cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_8f7225c0c395_"夜行急行の旅"再び 秩父鉄道12系客車で三峰号運転 重連も 8f7225c0c395 8f7225c0c395 "夜行急行の旅"再び 秩父鉄道12系客車で三峰号運転 重連も oa-trafficnews 0

"夜行急行の旅"再び 秩父鉄道12系客車で三峰号運転 重連も

2018年12月に実施したツアー第1弾の様子。秩父駅に停車中。

 秩父鉄道と日本旅行は2019年4月12日(金)、かつての夜行急行列車を再現したツアー「あの時の感動をふたたび 重連電機・12系客車夜行急行の旅」を開催すると発表しました。

 秩父鉄道の12系客車(外観は赤茶色)と電気機関車2両で夜行座席列車を再現し、当時の感動をよみがえらせようというもの。ツアーは6月22日(土)の夜から翌23日(日)の朝にかけて実施されます。2018年12月に開催された第1弾の内容をグレードアップさせ、羽生駅(埼玉県羽生市)までの運転や機関車2両を連結する重連運転が加わっています。

 ツアーの集合・解散は熊谷駅(埼玉県熊谷市)です。列車は、臨時急行「三峰51号」として熊谷駅を22日(土)22時00分ごろに出発し、普段は客車列車の営業運転がない熊谷~羽生間を1往復します。同区間の編成は「電気機関車+客車+電気機関車」です。

 列車は熊谷駅に戻ると編成を「機関車+機関車+客車」に組み替えて、三峰口駅(埼玉県秩父市)へ。路線の終点・三峰口駅は午前2時55分ごろに到着し、駅そばや鉄道グッズ販売、撮影会が行われます。

 列車は再び折り返して3時40分ごろに三峰口駅を出発。熊谷駅には朝5時半ごろに到着します。

 ツアーでは、2種類のオリジナルヘッドマークを掲出。また、途中の熊谷駅や三峰口駅では機関車の付け替え(機回し)を行います。また、深夜帯は車内照明が減光されます。参加者には記念硬券が進呈されます。

 最少催行人員は150人です。旅行代金は1万円(子ども8000円)、窓側から2席の占有だと1万8000円(同1万6000円)、1ボックス(4席)占有だと3万4000円(同3万1000円)です。

 旅行商品の申し込み受付は4月16日(火)15時から、日本旅行の「鉄道の旅」または大阪法人営業支店のウェブサイトで行われます。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_901edcdaf3ae_飛行機ファンが目指す聖地「デスバレー」 行き方と撮影地 901edcdaf3ae 901edcdaf3ae 飛行機ファンが目指す聖地「デスバレー」 行き方と撮影地 oa-trafficnews 0

飛行機ファンが目指す聖地「デスバレー」 行き方と撮影地

世界中の飛行機ファンが集う灼熱の荒野


 アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるデスバレー国立公園。モハベ砂漠の北に位置する乾燥した土地で、1913(大正2)年には世界最高気温 摂氏56.7度を記録した場所です。年間降水量は50mm程度で、非常に硬い大地は水がほとんど浸透せず、まとまった雨が降った際には鉄砲水を含む洪水被害が発生する場所でもあります。

デスバレーの一部は、アメリカ軍機が飛び交う訓練空域でもある。写真はアメリカ空軍のアクロバットチーム「サンダーバーズ」仕様のF-16戦闘機(武若雅哉撮影)。

 このデスバレーの一角に、「ファーザー・クロウリー・オーバールック(Father Crowley Overlook)」と呼ばれる場所があります。通称では「レインボーキャニオン」や「スターウォーズキャニオン」などと呼ばれていますが、この場所こそが、世界中の飛行機ファンを引き付ける戦闘機撮影ポイントなのです。

 このデスバレーはアメリカ軍の訓練空域と重なっています。そのため、近隣のエドワーズ空軍基地などから訓練のために飛び立った戦闘機などが、途中にあるこの谷に立ち寄る時に、間近を通過していく姿を見ることができるというわけです。

「低空飛行の航空機に注意」との看板(武若雅哉撮影)。

デスバレーへの道中、周辺は文字通り荒野でクルマも少ない(武若雅哉撮影)。

デスバレーに向かう最中にはガードレール無しの断崖も(武若雅哉撮影)。

 この撮影ポイントへは、ロサンゼルスから車で約3時間、ラスベガスからは約4時間の距離です。その途中にもいくつかの小さな町がありますが、行程のほとんどはひたすら何もない荒野です。

