cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_75892db41ede_首都高速・阪神高速"本線料金所"撤去の背景 機能どう代替 75892db41ede 75892db41ede 首都高速・阪神高速"本線料金所"撤去の背景 機能どう代替 oa-trafficnews 0

首都高速・阪神高速"本線料金所"撤去の背景 機能どう代替

役目を終えた? 撤去可能になった背景

 首都高速道路が、1号羽田線(上り)の平和島本線料金所(東京都品川区)と湾岸線(東行き)の大井本線料金所(同・品川区)の運用を2018年5月に停止、これらを撤去する予定です。阪神高速道路も、6か所の本線料金所を撤去する方針で、すでに3号神戸線東行きの尼崎本線料金所(兵庫県尼崎市)と5号湾岸線西行きの南芦屋浜本線料金所(同・芦屋市)については完了しています。

首都高湾岸線の大井本線料金所。2018年5月に運用が停止され、今後撤去される(2017年11月、中島洋平撮影)。

 その名の通り高速道路の本線上に設けられる本線料金所は全国に存在し、たとえば有料区間と無料区間の境目や、NEXCOとそのほかの道路会社との境界付近などにあります。対して首都高速や阪神高速で撤去対象となった本線料金所は、いずれも同じ会社の路線の途中に設けられたものです。なぜ撤去が可能になったのか、首都高速道路に聞きました。

――平和島と大井の本線料金所は、そもそも何のために設けられたのでしょうか?

 料金体系が変化するポイントで、お客様から通行料金をいただく目的がありました。当社の料金体系はもともと「東京線」「神奈川線」「埼玉線」という3つの料金圏で一律に設定されており、平和島と大井の本線料金所は、いずれも神奈川線と東京線のあいだに位置していたものです。神奈川線から東京線へまたがってご利用されるお客様から、東京線の料金をいただく場所でした。

――なぜ撤去が可能になったのでしょうか?

 2012(平成24)年から料金圏を撤廃し、利用距離に応じた対距離制料金へと移行したため、ほぼ不要になりました。その後は、空港西入口や羽田入口など、料金所がない一部の入口から現金でご利用される方に、通行券を発行する機能を持っていました。

本線料金所の撤去で事故や渋滞も減る?

――今後どう変わるのでしょうか?

 お話した1号羽田線上りの空港西入口、湾岸線東行きの湾岸浮島入口、空港中央入口にそれぞれ料金所を新設して代替しました。もう1か所、1号羽田線の羽田入口にも入口料金所を新設するため、この入口は2019年5月まで閉鎖します。

首都高速における料金所の撤去と新設の概要。平和島および大井本線料金所のほか、前後区間の出口料金所も運用を停止した(画像:首都高速道路)。

※ ※ ※

 阪神高速でも、かつては「阪神西線」「阪神東線」「阪神南線」という3つの料金圏が設定されており、撤去対象となっている6つの本線料金所が、それぞれの料金圏の境目に位置していました。しかし2012(平成24)年から、首都高速と同様に料金圏のない対距離制へと移行しています。

「6つの本線料金所は、現状の料金体系においては基本的に不要となっています。料金所がない一部の入口を通過されたお客様から料金を頂戴する目的はありますが、それら入口に料金所を新設するなど、何らかの代替方針が立ったところから順次撤去しています」(阪神高速道路)

 阪神高速道路によると、本線料金所ではレーン移行による車両の接触や、前方車両への追突といった事故が発生しているほか、減速あるいは停止しなければならないことから、渋滞発生の原因にもなっているとのこと。これを撤去することが、事故の削減や走行性の改善などにつながるとしています。

「違反車両の確認」という役割も 撤去後はどう変わる?

 一方で本線料金所は、通行車両がゲートで減速あるいは停止することから、過積載車両など不正な通行車両を確認したり、取り締まったりするポイントでもあります。たとえば首都高の大井本線料金所には、各ゲートの入口に車両の重さを測る「軸重計」が設置されているほか、違反車両の大規模取り締まりなども行われます。

 首都高速道路では、「(NEXCOが管轄する高速道路とのあいだにある)ほかの本線料金所や、入口料金所で違反車両の取り締まりを行っていきます」とのこと。阪神高速道路は「本線料金所のほか、従来から入口料金所でも取り締まりを行っています。軸重計も各料金所に備わっており、新設する料金所にも同様に整備しますので、今後は各料金所で現在よりもレベルを上げて取り締まりをしていきます」と話します。

 撤去された本線料金所の跡地はどうなるのでしょうか。首都高速道路は、「平和島、大井とも用地が狭く転用が困難なため、現在のところ跡地利用の計画は特にありません」とのこと。同社ではすでに2012(平成24)年、湾岸線西行きの湾岸浮島本線料金所(川崎市川崎区)を撤去していますが、ここも「跡地はそのままになっています」とのことです。

