その屈辱は、今なお、心の奥に焼き付いている。
2009年12月5日。J1最終節。ホームの埼玉スタジアムに迎えたのは、首位に立つ鹿島。目の前での優勝は阻止したい。そう意気込む選手たちを後押ししようと、霧雨の降る冬空の中、5万人を超えるファン・サポーターが駆けつけた。
FW:⑪田中達也、⑰エジミウソン、㉔原口元気
MF:⑬鈴木啓太、㉒阿部勇樹、㉞山田直輝
DF:②坪井慶介、④田中マルクス闘莉王、⑥山田暢久、⑭平川忠亮
GK:①山岸範宏
大声援を背に戦う選手たちは、確かに気概を見せてくれた。研鑽を積んできたポゼッションサッカーにより、ボールを支配すると、試合の主導権を握った。
しかし66分、今や浦和レッズの頼もしきエースになった興梠慎三に、クロスから一発を許してしまう。その後も、赤き戦士たちは猛攻を仕掛けたが、追いつくことはできず、鹿島が歓喜に沸く姿を見つめる結果となった。
守備の要を担った坪井は、「この悔しさ、鹿島の姿を忘れない」と、唇を噛みしめた。精神的支柱だった闘莉王は「チームとして戦っていない」と、厳しい言葉で締めくくった。
ブンデスリーガの1部で200試合以上の指揮経験があるフォルカー・フィンケ監督を迎えてスタートした2009年シーズンだった。
「私が好きなのはコンビネーションサッカー。2〜3人のスター選手に依存するのではなく、全員が足を使って、全力でサッカーをする」
海外での指揮が初となる名伯楽は、監督就任会見でそう語った。
フィンケ監督は、前年までは3バックだったシステムを、4−4−2に変更すると、ポゼッションを重視したパスサッカーへと大きく舵を切った。坪井や闘莉王、さらには阿部や鈴木らに軸を固めさせると、ユースから昇格した山田直や、高校生ながらプロ契約した原口を、迷うことなく先発へと抜擢した。
攻撃陣には、加入2年目のエジミウソン、田中達也、高原直泰、さらにはポンテと、実績十分な選手たちが揃っていた。それも手伝って、原口や山田直は、若手らしい思い切ったプレーでチームを活性化させた。
原口は、第5節の名古屋戦で決勝点をマーク。ポンテのクロスを闘莉王が折り返すと、エジミウソンが潰れ、そのこぼれ球を思いっ切り叩き込む豪快なゴールだった。同時にこの得点は、浦和レッズとして日本人最年少ゴール(17歳11カ月と3日)でもあった。
若手の台頭が示すように、開幕戦こそ黒星スタートだったチームは、第2節から9戦無敗。その間、無失点のゲームが5試合あったように、確かな守備と、確実な試合運びで、第10節を終えて首位にも立った。
ところが、だ。上昇気流に乗っていたチームは夏場になり、急降下を辿っていくことになる。理由は幾つかあった。コンパクトかつモダンなサッカーを目指していたチームは、攻守において運動量を求められた。前線からの守備もその一つで、体力の消耗が激しかったのだ。
また、代表の主軸でもあった闘莉王がケガで欠場することもあり、その穴を埋めきることができなかった。加えて、試合の入りも拙かった。開始早々や前半に失点を重ねるケースが多く、主導権を握るというチームの指針を体現することができなかったのだ。
第18節の大分戦で0−1と敗れたのを境に7連敗。暗いトンネルをさまようこととなった。
8試合ぶりに訪れた歓喜は、第25節の山形戦。開始4分に、エスクデロ・セルヒオが目の覚めるようなシュートを決めて先制に成功すると、21分にはポンテがPKを決めて追加点。1点を返されたが、75分には鮮やかなカウンターから細貝が、86分には梅崎司のFKから闘莉王がオウンゴールを誘い、4−1で勝利した。試合後、田中達也はこう言葉にした。
「普段どおりのサッカーをすれば、今日みたいなゲームはできると思っていた」
攻守の切り替えを各々が意識し、一人ひとりが孤立しないような状況を作れば、勝ち点3を得られることを証明した試合でもあった。
ただし、首位との勝ち点差は離れてしまっていた。優勝を争う川崎に2−0で勝利したものの、続く横浜FM戦に競り負け、大宮とのさいたまダービーに完敗するなど、大事なところで勝ちきれなかったのも事実である。
最終的にはACL出場権にも手が届かない、6位でシーズンを終えた。
目の前で鹿島に3連覇という快挙を達成されてしまったJ1最終節を終え、フィンケ監督は「私たちのファン・サポーターにとって、とても申し訳ない結果になってしまった」と頭を下げた。同時に新たなることにトライしてきた「改革の年」だったことも強調した。
「大切な土台を作り直すことはできたと思う」
攻守はもちろんのこと、精神的にもチームを支えてきた闘莉王は、この年を最後に、チームを去ることになった。
「チームとして戦えているかどうか。チャンスを作ったかどうかではなく、勝ったかどうか。そこが一番大切だと思う」
浦和レッズのユニホームを着て戦う責任であり、覚悟。それを誰よりも示していたのが闘莉王だった。そして、その精神は今なお、息づいている。
Jリーグ:6位
ナビスコカップ:ベスト8
天皇杯:2回戦敗退
ベストイレブン:田中マルクス闘莉王
(取材/文・原田大輔)
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