 それでは、デスバレーに行って撮影するにはどういったプランが良いのか。具体例を挙げながらいくつかご紹介しましょう。

プラン1、強行日帰り行程


「デスバレーで撮影したい! だけど時間があまりない」という人は、強行日程ではありますが、日帰りコースをご案内します。

デスバレーの撮影ポイント「ファーザー・クロウリー・オーバールック」周辺の光景。「オーバールック」は、日本語で言えば「見晴らし台」といったところ(武若雅哉撮影)。

 デスバレーに近いもっとも大きな街はロサンゼルスです。ここからレンタカーを借りて出発したとします。北に伸びるルート5を北上すると、ロサンゼルスの外れで14号線とぶつかります。ここから北東に向けて進路を取ります。その後、395号線、178号線を経て北上を続けると東西に走る190号線に到着します。そこはすでにデスバレー国立公園内で、ここの190号線を西に向かうと山を登り始め、やがて前述の撮影ポイント「ファーザー・クロウリー・オーバールック」に到着します。ここまで約3時間です。アメリカ軍の訓練の内容にもよりますが、昼前から谷を通る戦闘機などの姿を見ることができるので、できれば夜明け前にロサンゼルスを出発したほうが良いでしょう。

 日によっては、昼前から昼過ぎまでに3から5機くらいが谷を通過していきますが、これも訓練内容によって変化するため、せっかく行ったのに1機も飛んでこないこともあれば、1時間に数機が飛んでくる場合もあるそうです。

「ファーザー・クロウリー・オーバールック」の駐車場(武若雅哉撮影)。

地名の由来でもある、かつてこの一帯で活動していたクロウリー神父の顕彰碑(武若雅哉撮影)。

駐車場のトイレ。携帯を落としたら二度と拾えない深い穴が掘られている(武若雅哉撮影)。

 日帰りコースでの注意事項は「せっかく来たから」と長居することです。実は、このデスバレー周辺の道路に街灯はありません。車の交通量も少ないのですが、それゆえに事故を起こしてしまった場合、携帯の電波も通じない暗闇に包まれた砂漠のど真んなかで、まったく身動きが取れなくなる可能性があります。そのため日帰りコースの場合には、15時前には帰路についたほうが良いでしょう。日が沈むと、身の危険を感じるほど暗くなる場所でもあるのです。

プラン2、ちょっと余裕がある場合


 実はデスバレーの撮影ポイントから車で15分ほどの距離に、「パナミント・スプリングス・リゾート」という場所があります。まさに砂漠のオアシスのような場所で、ここにはレストランと売店、そして宿泊施設があります。

 もし時間に余裕があれば、この「パナミント・スプリングス・リゾート」を拠点に撮影をしても良いでしょう。簡易的な常設テントから、しっかりとした個室まで用意されており、ここに宿泊するのであれば、日没近くまで撮影することができるほか、18時くらいまで戦闘機が飛ぶ音を聞くことができます。数日滞在できれば、「まったく撮影できなかった」ということもないでしょう。筆者(武若雅哉:軍事フォトライター)が訪れた日の数日前には、すでに退役したとされるステルス戦闘機F-117の飛行目撃情報などもありましたので、場合によってはレアな戦闘機などを見ることができるかもしれません。

 また、キャンプ好きな人には、断然テント泊をオススメします。なぜならば、周囲に大きな街が無いため、夜には満天の星空を眺めることができるほか、テントサイトの脇ではたき火が可能で、食材を持ち込めばバーベキューをすることもできます。何もさえぎるものがない夜空を眺めながらの食事は、その日の疲れを優しく癒してくれることでしょう。

撮影ポイントにて、飛んでくる戦闘機を待つ海外の同志(武若雅哉撮影)。

デスバレーの案内板(武若雅哉撮影)。

撮影ポイントへは舗装されていない道を数百mほど進む(武若雅哉撮影)。

「パナミント・スプリングス・リゾート」はデスバレー国立公園を東西に走る経路上にあるため、昔から旅行者の休憩場所として使われてきたそうです。そのため、飛行機を見る目的外の利用者も多くいますが、そういったほかの旅行者との情報交換交流も面白いかもしれません。

デスバレーに行く上での注意事項


 デスバレーは非常に乾燥した土地です。草木もほとんどなく、湧き水もありません。湿度は日本と比較して非常に低く、湿度10%台のときもあるといいます。地元の人によると「観光客の中で最も多いトラブルは脱水です。水は1日2リットル程度、飲む必要があります」と答えてくれました。実際に筆者が訪れた感想としては、汗をかかないので自覚症状は無かったのですが、肌がパリパリに乾燥したため、気が付かないうちに脱水症状になっていたのだと実感しました。

 また、ガソリンスタンドも日本のようにどこにでもあるわけではないので、燃料タンクが半分になったら給油するように心がけます。そうしないと、何もない荒野の真んなかで立ち往生する可能性もあります。先ほども述べましたが、多くの場所で携帯電話は通じませんので、交通量の少ない道でクルマが通るのを待つことになりかねません。

 もしパンクしても、日本のようにJAFを呼ぶこともできません。そのため、スペアタイヤは必須ですし、タイヤ交換にも慣れておかないと困ったことになるかもしれません。

デスバレーは澄んだ空気のため、遠くの航空機もよく見える(武若雅哉撮影)。

 移動距離が長く、何も無い一本道をひたすら進んだ先にある「デスバレー」ですが、日本では見ることができない戦闘機の谷抜け撮影もさることながら、それ以外にもスケールの大きい土地ならではの地形の変化なども楽しむことができるため、飛行機ファン以外にもオススメな観光スポットでもあります。



【動画】デスバレー名物、眼下に眺めるアメリカ軍機の低空飛行

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_8a663a6df268_【平成と乗りもの】時代を映す高速バス 30年で乗客も変化 8a663a6df268 8a663a6df268 【平成と乗りもの】時代を映す高速バス 30年で乗客も変化 oa-trafficnews 0

【平成と乗りもの】時代を映す高速バス 30年で乗客も変化

2019年4月15日 20:03 成定竜一

バブル期に成長した高速バス、当時の利用者は?