阪神高速道路における本線料金所の撤去概要。尼崎、南芦屋浜および中島本線料金所の跡地は、「ミニPA」の拡充に利用される予定(画像:阪神高速道路)。

 一方、阪神高速道路は本線料金所の跡地を利用し、通常のPAよりも機能を絞った「ミニPA」を拡充するといいます。尼崎本線料金所に併設されていた尼崎ミニPAは、本線料金所の跡地を一部利用する形で改修工事を進めており、2018年度内に再オープンします。撤去済みの南芦屋浜本線料金所跡には、南芦屋浜ミニPAを2018年度内に、2019年度内に撤去予定の5号湾岸線東行き 中島本線料金所(大阪市西淀川区)には、中島ミニPAを2020年度内に設置する予定だそうです。

【写真】撤去された本線料金所

2012年に撤去された首都高湾岸線の湾岸浮島本線料金所。跡地はそのままとなっている(画像:首都高速道路)。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_731b834d2123_最近聞かない旅客機個々の"愛称" 航空黎明期から振り返る 731b834d2123 731b834d2123 最近聞かない旅客機個々の"愛称" 航空黎明期から振り返る oa-trafficnews 0

最近聞かない旅客機個々の"愛称" 航空黎明期から振り返る

かつてメディアでも使用された旅客機の「愛称」だが…?


 かつて日本の旅客機には、1機ごとの固有の愛称がついているものがありました。たとえば「よど号」のように、メディアにおいても機種名ではなく愛称で報じられていました。しかし、いつのころからか旅客機の愛称を聞かなくなって久しいのではないでしょうか。

JALのダグラスDC-8-33型旅客機「KAMAKURA(鎌倉)」号(画像:JAL)。

 ICAO(国際民間航空機関)に加盟する国の民間機は、機体記号を付けることが義務付けられているものの、機体名を命名することは国際法や日本の法律、条例などでも特にうたわれていません。なおこの機体記号とは、国別の国籍記号と登録記号の組み合わせで表されるもので、たとえば日本の飛行機は、国籍記号「JA」を頭に続く4ケタの数字またはローマ字の大文字が機体に記されています。たとえるなら、クルマのナンバープレートの数字のようなものです。

 愛称を付けていた理由について、JAL(日本航空)とANA(全日空)に確認してみましたが、さすがに古い話であり、確たる証拠資料や証言などは得られませんでした。JALの担当者は「当時の慣習からと考えられますが、それを裏付ける文書は残念ながらありませんでした」といいます。

 一方で、なぜその愛称を付けたのか、というエピソードは、両社からいくつか聞くことができました。

ANAのYS-11はなぜ「オリンピア」?


 1機ごとの愛称ではありませんが、ANAのYS-11には「オリンピア」という愛称がありました。これは1964(昭和39)年に開かれた「東京オリンピック」における聖火輸送にちなむものだそうです。このときANAはYS-11のメーカーである日本航空機製造から同機の試作2号機を借り受け、那覇から千歳まで聖火の空輸を行いました。この試作2号機はそののち、日本国内航空(のちのJAS〈日本エアシステム〉)に納入され、同社において「聖火号」と命名されています。

聖火を運んだことで「オリンピア」という愛称になったANAのYS-11(画像:ANA)。

JALのMD-11が日本の希少野鳥の名前になった経緯


 JALが1993(平成5)年に導入したMD-11の愛称である「J-Bird」は、就航開始時に整備部門のボランティアグループが「機体をJ-Birdと呼ぶこと、そして1機ごとに野鳥の愛称をつけること」というアイディアを提案したといいます。そして、その案が採用され、個別の愛称は日本野鳥の会のアドバイスにより、日本国内で数少なくなった野鳥から付けられることになりました。

これまでどんな愛称が付けられていた?


 では具体的に、どのような愛称が付けられていたのでしょうか。

 まずJALですが、戦後営業を開始した1番機のマーチン202には「もく星」、DC-3には「金星」、DC-4には「てんおう星」など星の愛称がありました。社有1番機のDC-4には「高千穂」、DC-6の1番機は「City of Tokyo」、DC-7の1番機は「City of San Francisco」と名付けられていました。

 ジェット機の時代となりDC-8は「富士」、「鎌倉」、「箱根」などの観光地、コンベア880は「桜」、「松」、「楓」などの植物、ボーイング727は「利根」、「淀」、「木曽」などの河川の名が付けられていました。

「白鷺1号」から「うれシーサー」号、「手羽先」号まで


 このほかJALグループ各社の旅客機として、以下のような愛称が挙げられます

●JALグループの旅客機の愛称
・ボーイング777「スタージェット」:シリウス/ベガ/アルタイル など
・ボーイング737-400「フラワージェット」:コスモス/リンドウ/ハイビスカス など
・JTA ボーイング737-200「スカイシーサー」:うれシーサー/バンザイシーサー/ハイサイシーサー など

 JALと経営統合したJASでは、YS-11に「摩周」、「霧島」、「徳之島」など全国各地の地名が付けられ、ボーイング777には「レインボーセブン」という愛称も付けられていました。

ANAの前身、日本ヘリコプター輸送の「白鷺1号」。ちなみにANAの客室乗務員OG会は「全日空白鷺(はくろ)会」という(画像:ANA)。

 一方のANAですが、前身である日本ヘリコプター輸送時代の所有機デ・ハビランド DH-114に「ヘロン(鷺)」という愛称があり、これにちなんだ「白鷺」という愛称がつけられ、1号から3号までがありました。ANAとなってからは、前出の「オリンピア」のような機材へのネーミングや、「ポケモンジェット」のような特別塗装機へのネーミングはありますが、基本的に1機ごとの愛称はつけなかったといいます。

