤星貴文がしっかり穴を埋めた。大きく飛躍する2006年シーズンの布石となった。
Jリーグ:2位
ナビスコカップ:準決勝
天皇杯:優勝
ベストイレブン:田中マルクス闘莉王
(取材/文・杉園昌之)