 高速バスは「平成」を通じて大きく成長しました。年間利用者数はおよそ1億1500万人と、航空機(国内線)の約9300万人を上回る規模になっています(2015年度)。何がそうさせたのか、30年間を振り返ります。

「平成」が始まった1989年は、「高速バス開設ブーム」の真っただ中でした。4年前の1985(昭和60)年に全国で249系統1866便しかなかった高速バスは、この年に772系統2952便、1991(平成3)年には1093系統3670便へと急増します。この時期に全国で高速道路の延伸開業が続いたうえ、バブル経済のなかで人の移動が活発だったことが背景にあります。

1990年に運行を開始した西鉄の東京~福岡線「はかた号」。奥は、同じく東京~福岡間を結ぶ「オリオンバス」(2016年9月、中島洋平撮影)。

 路線の起点と終点それぞれで、各地域の路線バスを運行する会社どうしの「共同運行」が定着した点も、高速バスの成長を促しました。地方の乗合バス事業者が都会の事業者と手を組み、容易に高速バス事業へ参入できるようになったのです。地方の乗合バス事業者は、不動産開発や小売業など様々な生活関連産業も展開する「地元の名士企業」ですから、彼らが自ら東京や大阪への高速バスを開業したことで、地方部において高速バスの認知が進みました。わが国の高速バスは、まず「地方から都市への足」として成長したのです。

 たとえば、福岡~宮崎線「フェニックス号」は、平成が始まる前年の1988(昭和63)年に開業。この区間は鉄道だと遠回りで時間がかかるため、バスが一気にメインの交通機関へと躍り出ました。平成を迎えた開業翌年には、週末になるたび、宮崎県の若者たちがショッピングなどのため高速バスで福岡へ向かうようになり、「フェニックス族」と呼ばれるようになります。バブルの真っただ中、テレビでは「トレンディドラマ」が生まれたこの年、地方の若者の都市志向は大変強く、新しい商業施設の開業が続いていた福岡に(ほかの地方の若者は東京や京阪神に)憧れたのです。

 1990(平成2)年には、いまも国内最長クラスの距離を走る東京~福岡線「はかた号」が開業します。所要時間が15時間(当時)と長いため認可を渋る運輸省に対し、バス事業者は何度も試走し、乗務員の健康状態をチェックするなど説明をして重ね、ようやく路線免許が下りたといいます。しかし、この直後から高速バス業界は、「攻め」から「守り」に転じます。

「大都市~大都市」路線が急成長したワケ


 1990年代前半のバブル崩壊以降、東京湾アクアライン(1997年)や明石海峡大橋(1998年)の開通にともなう新路線を除けば、全国的に見ると新規開業はひと段落します。多くのバス事業者が自社エリアの中心市街地に多く保有していた不動産の価格が、バブル崩壊後に下落し経営を圧迫していたのです。高速バス事業でも、車両のグレードダウンなど弱気な施策が目立ちました。

 2000(平成12)年には道路運送法が改正され(施行は2002年)、高速バス分野への新規参入が自由とされました。一方、高速バス運行に不可欠な停留所を、新規参入者が確保するのは大変困難で、事実上の参入障壁として残ります。その結果、新規参入は福島~仙台間など一部の事例にとどまりました。「大手運送会社らが高速バス事業に参入してくるのでは」と戦々恐々だったバス業界は胸をなでおろしますが、2006(平成18)年ごろから新しい変化が起こります。

高速ツアーバスとしてスタートし、乗合バスに移行した「JAMJAMライナー」東京~仙台便(2018年12月、中島洋平撮影)。

 それが、「高速ツアーバス」と呼ばれる事業モデルです。募集型企画旅行(バスツアー)という形態を採りながら、実質的には都市間移動サービスを提供するもので、法的には旅行会社が貸切バスをチャーターするという形態。したがって停留所は必要なく、既得権は関係ありません(利用客には「〇〇銀行前」などと「集合場所」を指定)。2002(平成14)年に容認された直後はニッチ商品に過ぎなかったものの、2005(平成17)年末に大手旅行予約サイトが「高速ツアーバス」の取り扱いを開始したことを機に、急成長を始めます。

「高速ツアーバス」は、従来の高速バスが苦手としていた「大都市と大都市を結ぶ路線」の市場をウェブマーケティングによって開拓し、成功を収めます。たとえば首都圏~仙台間の高速バス(高速ツアーバスを含む)輸送人員は、2006(平成18)年からの6年間で5倍以上に伸長しました。