 このほか、のちにANAへ統合された藤田航空のDH-114には「ミス八丈」と「ミス大島」という愛称が、同様にANAへ統合されたエアニッポンのDHC-8には、「つばき」「ひまわり」「すずらん」といったものがありました。

 このように、日本では機体ごとに愛称を付けるケースは見られなくなりましたが、海外のエアラインでは2018年現在もそうした事例が見られます。

 インドのエアインディには「パンジャブ」「ラジャスターン」「ゴア」など地名が、タイ航空には「チャオプラヤ」「ムクダハン」など地名や人名が、KLMオランダ航空のボーイング787には「ラベンダー」や「ハイビスカス」など花の名前が付けられています。面白いところでは、香港のLCC、香港エクスプレスにおいては食べ物の名前が付けられています。「春巻」「えび餃子」の中華料理に加えて、日本にちなんだ「手羽先」や「讃岐うどん」もあります。

 国内の航空会社では1機ごとの愛称は使われなくなりましたが、たとえば特急列車に見られる名前のようなものがあれば、愛着が沸くのではないでしょうか。



【写真】「春巻」「えび餃子」「讃岐うどん」、共通点は「旅客機」


香港のLCCである香港エクスプレスには、食べ物の名前がつけられた機体がある。写真はそのひとつ、「春巻」号(石津祐介撮影)。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_43fd97ec2531_本数日本一の高速バス路線は? 鉄道圧倒の高頻度運行 43fd97ec2531 43fd97ec2531 本数日本一の高速バス路線は? 鉄道圧倒の高頻度運行 oa-trafficnews 0

本数日本一の高速バス路線は? 鉄道圧倒の高頻度運行

2018年6月2日 14:10 成定竜一

本数最多路線は、日中およそ10分間隔

 高速バスの年間輸送人員(延べ利用者数)はおよそ1億1500万人(2015年度)、全国で毎日1万5000便以上が運行されています。このうち夜行路線の比率は約1割にすぎず、そのほとんどは、より短い距離を昼間に高頻度で運行する昼行路線です。

 それでは、1日当たりの運行便数が最も多いのは、どの路線でしょうか。

東京駅八重洲口のバスターミナルに停まる京成バスの鹿島神宮行き。東京駅~鹿島神宮間の高速バス路線は首都圏で最も本数が多い(2016年10月、中島洋平撮影)。

 それは、西日本鉄道(以下、西鉄)が運行する福岡~小倉間で、1日に最大121往復も運行されています(経由地が異なる4系統合計)。僅差で、西鉄と九州産交バスが共同運行する福岡~熊本間の最大104往復(福岡空港~熊本を含む)が続きます。首都圏では、ジェイアールバス関東/京成バス/関東鉄道が共同運行する東京駅~鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)間の82往復が最大です。

 121往復といえば、24時間で単純に割ると1時間あたり約5本です。深夜時間帯には運行されていませんから、日中はおおむね10分間隔で運行されていることになります。ここまで高頻度ではなくとも、片道2、3時間程度の距離で、かつ1日を通して一定の間隔で運行される昼行路線が、高速バスの典型だといえます。

新幹線開通で高速バスのシェア上昇? 特急列車を圧倒した路線も

 前出の福岡~小倉や福岡~熊本のほか、たとえば東京~水戸(3ルート合わせて41.5往復)や東京~松本(24往復)などは、鉄道(新幹線や特急電車)と競合する路線です。このうち福岡~熊本の高速バスは、九州新幹線が2011(平成23)年に開業してからさらに利用者が増え、増便しています。競合相手が在来線特急から新幹線に変わったことで料金が上がり、安い回数券も廃止され、また便数も減ったことで、以前よりも高速バスのシェアが上昇したのです。

 先にあげた東京駅~鹿島神宮は興味深い路線です。同区間には2015年まで特急電車が運行されており、分類でいえば「鉄道との競合路線」でした。しかし、1989(平成元)年の開業当初はわずか6往復だった高速バスが82往復まで増便を繰り返す一方で、特急列車は廃止され、現在では「高速バスがメインの交通機関」という位置づけに変わっています。

「鹿島神宮行き」というと、神社にお詣りに行くための路線のように思うかもしれませんが、利用者の多くは茨城県の鹿行(ろっこう)地域(鹿嶋市や潮来市など)に住む人たちです。沿線には鹿島臨海工業地帯が広がっており、東京とのあいだではビジネスの往来も相当あります。とはいえ、特急列車の場合は1編成で何百人と乗車することを想定しているため、需要量を鑑みれば日に数往復程度しか設定できません。これに対し、1便あたり40人程度で満席になる高速バスなら高頻度に運行することができるので、忙しいビジネスパーソンの移動にも高速バスの方が向いていたのです。

駒ヶ根・飯田行きなど中央道方面の高速バスが発着するバスターミナル「バスタ新宿」(2016年9月、恵 知仁撮影)。

 このほか、37往復が設定されている東京~駒ヶ根・飯田(長野県)や、70往復の大阪~徳島(いずれも競合各社合計)といった区間も、鉄道であれば遠回りになったり乗り換えが必要だったりするので、「高速バスがメインの交通機関」という位置づけになっています。

