バスファン注目「狭隘区間」
路線バスのなかで、とりわけ細い道をゆく路線は「狭隘(きょうあい)路線」と呼ばれ、高度な運転テクニックが見られることから、バスファンのあいだで注目される存在です。地方の山道などのほか、商店が密集する都市部の駅付近や、住宅地などに見られます。
東京の場合、住宅街の細い道などは、小型のコミュニティバスが結んでいるケースも多いですが、なかには通常の大型車が使われるケースもあります。今回は東京23区内で大型車(全長10mから11.5m、車幅2.5m)あるいは中型車(全長8mから9m、車幅2.3m)が走る狭隘な区間を5つ紹介します。
豊島七丁目・八丁目付近(北区)
豊島七丁目~新田橋間のクランクを行く都営バス(2020年5月、中島洋平撮影)。
●経由するバス
・都営バス「王41」:王子駅前~新田橋~新田一丁目
・同「王45」:王子駅前~新田橋~小台町~北千住駅
「王41」は王子駅前から隅田川を越え、足立区新田(しんでん)地区の新田一丁目までを、「王45」は新田地区からさらに荒川の土手沿いを経て北千住駅までを結ぶ系統です。このうち豊島七丁目(新田一丁目および北千住行きのみ停車)および豊島八丁目付近は一方通行路を行くため上下線でルートが異なり、王子行きの豊島八丁目停留所は、ほかの系統の同停留所よりも北へ200mほど離れています。
王子行きの豊島八丁目付近も、東京メトロ南北線 王子神谷駅に通じる人通りの多い商店街の細道ですが、付近で最も高い運転テクニックを必要とすると思われるのは、新田一丁目および北千住行きの豊島七丁目~新田橋間にあるクランクでしょう。豊島七丁目の先のT字路で左折してすぐ信号があり、さらに右折して新田橋へ向かいます。この信号の待機スペースはバス1台分くらいの長さです。
新田地区へは、隅田川のより下流に架かる新豊(しんとよ)橋経由のバスも多くありますが、この橋は2007(平成19)年に架設されたものです。対して新田橋経由の「王41」「王45」は、1950年代から存在します。
終点につくなり、いきなりバック! 狭い駅前の光景
東京ではどちらかというと、都営バスより民間バス会社の路線に、狭隘区間が多く存在します。
京成小岩駅付近(江戸川区)
●経由するバス
・京成タウンバス「小54」:亀有駅~京成高砂駅~小岩駅北口~京成小岩駅
「小54」は亀有駅と京成小岩駅を京成高砂駅経由で結ぶ路線です。国道6号のような幹線道路も一部、走りますが、多くはそれほど広い道ではありません。また、京成高砂駅は京成線の特急停車駅でありながらバスターミナルもないためか、この路線のみが発着しています。さらに、京成小岩駅(東口)のすぐそばまで乗り入れるバス路線も、この「小54」のみで、西口にも「京成小岩駅入口」バス停はあるものの、駅からやや離れた都道沿いに位置しています。
北小岩六丁目から京成小岩駅にかけては、上下線でルートが異なり、商店や住宅が立ち並ぶ一方通行路を進みます。終点の京成小岩駅に到着したバスは、いったん右に車体を振り、誘導に合わせてバックで1台分のみ設けられた停車スペースに入ります。狭い駅前ならではの光景でしょう。
京成小岩駅に停まる京成タウンバス(2020年5月、中島洋平撮影)。
久我山四丁目付近(杉並区)
●経由するバス
・関東バス「荻40」:荻窪駅北口~西荻窪駅~立教女学院
荻窪駅から青梅街道を北西に進んだのち、西荻窪駅を経て、京王井の頭線の三鷹台駅に近い立教女学院までを結ぶ路線です。西荻窪駅以南は狭い一方通行路が多く、上下線でルートが異なります。
立教女学院行きは西荻窪駅を出たあとクランク上に曲がるほか、久我山から久我山四丁目付近にかけては、一方通行路が次第に狭くなり、道路両脇の電柱と電柱のあいだをそろそろと進むような箇所もあります。終点の立教女学院のバス停も住宅街の路上に位置しており、到着したバスは息つく間もなく荻窪駅方面へ向かいます。
ちなみにこの路線は、関東バス成立以前の戦前期、都心部にあった立教女学院が関東大震災で焼失し、現在地へ移転してきた頃から存在するという、歴史ある路線です。
狭い商店街を「双方向通行」も
駅前の狭隘区間が「双方向通行」というケースもあります。
石神井公園駅南口付近(練馬区)
●経由するおもなバス
・西武バス「荻14」:荻窪駅~上井草駅~石神井公園駅南口
・西武バス/関東バス「荻11」:荻窪駅~井荻駅~石神井公園駅南口
・関東バス「阿50」:阿佐ヶ谷駅~下井草駅~石神井公園駅
西武池袋線の石神井公園駅は、近年の高架化および再開発により、駅の南北双方に広いバスターミナルができましたが、南口側に発着するバスは、そのバスターミナルへ至る直前に、道幅の狭い商店街を通過します。
この区間は人通りも多いうえに、車両は双方向通行、かつ、バスは途中で十字路を曲がります。バス本数も多く、すれ違いが困難な場所もあることから、十字路に常駐する誘導員が一方のバスを待たせ、もう一方のバスを通過させるといった誘導を行っています。
なお、ここに発着する「荻14」は西武新宿線の上井草駅付近、「荻11」「阿50」は下石神井付近など、石神井公園駅付近以外にも狭隘区間が存在します。
石神井公園駅南口付近で行き違う関東バス(左)と西武バス。関東バスがいったん停止し、西武バスを先に通していた(2020年5月、中島洋平撮影)。
祐天寺駅付近(目黒区)
●経由するバス
・東急バス「黒06」:目黒駅前~祐天寺駅~三軒茶屋駅
目黒駅と三軒茶屋駅を結ぶ東急バス「黒06」は、大部分が狭隘区間といっても過言ではないルートで、うち一部区間は戦前から存在します。バスは住宅街の細道をジグザグに進み、車内では「この先、右に(左に)曲がりますのでご注意ください」といった放送が連続します。
ルートのほぼ中間に位置する東急東横線 祐天寺駅の前後は、歩行者や自転車はもちろん、路上駐車のクルマも多く見られる狭い道で、かつ双方向通行です。それらを巧みにかわしながら、バスは慎重に進みます。なお終点の三軒茶屋駅付近では上下線で異なるルートを取り、三軒茶屋行きはここでも商店街を経由します。
今回挙げたもののなかにも見られるように、狭隘路線は長い歴史を持っているものが少なくありません。バスが走るルートはすべて国から免許を得たものであり、たとえ周辺に新しい道ができても、簡単に変えられるものではなく、長い歴史のなかで地元にも定着しているのです。
いまの感覚からすれば「狭すぎるのでは」と思える道でも、バスが運行できているのは、バス会社やドライバーが培ったノウハウに支えられているといえるでしょう。
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