「豪華」も「格安」も 制度変化が促した多様化


 しかし、「高速ツアーバス」は問題も抱えていました。価格の安さを売りに集客したい一部の旅行会社が、貸切バス事業者へのチャーター代を削減したり、繁忙期に無理な増便を強要したりして、バス運行の法令遵守がおろそかになる点が指摘されました。また、貸切バス事業者のなかにも、運転手の待遇が悪く離職者が増え、経験の浅い運転手に法令の上限を上回る長距離乗務を指示するような、安全意識の低い者もいました。またそもそも、準拠する制度が乗合バス事業者と異なる点が、かねて業界内で問題視されていました。

 筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)も委員を務めた国土交通省「バス事業のあり方検討会」で足掛け3年におよぶ議論の末、「高速ツアーバス」は制度上、従来の高速バスに合流することになりました。それが「新高速乗合バス」制度です。新制度発表直後の2012(平成24)年4月には、高速ツアーバスが群馬県内の関越道で乗客7人死亡という、重大な、大変痛ましい事故を起こしました。以前から指摘されていた問題が顕在化した事故といえ、制度一本化の期限は前倒しされました。

ウィラーの3列シート「リボーン」。同社も高速ツアーバスからスタートした事業者のひとつ(2017年1月、中島洋平撮影)。

 こうして、2013(平成25)年夏以降、運行面では国による厳格な管理が行われるようになりました。一方で運賃設定などの営業面では、「既存」の高速バスにも「高速ツアーバス」同様の柔軟な制度が適用され、レベニュー・マネジメント(繁閑に応じた運賃変動)が行われるようになり、ウェブ予約比率の向上もその動きを後押ししました。

 ウェブ上で比較しながら予約する環境が生まれたことで、車両面では、個室タイプなどの超豪華座席が登場する一方、夜行便でも4列シート・トイレなしという格安便も人気となり、多様化が進み現在に至ります。そうしたなか、衝突被害軽減ブレーキ(いわゆる「自動ブレーキ」)といった安全装置の装着義務化も着実に進みました。

通勤や外国人旅行者の移動手段にも


 2019年現在、高速バスは毎日1万5000便が運行され、年間輸送人員は1億1500万人と、航空国内線を2割ほど上回るまでに成長しました。ただ、その内訳には変化が見られます。「高速バス開設ブーム」に沸いた平成初期は、首都圏~北東北や京阪神~九州など長距離の夜行路線が目立ちましたが、近年は新幹線網の拡充や航空自由化(LCCの台頭)の影響を受け、長距離夜行市場が縮小しています。

 それに代わり、おおむね片道250㎞、所要4時間以下の短・中距離が市場を大きく伸ばしています。なかでも、千葉県木更津市、袖ケ浦市周辺から東京湾アクアラインを経由して東京都心へ向かう路線や、山形~仙台間などでは朝ラッシュ時に3分間隔などと頻発し、鉄道に代わる通勤需要も取り込んでいます。1台当たりの定員が少なく、高頻度で運行できる高速バスは、所要時間のうえでも自宅から大都市の目的地まで鉄道と大差ない場合も。乗客は、夜行便では若年層が中心ですが、昼行便では老若男女、出張客らも多く見かけます。

「佐野プレミアム・アウトレット」に乗り入れるジェイアールバス関東の東京~佐野線(2018年12月、中島洋平撮影)。

 乗客の変化という面では近年、新しい動きも生まれています。インバウンド(訪日外国人)の急増です。彼らの旅行形態が、貸切バスを使う団体ツアーから、高速バスや鉄道を乗り継いで旅行するFIT(個人自由旅行)に変化しているのです。富士五湖や高山、白川郷といった中部地方の山間部、九州の湯布院など、鉄道の利便性がそれほど高くなく、「日本らしさ」が残っている地域への路線が人気です。また日本人観光客のあいだでも、大都市郊外からテーマパークやアウトレットモールへ直行する路線の利用が増えています。

 平成の終わりを迎え、かつての「フェニックス族」のように、憧れの都会へ焦がれるように高速バスへ飛び乗る若者は減ったように感じます。当時の若者が親の世代となり、大型ショッピングモールも続々と開業したいま、若者にとって地方はほどほどに住みやすく、昔ほど「逃げ出したい土地」ではなくなっているのでしょう。入れ替わるように、地方出身で都市に住む当時の若者世代が、親の介護などのため高速バスで地元に向かう姿が見られます。この「30年後のフェニックス族」こそ、「平成」日本社会の変化の象徴かもしれません。



【写真】平成30年間で驚異的に増便 関東の「本数最大路線」


京成バスなど3社が共同運行する東京~鹿嶋線「かしま号」。平成30年間で6往復から88往復まで増便。通勤にも使われている(2016年10月、中島洋平撮影)。

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小田急が複々線化跡地に"世田谷代田キャンパス"をオープン