地方と大都市を結ぶ高速バス、その利用実態は

 このような地方と大都市を結ぶ昼行の高速バスは、実際にどのような人が利用しているのでしょうか。

 平日は、地方から大都市へ向かう出張客が目立ち、より短距離の路線だと通勤で利用する人もいます。週末になると、冠婚葬祭や、地元ではできないファッションの買い物など、プライベートな目的で多くの人が都市へと向かいます。要するに、老若男女、幅広い客層です。夜行便であれば体力のある若者が中心ですが、このような昼行便は客層を選びません。また、地方部に拠点を置くバス会社は「地元の名士企業」ですから、高速バスの存在は地元ではよく知られており、「都市への足」として定着しています。

 クルマ社会の地方都市に住む人にとっては、利便性のうえでも都市への足として高速バスが優れていることもあります。たとえば、高速道路の本線脇にバス停があるのを見て「周囲は田んぼなのに、誰が利用するのだろう」などと不思議に感じたことはないでしょうか。そのような本線上のバス停から階段を降りた先には、自家用車を停められるパークアンドライド用の駐車場が設置されていて、それを無料で使えるケースも少なくありません。自宅から市中心部の渋滞を抜けて鉄道駅まで向かい、高い駐車料金を負担して鉄道に乗るよりも、郊外から乗車できる高速バスのほうが費用も安いうえに、トータルで見れば早く到着できることもあるのです。

 目的地となる大都市ではさらに、新幹線や特急が発着するターミナル駅から目的の場所まで、地下鉄や路線バスに乗り換えなければならないこともあります。一方、都市内でこまめに停車する高速バスであれば、地元から乗り換えなしで大都市の目的の場所まで直行することもできます。

 このように、我が国の高速バスは「地方から都市への足」として定着しています。一方、大都市や国際空港から、温泉やテーマパーク、アウトレットモールといった人気の観光地へ乗り換えなしで移動できることも、高速バスの強みのひとつです。今後は、国内外の観光客から、そのような観光地への足としてもっと選んでもらえるようになることが、高速バス業界における次の課題だといえます。

【地図】高速バス王国? 福岡と九州主要都市間の高速バス本数

西鉄および共同運行事業者らによる福岡と九州主要都市間の昼行高速バス本数。熊本便は福岡空港発着便を含む(国土地理院の地図を加工)。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_f6071b5f4f88_"トドメちょい足し"は危険? セルフ給油のノズルの仕組み f6071b5f4f88 f6071b5f4f88 "トドメちょい足し"は危険? セルフ給油のノズルの仕組み oa-trafficnews 0

"トドメちょい足し"は危険? セルフ給油のノズルの仕組み

ノズルを流れる空気を検知し自動停止

 セルフのガソリンスタンドで給油すると、ある程度入ったところでノズルからの給油が自動で止まります。そのあとでノズルのレバーを少しだけ引き、少量を継ぎ足す人もいるかもしれません。

セルフスタンドでの給油イメージ(画像:写真AC)。

 そもそも、この給油ノズルはどのような仕組みで止まるのでしょうか。ガソリン計量器を製造・販売するタツノ(東京都港区)に聞きました。

――給油ノズルはどのような仕組みで自動停止するのでしょうか?

 ノズル内部にセンサーがあり、オートストップ機能が働きます。給油中は、ノズルの先端にある検知口から、ノズル内に空気が流れている状態を維持します。満タンに達すると、油面が検知口を塞いで空気が流れなくなり、センサーが真空状態になります。これによりセンサーは満タンを検知し、給油を自動停止します。

――自動停止した状態は「満タン」なのでしょうか?

 はい、満タンです。計量機は0.5%の誤差内で正確に計測給油することが可能です。

継ぎ足し給油はしてもよい?

――自動停止後の継ぎ足し給油は、してもよいのでしょうか?

 いえ。継ぎ足し給油を行わないよう、業界で自主的に規制しています。継ぎ足し給油をすると、検知口はすでに塞がれているものの、油の流量が少ないため空気が流れず、センサーが真空になりません。そのため給油が続いてしまい、結果として油が吹きこぼれ、さらには引火する危険性があります。

※ ※ ※

 タツノによると、このオートストップ機能はセルフスタンドが登場した当初から必ずついており、どのようなクルマでも働くといいます。

 しかし、給油口へノズルを浅く差し込んでいたり、レバーを少ししか引かずに少ない量流で給油すると、オートストップ機能が効かず、吹きこぼれの恐れがあるとのこと。ノズルは「先端が当たるところまで」差し込み、レバーは「確実に引けるところまで」引くのがポイントだそうです。

 ちなみに、タツノによると、車種によってタンクの形状がちがうため、満タン状態から口までの容量も異なるとのこと。自動停止してからさらに口いっぱいまで継ぎ足し給油した場合、どれくらいの量が入るかは一概にはいえないようです。

【画像】給油が自動停止する仕組み

給油ノズルに小さな検知口がある。ここが油でふさがり空気の流れが遮断され、センサーが真空状態になると、給油を自動停止する(乗りものニュース編集部作成)。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_9893cea3a25d_男鹿駅移設で営業キロ変更 運賃が下がる区間も JR東日本 9893cea3a25d 9893cea3a25d 男鹿駅移設で営業キロ変更 運賃が下がる区間も JR東日本 oa-trafficnews 0

男鹿駅移設で営業キロ変更 運賃が下がる区間も JR東日本

7月1日に新駅舎使用開始

 JR東日本秋田支社は2018年5月31日(金)、男鹿線の終点・男鹿駅(秋田県男鹿市)の移設に伴い、隣の羽立駅との営業キロが変更になると発表しました。

男鹿駅の新駅舎の完成イメージ(画像:JR東日本秋田支社)。

 現在、羽立~男鹿間の営業キロは2.9km、奥羽本線などの幹線にまたがって利用する際の運賃計算に用いる換算キロは3.2kmです。

 これが、新しい駅舎の利用が始まる7月1日(日)からは、同区間の営業キロが2.7km、換算キロが2.9kmにそれぞれ改定されます。

 普通運賃の場合、男鹿線内相互発着は変更がありませんが、たとえば土崎~男鹿間は現在670円から改定後は580円に、八郎潟~男鹿間は840円から760円になるなど、下がる区間があります。

 定期運賃の場合、たとえば秋田~男鹿間は現行2万1710円から改定後は2万1390円に、土崎~男鹿間は1万8980円から1万7490円に変わります(いずれも通勤1か月)。

 JR東日本秋田支社は「営業キロの変更に伴い、運賃が低廉となる区間の乗車券類については、移設後以降にお求めください」としています。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_3bca1d8e8ce3_N700S試験車に「次期軌道状態監視システム」搭載 JR東海 3bca1d8e8ce3 3bca1d8e8ce3 N700S試験車に「次期軌道状態監視システム」搭載 JR東海 oa-trafficnews 0

N700S試験車に「次期軌道状態監視システム」搭載 JR東海

計測項目の追加と精度向上を実現

 JR東海は2018年5月30日(水)、計測項目の追加と精度向上を実現させた「次期軌道状態監視システム」を開発し、東海道新幹線のN700S確認試験車に搭載して6月から走行試験を開始すると発表しました。

「次期軌道状態監視システム」の概要。多項目、高精度な軌道状態監視が可能になる(画像:JR東海)。

「軌道状態監視システム」は、走行中の営業列車で軌道(レール)の状態を計測するもの。データは中央指令所などにリアルタイムで送信されます。日々の軌道の状態をとらえた保守作業ができるようになり、乗り心地の維持・向上に大きく貢献しているといいます。

 現行のシステムは、加速度計を用いてレールの形状(上下方向のずれ)のみを計測します。2009(平成21)年度から、新幹線N700系の6編成に搭載されています。

 今回開発された次期システムは、加速度計、レーザ変位計、ジャイロを組み合わせて、レールの上下・左右方向のずれ、左右レール間の距離・高低差も計測します。その際のスピード条件も、現行システムの「70km/h以上」から、次期システムは「30km/h以上」に下がり、低速走行時での計測も可能としています。また、N700S確認試験車に搭載するため、小型・軽量化を図っています。

 JR東海は、軌道の状態を多項目かつ高精度に監視できるようになることから、適切な時期での保守作業により、さらに乗り心地が向上する効果があるとしています。

【画像】現行「軌道状態監視システム」の概要

現行「軌道状態監視システム」の概要(画像:JR東海)。

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SL列車でトレカ配付 車両、風景など全32種類 JR東日本

対象は上越線、信越本線の下りSL列車

 JR東日本高崎支社は2018年5月31日(木)、高崎線や信越本線で運行しているSL列車の乗客に、「SL GUNMA トレーディングカード」を配付すると発表しました。

「SL GUNMA トレーディングカード」オモテ面のイメージ。車両や工具、走行風景などの写真がデザインされる(画像:JR東日本高崎支社)。

 2018年7月から始まる「ググっとぐんま観光キャンペーン」にあわせた取り組み。カードのオモテ面は蒸気機関車(SL)や客車、工具、走行風景などの写真、ウラ面は高崎支社が保有する蒸気機関車のD51形498号機やC61形20号機の動輪をイメージしたイラストです。

 カードは縦59mm、横86mmで、第1弾はレア2種類を含む全32種類が用意されます。

 配付は7月から2019年2月までのSL列車運転日に、上越線の高崎~水上間や、信越本線の高崎~横川間を走る下りSL列車の車内で実施。カードは黒色のビニールで個別包装された状態で渡されます。デザインは選べません。乗車券と指定席券を持った人が対象です。

 JR東日本高崎支社は「この夏は、『SL GUNMA トレーディングカード』を集めに、ぐんまのSLに乗りに来ませんか」としています。

【画像】ウラ面は「D51」「C61」の動輪

「SL GUNMA トレーディングカード」ウラ面のイメージ。蒸気機関車のD51形498号機やC61形20号機をモチーフにした動輪のイラスト(画像:JR東日本高崎支社)。