地域内外の人がつながる場に


 小田急電鉄は2019年4月13日(土)、小田急小田原線の世田谷代田駅(東京都世田谷区)から徒歩2分の場所に、複合施設「世田谷代田キャンパス」をオープンしました。

鉄道跡地に誕生した複合施設「世田谷代田キャンパス」(2019年4月13日、伊藤真悟撮影)。

 小田急線の代々木上原~梅ヶ丘間を地下複々線化したことで発生した鉄道跡地を利用。地下化によって地域内の交流が活発化している世田谷代田の“コミュニティハブ”としてさらなるにぎわいを生み出すこと、また地域内外の人と人がつながる場になることを目指すそうです。

 施設は地上2階建てで、1階にはカフェレストラン「CAFE HELLO」と、世田谷区内にメインキャンパスを持つ東京農業大学のアンテナショップ「農大ショップ」が出店。「農大ショップ」では、東京農大オリジナルグッズや、農大卒業生の酒蔵でつくられた日本酒や味噌を販売します。

 2階は、東京農業大学がオープンカレッジ(市民講座)を行う施設「東京農大オープンカレッジ」です。健康や食、環境、生き物をテーマとした講座が開かれます。

 開業初日の4月13日(土)には、地域と連携したイベント「世田谷代田マーケット」を開催し、先着150組にフルーツをプレゼントしたほか、このイベント限定ショップも出店。産地直送の食品などを販売しました。またこの日、日本酒の試飲会や「東京農大オープンカレッジ」での記念講演会も行われています。

 小田急電鉄 生活創造事業本部開発推進部の向井隆昭さんは、「今年8月には地域の祭りの会場としても使っていただく予定です。将来的には世田谷代田から下北沢付近までの線路跡地を使って、イベントを実施したいです」と話しました。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_a9fd42e68537_戦車のエンジンと燃費、安全と実用性で紆余曲折の100年 a9fd42e68537 a9fd42e68537 戦車のエンジンと燃費、安全と実用性で紆余曲折の100年 oa-trafficnews 0

戦車のエンジンと燃費、安全と実用性で紆余曲折の100年

2019年4月12日 18:39 月刊PANZER編集部

戦車はどのようなエンジンを積んでいるの?


 昨今(2019年現在)の自動車業界を見ると、電気自動車、ハイブリット車、低燃費車と、エコを売りにしたクルマが次々と登場しており、そのように燃費を抑えて長距離走行する技術を進歩させるため、各メーカーは研究に余念がありません。現在、そしてこれからも「燃費」は、ユーザーがクルマを購入するうえで最も考慮するテーマのひとつでありつづけるでしょう。

演習でタンク車から燃料補給するイギリス軍の「チャレンジャー2」(左)。車体後部にドラム缶をふたつ付けている(画像:イギリス国防省)。

 では、戦車の燃費はどうでしょうか。何十tもの巨体を動かすエンジンを搭載しているのですから、少なくとも燃費が良いイメージを持つのは難しいでしょう。

 そもそも、戦車はどのようなエンジンを積んでいるのでしょうか。

様々な英戦車に搭載、ロールスロイス製「ミーティア」(月刊PANZER編集部撮影)。

米M4シャーマンのガソリンエンジンは航空機用の星型が原型(月刊PANZER編集部撮影)。

旧日本陸軍八九式中戦車搭載、三菱製ディーゼルエンジン(月刊PANZER編集部撮影)。

 戦車の歴史から見ると、多種多様な戦車が登場した第2次大戦時は、ガソリンエンジンが主流でした。軽量・小型・高出力のエンジンを求めた結果、航空機用のレシプロエンジン(ピストンがシリンダー内で往復復動するエンジンのこと)を基にして戦車用エンジンとして流用するケースが多かったためです。しかし、戦車用ガソリンエンジンは燃費が悪く、被弾時に燃料タンクに引火すると火災が発生し、多大な被害が生じるといった問題がありました。

 一方、ディーゼルエンジン搭載戦車も、数少ないながら存在しました。ディーゼルエンジンは軽油が燃料ですが、ガソリンエンジンと比べると燃費がよく、なおかつ引火し難いのが特徴です。ただし、エンジンが大型化しスペース効率に劣る、そして振動や音が大きいという欠点もありました。

 それでも上述したメリットを鑑みて、1935(昭和10)年ごろには、日本の八九式中戦車(空冷ディーゼル)とポーランドの7TP軽戦車(水冷ディーゼル)が相次いで登場しており、第2次大戦に入ると、ソ連や日本の戦車はディーゼルエンジンが主流になっていました。

 そして、戦後は燃費の良いディーゼルエンジンが注目され、今日にかけて戦車用エンジンの主流となっています。

ソ連T-64戦車のディーゼルエンジンは水平対向のため低い(画像:月刊PANZER編集部)。

1944年夏、ガソリンエンジン交換作業中のティーガーI重戦車(画像:ドイツ国防省)。

給油中のティーガーI。ドラム缶脇の兵士が手動ポンプを回す(画像:ドイツ国防省)。

 そうしたなか、ソ連は戦後、ジェット機と同じガスタービンエンジンの研究・開発を進め、後にT-80で搭載しています。アメリカも、主力戦車のM1「エイブラムス」にガスタービンエンジンを採用しました。またスウェーデンのStrv.103(通称「Sタンク」)やフランスの「ルクレール」は、ディーゼルとガスタービンの長所短所を補完しあうために、あえて両者の複合型(ハイブリッド・エンジン)を搭載しています。