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cat_8_issue_oa-trafficnews oa-trafficnews_0_b7022061151e_「戦後初の国産旅客機」YS-11のたどった航跡といま b7022061151e b7022061151e 「戦後初の国産旅客機」YS-11のたどった航跡といま oa-trafficnews 0

「戦後初の国産旅客機」YS-11のたどった航跡といま

戦後初の国産旅客機が描いた航跡


 2018年5月11日(金)、エアロラボインターナショナル社(大阪府八尾市)が保有するYS-11が、高松空港から飛び立ち、能登空港へと飛行しました。高松空港にて飛行可能な状態で保存されていたものです。

 戦後初の国産旅客機で、民間から公官庁まで様々な用途で利用されてきたYS-11は、国内の民間ではすでにすべての機が引退しています。財団法人日本航空協会によりますと、日本国内では自衛隊以外で飛行可能なYS-11はエアロラボ社の機体のみで、航空遺産として羽田空港に保存されている量産初号機は保存のためにメインテナンスは続けているものの、飛行する予定はないとのことです。

 海外では2000年代前半頃まで、フィリピンやインドネシアなどで使われていたようですが、現在ではその多くは動態保存、もしくはスクラップにされたようです。

あいち航空ミュージアムに展示されている航空自衛隊のYS-11P(石津祐介撮影)。

 上述のエアロラボ社の機体は、もともと国土交通省の航空局が保有していたもので、退役後同社が購入し動態保存していたものです。海上自衛隊や海上保安庁など、官公庁の保有機体も退役が進み、2018年5月現在、いわゆる現役のYS-11は、航空自衛隊で使用されている機のみとなりました。しかし、それらの機体も後継機が決まっており、あと数年で現役を終えると見られます。

 長年、日本の空で活躍したYS-11とは、どのような航空機だったのでしょうか。

YS-11の誕生から生産終了まで


 1945(昭和20)年、太平洋戦争の敗戦によって連合国に占領された日本は、占領軍により航空機の研究、開発や運用が禁止されていました。1952(昭和27)年に締結されたサンフランシスコ講和条約により再び独立し、航空機の開発、運用がようやく解除となります。

 占領政策により停滞した日本の航空産業でしたが、1956(昭和31)年に国産旅客機の開発計画が立ち上がり、1957(昭和32)年には輸送機設計研究協会が設立され、零戦を設計した堀越二郎をはじめ戦前の航空機産業を支えた技術者たちが集まり開発がスタートします。ちなみにYSの名は輸送機設計研究協の「輸送機のY」と、「設計のS」から、11は最初の1がエンジン候補の番号、次の1が機体の採用案の番号となっています。

 1959(昭和34)年には研究会は解散し、官民共同の特殊法人である日本航空機製造株式会社が設立され開発を引き継ぐことになりました。そして1962(昭和37)年には、名古屋空港で試作第1号機が初飛行に成功します。しかし、機体の安定性などに問題があり、そのため改修を余儀なくされ、民間での運用は初飛行から3年後の1965(昭和40)年となりました。

西武新宿線航空公園駅前に展示されている元エアーニッポンのYS-11A-500R(石津祐介撮影)。

展示機は入間基地に着陸後、分解され陸路で運ばれた(石津祐介撮影)。

航空自衛隊に導入された飛行点検型YS-11FC(石津祐介撮影)。

 航空自衛隊への導入は1965(昭和40)から始まり、人員輸送型のYS-11P、貨物輸送型のYS-11C、飛行点検型のYS-11FCなどが導入されました。ほかに海上自衛隊、海上保安庁や航空局などの公官庁でも採用されました。

 海外へも積極的にセールスを行い、アジアやアメリカ、南米でも導入され好調なセールスを記録しますが、海外デベロッパーとの取引トラブルや部品供給の遅れなど様々な問題が生じます。そして市場でのシェア拡大を優先したため、原価割れでの販売を続けてしまい、結果的に経営赤字に陥ります。やがてこのままでは黒字転換は無理と判断され、1971(昭和46)年4月には生産中止が決まります。そして1983(昭和58)年に日本航空機製造は解散。YS-11は合計で182機が製造されました。

商用運航は終了するも


 YS-11には様々なバリエーションが製造されましたが、民間では基本的には初期型のYS-11と改良型のYS-11Aのふたつのタイプが存在しました。

 機体のサイズは、全長は26.3m、全高8.98m、全幅は32.0m。乗員は2名で、定員が56名から64名、巡航速度は470km/hから480km/h、航続距離は貨物や人員の満載時で1090km、最大で2200km。エンジンはロールスロイス・ダートが使われていました。

 低速での安定性に優れ、燃費もよく、1200mの滑走路があれば離着陸できるため、おもに地方路線で活躍していましたが、機体の老朽化や衝突防止装置の装備が義務付けられたため、路線からの引退が進み2006(平成)年9月のラストフライトで日本における商用運航が終了します。

電子戦訓練機YS-11EA。EBと共に入間基地に所属している(石津祐介撮影)。

電子情報収集機YS-11EB。エンジンがダートからT64に換装されている(石津祐介撮影)。

対潜哨戒機P-2Jは退役後、そのエンジンが「スーパーYS」に再利用された(画像:海上自衛隊)。

 YS-11の開発には軍用機の技術者が中心になって進められたこともあり、極めて丈夫な機体でしたが、振動や騒音はかなり強く、旅客機としての評価は決して高いものではありませんでした。

 民間の商用運航からはすでに引退していますが、一方でその丈夫さゆえに航空自衛隊ではいまだ現役です。自衛隊では、民間機のように衝突防止装置の装備が義務付けられておらず、また民間に比べて機体の飛行時間も短いため、長年にわたって使われ続けています。すでに引退したYS-11Pや現役のYS-11FCはオリジナルのダートエンジンが使われていましたが、電子戦訓練機のYS-11EAと電子情報収集機のEBには退役した海上自衛隊の対潜哨戒機P-2JのエンジンT64を換装した「スーパーYS」へと改造されています。

引退後の余生は…?


 名古屋空港で最終組み立てし、初飛行が行われたYS-11。そのゆかりの地とも言える同空港に隣接する「あいち航空ミュージアム」には、航空自衛隊のYS-11Pが展示されています。この152号機は人員輸送機として1965(昭和40)年に航空自衛隊へ納入された機体で、VIPの輸送任務にも使われ、昭和天皇も搭乗されたことのある貴重な機体でした。長年にわたり活躍した同機は、2017(平成29)年5月29日に引退し、所属先の美保基地から小牧基地へラストフライトを行いました。

美保基地に配備されていたYS-11P、152号機(石津祐介撮影)。

収納式のタラップを展開したYS-11P(石津祐介撮影)。

着陸態勢に入るYS-11P(石津祐介撮影)。

 この機体がミュージアムへ展示されることとなった背景には、愛知県の航空産業の歴史において重要な存在であり、現在、開発と製造が進んでいるMRJにつながるものがあったからといいます。ミュージアムによりますと、機体を実際に動かす動体展示の予定はありませんが、VIP仕様である機内の一般公開は特別企画として行うとのことです。

あいち航空ミュージアムのYS-11(石津祐介撮影)。


あいち航空ミュージアム外観。名古屋空港に隣接する(石津祐介撮影)。

 航空自衛隊のYS-11が展示されているのは、先述のあいち航空ミュージアムだけですが、民間のYS-11は各地に展示されており、戦後の日本航空産業の象徴ともいえる同機の余生を見ることができます。



【写真】三菱重工業のビジネスジェット、「ホーカー400」ではないMU-300


あいち航空ミュージアムは、おもに愛知県にゆかりのある航空機を展示。現在、レイセオン「ホーカー400」として販売されている、三菱重工業のMU-300も展示(石津祐介撮影)。

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新幹線車両の異常検知を強化 台車亀裂問題で対策 JR東海

指令所に専任の車両技術者を配置

 2017年12月に新幹線車両の台車枠に亀裂が見つかった問題を踏まえ、JR東海は2018年5月30日(水)、車両の異常を早期発見するための新たな対策を発表しました。

台車枠と車体のあいだにある空気ばね。この圧力を自動的に分析し、異常を検知した際に運転台の画面で知らせる機能が追加される(画像:JR東海)。

 この取り組みは、JR西日本の新幹線車両の台車で、破断寸前の亀裂などが見つかった重大インシデントを受けたものです。JR東海は、これまでの安全確保に向けた対策として、メーカーに対し製造時の品質管理体制の強化を要請。また、より入念で詳細な検査や、新幹線台車温度検知装置による走行中の台車監視強化などに取り組んでいます。

 新幹線台車温度検知装置は、東京~新大阪間で現在、酒匂川橋梁(きょうりょう)(神奈川県)と豊川橋梁(愛知県)の2か所に設置していますが、さらに2019年度末までに、瀬戸川橋梁(静岡県)、木曽川橋梁(愛知県、岐阜県)、神崎川橋梁(大阪府)に増設します。また、各箇所で測定した温度データから各台車の温度推移を監視して異常の有無を自動判定する検知手法を新たに導入します。

 N700Aタイプの車両には、車体の下に設置されている空気ばねの圧力を自動的に分析し、異常を検知した際に運転台の画面にアラーム表示する機能を、2018年度末までに順次追加します。

 また、新幹線総合指令所では、専任の車両技術者を新たに配置。走行中の車両機器の状態や台車温度を監視できる端末を新設し、監視体制を強化します。今後の一連の取り組みの費用は約10億円です。

 なお、JR東海は、東海道新幹線の全乗務員と車内販売などを行うパーサーに対し、台車など車両に異常が発生した際のにおいや、通常の音を体感する訓練をすでに実施しているとしています。

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退役間近! 陸自のかわいい「空飛ぶ卵」OH-6Dヘリとは?