ディーゼルとガスタービン、それぞれの特徴と気になる燃費


 先にも記した通り、現用戦車のエンジンはディーゼルが主流となっていますが、アメリカとロシア、戦車大国ともいえるこの両国は、戦車用エンジンにガスタービンを採用しています。

 ロシアについてはガスタービンを採用する一方でディーゼルも併用していますが、アメリカはガスタービンに一本化しています。ここでディーゼルとガスタービン、それぞれの長所と短所を比較してみましょう。

小型だが燃費は非常に悪い米M1戦車のAGT1500ガスタービン(画像:アメリカ海兵隊)。

米M1戦車はジェット機と同じ航空燃料を用いる(画像:アメリカ陸軍)。

演習にてタンク車から給油中の英ウォーリア歩兵戦闘車(画像:イギリス国防省)。

 まず、ディーゼルエンジンですが、前述のように燃費が良い、燃料となる軽油自体がガソリンよりも安いといった利点があります。また、燃料となる軽油はガソリンなどと比べて引火しにくいため、被弾時の火災に対する危険性が低く、その点では安全性が高いともいえます。

 ガスタービンエンジンは、ディーゼルエンジンよりも軽くて高出力なのが特徴です。また、ジェット機やヘリコプターと燃料を共用できるといった利点もあります。しかしながら「燃費が非常に悪い」ところが短所です。

 アメリカのガスタービンエンジンを搭載するM1「エイブラムス」の場合、整地での燃費が約0.24km/Lといわれます。これはディーゼルエンジンを搭載するドイツの「レオパルト2」が、同じ整地での燃費で約0.46km/Lなので、半分程度です。ちなみに、市販のトヨタ「プリウス」現行モデルは、カタログ燃費(JC08)が39km/Lですので(グレードE)、M1「エイブラムス」と比較すると約162倍もの燃費差といえるでしょう。

 これはロシアでも同様で、初めてガスタービンエンジンを制式採用したT-80は、あまりに燃費が悪く、なおかつトラブルが多かったため、のちにディーゼルエンジンに換装したT-80UDというタイプが登場しました。さらにそののち、ロシアで開発されたT-90やT-14といった新型戦車は、ディーゼルエンジンを搭載しています。

 このように世界的に見ると、ガスタービンはまだまだ少数派です。転じて日本の国産戦車は、戦後も一貫してディーゼルエンジンを搭載しています。自衛隊発足時に供与されたM24、M4A3、M41といったアメリカ製戦車はガソリンエンジンでしたが、それらはいまでは全て退役しています。

戦車への燃料補給、実際のところは?


 それでは戦車への燃料補給は実際、どのようにして行われているのでしょうか。

90式戦車の10ZG32WTディーゼル。V型10気筒で最大1500馬力(月刊PANZER編集部撮影)。

演習にて、携行缶に給油中の自衛隊員。携行缶の容量は20L(月刊PANZER編集部撮影)。

演習にて、給油中の90式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。

 陸上自衛隊の場合、各駐屯地に給油所があり、戦車もここを利用することは可能ですが、燃料をがぶ飲みする戦車は給油に時間がかかるため、何両も連なって向かうと混雑の原因になります。

 そのため、パーク(駐車場)で給油する姿がよく見られます。各駐屯地には「燃料集積所」という場所があり、そこには緊急時や災害派遣に備えて必ず一定数、燃料が入ったドラム缶(1缶あたり200リットル)が用意されています。ここにまずトラックで向かい、軽油が入ったドラム缶を必要数荷台に搭載し、パークに戻ります。その後、ドラム缶を下ろし、人力で戦車のそばまで転がし、手動ポンプで給油します。

 手動ポンプは種類にもよりますが、おおむねハンドル1回転で1リットル汲み上げるようにできており、単純に考えてもドラム缶を空にするまでハンドルを200回転させることになります。

 ちなみに各部隊で保有する戦車には、常に一定量の燃料が入っているように管理されており、燃料タンクが空の状態になることはほとんどありません。部隊では隊員が常時、部隊が装備する全車両の稼動状況を把握しており、適時適切な燃料補給を行っているからです。

 このように、「たかが給油」と思うかもしれませんが、軍用車両への給油は多くの人員が関わって実施されています。



【写真】ドラム缶かついだ74式戦車、偽装中


演習で車体後部に増槽としてドラム缶を搭載した陸自74式戦車。車体に取り付けられた植物は偽装用のもの(月刊PANZER編集部撮影)。

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北九州市内にも「連節バス」西鉄が導入 全長18m超

北九州市内に導入予定の連節バス、デザイン案(画像:西日本鉄道)。

 西日本鉄道は2019年4月9日(火)、北九州市内に導入予定の連節バスについて、運行を担当する西鉄バス北九州と北九州市が車両デザインが決定したと発表しました。

 連節バスは、車体がふたつ以上つながっている大量輸送が可能なバスで、西鉄側は今回、メルセデス・ベンツ製の「シターロG」を2台導入。その全長は約18.2mに及びます。