陸自改編の流れの中で

 2018(平成30)年度は陸上自衛隊にとって大きな改革を迎えた年になりました。全国に5つある方面隊を統括する組織として陸上総隊が新設され、島嶼防衛での活躍が想定されている水陸機動団も創隊されました。北熊本駐屯地(熊本県熊本市)に司令部を置く第8師団が機動師団へ、善通寺駐屯地(香川県善通寺市)に司令部を置く第14旅団が機動旅団へと生まれ変わりました。

コンパクトな設計のOH-6D(矢作真弓撮影)。

 新たな装備品も仲間に加わっています。74式戦車や87式偵察警戒車の後継として16式機動戦闘車が配備され、水陸機動団が使う水陸両用車AAV7も導入されています。

 こうした動きのなかで、ひとつの名作機が姿を消そうとしています。それがOH-6D連絡観測ヘリコプターです。

 OH-6Dは1979(昭和54)年から陸上自衛隊、海上自衛隊、海上保安庁などで運用されていたヘリコプターです。川崎重工のライセンス生産によって、1997(平成9)年までに387機が生産されました。2018年現在で運用しているのは陸上自衛隊だけです。

 小柄な機体ですが、最大4名が乗ることができます。最大離陸重量は約1.2tと小さく、機体の重量だけでも約540kgあることから、燃料と人間を最大数で乗せてしまうと、離陸できるギリギリの重量になってしまうそうです。

 卵のような形で「フライング・エッグ」とも呼ばれているOH-6Dですが、ほかのヘリコプターには無い機動性の高さを持っています。

さまざまなシーンで活躍も、退役へのカウントダウン始まる

 OH-6Dは戦闘機のような複雑な操縦系統を持っていません。操縦桿やペダルを操作すれば、機械的に繋がったケーブルを介して、機敏に動かすことができると言われます。そのため、TH-480Bという練習機が登場するまでは、陸上自衛隊での回転翼練習機として運用されていたほどです。

訓練を終えて駐機場へ向かうOH-6D(矢作真弓撮影)。

 ちなみに、海上自衛隊でもTH-135という練習機が登場するまではOH-6DとOH-6DAという機体が練習機として運用されていました。鹿児島県にある海上自衛隊鹿屋基地では将来のヘリコプターパイロットの養成が行われているのですが、飛行時間の少ない操縦学生たちは、敏感な操縦性能を持つOH-6Dを空中で静止した状態にするホバリングをさせるために、非常に苦労していたといいます。ホバリングが安定せず、フラフラしているOH-6Dの動きは、教官たちの間で「鹿屋ダンス」と言われていたそうです。

 陸上自衛隊のヘリコプター部隊に配備されているOH-6Dですが、おもな任務は人や小さな物の空輸です。ほかにも、戦闘地域では、敵の活動を観測して味方部隊に情報提供する役目も持っています。対戦車ヘリコプター隊でも運用されていて、我が国に侵入してきた敵戦車を探し出して、AH-1S対戦車ヘリコプターと共に敵戦車の攻撃に向かいます。といってもOH-6Dが直接攻撃を加えることはなく、AH-1Sに敵戦車の位置などの情報を提供して、AH-1Sが攻撃した後の効果を確認します。その後は、新たな目標を発見するなどの観測任務を担っています。ほかにも、特科部隊が射撃をするとき、前進観測員(FO)という役職の特科隊員を乗せて、目標地域上空から砲弾の誘導を行うといった役割も担います。

 このように、陸上自衛隊の活動のさまざまな場面で大活躍するOH-6Dですが、そろそろ退役の時が近づいてきています。

退役後の後継機は…?

 陸上自衛隊ではOH-6Dの退役を2019(平成31)年度末に設定していると言われています。最後までOH-6Dを運用する予定なのが、群馬県に所在する第12旅団隷下の第12ヘリコプター隊です。第12旅団は、全国で唯一の空中機動能力を高めた部隊で、第12ヘリコプター隊ではOH-6Dのほかにも、UH-60JAやCH-47J/JAなどのヘリコプターを多く運用しています。

総火演で飛び回るOH-6D(矢作真弓撮影)。

 この部隊のパイロットに話を聞いたところ、すでにUH-60JAやCH-47J/JAへの機種転換訓練を開始しているそうで、UH-60JAへの機種転換には約25時間、CH-47J/JAへは約50時間の訓練を受けて鞍替えをするそうです。

 OH-6Dの退役後の連絡業務はどうするのか尋ねたところ、軽易な人員輸送や物資輸送でもUH-60JAやCH-47J/JAを使用することになるといいます。また、これらの動きはほかの飛行隊でも発生していて、例えば第1師団の第1飛行隊ではOH-6D退役後はUH-1Jがその任務を引き継ぐそうです。

 後継機であるOH-1観測ヘリコプターは、事故の影響によって全機が飛行停止状態で、2018年現在、数機が飛行再開に向けた試験を行っている状態です。全体での機数は、試作機を含めたとしても40機に満たないため、全国のヘリコプター部隊に十分に配備することができません。

総火演で機敏な動きを見せるOH-6D(矢作真弓撮影)。

 OH-6Dは、構造が単純で教材としての利用価値が高いといわれています。最近では2017年に、佐賀県にある北陵高校航空科に対して、航空に関する勉強材料としてOH-6Dが無償で貸与されています。

 こうして、教材として後継者の育成に身を捧げるOH-6Dですが、陸上自衛隊航空部隊の中では、その任務を多用途ヘリコプターたちに託して、ゆっくりとその姿を消すことになりそうです。

※記事の一部を修正しました(2018年5月29日12時30分)。

【写真】OH-6の操縦席まわり

OH-6の左前席。搭載する液晶パネルは赤外線カメラ(FLIR)のモニター(矢作真弓撮影)。

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