 車両デザインは市民投票によって選ばれ、2679票を獲得した北九州市のデザイン制作・広告会社「ハーティブレーン」のデザイン案が採用されました。“北九州市の文化や伝統を身近に”というコンセプトのもと、江戸時代から続く特産の「小倉織」をモチーフに、市内各地の「まつり」、市花である「ひまわり」と「つつじ」など北九州市の特色を表しつつ、洗練されたデザインが評価されたそうです。

 今後、4月23日(火)に一般車両への影響や走行環境の最終確認のための試走を行い、必要な改善を図ったうえで、2019夏の導入を目指すとのこと。現在のところ、小倉~黒崎(砂津~黒崎バスセンター)間で5~8往復、小倉~戸畑(砂津~戸畑駅)間で1往復の運行を検討しているそうです。

 連節バス導入の導入は、北九州市における「拠点間BRT(Bus Rapid Transit)」形成の一環。連節バスを基幹的なバスとして定時性・速達性を向上させ、既存の路線バスとの乗り継ぎ強化を図るなどして、人口減少、高齢化社会に対応した公共交通ネットワークの再構築に取り組むとしています。西鉄ではすでに、福岡市内の博多港国際ターミナルと博多駅、天神などのあいだで「都心循環BRT」として連節バスを運行しています。

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リニア新幹線の模擬授業を体験 学校の先生が"子ども"役に

教材の活用方法を学ぶ


 JR東海の鉄道博物館「リニア・鉄道館」(名古屋市港区)が2019年4月6日(土)夜、リニア中央新幹線を題材にした「模擬授業」を開催。その模様を報道陣に公開しました。

「リニア・鉄道館」で行われた模擬授業(2019年4月6日、草町義和撮影)。

 これは同館が提供している学校教育用教材の普及策の一環。教育研究団体「TOSS」代表代行の谷 和樹さん(玉川大学教職大学院教授)が先生役です。

 題材は「リニア中央新幹線」。金属などを冷却すると電気抵抗がゼロになる「超電導現象」と、この現象を用いた電磁石がリニア中央新幹線に導入される理由などを勉強。谷さんは、教材に描かれたリニア車両と東海道・山陽新幹線の車両(N700A)を示しながら、「このふたつを見比べて分かったことを書いてください。3つ以上書けた人は持ってきてごらん」と、小中学生の子どもに接するようにして参加者へ話しかけていました。

 しかし、見比べて分かったことを紙に書き出している参加者は、子どもではなく、各地の小中学校に勤務する教員です。模擬授業を通して教材の使い方を学び、それを参加者が勤務する学校の授業で生かしてもらおうというわけです。

 参加者は小中学生になりきって授業を受けていましたが、なかには「(新幹線の整備による所要時間の短縮で)遠方の飲み会に夜遅くまで参加できるようになりました」と回答した人も。「これ、小学生の授業だからね」と谷さんに突っ込まれ、参加者の笑いを誘っていました。

教材の制作に必要なポイントは


 リニア・鉄道館は、新幹線の技術や歴史などを多くの人に知ってもらえるよう、新幹線を題材にした学校教育用の教材データを同館のウェブサイトで公開。TOSSに参加する教育関係者が制作したもので、誰でもダウンロードできます。

リニア・鉄道館のウェブサイトで公開されている教材(草町義和撮影)。

 これまで公開してきた教材は、小学生向けのものが中心でしたが、2019年4月1日(月)に公開した教材3点のうち「リニア中央新幹線が果たす役割」は、小学生(中・高学年)向けと中学生向けを提供。「超電導リニアのひみつ」と「リニア中央新幹線から学ぶ環境保全」は、中学生向けのみ提供しています。

 谷さんは「リニア新幹線は中学生向きの素材なんですね。超電導というのは小学生には分かりにくい。電磁石は小学校の高学年で登場しますが、電気抵抗と言われてもハードルが高すぎる」とし、新たに公開した教材は中学生向けを中心に制作したと話しました。

 また、教材は「できるだけビジュアルにしたい」「文字だけのページは作らないようにしたい」「1ページのなかに入れる情報の量を絞りたい」の3点を意識して制作しているといいます。

「企業側はたくさんの情報をユーザーに知ってほしいと考えますが、(授業という)限られた時間のなかで情報を詰め込みすぎると、子どもたちはそれだけで嫌になってしまう。パッと見たときに、若干すっきり目の紙面がいいのです。情報をどの程度盛り込むか、JR東海と何度も議論しました」(谷さん)

 リニア・鉄道館は、教材の拡充とあわせて「鉄道教材発送サービス」も開始。同館ウェブサイトの専用ページに必要事項を記入して申し込むと、生徒用300部と指導用10部を上限に、印刷された教材が無料で送られてきます。JR東海はこうした取り組みにより、同館で公開している教材が学校教育の場で活用されるようにすることを目指しています。

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GWのJR、ピークは下り4/27と上り5/5 予約数は前年比大幅増

JR東日本におけるゴールデンウィーク期間の列車予約状況(画像:JR東日本)。

 JR旅客6社は2019年4月12日(金)、ゴールデンウィーク期間(4月26日~5月6日、11日間)の指定席予約状況を発表しました。

 予約のピークは、下りが4月27日(土)、上りが5月5日(日)。予約可能席数は前年比107%の1065万席に対し、予約された席は前年比161%の436万席です。

 東海道新幹線は、下りが4月27日(土)から30日(火・休)の午前に東京駅を出発する列車でほぼ満席。上りは5月5日(日)午後に東京駅に到着する多くの列車が満席です。

 東北・山形・秋田・上越・北陸新幹線も、下りは4月27日(土)・28日(日)の午前に出発する列車でほぼ満席。上りは5月5日(日)午後の「はやぶさ」「はやて」がほぼ満席になっています。

 山陽新幹線は、下りが4月27日(土)から29日(月・祝)の午前に新大阪駅を出発する列車を中心にほぼ満席。上りは5月5日(日)午後に新大阪駅に到着する列車の多くがほぼ満席です。

 寝台特急「サンライズ瀬戸」(東京~高松・琴平)の予約率は前年より7ポイント上昇し86%です。

 JR各社は、一部の日や時間帯を除いてまだ空席があることから、早めの予約を呼び掛けています。また、東海道新幹線や東北新幹線などで臨時列車を追加設定しています。

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一部不通の豊肥本線、2020年度内に復旧へ 熊本地震で被災

道路・砂防などの関連工事と連携


 国土交通省は2019年4月12日(金)、熊本地震の影響で一部区間が不通のJR豊肥(ほうひ)本線について、2020年度内に運転再開の見通しであることを発表しました。

観光特急「あそぼーい!」は豊肥本線の熊本~宮地間で運行されていたが、地震で不通区間が生じたため、現在は阿蘇~別府間に変更されている(2017年7月、恵 知仁撮影)。

 豊肥本線は熊本駅と大分駅を東西に結ぶJR九州の鉄道路線です。2016年4月に発生した熊本地震で同路線では大規模な斜面崩壊などが発生。被災から3年を迎える現在も、熊本県内の肥後大津~阿蘇間約27.3kmで運転の見合わせが続いています。

 JR九州は2017年4月、現地に復旧事務所を設置して復旧工事を開始。被災した土木設備51か所のうち、約8割にあたる41か所で工事に着手し、うち23か所で工事が完了しています。土木設備の復旧工事が完了した箇所から、軌道の復旧工事に順次着手しています。

 4月10日(水)、国交省、熊本県、JR九州で構成する「JR豊肥本線復旧連絡協議会」が開催。このなかで、豊肥本線の復旧に向けて道路、砂防といった関連工事との円滑な連携・調整や、必要な支援・協力などについて協議が行われました。

 工程を精査した結果、国が進めている阿蘇大橋地区の斜面崩壊部の対策工事を2019年度末に完成させ、この箇所を豊肥本線の復旧工事用ヤードとして活用するといった連携を行うことで、豊肥本線の復旧工事完了と運転再開が2020年度内の見通しになったといいます。

 国土交通省は「引き続き、JR豊肥本線の一日も早い復旧に向け、国土交通省、熊本県、JR九州の関係機関と連携・調整を図って参ります」としています。



【地図】鉄道・道路などの復旧状況


熊本地震の鉄道・道路などの復旧状況(画像:国土交通省)。

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新元号発表の瞬間が! 「令和」記念ICカード発売 ことでん

 香川県内を走ることでん(高松琴平電気鉄道)が2019年4月10日(水)、新元号「令和」を記念した「IruCa」(列車への乗車などができる、ことでんのICカード)ときっぷを発売すると発表しました。

ことでんの「新元号記念IruCa」。同社のキャラクター「ことちゃん」「ことみちゃん」が描かれている(画像:高松琴平電気鉄道)。

「新元号の発表の瞬間」をデザインしたという「新元号記念IruCa」は、5月3日(金・祝)午前9時30分から、瓦町駅(香川県高松市)の2階コンコース特設ブースで販売が開始されます。800枚の発売で、価格は2000円です。

「新元号記念 2daysフリーきっぷ」は、4月27日(土)から5月6日(月・祝)のあいだ――平成から令和にかけての10日のうち、2日を選んでことでんの電車全線に乗車できるものです。高松市内の高松築港、片原町、瓦町、瓦町志度線口駅で4月16日(火)から5月6日(月・祝)までの発売。価格は2400円です(大人用のみ発売)。



【画像】「新元号記念 2daysフリーきっぷ」のデザイン


ことでんの「新元号記念 2daysフリーきっぷ」(画像:高松琴平電気鉄道)。

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